第34話 二人の鬼 其のニ
あの時、何のためらいもなく、感情を表に顕すこともなく、療の左腕を折ったのは那務羅だった。あまりの一瞬の出来事に療は、一体何が起こったのか分からなかったことを覚えている。
妙な方向へと曲がった、左腕にようやく痛みを感じたその瞬間、風丸が追い討ちを掛けて粉砕したのだ。外身はかろうじて残ったものの、その骨は粉々に打ち砕かれた。
療にとってそれは、豹変以外の何者でもなかった。
共に長候補として切磋琢磨していた彼が、突然仲間や里の幹部を引き連れて、療を捕らえに来たのだ。
長を弑し奉る罪人として。
目撃者がいたのだと、気配を残していたのだと言われた気がする。
何の冗談だとその場で療を庇った者を全て、一撃の下に叩き伏せ、逃亡を防ぐ為に更に足を狙いに来た那務羅を退けて、療は残った味方に庇われながら逃げた。
執拗に療を追い、表情を一切変えることなく、麗河の河瀬に叩き付けたのは他でもない、この屈強な一本角の男だ。
ああ、と。
何かを思い出した様な言葉を風丸が発する。
「そう言えば真竜がいたな。彼の神気であれば多少は苦しいだろうが完治はする。自身を喰わせる盟約でも交わして、治させたか?」
療の顔色が朱色を帯びる。
怒りとも屈辱とも取れる逆立つ感情のままに、療の妖気が溢れ出した。
時折身体に纏わり付く霹靂神の感触が妙に懐かしい。
城では大司徒の護守もあり、療の妖気はほぼ無効化される。また城外に出たとしても、雷を伴う程の『力』を使う機会などほぼ無いに等しく、療は過去にこの二人と対峙した時以来の『力』を、表に顕現させたのだ。
それでもこの二人には敵わないことを、療は身を持って知っていた。
紫雨と同等程の長身を持ち、容貌魁偉かつ屈強な大男である那務羅と、細身の青年でありながら、雷鬼である療を超える妖力を持った風丸。
己の中に未だに恐怖は巣喰っている。
それでも療はいつでも攻撃に移せるよう、体勢を整える。
そんな療を、風丸は嗤うのだ。
「そこの綺麗な顔をした参謀さんにも言ったんだがなぁ、療。そろそろ分かって貰いたいものだな。今、置かれている立場というものを」
風丸が那務羅の方を見やると、何かの合図のように顎をしゃくる。
那務羅は横抱きにしていた咲蘭を、そのまま地に座らせる具合にして降ろし、その上半身を背中が見える様にして、那務羅の腕に寄り掛からせた。
空いた片腕が咲蘭の背を軽く撫で、ある一点に辿り着く。
それは、肩甲骨の上部分。
「──翼切という言葉を知っているか? 療」




