強者の運命
疲労がピークを過ぎたばかりの官男軍……。
世歴八百四年四月三日 午前七時頃 佞邪救国政府過穀政権 過穀 官男軍本陣
畔河政権が完全に京賀の手に落ちた翌日の早朝から――
「何っ!? また『西から佞邪の軍が攻めてきた』だと!?」と官男の驚声!
――まだ同志らの疲れが残っているというのに……!と内心、焦りに焦る!
昨日(同年四月二日)の夜に佞邪軍の騎兵部隊を追っ払っただけ!それに互いが一戦も交えることはなかった。しかし、官男軍の疲れは倍増してしまった……。
何しろ、昨日の朝から夕まで猛己軍との激闘を終えたばかり。接敵してすぐに佞邪軍を追っ払ったとはいえ、そこまでの行軍がしんどいことしんどいこと……。
加えて、夜中に過穀に戻ってくるまでの行軍に至っては――活屍共の行進。首脳部の官男と暖沼を含め、官男軍全将兵の目に生気が宿っていなかった……。
そして――現在。まだ目に生気しか宿っていないというのに、戦わなければならないという。“指導者”なんてやってやれなくなりそうな衝動に駆られてしまいそうだ……。
「はい!今度の佞邪軍の規模は一個団(一個連隊)ときております!」
「……」
そしてこの時ばかりは暖沼の報告の正確さを、苦々しく感じる官男。ひたすら閉口。
そして何も考えられなくなる……。疲れのせいか、頭も陸に回らない……。
「同志主席!過穀で防衛線を行うにしても、兵糧の集積所まで守り切れません!
ここは無謀を承知で――出撃し迎撃するほうが、まだ希望があるかと……」
「確かに――過穀で戦えば兵糧が無事でなくなるな……!」
この時は一転して――暖沼の進言に納得して呟く官男。
今のこの“ヤバい”時期。兵糧が燃やされるなど、兵糧が直接被害を受けるような事態は――絶対避けねばならない!避けきれなかったら、直接被害を受けて減ってしまった兵糧の量が、官男軍の最大の敵として立ちはだかることになってしまう。
この今でさえ、最大の敵である佞邪軍を相手にしているというのに……。
「よし!過穀に残っている兵力の全てを結集させ――佞邪軍を迎撃する!」
この官男の号令に、官男軍全軍は過穀の西部へと出撃していった!
この時、官男に残された部隊は――親衛隊(一個中隊規模)百二十名、釜穀からの増援部隊百二十名、弓兵隊二百名、工兵隊二百名。総兵力は六百四十名。
これでは、佞邪軍の一個団千名を相手にするのは心もとない。
しかしそれでも、官男軍は戦うしか道はない。
この世界――たった一度でも“皇帝”という存在に刃向えばどうなるか。
少なくとも――自身の一族郎党ごと“死”を以て償わなければならない……。
同年同日 同時刻 京賀軍占領地 畔河 政庁 執務室
「猛己はまだ目覚めそうにないか?」
「はい、摂政閣下!先程、猛己がいる牢を見て参りましたが、あの様子では――夜まで目覚めそうにありません!しかも酷い鼾を掻いています!」
貴狼の問いに、憎しみを通り越して――呆れるように答える月清。
そんな彼を宥めるように、貴狼は――
「今――猛己に急用などない!目覚めんならそれでよい!」と述べてみせる。
現在――京賀軍は畔河政権の“主席”である猛己を捕らえることに成功!
その猛己は政庁内の地下牢で縛られながら、元気に鼾を掻いて爆睡中……!
きっと自身が豪遊している夢でも見ているに違いないだろう。
そんな巨大猪を一発で仕留められる程の力を持つ猛己が、自身の後頭部への陽玄の“手加減有り”の小指一発の攻撃で気絶させられたなどとは、夢にも思わないだろ!
ちなみに陽玄自信を含めた彼の一族にとって、実力的な意味で猛己なぞ“雑魚”に過ぎない事実は――京賀国の最重要機密である。
理由は『“少数の強者”は“多数の弱者”に押しつぶされる運命にある!』というのが、彼の一族の教訓であるからである。その詳細は後々に明らかになるだろう……。
余談だが、猛己を気絶させた当の陽玄は、鋒陰と一緒にゆったりと畔河を視察している最中である……。
「摂政閣下!我が中団(一個連隊規模)は何時でも過穀へ征けます!」
「よし!そろそろ官男軍が佞邪軍のほうへ出撃する!
官男軍は迫ってくる佞邪軍よりも少数だから、必ず全軍で事に当たる!
官男軍のいない過穀を一気に制圧するぞ!」
意気込む月清に、自らも強気になる貴狼。
普段は冷静を装う(内面は激しい)貴狼がここまで強気になるのも、独自のルートで仕入れた情報のおかげ。どうやって仕入れたかは秘密だが……。
「制圧したら、官男軍の伝令兵を寝返らせて虚偽の報告を官男に――?」
「いや……ここまできたら、官男に真実を伝えさせてやっても構わんだろう……」
月清の問いをきっかけに、貴狼は再び冷静さを装う……。
既に京賀国に仕えるほぼ全ての斌(文武)官は、貴狼の二面性を熟知しているが、それでも貴狼は外面を“冷静”で装うことに努める。
貴狼曰く、「外交で絶対に必要」ということだそうだ……。
次回予告:踊り続ける官男軍……その始め(実際に踊りません)……。




