第二十一話:過穀政権の主席――官男
いよいよ過穀を覘く……!
同日 佞邪救国政府過穀政権 過穀(同政権の首都) 本陣 午後八時頃
「被害を報告せよ!」と第一声を下したのは、佞邪救国政府過穀政権の主席(最高指導者兼元首)の地位に就いている官男という男だ。
彼は氏が『図』、名は『籍』、字が『官男』という者である。ちなみに旧名は『胴元史雄』というらしい……。
「同志主席! 今日一日の猛己(過穀政権の対立政権の長)の攻勢によって、我が軍の損害は甚大です!!」と続く第二声を発したのは同政権の書記(首相)。
彼は氏が『暖』、名は『事』、字が『沼』という者である。
現在の政権では、猛己が反乱を起こした為に『次席』という職自体が廃止に追い込まれてしまった。それも満場一致で。そんな職に代わって設置されたのが『書記』という職。
それ故に、“書記”は今の政権のナンバーツーの役職となっている。
ちなみに後の歴史書では彼の氏と字から『暖沼』と記されているので、著者も彼のことを『暖沼』と記すことにする……。
「詳しく説明してみせろ!」と官男が被害の報告を求めると、暖沼は「こちらを……」と自身の手元にあった報告書を官男に手渡す。
それを手渡された官男がその内容を目で追ってみると――
「間違いないか!?」と思わず叫んだ! その目に至っては――信じられない! と語っている。
これを聞いた暖沼に至っては冷静に「間違いありません……」と弱々しく答えるのみ。
その身は若干震えてもいる……。目に至っては――信じられるか! と語っている。
「――二百いた槍兵の同志達がたった十に……!
加えて……二百いた最精鋭の親衛隊(騎兵中隊)が百二十に減っただと!?
こんなこと……信じられるかっ……! 信じてなるものか……!」
ついに官男は怒りを通り越して――驚き、呆れて果てて、叫んだ!
この叫びを聞いた暖沼を含め、他の側近たちも下を向いて押し黙っているだけ……。
――我々も信じられないのだから……無理もない……。と彼ら全員が胸中を一つにする中、実は官男だけは一つになったその胸中を裏切っていた……!
最初から官男だけが――その事実を信じていたのだ!
それほどまでに彼は“猛己”の実力を評価し――恐れていた!
只、その現実を“認めたくない”――それだけの心故であった……。
畔河政権の軍隊――通称“猛己軍”の攻撃は今日の早朝から……。
過穀政権は前々から彼らの離反を予想し、過穀と畔河の両地域の境に二百の槍兵を配置。
当初の計画では、彼らが猛己軍を足止めしている間に、親衛隊がそこに駆けつける。そこで疲弊した猛己軍に対して決戦を挑むというものである――筈だった……!
だが彼らは当初の時点で、猛己軍の戦力を完全に見損なっていたのだ……。
猛己軍は過穀政権の予想を遙かに超えた圧倒的な力で、二百いた過穀の槍兵部隊を強引にねじ伏せてみせた!
そしてその部隊を突破した猛己軍の内の猛己の直率部隊は、過穀の政庁まで迫った!
そこで官男軍の官男直率の親衛隊(騎馬中隊)二百人と猛己軍は、過穀政権の政庁を巡り激しい攻防戦を繰り広げた! その時の両軍の気迫は“会戦”に匹敵すると伝えられた!
この昼前後に渡る激闘で、官男軍(過穀政権の軍隊の通称)は猛己軍に対して三十九名の死傷者を出させるも、自軍も八十人に上る死傷者を出した!
結果、官男は政庁の“一時”放棄を決定するという事態に追い込まれた!
そして官男軍は政庁付近の川を渡って、その対岸で陣を築く羽目に……!
――撤退の計画をしていたはいいが、まさか本当に実行することになろうとはっ……!とこの時の官男は苦汁をなめて、川の橋を渡っていった……!
無論、猛己軍もこれを追撃を掛けようとするが、警備に出かけていた過穀の弓兵隊(一個中隊規模)が戻って、猛己軍を牽制!
猛己軍が弓兵隊に手間取っている間に、全軍をに川の対岸へ渡り終えた官男軍は、自らが渡っていった橋を落として籠城戦の構えに入った!
これによって、両軍が膠着状態に陥って――今に至る……。
「同志! 彼らを如何様に……?」と何かを期待するように官男に問いかける暖沼。
――彼らに対し、褒賞を与えましょう! としての問いかけではない。
「その十人全員を――直ちに処刑しろ!
猛己軍を突破させるならまだしも、同志達を無駄死にさせておいて、おめおめ戻ってくるなぞ――佞邪救国政府過穀政権に対する裏切りに他ならん!」
ぼろぼろになるまで戦い、猛己軍の警戒をすり抜けて……生きて帰ってきた英雄達に対して、とんでもない仕打ちを告げる官男!
本音としては――とりあえず自分の他に人気が出そうな奴は鏖!
――最後に残る英雄は官男一人だけでいい……!
暖沼も彼と似たようなことを考えて、「承知しました……! 直ちに軍法会議を開いて……“刑”を執行致します!」とほくそ笑みながら彼に答えるのであった……!
次回予告:城攻めなんて――やめとけ!!
今回の登場人物
*佞邪救国政府過穀政権
・官男:過穀政権の主席(最高指導者兼元首)。
・暖沼:過穀政権の書記(首相)。官男の右腕。




