第61話 天昇 其の一
答えが、すとんと心の中に落ちた刹那が、まさに神妖の『聲の力』が届かなくなった瞬間だった。
彼女は駆ける。
物悲しくも、か細い鳴き声を、唸る獣のそれに変えて。
硬い岩をも裂ける、強靭な獣の鋭爪を、念を振り払うように、陰の気の持ち主に振り翳す。
彼女の鋭い虎獣の爪は。
「ならぬと、言ったはずだ」
陰の気の持ち主と、彼女の間に入った彼君の持つ鋭爪によって弾かれた。
神妖、天妖独特の神気の混じった妖気が、彼君の背後にいた三人に、飛び火のように降り掛かる。
それをかろうじて防いだのは、藤色の髪をした少年だった。
彼女はその身を翻し、優美な虎の四肢で地を踏む。
世を嘆き哀しむような鳴き声が、威嚇のそれへと変わった。
「身の内に、雛と術師と真竜を飼われるとは、酔狂な」
彼君は無言で、彼女を見下ろしている。その瞳に宿る感情は、無に見えて、自分のものに手を出そうとした、彼女に対する怒りの様なもので揺れていた。
紫闇の瞳は魔妖の証。
赤みがかったそれは、妖力が充足している証。
彼女もまた同じような眼をして、彼君と背後の三人を見やる。
「しかも、陰に塗れた者など、ほんに酔狂なこと。その陰の者がどれほどの業を背負っているのか、分からぬ貴殿ではありますまい」
絡み付く念は、四肢を縛り、地へと縫い付けようとする。
天へ駆け、昇る為の『力』 すら奪われて。
何も応えを返すことなく、彼君の指先が、真竜へと向けられた。足元には探していた子供達の姿がある。
だが不思議なことに、真竜も子供達も天を仰いだまま、微動だにしない。
すっ、と。
鋭い爪のある彼君の指が、くるりと宙で円を描いたと思うと、ゆっくりと降ろされた。
その、瞬間だった。
燦然と輝くその身体に、思わず眼を細める。
真竜から立ち昇り行く、優々たる汚れのない神気が、ただひたすら真っ直ぐに、天に向かって伸びていたのだ。




