第17話 偽りの夢 其の三
憮然とした表情でいつもの愛嬌もなく、では行ってきますと応えを返した香彩が、大広間を出たのを見計らって、紫雨は大きく息をついた。
機敏に反応を返す姿が憎らしくも愛らしく、どうも構い過ぎてしまって良くないなと思う反面、構うことで自身を誤魔化しているのだという自覚はあった。
現にたった数日、香彩に会わなかっただけだというのに、返す反応の微妙な変化を感じてしまう。
その要因となっているものに心当たりがあって、まさかと思う気持ちと、いつの日にか必ず向き合わなくてはならないのだという気持ちが相俟って、心の奥深くで影を落としている。
恐ろしいのだ、と紫雨は無意識に震えがくる手を忌まわしそうに見やり、ぐっと力を込めて握り締める。
本当に恐い思いをした者がいる。その者のことを考えると、自身が『恐ろしい』と感じてしまうこと事態が、烏滸がましいのだ。
(……いつか)
そう、いつか。
告げなくてはならない。
なるべく早くに。
警鐘を鳴らすこの心はまさに『縛魔師の直感』だ。
ふと障子戸を見ると、尖った耳と足元まである髪という、とても特徴的な人影が映っているのを見つけて、再びため息をつく。
「……気配を消して来るのはやめろ。俺が無意識に警戒するだろうが」
「おや? そうでしたか。それは申し訳ないことをしました」
そう言いながら障子戸を開けて、大広間に入ってきたのは、叶だ。
「咲蘭なら湯殿だが?」
「……それはそれは。後で様子でも見に行きましょうかねぇ?」
「──香彩も湯を使ってる。妙なことに巻き込んでくれるなよ」
「冗談ですよ。嫌われたくないですからねぇ。咲蘭にも、香彩にも」
にっこりと笑ってそう言う叶に、お前の冗談は洒落にならんと、紫雨が返す。
「湯殿へ行けるくらい、元気なって良かったですよ。本当に」
「……日頃の行いとは大事だな。本心で言ってるんだろうが、全く信用が出来ん」
そんなひどいと、わざとらしく言う叶を一瞥して、紫雨は卓子の前まで戻り、座る。
叶も紫雨の向かい側に腰を下ろして、小さく息をついた。
「──聞かないんですね」
何をだと返そうとした紫雨だったが、すぐに先程の『事情聴取』だと思い当たる。
「聞いたところで、素直に白状するお前じゃないだろうが。それにお前に暴露させる体力は、咲蘭と香彩に持っていかれたのでな」
いつ入れたのか覚えていない、冷めきった香茶を一口飲む。
ひんやりとした液体が、喉を通り、臓腑の奥へと染み渡るのが分かる様だ。身体が冷えてしまうが、今はこの冷たさが、靄がかかった頭には丁度良い。




