私はオレ様が好き!
突然だけどうちの高校には王子がいる。
もちろん通称であって実際に王位継承権があるわけじゃないよ?
テストじゃ毎回当たり前のような顔をして必ず5位以内に名を連ね、一年生の優秀な人物がやることがほぼ暗黙の了解となっている生徒会書記に過去最高の速さで就任した。
部活ではサッカー部に所属していて、トップ下で司令塔?なんていう役割をやっているらしい。
本人は派手な活躍はなくても、いるだけではっきりと試合運びが代わったことが素人が見ても分かるレベルだって言うんだから凄い。
王子が風邪で休みを取った日の試合、今まで楽勝だった相手にボロ負けしたというのは今でも王子ファンの間で語りぐさになっている。
これで顔が残念ならまだいい。当然の如くかなりのイケメンで、親はだれでも知っているような大銀行の役員っていうんだから、天は二物も三物も与える人には与えるんだなぁ、と思ってしまう。
更に言うならば、だ。
性格もすこぶる良いんだよな。
だれにでも優しく、男女問わず友人は多い。
怒ったところを見たことがない、とまでいわれる。
で、付いたあだ名が「王子」。
本人はこのあだ名はあまり好ましいと思っていないようだけど、あだ名で呼ばれた時のはにかんだ笑顔が特に女性陣に大人気であり、そりゃもうあっという間に定着した。
今では二年生や三年生からも(特に女性陣からは)王子と呼ばれている。
当然、アタックした猛者たちは多いけど、今のところ全敗。
撃墜数はそろそろ3桁に届くんじゃないかという噂まである。
最近では非公式にファンクラブが設立されて、その牽制もあるお陰で一時の告白ラッシュは影を潜めている。
まあぶっちゃげ抜け駆け防止の織女協定的な感じなのかなー。
でも、それでも玉砕しに行く女子は結構いるらしいんだけど。
そして、私は、というと。
……この王子様に全く逆らえない立場だったりする。
まあ、なんでこういうことになったかというと当然理由があるんですけどね?
うちの国では本名の他に真名と呼ばれるとてもとても大事な名前がある。
本来は結婚式の時に旦那さんと交換するくらいしかやっちゃダメなのよ。
主に魔術的な理由で。
そんな大切な名前を事もあろうに、当時七歳の私はこの王子様と交換したらしいんですよ、ええ。
実はこの辺は全く記憶になくて、主に王子様の今までの発言とかから推察する限りにおいての想像でしかないんだけど、まあほぼ確定っぽいのね。
でまあ、私は王子様の真名を全く覚えていないんだけれど(だってそもそも交換したことすら覚えてないしー)、王子様はそうじゃなかったんだな、これが。
いや、まあね、よくもまあ七歳児にしては見る目があったと過去の自分を褒めてあげたいよ!?
正直、こんな今更少女漫画にすら恥ずかしくて登場させれないような完璧な男の子を、だ。7歳にして見極めた、その眼力。
自画自賛しちゃうね。……こらそこ、現実逃避とか言うな。
でも……私はオレ様が好きなんだってば!!!
やっぱ女の子たるもの、グイグイと引っ張ってもらいたいじゃん!?
今のところ私の告白されたいシュチュエーションの栄えあるナンバーワンは、壁ドンされた状態で「お前は俺のことだけ見てればいいんだよ」と言われることだ。
ええい、趣味悪いとか言うな。少数派だってことはわかってるよ。
鏡見ろ!?ええ、すいませんね。フツメンで。夢ぐらい見させてくださいよ。
先の尖ったメガネをかけていたせいで中学生の頃のアダ名は冷徹女史でしたが、何か!?
高校になってメガネ変えたし、正直そのあだ名が嫌だったから必死で勉強して、この地域じゃいちばんの学校に入ったから過去を知る人物は高校にはいない……筈だ。
ああっと、話がずれた。
王子は私の真名を握っているからといって理不尽な要求をしてくるわけでもないし、別に脅迫されているわけでもないんだけどね。
私が一方的に逆らえないでいるのは、王子との約束をこれっっぽっちも覚えていないという罪悪感と、バラされたりしたらどうしようという心配が五分五分といったところ。
王子は善人過ぎてまぶしすぎるオーラは放ってるし、むやみにそういう事を広めたりする人じゃなさそうなのはわかってるんだけど、さぁ?
