50話 裁判(2)
本日2回目投稿。まだ見ていない人はそちらからどうぞ。
「な、なんで国王様がここに……」
ソフィアはなぜ国王なんていう立場の人がこの裁判を見にきたのかと戦慄していた。
「どうやら間に合ったようだな」
「えっ」
その時、隣に座っているレオが呟いた。
ソフィアはもしや、とレオに質問する。
「まさか……」
「ああ、これが俺の言っていた勝ち筋だ」
「レオの言ってた策って、国王様のことだったの!?」
「ああ、本当に来ていただけるかは分からなかったが、どうやら俺たちは賭けに勝ったようだ」
まさかレオが国王を呼んでいるとは露ほども考えていなかったソフィアは、衝撃を受けた顔でレオを見た。
この人は、たまに涼しい顔をしてとんでもないことをするな、とソフィアは思った。
「父上、なぜここに……!」
デルムは今まで自分を放置していた父が、急に法廷に現れたことに驚いていた。
「っ! そうか、父上は俺にチャンスを……!」
しかしすぐに笑顔になる。
デルムは国王がこの法廷にやってきた理由を理解した。
(父上は、ついに俺を見てくれたんだ……!)
今まで、ずっと国王は第一王子であるミカエルばかりを気にかけ、第二王子である自分のことを冷遇してきた。
しかしソフィアをこうして追い詰めた今、やっと自分のことを有能だと認め、チャンスをくれたのだ。
そうデルムは理解した。
(見ていてください父上! 俺はミカエルなんかよりも優秀なんです! ここでソフィアから魔術を巻き上げて、以前を超えるような名声を手に入れれば、きっと俺のことを気にかけてくれるはず……!)
デルムはそう自分を鼓舞し、気合を入れる。
国王は傍聴席に用意されている、豪華な装飾が施された椅子へと向かった。
その椅子は国王のみが座ることができる椅子であり、国王専用の椅子だった。
しかし、国王はその椅子を──通り過ぎた。
「えっ?」
誰もが疑問符を浮かべる。
そして、国王はソフィアの方へとやってくると、レオの隣に座った。
にわかに法廷が騒がしくなる。
『ば、馬鹿な! なぜ国王様があちらの席に座っているのだ!』
遠くからオーネスト公爵が騒いでいる声が聞こえた。
「な、何で……」
デルムは絞り出したような掠れた声で呟く。
その瞳は信じられないものを見るような、驚愕の色に染まっていた。
「裁判長、裁判の続きを」
「え、ええ。ですが、その……」
国王は裁判長に裁判を続けるように促す。
しかし裁判長は狼狽えているようだった。
この茶番じみた裁判を国王に見せるのに抵抗があったのだろう。
「ふむ……」
その裁判長の様子を見て、考え込む。
「裁判長、確認したいことがあるのだが」
「はっ、はいっ!」
「発言の記録はとっているか?」
「は、はい! もちろん!」
形だけの裁判とはいえ、記録自体は取っていたらしい。
「見せてもらえるだろうか」
「そ、それは、その……」
裁判長は渋っていた。
記録には裁判とも呼べないような、ただのソフィアへの嫌がらせの数々が記されているからだろう。
デルムと、証言をしていたデルム派閥の研究者たちも「不味い」という表情になった。
国王は少し不快そうに眉を顰めて裁判長を急かした。
「何を躊躇う必要がある。今すぐに記録を見せてくれ」
「りょ、了解しました!」
記録をしていた法務官が慌てて国王の元へと記録の紙束を持っていく。
「これが記録か? 随分と薄いな」
紙束が薄いのは、ろくに裁判をしていなかったせいだ。
紙束を手渡された国王は、ペラペラと紙を捲って記録を確認していく。
国王が記録に目を通している間、誰もが無言だった。
緊張しながら国王が記録を読み終わるのを待っていた。
そして、記録を読み終えた国王が顔を上げた。
「これは酷いな」
それが国王の第一声だった。
「こんなものが裁判だと? いくら買収されていたとしても、もう少しマシな記録になるだろう」
国王は鼻で笑いながら記録が記された紙束を机の上に置いた。
そしてジロリと裁判長に目を向ける。
「裁判長、判決にもっと分かりやすい方法を採用しても良いだろうか」
「いや、それは……」
