一周期と三百二日目
紫が枯れた。毎日の様に日を浴びさせ、薬液を提供し、魔物の肉を分け与えていた紫が。生きる術を教えてくれた紫。寒い日は俺に巻き付いて暖を取っていた紫。左右へ首を揺らし、楽しげに動いていた紫。
紫が木なら何十年も生きたかもしれない。しかし紫は草花。花が枯れればその命を散らす運命だったのだろう。俺の最初の友だった紫。心にポッカリと開いた穴は塞がる事無なく風を通す。
『マーラ・・・元気出して。紫はもっと早くこうなる運命だったはずよ。あんなに楽しそうに生きるなんて、本来の魔物だったらありえないわ。』
うん、判ってる。最後まで俺に寄り添ってくれた。なんとなく元気がなくなっていくのは判っていた。強い薬液を与えようかとも考えたが、逆に毒になる可能性もあったので躊躇していた。俺が注視する中、紫は横たわり、葉が緑から茶色へと変色。花も萎び、そして茎から転がるように離れ、短い生涯を閉じた。
紫の最後を看取れて良かったと思う。ありがとう紫。君と過ごした日々は一生忘れる事は無いだろう。
ふと思う。イリとミール、そして一緒に暮らす花妖精たち。そしてイリとミールの娘であるミリ。みんなとも別れる日が来るのだろう。そう思うと悲しくなった。
傘の割れ目から触手を出してイリ達を抱き寄せる。傍から見ればキノコに張り付く妖精というシュールな光景だが、みな抗う事無く俺に身を任せてくれた。妖精の寿命は長い。俺が先に枯れるかもしれない。俺が居なくても暮らせる様にする必要がある。
悲しんで居られない。出来る限りの事をしよう。そう心に誓った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『ねえ、これ見て』
そこは紫が生えていた鉢。枯れた紫の根元が少し盛り上がっている。
『これ、紫の根っこね。この塊は芋かしら? でも芋にしては変な形ね。』
イリは土を軽く払いのけると、そこには大きな球根が埋まっていた。紫の忘れ形見。紫の子か、それとも本人か。どちらにせよ、命を次代へとつないだ事には変わりがない。
俺は紫が居た鉢が乾燥しないよう、適度に管理し球根を育てる事にした。
今は秋の半ばに差し掛かろうかという時期。今から芽を出しても冬を越すことは難しいかもしれない。俺はイリに頼んで落ち葉などを集めてもらい、鉢にかぶせた。本体のキノコの傘の下に入る様に置いて貰う。これで雪に晒される事も無いだろう。
また元気な紫を見る事が出来る事を願いつつ触手の先から鉢を眺めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、人間の対応も落ち着いたもので、この大陸全土の街と言う街を菌糸網の監視下に置くことが出来たと思う。道が続いていないような村などは流石に把握できていない。あとは既存の大動脈から1kmのマス目状に菌糸を伸ばしていってみよう。何か見つかるかもしれないしな。
そう言えば別の大陸とかあるんだろうか?
『別の大地?さぁ、私は聞いた事が無いわね。』
そう言えば海辺にも港町があったな。大きな帆船もある様だし、別大陸があっても不思議ではないか。海底の中は菌糸を伸ばせるか試してみる。とりあえずファンタジーと言えば極東。よって東の端の港町から海底を這うように菌糸を伸ばして行く事に。
うむ、海底の中でも大丈夫の様だ。しかし成長させるためのコストが地上よりかなり高い。とりあえずまっすぐ東へと向かうように伸ばしてみるがさて。
何日経ったか分からないが、延々と海底に菌糸を伸ばしているが、どうやら海溝にぶち当たった様だ。魔素と言うチートエネルギーがあるが、物理法則は元の世界とさほど変わらない。プレートテクニクスが働いているんだろう。
これは次の大陸に出会うには相当時間がかかるかもしれないな。高水圧でも技能の剛体を利用すれば耐えれる様なのでありがたい。しかしその分消費魔力ががが・・・。
ま、これは気長にやっていくしかないね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
むむっ。俺の菌糸網が大量の魔素の奔流を感知した。場所はキリシトール教国にある教会の総本山。山の上に立つ古い寺院だ。その中から莫大な量の魔素が放出されている。
なので監視用キノコへと意識を向ける。場所を探していくが見つからない。監視外の場所があると言うことだろうか?
寺院に這わせた菌糸から流れる魔素の量を比較し、どの方向から放出されているかを特定する。
これは・・・地下だな。こんなところに道があったのか。以前調べた時は石で塞がれていたので何もないと思ったんだが。しかもかなり深い?
俺の菌糸網は完全ではない。最近はかなりの範囲を同時に監視できるようになって来ては居るが、俺の意識が1つしかないので広大な範囲を随時監視することは出来ない。今回の様になにかあった場合、そこへ意識を割り振るといった事を基本としている。
つまり監視の穴がある。
菌魔法の技量が上がれば改善するかも知れないと淡い期待をしているが、今の所上がる気配は無いな。
とりあえずは古の寺院の隠された通路を調査する事にしよう。
奥へと菌糸を這わせていくと、半円のドーム状の大きなフロアに出た。壁一面にはびっしりと光輝く文字。中央には複数の教団員と思われる人たちが屯っており、これまた分厚い本を掲げ、何かを詠唱中。
明らかに怪しい。いや、このドームから発せられる魔素の量がおかしい。明らかに俺の総量を超える量が発せられているのを感じる。妨害すべきだが、菌糸を伸ばせない。余りの魔素に妨害されている様な感じだ。
部屋を再度確認。光る文字がびっしりと見えるが規則性がある様に思える。魔方陣?
