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双竜は藤瑠璃の夢を見るか  作者: 結城星乃
第ニ幕 海容
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第35話 二人の鬼 其の三



「──っ!」



 りょうが息を詰める。

 『力』ある言葉が発せられ、那務羅なむあみが二本の指で咲蘭さくらん)¥》の肩甲骨のある一点を丸く描くと、その部分が淡く光り出した。


 ずぶりと。

 二本の指が易々と光の中に入り混む。


 やがて那務羅の大きな拳が、光の中へ消えたかと思うと、何かを掴んで引き摺り出す。

 それは咲蘭の背にると謂われている。




 黒翼、だった。




 片翼だけを無理矢理引き摺り出す光景に、療は絶句する。

 那務羅が翼の折りたたむ部分を、何かの意志を持って掴んだ、その時だった。



「……どうやら来たようです」

「やっとお出ましか」



 衰えるにも程がある、と嗤う風丸かぜまるに那務羅が同調する。



「もう、行かれますか?」

「否。どうせ奴らは手も足も出ない。見せ付けてやってからでも遅くはないだろう? 見て見ぬ振りをして高見の見物をしていた彼君が、どのような反応をするのか……見ものだな」



 やれ、と風丸の鋭い口調が飛んだ。

 那務羅が何をしようとしているのか。

 容易に想像が出来てしまって、療が制止の声を上げる。

 何の感情も示さなかった那務羅の眼が、冷たいというよりもむしろ、残忍な光りを帯びたように見えた。

 黒翼を掴み、咲蘭を見下ろすその表情に変化はなかったが、その眼だけが爛々としていた。

 飢え、乾きを覚え、もがいていた獣が、待ち望みようやく得た獲物を一舐めして、じっくりとその味を確かめようとするかのように。

 じわり、じわりと力を加えながら、那務羅は翼の根の部分をぐっと引っ張り上げる。

 彼の腕力を持ってすれば、黒翼を折り、ぎ取ることなど、容易いはずだ。


 気を失っていた咲蘭が、苦悶の声を上げる。痛みによって見開かれた目は、やがてきつく閉じられた。

 険しい表情と、苦痛に耐える為に無意識に那務羅の衣着を握り締める咲蘭を見た療は、再び制止の声を上げながら、自身の溢れ出ていた『力』を全て抑え込んだ。



 風丸が冷笑を浮かべながら、那務羅に再び合図を送る。

 痛苦つうくの声が止んだ。

 咲蘭の荒々しい息遣いだけが、辺りに響く。

 那務羅が未だに黒翼を掴んでいた。

 妙な真似をすれば合図ひとつで、この翼をぎ取るぞとばかりに。


 だがその眼は。

 療の後方を牽制している。

 きつく閉ざされていた咲蘭の瞳がうっすらと開く。彼もまた療の後ろにいる人物を見ていた。


 先程とは全く異なる、緊迫した空気が辺りを包む。

 それは風丸と那務羅の気配の在り方が変わったのだと、療は気付いていた。

 相手が自分達の種族にとって、格上の存在であったが為に。


 療の背後で息を呑む、ふたりの気配がした。

 やがて膨れ上がる妖力と術力に対して、阻んだのは療だ。



 駄目だ、駄目だ。

 駄目なんだ。



「──かのと様っ!! 紫雨むらさめっ!!」



 香彩かさい咲蘭さくらんを捕らえている二人の鬼を、まるで庇う様に両手を広げる療に対して、激昂したのは紫雨だった。

 紫雨からすれば当然の反応だっただろう。自身の生命にかえてでも守りたい大切な存在である子供が、正体の知れない鬼にいだかれ、ぐったりとしていたのだから。


 だが療は知っていたのだ。

 今は横抱きにされて見えないが、香彩の首には引っ掻いた様な横一線の傷が、複数あることを。

 それは紛れもなく、咲蘭が風丸に対して威嚇した数なのだと。




「──っっ……ああぁぁぁぁぁっっ……!!」



 空気を切り裂く様に。

 絶叫が響き渡る。



 声の主を探ればそれは……。


 

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