file103 迎えと、向かい
昨晩はやかましいほどに賑やかだった。
皆テーションが上がっており、話も盛り上がるは、酒も進は、お祭り騒ぎ。普段ほどんど酒など飲まないバートンですら、ぐでんぐでんに酔っぱらってしまった。
たまには許されるだろう。
バートン、チャップ、カノン、アノンと昔話をして、女性たちは呆れたように、子供を連れて寝室に引っ込んでいたのだった。
女性たちがいなくなってからも、夜遅くまでお祭り騒ぎは続き、その勢いのまま、皆死ぬのように眠った。
準備していた寝室を使うことはなかった。
気が付けばテーブルに突っ伏して、朝を迎えていたのだから。
二階から下りてきた子供たちの声で、バートンは目を覚ました。
「パパ、行儀わる~い」
かすむ目をこすり、バートンは時計を確認する。
朝、八時半。昨日は何時に寝ただろうか?
十二時は軽く回っていたような気がする。酔っぱらっていて、憶えていないが……
昼過ぎにミロルを迎えに行くことになっているから、それまでには酔いもさめるだろう。
「聞いてるの?」
「ああ、聞いているよ。ついね、話しが盛り上がっちゃって、気がついたら眠っていたんだ……。面目ない……」
「風邪ひくよ」
パジャマ姿のサムは寝ぐせのついた、髪の毛を手櫛しながらバートンに言った。
「心配ありがとう」
子供に注意されるとは……父親としてどうなのだろう……?
頭が痛かったが、バートンは何とか顔に出さないように注意した。
子供たちに続くようにして、女性陣も二階から下りてきた。
「わ、一晩中飲んでたの?」
チトはテーブルの上に突っ伏している、男たちを見るなり馬鹿にしたような声を上げた。その声で、チャップは目を覚ます。
「あ……いつの間に……?」
目をこすり、呂律の怪しい声のチャップ。
「あなたも起きて顔洗いなさいよ」
ローリーはアノンの下に歩み寄って、肩をゆすった。
アノンは一、二度目をパチパチして、「ああ……。ウッ……頭が痛い……」と頭を押さえた。
「何時まで飲んでいたの?」
「憶えていない……」
「まあ、いいけど。昼過ぎまでには酔い冷ましといてよね」
「ああ……」
言ってアノンはゆっくりと立ち上がり、洗面所に向かった。
泥の中を歩いているかのように、足下がおぼつかない様子だ。
「あなたも、酔い冷ましてよね。ミロルを迎えに行かなきゃならないんだから」
「ああ、大丈夫だよ。酔うのも速いけど、醒めるのも速いから」
自慢げに言って、バートンもアノンの後を追うように洗面所に向かった。
*
萎れた花に水を注いだかのように、バートンは顔を洗いシャキッとした。少し頭は痛むが、昼になるころには酔いは完全に抜けているだろう。
ミロルを迎えに行くまでに買いに行かなければならない物もあるし、いつまでも酔ってはいられない。
「もう大丈夫。バッチリだよ」
強がりではなかった。
昨日のうちにほとんどの準備は終えていし、後は時間が来るのを待つ状況だった。だが、じっと時間を待つわけにはいかなかった。
バートンはまず服を着替えて、あるものを買いに行った。
それはどこでも買えるものだが、なるべく似たものがいい。昔の記憶を頼りに、その場所を突き止めて、バートンはそれをみんなの分購入した。
家に帰って来たころには昼前になっていた。
バートンは一足先に昼食を済ませ、ミロルを迎えにゆく時間になった。
「それじゃあ、行ってくるよ」
皆に見送られながら、バートンは本日の主役を迎えに行くのだった――。
*
1969年7月20日。
一人の老女はこの日、ある人物に会うために刑務所を訪れていた。
カレンという女性から、すべての話を聞かせてもらったあの日から、老女は悩みに悩み抜き、そして、自分なりの答えを出した。
刑事さんは自分にそのことを話すのを拒んでいたようだ。
あの人はやさしい人だから、そうとう悩んだ末に出した結論なのだろう。
真実を打ち明ければ、私が悲しみ、自分を責めるようになる、と。
話を聞かされてからの、数日は自分を責めなかったと言うと嘘になる。自分という存在がいなければ、死ななくてもいい人が何人いただろう、と。
だが、我が子を愛するこの気持ちは本物なのだ……。
脳梗塞で倒れ、記憶障害を起こし、何も憶えていないが、我が子を愛しいと思う気持ちは揺るいでいない。
カレンに教えてもらうまでは、この気持ちの正体が自分でもわからんず困惑していたが、説明されるとすんなり納得ができた。
デモンを愛しているのと同じように、自分はまだ我が子を愛している。
どんな子供だろうと……。
だから、ちゃんと向き合わなければならないと、想った。
病院を退院し、モーガンはランゴー村に戻ってきていた。
ランゴー村の人々は皆、心から自分の退院を喜んでくれた。それを客観的に見て、モーガンという老女がどれほど皆から好かれていたのかを知ることができた。
自分のことなのに他人事のようでおかしな感覚。
自分の体に別人の魂が入っているような感覚。
自分はこの村にいていいのだろうか? と。
自分は村の人たちが知る、モーガンという老女ではないのに。姿形は同じでも、心は違う……。いや、本質的なものは同じでも、モーガンという女性が積み上げてきた人生を自分は持たない。
これから先の人生、色々な経験をしようと、モーガンだったころの心を取り戻すことはできないだろう。昔の自分はすべての記憶を忘れたがっていた。
その夢は叶った。
だが、自分には実感がないのだから、困ることばかりだ。
相手が自分のことを知っているのに、こっちは相手のことを何も知らない。これは、本当に困る……。
村に帰って、一人の女の子が「おかえり」と言ってくれた。
女の子は自分の名前や性格などを知っているのに、こちらは名前すら知らないのだから。
自分が記憶を失っていることを話すと、一瞬驚きはするものの、皆優しく受け入れてくれた。
無理に想い出そうとしなくていい、記憶なら自分たちが持っている。
モーガンさんの想い出話を沢山聞かせてあげる、と言ってくれた。
誰かの記憶の中に自分がいる。死んでこの世にいない人でも、誰かの記憶の中で生きていて、本当に人間が死ぬのは誰からも忘れ去られたときなのだ、とモーガンは思った。
自分の家だという家の本棚に、昔の自分が書いていたと思われる日記を見つけ読んだ。他人の日記を盗み見るような、罪悪感を感じたが、これは自分の日記。
その日記には自分の知らない、自分の感じたことや、想い、そしていなくなった子供への言葉が綴られていた――。
病院を退院して、三日ほどが過ぎ、心の整理がついた日、モーガンはケットーというデモンの面倒を見てくれていた男性に頼みごとをした。
キプスさんの入っている刑務所に連れて行ってください、と――。




