第68話 幕開け
『柊』が視ている。
限りなく気配を薄くしていたが、確かにこちらを、そして覚醒を成した真竜を見ている。
介入する時期を伺っているのは明白だった。
彼らを確実に押さえられると、接触出来ると分かった時に『柊』は動き出すのだろう。
かつての罪人と忌子を始末する為に。
青年はくつくつと嗤い、彼らのいる離れを視る。
自分と『柊』の遠見の力に気付いているのは、たったのひとり。
敢えて見て見ぬ振りをしているのだと青年は理解していた。
こちらがこれから成そうとしていることに気付いているのか、それとも好都合だとでも言うのか、静観を続ける彼に、ある一種の不気味さを青年は感じる。
(……それこそ、神が神たる所以なのだろうが)
敷かれた道筋を違えば、彼は出てくる、容赦なく。
だが、それはあまりにも分かりやすい。
(そう……彼を表に出すには、違え続ければいい)
材料を与えれば、誰かが必ず道を外れるだろう。条件は揃っている。
そしてそれは『柊』にとって、またとない機会に繋がるはずだ。
「……本当に恐ろしいなぁ、我らの主は」
青年の言葉に、是、と応えが返る。
天妖の子を地へ引き摺り降ろす餌に使った『光』といい、果たしてどこまで読んでいるのか分からない。
だが確実に『彼女』の望んだ方向へ進んでいるのは確かだ。
青年は悠然と笑みながら、『力』を行使する為の印を結ぶ。
『彼女』と同質の『力』が、『忌子』の作った宿の離れの結界に覆い被さった。
やがてそれは『同質の力を持つ者』同士、分解され融け合い、ひとつのものへと変わるだろう。
全ては『彼女』が望んだことだ。
ならば従い、動くまで。
「では主の望むままに、参ろうではないか。那務羅よ」
「承知仕りました。風丸様」
闇に紛れる様に姿を消す二人を、『柊』の眼はじっと見つめていた……。
【第一幕 天昇 完】




