連れ
猛己に運命の時が……。
「おめえ……位はいくらだ?」と気まぐれに申竜に尋ねてみる猛己。
「前は分隊長でしたが、今は同志傍矛の従兵長を――」
この申竜の答えを、猛己は途中で「そんなに低いのか!?」と目を丸くして驚き――遮る。
ちなみに猛己――隊長(中隊長格)より下の位の奴の顔全員を全く覚えていない。
「まぁ……」とどこか力なく応える申竜に、猛己は気前よく――
「あの傍矛よりも数万倍も気が利くのにもったいねえ!
おめえ、この戦いが終わったら――お前を小隊長に昇進させてやる!」と約束!
これに申竜は「ありがたき幸せ!」と応えてみせる。
これに“嬉しい”と思う感情そのものに嘘はない。ただ程度が低いだけ。
だって……猛己が畔河に来るずっと前に、貴狼から――
「今作戦が“無事”に終了したら、隊長格で京賀に迎えよう!」って取引を持ちかけられたんだもの。猛己への忠誠心の薄い申竜に、この取引は“天恵”と言ってよい。
彼はその場で即時に「全力を尽くさせて頂きます!」と快諾した……。
「後はいいぞ!こいつ(猪口と徳利とお盆)は一式丸ごとおいてけ!」
猛己から許しを得て、申竜は「はっ!失礼致します!」と風呂場を辞していった……。
それから戸を閉めて、奥へ下がっていく申竜。この時になって、ようやく――
「生き残った……!」と安堵できたそうな……。
しばらくして、風呂場で酒を嗜みながら寛ぐ猛己。
そんな時に、戸から「コンコンコン」と叩く音が聞こえてくる。
「誰だ、申竜か?」と戸の方へ問いかける猛己。酔いが回っているのか、申竜の時との違いに全く気付かない。何せ音がした方が申竜の時と比べて、下の方から聞こえてくるのだ!
そして、戸の方から――
「申竜さんから、同志主席の背中を“お流し”するように言われました!」と幼い声が聞こえてくる。鋒陰の声だ。しかし、猛己は鋒陰のことを一切知らない。
猛己はこの幼子にあまり関心を持たずに――
「申竜からか……ここまで気が利くとはな……」と申竜への感心を述べるのみ。
「入ってもいいですか!?」と鋒陰の声に、猛己は快く「ああ、頼むぞ!」と許可。
手拭を入って来た鋒陰に対して、猛己への第一声の――
「何だ、まだガキじゃねえか!?」と同時に目を丸くする。
「えへへ……!家が貧しくて……!」と笑顔で理由の述べる鋒陰。
実際に家は貧しい。貴族の血を引いているが、貴族であった先祖も貧しかったらしい。
ちなみにこの世界に労働基準法等もなければ、児童労働を規制してくれるような国際条約もない。故に、この世界で児童労働がない地域は殆どない!
そもそもこの世界には、『児童労働』という概念自体がない……。
「感心な奴だな……。だが――まだ俺の背には届きそうにないな……。
風呂の縁まで来い!縁から俺の背を流せ!」
猛己の命令を受けて、鋒陰は「では失礼します!」と縁に立ち、猛己の背を流し始める。
猛己が知らないとはいえ、京賀の重臣が畔河政権の首魁の背を流しているという――奇妙な光景が出来上がってしまっている……。
鋒陰の背中の流しようが上手いのか、だんだんと気持ち良くなってうとうとする猛己。
しかし、寝てはいけないと感じたのか「お前、名は何だ?」と鋒陰に話しかけてくる。
「別に名乗る程の者じゃないです~っ!」
「そうか……」
「後、“連れ”がもう何枚か手拭を持ってきますね!」
「もう一人いるのか……」
突如――先と同じように戸の低い位置から「コンコンコン」と叩く音が聞こえてくる。
「あっ、連れが来ました!連れもここに入っていいですか?」
連れの代わりに鋒陰が訊くと、猛己は「ああ……いいぞ……!」とあっさり許可。
すると、戸の方から「カラカラ」と開かれる音がしてくる。
連れが入って来たようだが、猛己は戸の方に見向きもしない。
それどころか、猛己の視界にはその連れが映っていない。もう視界を動かすことが億劫になるほど、疲れが溜まっている様だ。
「連れが同志主席の湯あたりを防ぐのに、手拭を頭の方に載せますね~っ!」
この鋒陰の声と共に、連れが猛己の頭に手拭を載せる。
この手拭に滲みた水の冷たさに、猛己は思わず「おお~っ!」と感嘆!
そして猛己は、手拭を載せてくれた連れに――
「もう一人の連れの方だな……?名は何だ……?」と話しかける。
「名乗るほどの者ではありません……」
「そうか……じゃぁ、お前は何でここにいんだ……?おまえも家が貧しいのか?」
「世が貧しいから!」
「!?」
猛己はその“連れ”の言葉と、その連れが“陽玄”であること。そして己の身に起きたことを知らぬまま、夢の世界へと瞬時に移動していった……。
次回予告:まだ戦いは終わらない……。




