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双竜は藤瑠璃の夢を見るか  作者: 結城星乃
第一幕 天昇
62/110

第61話 天昇 其の一


 

 答えが、すとんと心の中に落ちた刹那が、まさに神妖の『聲の力』が届かなくなった瞬間だった。



 彼女は駆ける。

 物悲しくも、か細い鳴き声を、唸る獣のそれに変えて。

 硬い岩をも裂ける、強靭な獣の鋭爪(えいそう)を、念を振り払うように、陰の気の持ち主に振り翳す。


 

 彼女の鋭い虎獣の爪は。




「ならぬと、言ったはずだ」



 陰の気の持ち主と、彼女の間に入った彼君の持つ鋭爪によって弾かれた。

 神妖、天妖独特の神気の混じった妖気が、彼君の背後にいた三人に、飛び火のように降り掛かる。

 それをかろうじて防いだのは、藤色の髪をした少年だった。

 彼女はその身を翻し、優美な虎の四肢で地を踏む。

 世を嘆き哀しむような鳴き声が、威嚇のそれへと変わった。



「身の内に、雛と術師と真竜を飼われるとは、酔狂な」



 彼君は無言で、彼女を見下ろしている。その瞳に宿る感情は、無に見えて、自分のものに手を出そうとした、彼女に対する怒りの様なもので揺れていた。


 紫闇の瞳は魔妖の証。

 赤みがかったそれは、妖力が充足している証。


 彼女もまた同じような眼をして、彼君と背後の三人を見やる。



「しかも、陰に(まみ)れた者など、ほんに酔狂なこと。その陰の者がどれほどの業を背負っているのか、分からぬ貴殿ではありますまい」



 絡み付く念は、四肢を縛り、地へと縫い付けようとする。

 天へ駆け、昇る為の『力』 すら奪われて。



 何も(いら)えを返すことなく、彼君の指先が、真竜へと向けられた。足元には探していた子供達の姿がある。

 だが不思議なことに、真竜も子供達も天を仰いだまま、微動だにしない。



 すっ、と。

 鋭い爪のある彼君の指が、くるりと宙で円を描いたと思うと、ゆっくりと降ろされた。

 その、瞬間だった。




 燦然(さんぜん)と輝くその身体に、思わず眼を細める。

 真竜から立ち昇り行く、優々たる汚れのない神気が、ただひたすら真っ直ぐに、天に向かって伸びていたのだ。

 

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