「良いだろうか」
「…………はい」
国王は裁判長に無言の圧力をかけて、強引に押し通した。
「では、この裁判の判決は、どちらがより洗練された魔術を発動できるか、という点で行う」
「なっ……! 待ってください!」
デルムが横から口を挟んできた。
「そんなの無茶苦茶です! 俺はこんなにも沢山証拠を用意しているのに、それを無視してそんな方法で判断するなんて……!」
デルムはソフィアから奪った魔術の論文や、証言者の研究者を指差す。
「証拠? それがか」
「ええ、これは紛れもなく、俺が魔術を発明したという証拠です!」
デルムは白々しく、論文を指差して自分が魔術を発明したのだと主張する。
国王は立ち上がると、その証拠である論文がある場所へと歩いて行った。
そして一つの論文を手に取ると、破られている部分を指さして質問する。
「証拠と言うが……なら、なぜこんな不自然に紙の端が破られているんだ?」
「ぐっ……!」
「証言者もお前が買収すれば済む話なんじゃないのか? あそこに書かれていた記録をそっくりそのまま返すならな」
そこまで言われて、デルムは反論できなくなったようだ。
「論文の中には確か、未発表の魔術も含まれているんだったな? それなら、開発者であるお前がより洗練された魔術を発動できるはずで、反してあちらは見たこともない魔術を発動することになる。なぜこの勝負を避ける」
国王の言う通りだ、逃げる必要がない。
本当にデルムが魔術を開発していたとするなら。
しかし、実際にはデルムは魔術を発明していない。
そのため、デルムとソフィアで魔術の優劣を競った場合、確実にデルムは敗北する。
「ソフィア嬢、勝負を受けるか」
「はい、受けます」
「なっ……!」
即答するソフィアに、デルムは歯噛みする。
ソフィアは椅子から立ち上がり、法廷の真ん中へとやってきた。
デルムはソフィアが勝負の場に立ったことで、本格的に焦り始める。
頭を必死に回転させ、この勝負から逃げる口実を考える。
「しかし、杖がないと…………」
追い詰められたデルムはなんとか勝負を回避しようとする。
「杖がないのはソフィア嬢も同じ。条件は対等だ」
だがしかし国王はデルムの逃げ口を塞いで、逃がさない。
「国王命令だ。デルム、ソフィア嬢との魔術の優劣を勝負しろ」
逃げようとするデルムに言い渡される国王命令。
とうとうデルムはソフィアと魔術の優劣を競うしかなくなった。
「う、うう……」
デルムはギョロギョロと挙動不審に目を動かし、額からは大量の冷や汗をかいていた。
国王はソフィアの方へと戻ってくると、さっきと同じ席に座り直す。
「まずは『水障壁』からだ」
国王の合図で、ソフィアとデルムは両腕を突き出し、同時に『水障壁』を発動した。
ソフィアとデルムを、半円球の水のドームが包む。
そこまではデルムは順調だった。
「その『水障壁』形を変形させてみろ」
しかし国王の放った指示で、デルムのメッキが剥がれ落ちていく。
ソフィアは『水障壁』の形を槍状に変化させていく。
「ぐっ……!」
デルムも負けじと槍状へと変化させようとするが、上手く形が纏まらず、不恰好な水の槍が形成された。
「どう見てもソフィアの方が優れている。次。『冠水神殿』」
国王は手加減なしに採点し、次の魔術を発動するように指示した。
これは未公開の魔術で、デルム自身の主張通りならデルムが有利のはずだ。
ソフィアは法廷には沢山人がいるので、いつもよりも小さい、半径一メートルほどの水球を宙に作った。
しかし、反対にデルムは水球すら作成できなかった。
膨大な魔力を必要とする魔術は、繊細なコントロールを必要とするので、大して『冠水神殿』を練習していないデルムには難しいようだった。
水球を作成しようとして、失敗して、弾けた水が法廷のあちこちに散っていく。
「ぐぅうううっ…………!」
デルムはありったけの魔力を込め、『冠水神殿』を形成しようとする。
しかし一分かけてもデルムは『冠水神殿』を作ることはできなかった。
「はあっ……! はあっ……!」
やがて魔力が尽きたデルムは地面に膝を突く。
大量の汗が地面にぼたぼたと流れ落ちた。
