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双竜は藤瑠璃の夢を見るか  作者: 結城星乃
第一幕 天昇
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第8話 旅の始まり 其の四



 香彩(かさい)は転んだ時に膝と手をついたらしく、そのままの状態でしばらくじっとしていた。

 (りょう)は心配そうに香彩の顔をのぞき込み、竜紅人(りゅこうと)は半ば呆れ気味に嘆息する。

 香彩が立ち上がり、衣服についた汚れを払う。

 その手の、庇うような様子を竜紅人が見逃すはずもなく。



「ほら、手。見せてみろ」

「……本当に何で分かるんだろう?」



 香彩が素直に両の手を開いて見せる。

 石版の角で切ったのか、切傷や擦傷があり、僅かに血がにじみ出ていた。

 竜紅人は自分の左手を軽くそえて、右の手の平を翳す。

 きん、とした冬の澄み切った空気のような『気』の中に、感じられる癒しの暖かさが、まるで冬の日差しのようだと表現したのは香彩だっただろうか。

 常人には見えない、ほのかな白い光がそっと香彩の両手を包み込む。

 『神気』と呼ばれるものだ。

 竜紅人にとってごくありふれたの癒しの『力』だ。

 だが人々はこの『力』と『気配』を奇跡だと言い、神聖なものとして崇めて立てる。

 竜紅人が手を下ろした時には、香彩の掌にあった傷はどこにも見当たらなかった。



「いつ見ても凄いって思うんだけど、竜紅人ってやっぱり真竜なんだね」



 療に向かって香彩がそう言うと、療は再び笑い出す。



「やっぱりって! 香彩には竜ちゃんが何に見えてるの?」

「だって竜紅人、人形(ひとがた)になってから妙に人臭いんだもん。昔はさ、小さい蒼い竜の姿だったから、ああ竜なんだなぁって思ってたんだけど」

「竜ちゃん、まだ幼竜(おさなりゅう)だもんね」



 仕方ないよ、と療は可笑しくて堪らないといった様子で、笑いながら言う。

 幼竜、という言葉のあまりの似合わなさに、だがそういえばとばかりに、香彩はまじまじと竜紅人を見た。

 

 竜紅人はげんなりとした様子で嘆息する。



「療……お前なぁ。その言い方されると俺が子供みたいだろうが」

「でも、『覚醒』までは幼竜。事実だろ?」



 にっこりと笑う療の姿に、竜紅人は頭痛を覚えたのか額を手の平で覆う。

 先程まで香彩を子供扱いしていた竜紅人だが、竜紅人自身の『肉体年齢』は確かにまだ、『子供』なのだ。



 真竜は成長過程で、ある時を過ぎると人形しか取れなくなる。

 『覚醒』が起き、再び竜形を取ることが出来て、初めて成竜として認められるのだ。



「療って真竜の『覚醒』って見たことある?」 



 香彩の言葉に療は、勢い良く首を横に振った。



「ないない! 滅多にお目にかかれないよ、そんなの」



 どんなのなんだろう、どうだろうね、と話す香彩と療の姿に、竜紅人は何かを悟ったのだろう。すたすたと彼らの前を歩き始める。


 竜紅人の心情はとても複雑だ。


 

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