第31話 竜紅人 其の六
ぽつり、ぽつりと。
鋭爪を伝って、地に落ちるものがある。
滴るそれを舐め取って、口の端を紅に汚し、美味だと言う存在を、咲蘭は忌々しくも見ていることしか出来なかった。
微かに漂う妖気から、竜紅人の姿をした存在は魔妖なのだと分かる。
しかも魔妖の中でも、人を食糧とする種属のものだろう。彼らは人の中でも特に術者を好み、その血肉は至福の甘露なのだという。
(……ここに療や叶がいれば分かるのでしょうが)
同族は気配が探りやすい。
巧みに真似られ作られた神気の中に隠された妖気が、どういった種属のものなのか分かるはずだ。
鬼か、それとも何か獣の類いか。
気配を探ろうにも、咲蘭の力ではここが限界だった。
刀剣の持つ手に無意識の内に力が入る。
咲蘭の目に映るのは、ぐったりとしてついに動かなくなった香彩の姿だった。
拘束された左手首に見えるのは紅の鎖だ。
同じ様なものが竜紅人であった存在の左手首にもあり、逃がさないとばかりに結びつけているのだ。
真竜の手に変化した右手は、その鋭爪を再び香彩の首にあてがい、咲蘭を牽制している。
その紅の一線を。
再び加えられたら、どうなるのか。
咲蘭は動けずにいた。
一撃を加える隙を探ってはいたが、徐々に虚ろになっていく香彩の瞳を見て、その変化を見て、咲蘭は探ることを一切止めた。
香彩と視線が合っているはずだった。香彩は自分を見ているのだと、咲蘭は思った。だがあまりにも空虚なその瞳の色に、咲蘭はようやく香彩が、『この世界を見ていないのだ』と気付いたのだ。
「──っ、香彩!」
咲蘭の呼び掛けに、香彩がわずかだが反応を示す。瞳にほんの少し、光が戻った様な気がした。
だが。
「おっと。お姫様はそろそろ気持ち良く、夢を見ている時間だ。起こさないで貰えるかな」
にこりと嗤いながら竜紅人の姿をした存在は、その鋭爪を器用に操りながら、香彩の頤を掴む。
より良く咲蘭に、『今』の香彩を見せ付けるかのように。
僅かに爪が掠ったのか、頬にある一線から溢れだす血液が竜紅人の手を濡らすが、彼はそれを嬉々として舐め取るのだ。
香彩は全くといっていいほど反応を示さず、目は咲蘭を向きながらも、別の何かを見続けている様だった。
その綺麗な翠玉の色をした目が、禍々しいまでの紅に染められていく。