よく見ると文字がゆっくりと変形している。なんだこれ。随時変化する文字とかあるのか。そして文字から溢れる神聖な雰囲気。あれだな、ファンタジー定番の神意文字と言うヤツだろうか?
ドームの天井には直径2mは下らない魔石らしきものが。あんなデカい魔石、どこから持ってきた!?
魔物の持つ魔石、そこそこ強くても数ミリだぞ。魔石を錬成して作ったとかか?
あんなデカイ魔石を持つ生物が居るとは思えないんだが。いや神代と呼ばれるような超古代には常軌を逸した生物が存在していたのかもしれない。古い文献や古代史といった物に登場する古代種と呼ばれるヤツだな。
今もなお大地の深くで眠っているとか、この星から出て行ったとか言われている様だが。あれか、超古代文明がそれら生物をぬっ殺して手に入れたとか。ありえそうで怖いな。
で、なんらかの星のライフサイクルを担っていたであろうヤツが消えたことで星のバランスが崩れて文明崩壊。テンプレですねわかります。
そんな考察をしていると、魔石から光が溢れる。灰色の光とかなんだよコレ。で数分ほど輝いたかと思うと、ドーム中央を囲う様に立って居た教団員の更に中央に人影。
チャラ男×1、大和撫子×1、スポーツ系女子×1の計3名登場!
はいはい、異世界召喚のテンプレですねわかります。混乱する3名を他所に、説明を始める教団員。とりあえず場所を移す事で落ち着いた模様。言葉通じるのかよ。言語チートありと。
立派な応接室にて状況説明。そしてテンプレの勇者として云々。あの金髪金目の勇者(笑)もこうやって呼び出されたのか?
一応チート野郎だったと言う事だろうか。それのしては弱かったような・・・。
召喚された者も元の世界によって強弱があるのかもしれない。同系統のファンタジー世界だとチート化は起こらず、別系統の世界だとチート化が起こるとか?
テンプレな考えだが。あとはさっきのドームで使う魔力量にも寄るのかもしれない。前回は1名召喚しただけ、と言う事なら魔力をケチった可能性が高い。そして結果、あの勇者(笑)と言うお粗末な結果と。
でも今回は同時に3名召喚。かなりの量を突っ込んだ可能性が高いな。
これはマズいかもしれない。力量によるが、チート能力持ちだとするとかなり危険だ。しかし見た目からして俺と同じ日本人のように思える。となると高い自虐教育の賜物で教会とは合わずに離反する可能性があるな。
って、いきなり隷属の首輪を差し出しやがった。だめだコイツら。なんとかしないと。
違う。なんとかする必要なんてない。教会には消滅してもらうしか無いな。
観察していると流石撫子さん、何かに気付いた様だ。あ、視線を漂わせている。どうも俺と同じように視界に見えるステータスを見てる様だな。意を決して首輪を付けた。
ニヤリ
おおう、綺麗な人が目が笑っていないのに口もとを少し釣り上げるのは絵になりますな。三人が首輪を付けた所で隷属魔法発動。スポーツ系少女が痛みで悶え苦しむ。チャラ男は転がり回っている。撫子は平然。
これから察するに、撫子さんは魔法無効系のチート持ちの可能性が高い。
冷淡な視線を教団員たちへと向ける撫子さん。スポーツ少女へと歩みより、首輪に手を翳すとペキンと音を立てて首輪が外れた。更に狼狽える教団員。チャラ男は引き続き絶叫中。あの、教団員さんたち、そろそろ止めてあげたほうが・・・。
で、話し合いと言うなの取り調べ的な会談を開始。平謝りの教団員だが、撫子は一蹴。もはやここに居る必要が無いとばかりに早々に部屋を出ようとするも、教団員に防がれる。
そして吹っ飛ぶ教団員。
おおう、スポーツ少女は物理チートらしい。壁を突き破ってぶっ飛んで行ったぞ。相当怒ってるな。まあ日本人は優しいが一度キレると本当に手が付けられないからな。バカな対応をしたもんだ。
とは言ってもこの世界の人族は性格がなぁ・・・・周りを蹴落としてナンボって感じだし。
撫子さんが手を振るえば聖戦士は見えない壁に吹き飛ばされる。
元気っ子が回し蹴りをすれば圧縮された空気の波が寺院を揺する。
こええ・・・この人たちコエエよ。
そして近付く聖戦士たちをなぎ倒して寺院を脱出。というか歩いて出て行った。どうしよう、あの子たちに勝てる気がしないの。
一応弱者を守る側にいると思うので、敵対する事は無いと思うんだが。
あ、チャラ男はやっとと痛みが止まったらしい。どうも吹っ飛ばされた中に術者が居たらしいな。とは言っても隷属魔法で行動を制限されているらしく、教団員に手は出せない様だが。
あの子たちとチャラ男は良い間柄では無かったのか。チャラくとも同郷の日本人。助けるかと思ったんだが・・・。
あれかな、元気っ子に何かと突っかかっていたとかだろうか。バカな恰好してると思ったが、バカな行動もしていた様で。
類は友を呼ぶ。
なんか真理を見たような気がする。とりあえず脱出した二名は今後も監視するとして。チャラ男も一応能力を把握する必要があるな。予想だが、教団に懐柔されて敵対するのは必至。物理チートでもなく魔法チートでもない残りとはなんぞや?
うーん。とりあえずは情報待ちだなぁ。




