45話 盗賊団討伐(3)
盗賊団を魔術で捕まえた後、本部に戻ったソフィアは一人テントの中で休んでいた。
「ふぅ……疲れた……」
山の中を歩いたことで疲れ切った体をぐったりと椅子の背もたれに預けながら、ソフィアは深く息を吐く。
身体の全体的な気だるさには、体力的な疲れもあるだろうが、大魔術を使ったことで魔力が無くなった疲れも含まれていた。
魔力は一日休めば完全に回復する範囲だし、特に問題はないのだが。
コップの水を一気に飲み干す。
「これで盗賊団も討伐されたし、後は帰るだけ……」
そう呟いた時。
『うわぁっ! 何だ!』
『こ、こいつ! まさか!』
『早く捕まえろ!』
『駄目だ! こいつ強いぞ!』
外から騎士たちの騒ぐ声が聞こえてきた。
騎士たちの声は緊迫感が溢れており、緊急事態が発生したことが伝わってくる。
そして遅れて剣戟の響く音が聞こえてきた。
「っ……!」
只事ではないと察したソフィアは、急いで近くの杖を手に取り、テントから出た。
「なっ……!」
テントの外に出たソフィアは後ずさった。
「おっ! よぉ嬢ちゃん、久しぶりだな」
そこには捕まえたはずの盗賊団の頭である、ジルドンが立っていた。
ジルドンの両脇には四人の騎士全員が地面に転がっており、恐らくジルドンに倒されたということが分かる。
この山には他の騎士団の人間もいたはずだ。それを掻い潜ってここまで辿り着くのは難しいし、全て倒すのは至難の業だったはずだ。それなのにこのテントにいることにソフィアはより驚いていた。
「な、何でここに……!」
「それは企業秘密だ。依頼主にバラすなって言われてるんでな」
ジルドンははぐらかす。
ソフィアは必死に思考を働かせてジルドンがここにいる理由を考える。
(何で盗賊団の頭がここに……!? さっき魔術で確実に捕縛したはず。それは間違いない、それなのにこの本部までやって来ているということは……)
「騎士団の誰かが裏切った……?」
ジルドンが笑顔でソフィアを指差す。
「正解だ! ま、俺を解放できるのは騎士団の誰かしかいねえからな!」
「盗賊団を解放するなんて、何でそんなことを……!」
「さあな、理由は知らねえよ」
ジルドンは肩をすくめる。
見たところ別に演技でもなさそうだし、本当になぜ自分が解放されたかは聞いていないのだろう。
「おっと、こんな無駄話をしてる場合じゃねえな。騎士団の連中がやって来ちまう。雑談よりも、仕事を先に果たさねぇとな」
「仕事?」
「ああ、嬢ちゃんを殺す、っていう仕事だよ」
背筋にゾッと寒気が走った。
反射的にソフィアは魔術を使って後ろへ下がった。
その瞬間、ソフィアがいた位置を剣が薙いだ。
「ッ……!?」
気づいたときにはジルドンは剣を振りぬいた状態だった。
ソフィアが飛び退いたのは、完全に勘だった。
そこを飛び退いてなかったら胴体を真っ二つに切られていたと、ソフィアは冷や汗を流した。
「今のを避けんのか? 魔術師のくせに、勘がいいな嬢ちゃん」
「仕事って、私を殺すこと?」
「そうだ、依頼主が、俺を解放する代わりにお前を殺せって命じてきたんだ。ま、そんなの無視しても良かったんだけどな。嬢ちゃんを殺すくらいなら朝飯前だし、受けてやろうと思ったわけだ。それにあんたらがここに来たってことは、俺の部下を拷問したってことだろ? ──報いを受けさせなきゃな」
「ッ……!」
ジルドンから発せられる殺気がより強まった。
やはり、ジルドンは強い。
騎士四人を一人で倒したことから気づいていたが、今まで出会った人間の中でも指折りの実力者だ。
「『魔力弾』!」
ソフィアはジルドンへ魔術を放つ。
「効かねえな!」
しかしジルドンがいつの間にか持っていた反魔の盾を身体の前に翳すと、ソフィアの『魔力弾』は弾かれた。
どうやらそこの地面に転がっている騎士から盾を奪ったようだ。
「『魔力弾』!」
もう一度魔術を放つ。
だがそれも反魔の盾で弾かれた。
ソフィアは歯噛みをした。
ジルドンには反魔のせいで、全く魔術が通らない。
盾の強度からして、恐らく大魔術を使っても反魔の盾を破ることができない。
何より、大魔術を使ってしまったせいでそんな余力がない。
「それならッ……!」
ソフィアは素早く筒状の魔術具を取り出す。
それはムックとの模擬戦で使った魔術具だった。
