第38話 幕間 ―柊 ―
かくんと開くのは、髑髏の下顎骨かがくこつだ。
蝋に火を灯し、中に差し入れれば、ほのかに内側が明るくなる。
眼窩から洩れる淡い光が、白土の壁に影を落とす。
僅かに揺れる灯火が映し出すそれは、まるで伸び切った髑髏の嗤う様。
くすくす、と。
くすくす、と。
女童の鈴を転がした様な、嗤い声がする。
くすくす、と。
くすくす、と。
面白いものを見つけたのか、とても楽しそうに女童は嗤う。
「何かあったのか? 『柊』よ」
女童に話し掛けるのは、妙齢の女だ。
女の方へ振り向く女童の、肩で切り揃えられた紅髪がふわりと揺れた。白磁器の肌に、身に纏うきらびやかな神具が、よく似合っている。
紅を挿した口唇がにこりと笑うが、その瞳は真円を描いたまま、閉じることはない。
くすくす、と。
くすくす、と。
女童は嗤う。
「……忌子と黒王が、鬼に拐われた模様」
そう言いながらも、女童の目は決して女を見ることはない。
女童は『柊』と呼ばれている。
生まれた頃より今を見ることを許されず、遠くのあらゆる出来事を、その脳の内で『視る』ことができる『遠見』の力を持った者の総称だ。
女童に名は無い。
ただ生まれ堕ちた日から、盲目の真円の目を持って、仕える『家』の為に遠くを見渡すのみ。
「……ついにあの鬼どもが動いたか」
「是」
真円の目の幼女は、三日月のように口をうっすらと開き、嗤う。
「彼君の『力』に揺らぎがございます」
女童の言葉に女は怪訝そうな表情を見せた。
「揺らぎとは何だ? 『柊』よ」
くすくすと嗤いながら、『柊』は遠くを見据える為か、その真円の目を更に大きく開けたように見えた。
眼球の中に映る、髑髏から漏れる幽かな光が、何と不気味なことだろうかと女は思う。
「揺らぎは揺らぎ。天からの制約にございましょう」
「……制約、とな」
「是。この目には、しかと見えてございます。天より伸びた幾多の光の糸が、彼君に絡み付いております」
『柊』は言う。
その光の糸は時が経つにつれて、少しずつ数を増やしているのだと。
「彼君の『力』は制約により揺らぎ、やがては消えゆく運命。そうなれば国境に敷かれた結界もまた揺らぎが生じ、綻びが生まれましょう」
「──何と……」
女は天を仰ぎ見る。
自分の犯した過去の過ちに、暗澹たる思いに駆られて日々を過ごし、引き摺るようにして生きてきた。
それが清算できるのだ。
(……あの罪人と忌子に今度こそ)
今度こそ……。




