第二十八話 メリッサは王弟に囚われる
「どうしてあんな風になってしまったのでしょう」
遠ざかるアレク王子の背を見て、メリッサは溜め息が漏れていた。
昔は、父の様になりたい、叔父のアーシュレイよりも上に行くのだと、志高く尊敬さえしていたのに。
「良くも悪くも、学園の開放感に呑まれ過ぎたんだろうね」
「え?」
「次期王として周りから期待され、圧をかけられていただろう? それが学園という場所で自由を得た。王族ではなく、庶民の様に過ごしていく内に、元に戻れなくなったのだよ」
「……」
気持ちは分からなくもない。
なんのしがらみもなく、自由に出来るのだ。そんな楽な事はないだろう。
メリッサは、学園の後に王妃教育があった。だから、すぐに現実に戻れたのだ。だが、アレク王子はそれがない。
学園に通うアレク王子に代わり、叔父であるアーシュレイが担ってくれたから仕事はほとんどないのだ。
国王自身も健在で、国王の責務はまだない。国王のサポートは父フォレッド侯爵や王弟アーシュレイがやっている。
となれば、アレク王子は学園で自由を満喫し、王宮ではサポートのサポート程度の職務しかない。
「卒業したら公務に追われるからと、学園で自由にさせ過ぎたな」
一応、苦言は言っていたが、耳あたりの良い事しか言わない者達の話しか、聞かないのだとアーシュレイは苦笑いしていた。
アーシュレイなど、会うたびに言っていたために嫌われている。おまけに避けられてしまう始末だ。
「楽しいですからね。学園は」
メリッサも同じく苦笑いしていた。気持ちは分かるからだ。
学園では自分に誰も叱責などしない。
身分はなく平等とは言ったものの、忖度は必ずある。卒業したら貴族生活に戻る彼等が、最上にいるアレク王子を持ち上げない訳がない。
小さな事でも褒め、顔を憶えてもらおうと擦り寄る。嫌な事はやらせず、好きな事だけをやらせる。
婚約者であったメリッサなら立場上苦言を言っても何もないが、身分の低い者達は違う。
平等平等とは言ったものの、万が一彼の機嫌を損ねさせ、家に何かあったら困るのだ。だから、平等でありながらも平等ではない。それが学園だ。
メリッサと、アレク王子の幼馴染みでもあるマークが、唯一特別なだけであった。彼だけは、アレク王子にも食い下がる。
間違いは間違いだと、強く言える無二の存在。
アレク王子は、王弟アーシュレイ同様に毛嫌いしていたけど。
「公と私は分けるべきだがね」
「アーシュレイ殿下の様に?」
メリッサは、つい思わせ振りに言ってしまった。
彼は学園でかなりの浮名を流していたらしいと、耳にした事があるからだ。
「殿下"も"色んな女性と、遊んでいたらしいですわね」
あくまでも噂。だが、真実に近い噂だ。
だから、アレク王子の味方なのかと、つい口を紡いでしまった。
「妬いてくれるのかい?」
その瞬間。アーシュレイが嬉しそうな笑みを溢した。
「……ち、違います」
メリッサは顔を逸らした。
何故だか、してヤラレた感がしたのだ。
「今はメリッサ一筋だよ。可愛い奥さん」
「〜〜っ!!」
アーシュレイはそう言って、メリッサの頬にキスを落としたのだ。
揶揄われているのだと分かっていても、胸が熱くなるのは抑えられないし、頬だって真っ赤に染まっていた。
「か、揶揄うのはおやめ下さい!!」
と距離をおこうとしたのだが、その腕を掴まれ失敗に終わった。
逆に、吸い寄せられる様に、自然に腕の中にすっぽりと収まってしまったのだ。
「本気ならいいのかい?」
「え?」
メリッサを包むアーシュレイの力が、少しだけ強くなった。その言葉と仕草に、メリッサの胸はトクンと跳ねる。
そして、メリッサの耳にアーシュレイの息が掛かった。
「本気なら、どうする? メル」
突然の愛称。それが、アーシュレイの甘い香りに絡んで耳朶に掛かる。
メリッサはその甘美な声と言葉に蕩けてしまい、もう何もかも逆らえなくなってしまった。
腰が砕けそうで、堪らずアーシュレイの腰にしがみつけば、今度はその瞳に捕まった。
優しく甘い蒼い瞳に酔ってしまったメリッサは、頬を染めアーシュレイの瞳から逃れられなかった。
「愛してるよ。私のメル」
その気がなくても、頬を染め強請る様に誘ったのはメリッサ。
当然、その口に、アーシュレイの甘く蕩ける様な口付けが落ちてきたのは、言うまでもなかったのである。