「発動すらできないのか」
国王の冷たい声が法廷に響いた。
シンと静まり返った空間のなかでデルムに降り注がれる視線は、デルムの屈辱と、恥と、無力感を強調した。
「これで勝敗は決したな。魔術はソフィア嬢のものだ」
国王が勝敗を告げた。
権力を使って魔術を奪おうとしたデルムが、今度はより大きな権力を使われて、奪ったはずの魔術を取り戻される。
これもある種の因果応報と言えるだろう。
「何でだ! 何でなんだ!」
デルムは床に拳を打ちつける。
そして国王を強く睨みつけた。
「何故父上は俺ばかり冷遇するんです! ずっと前からそうだった! 第一王子のミカエルばかりを優遇して、俺のことは冷遇する! 今日だってそうだ!」
「……」
国王はデルムの言葉を静かに聞いていたが、全て聞き終わると口を開いた。
「デルム、お前は勘違いしているようだが、私は一度もお前を冷遇したことはない。ミカエルも、お前のことも平等に扱ってきた」
「嘘だ! そんなの信じない!」
「いいや、真実だ。現に私はお前をここに至るまで見捨てなかった。王の資格など持ち合わせていない、お前をだ」
「でも、こんなの……!」
「何度も、何度も警告したはずだ。このままでは駄目だ、と。だが、お前は私の忠告を無視して、王族としての権力を振り翳し、他者を傷つけてきた。ミカエルのように勤勉に勉学に励むこともなく、他者の功績を掠め取っては嘘で塗り固められた功績を積み上げてきた。しまいにはろくに研究すらせず、遊び呆ける毎日だ」
「……」
「そんな人間が、王になれると、本気で言っているのか?」
「…………」
デルムは反論することができなかった。
ただ黙って、俯いているだけだった。
「お前が見捨てられたと思うのは、それは自分の行いの結果だ。私は何度もお前にチャンスを与えてきた」
「ま、待ってください父上。俺はまだ……」
デルムは国王が何を言おうとしているのかを察し、許しを乞う。
しかしすでに手遅れだった。
「もう、お前が国王になることは、ない」
「そんな……」
国王の明確な、「お前を国王候補から外す」という宣言に、その場にいた人物全員が驚愕した。
ソフィアとレオは非公式だが、デルムが国王候補から外されていたのを知っていたが、公の場で、他の貴族がいる場所でデルムを国王候補から外す宣言をするのは初めてだ。
これで正式にデルムは国王になる可能性がなくなった。
「なっ……! なっ……!」
デルムの後ろ盾となっていた、デルム派閥筆頭の貴族であるオーネスト公爵は、口をパクパクと開いていた。
一瞬にして旗印であるデルムという国王候補を失ったことで、オーネスト公爵家は国内で得ていた立場を、ほとんど失ってしまった。
「裁判長」
「はっ、はい!」
突然国王に名前を呼ばれた裁判長が肩を跳ねさせる。
裁判長はデルムと同様に冷や汗をかいていた。
国王はそんな裁判長を睨み、一言放った。
「こんな裁判を行なった報いは覚悟しておけ」
「ヒィッ!」
裁判長は国王の言葉に悲鳴を上げた。
その顔は恐怖に染まっていた。
恐らく、裁判長は二度と裁判には関われないような罰が下されるのだろう。
「役目は果たした。私は元の政務へと戻ろう」
そう言って国王は政務へと戻ろうとした。
「ま、待ってください!」
ソフィアはその後ろ姿を呼び止める。
「その、お忙しいところ申し訳ありません。どうして国王様はこの裁判に来て下さったのですか?」
「それはこの国の宰相様に頼まれたら、来るほかないだろう? ……というのは冗談だ」
国王は冗談めかして肩をすくめる。
「私の息子が迷惑をかけていたのが理由の一つ。もう一つは以前、私から因縁のあるオーネスト家への婚約を打診してしまったからな。その借りを今返すべきだと思った。では、私は政務が残っているので失礼させてもらう」
国王はソフィアの質問に答えると、手を挙げて、政務へと戻っていった。
ソフィアはその背中に向けて頭を下げる。
「ありがとうございました……!」
裁判はソフィアの勝利となり、デルムが奪った物は全てソフィアへと返還されることとなった。




