第39話 怪訝の目 其の一
療は、風丸と那務羅の去った方向を見つめながら、深い無力感と虚脱感に襲われていた。
波が引く様に手足から力が抜けて、立ち据わる力すら無くなって、その場に座り込む。身体の中を流れる血の動きが、鈍くなった気がしていた。視野はどこかぼんやりと霞む様。全身の関節までもが、どこか気怠いというのに、何故か頭の中は妙に冴えていた。
療の心の中には焦りと後悔があった。
あの二人の鬼に対して自身の抵抗を止めたこと、そして臨戦体勢だった叶と紫雨を止めてしまったことが、果たして良かったのか。もっと他にやり方があったのでは、寧ろ一斉に攻撃を仕掛ければ、香彩と咲蘭を助けることが出来たのではないか。
彼らは既に香彩と咲蘭を連れ去り、この場所にはない。鬼の跳躍力と走行力を持ってすれば、この僅かな間でも遠くまで駆けて行けることを、療はよく知っていた。
人ひとり抱えていても、相手は成人した鬼だ。まだ子供の内に入る療には、追い付くことが出来ないだろう。そして療が追いかけて来た時点で、香彩と咲蘭がまた傷付くことは明白だった。
今更考えても仕方のないことを考えているのだという、自覚はあるというのに。
ぐるりと。
暗澹たるものが心の中に染み渡り始め、やがて頭の中にも広がり、掻き回される様だった。
心の奥にある、どろっとした黒い物の中で溺れないように苦しみながら喘いでいる。助けを求めながらも、この場所が自分に一番相応しいのだと、差し伸べられた手を振り払い沈んでしまいたくなる苦しさ。
どろどろと、心の中から溢れ返るこの感情が何なのか、療は戸惑いながら答えを探す。
そんな療の頭に、そっと添えられる手。
「すみません……療。お前には辛いことを、させてしまいましたね」
叶の言葉に療が、はっとする。
気付いてしまったのだ。
自身の中の黒い物が、一体何なのか。
焦りや不安、落胆や幻滅に似た何かが、口から叫びと共に吐き出されそうだった。
それは罪悪感だ。
状況がどうであれ、紫雨と叶を止め、あのふたりの鬼を行かせてしまったこと。
風丸と那務羅が、自分と因縁のある関係者であり、よりにもよって自分の命の恩人の、大事な者を拐っていったこと。
そして。
(……彼らが、里愛良と何らかの関わりがあること)