この魔術具なら魔術を阻む反魔の盾を超えて、ジルドンを捕えることが出来る。
ジルドンはこの魔術具を初めて見るはずだ。
だからこそ、絶対に捕まえることが出来ると思っていたのだが。
「ハッ! 遅えな!」
「なっ……!?」
避けられた。
まるで魔術具の中ことを予め知っていたかのように、ジルドンは網に触れないように身を躱した。
そして避けたジルドンはそのままの勢いでソフィアに迫る。
ジルドンは凶暴な笑みを浮かべ、剣をソフィアへと振るう。
(死──)
ソフィアの脳裏に一瞬死がよぎった。
その時。
鋭い剣戟。
肩を抱かれる感触。
そして、慣れ親しんだ匂い。
「レオ……!」
顔を上げたそこには。
レオがソフィアの肩を抱き、ジルドンへと剣の切っ先を向けていた。
「チッ……!」
レオが来たことで、ジルドンは苦虫を噛み潰したような表情になった。
前回煙幕を撒いて逃げることしかできなかった相手だ。
しかし前回と違うのは、ここは屋外なので煙幕が余り効果がないことと、たとえ煙幕を撒いてもソフィアが魔術で煙幕を飛ばすことが出来ることだ。
ジルドンはレオと正面から戦うしかない。
「二度も俺の婚約者に手を出した、ということは、余程死にたいのだな」
「クソが……!」
レオは正面からジルドンに向き合う。
ジルドンは冷や汗をかいて、その場を動かない。
いや、動けないのだ、とソフィアは悟った。
もし逃げればその背中を斬られ、斬り結べば負ける。それが分かっているから、ジルドンは動くことが出来なかった。
「来ないなら、俺の方から行かせてもらう」
「──ッ!」
レオが一歩踏み込むと、次の瞬間にはジルドンの目の前にいた。
ソフィアの目では全く追うことができなかったほどの速さだ。
ジルドンは必死に自分の身体とレオの剣の間に、自分の剣を滑り込ませる。
「──」
「重っ……ッ!?」
レオとジルドンの剣が斬り結ぼうとした瞬間、レオから威圧が放たれ、剣勢が爆発的に速度と重さが加速した。
結果として弾かれたのはジルドンの剣だった。
金属と金属がぶつかる高い音が響き、ジルドンは剣を大きく弾かれていた。
ジルドンは驚愕に目を見開いていた。
体格ではジルドンはレオを圧倒的に上回っている。
それなのに、遥かに重い剣で弾かれたことが理解できなかったようだ。
「ガアッ……!!」
しかしすぐに獰猛な光を目に宿すと、体勢を戻した。
ジルドンは獣のような咆哮をあげ、再びレオに横から斬りかかる。
「良い剣だ」
「これを涼しい顔で受け止めるだと……!?」
しかしレオはジルドンの全力の一撃を涼しい顔で受け止める。
ジルドンは自分の全力を込めた剣を、易々と防いだレオを信じられないものを見るような目で見つめていた。
「礼に、俺も応えてやろう」
今度はレオが剣を上段に構える。
レオから全力の一撃が来ると理解したジルドンは、防御体勢をとった。
しかし、それは全くの無意味だった。
「行くぞ」
レオが剣を振り下ろし、ジルドンの剣に触れた瞬間、ジルドンの剣は真っ二つに折れてしまったからだ。
剣は弧を描き、ジルドンを肩から斜めに斬った。
切り口から血が溢れだし、ジルドンは地面に倒れ伏した。
「死なないように調節した。急所にはならないはずだ」
「くそ……」
ジルドンは悔しそうに顔を上げてレオを見る。
ソフィアはあの出血を見て死んでしまったのではないかと思ったが、どうやらジルドンはレオの手加減により生きていたようだ。
「そんな豪剣だと……? 聞いてねえぞ……」
「この剣を披露する程の人間と出会ったことがなかったからな。そういう意味では、お前がこの豪剣を受ける初めての人間だ。誇ると良い」
「人間やめてる怪物に褒められても嬉しくねえよ……」
ジルドンは地面に倒れながら、苦しそうに笑みを漏らす。
レオはジルドンに近づいて、剣の切っ先を向けた。
「答えろ。誰がお前をここまで連れてきた」
「流石は宰相様だな。もう騎士団の誰かが裏切ったことに気づいてやがる……」
ジルドンは額から冷や汗を流しながら強がって笑う。
「無駄だ。俺は何も教えない、騎士団に連行されるまではな」
「それは、どういう意味……」
ジルドンの言葉に疑問符を浮かべ、意味を尋ねようとした時。
「何事だ!」
遠くから叫ぶ声と、複数の鎧の擦れる音が聞こえてきた。
騒ぎを聞きつけたのか、他の騎士団の面々がやってきた。




