第15話 偽りの夢 其の一
狂ってしまう。
貴方が僕の所為で狂ってしまう。
狂い逝く貴方を、苦しくて途切れそうな意識の中で、ずっと見ていた。
ずっと……。
またあの夢だ。
そんなことを思いながら、香彩はゆっくりと目を開けた。
先程の様な痛みはないかと、恐る恐る視線を動かせば、目の動きがとても軽いことに気付く。
障子戸が視界に入った。
宵月夜色に染められていた障子戸は、今はとても綺麗な瑠璃色へとその姿を変えていた。
朝を迎える陽と闇夜が共存し溶け合い、風景をそして空気までも瑠璃一色へと染め上げられる様な、そんな刻時に目が覚めてしまったらしい。
緩々と起き上がると、今までの身体の重みや苦しさが嘘の様に軽かったが、やはり体力を消耗したのか、どこか気怠さが残っている感じが取れない気がした。
大広間を見渡せば、使われた形跡のある寝具一式と、卓子に片肘を付いて眠る紫雨の姿を見つける。
しばらくの間、何も考えずぼうっとして眺めていると、視線を感じたのか、紫雨が薄く目を開けた。
「起きたか。……どうだ調子は」
「まだ少し怠いけど、でも大丈夫」
紫雨がやおら立ち上がり、香彩の側に座ると、額にそっと触れた。
早朝の少しひんやりとした空気に身体でも冷えたのだろうか、その手が心地良く温かく感じられて、香彩は小さく息を付く。
「熱は下がった様だな。どこか苦しいところはないか?」
「うん……身体は楽になったんだけど、気持ち悪いから、ちょっと湯を使いたい気分」
くつくつと笑いながら紫雨は、香彩の額から手を離すと、そっと頭を撫でる。
笑い声は止みそうになくて香彩はむっとした。
「すまん、咲蘭と同じ様なことを言うから、ついな」
「──咲蘭様?」
「お前の隣で寝ていただろう? 気付かなかったか?」
香彩はきょとんとして、もうひとつの空いている寝具を見た。
使用した形跡のある寝具は、それでもきっちりと整えられているのを見て、なるほど確かに彼らしいと香彩は思った。
他の者だと寝具の上掛けが身体の形のまま半円を描いていたり、下手をすれば捲られたまま放置する者もいる。
香彩自身もその辺りは、意識しなければかなり大雑把な方だ。そのことでよく竜紅人や咲蘭に怒られている。
咲蘭が隣で寝ていたということは、彼もまた『充てられた』のだろう。