王子が善人だからバラさない筈だから放置していいかって言うと、そうじゃないじゃん?
一方的に知られているだけという関係はなんだかこう、すごくおさまりが悪いというか、うーんなんだろ、このモヤモヤ感。
うまく言葉にできなくてもどかしいんだけど、こういった気持ちは理解してくれる人は多いと思う。
王子とは別に親が知り合いだったりもしない。そもそも近くにも住んでなければ高校まで学校が一緒だったということもない。
高校で始めて会った、はずなんだ。
初めて会った時の挨拶が
「ようやく見つけた」
だったから、え?と訝しんだら、
「……覚えてないの?」
と返されてしまった。
その後、他に誰も人のいない図書室で、耳元に小さな声で真名を呼ばれたときは、別の意味で魂消えましたよ、ええ。
「貴方どうしてそれを!?」
なんて言ってしまった。
そこで初めて明かされた(私にとっては)衝撃の真実、だった。
王子と私の間に接点らしい接点はないだけに、当時の私はどのようにして王子と接点を持って真名の交換なんてしてるんだと激しく問い詰めたい。
それでまあ、その後も王子の
「……お願い、できないかな?」
という上目遣い攻撃にやられて、クラス委員を筆頭にいろいろと雑務を引き受けるはめになり、今じゃ1年生だと2人しかいない生徒会の書記なんてやってますよ?
どうしてこうなった。
いやまあ、原因ははっきりしているけどね。
断ればいいことはわかってはいるんだけど、断りを入れるに入れれないんだ。
それでですね、こんなに人気のある王子の隣に私なんかが良く居るハメになってしまったんだ。
そりゃまあ、有形無形に嫌がらせ的なものはありましたよ。ええ。
ただまあ、今じゃすっかり落ち着いてますが。
どうしたのかって?いやいや、手荒いことはしてませんよ?
相手のニーズ(王子様に近づかないで!)を満たすことができないなら、別の方向でそれ以上の対価を与えればいいだけなんですよ。
ファンクラブの怖いお嬢様方からお呼び出しを喰らいました時にですね、「生徒会の激務の合間にうっかり居眠りしてしまった王子」の写真をご提供させていただいたわけですよ。
それからですね、生徒会の書記というものはですね、生徒会報なんぞというのも作ったりするわけですが、当然行事ごとに写真を取るわけですよ。
業者に頼めばいいんですが、そこは生徒の自主性を重んじるわが校ですから、写真撮ったりするのも生徒の仕事なわけです。当然。
でまあ、写真を撮ったりするような雑務は1年生の仕事なんですよね。
つまり、「偶然王子が写り込んだカット」なんてものも出せるわけです。
それだけではなく、王子は今日はこんな感じだった的なことも詳しくレポート出せますよ、という提案にですね、お姉さま方は感謝感激雨あられ。
無事商談成立、と相成ったわけです。
今じゃファンクラブ会員番号5番で、ファンクラブ会報に「本日の王子様」なんて報告を書いてますよ?。
そのおかげもあってか、ファンクラブの人員は倍増したらしいですよ?
私は安全を手に入れた代わりに更に仕事が増えたんですけどね?
何?王子売ってるじゃないかって?……乙女の危機の前には些細な問題です。
王子もこれを知っても「それがどうした?」位言って欲しいもんです。……まぁそれは望み薄かもしれませんが。
それでも、王子なら多少機嫌を損ねることはあっても、問題視する事はないだろう、という確信がありました。
ソレが私の一方的な思い違いであることを知ったのは、そんな生活を半年ほど続け、クリスマスも近づいたある日のことだったのですが。
冬休みも近づいたこんな時期ですが、生徒の自律性を以下略という方針のお陰で生徒会には仕事が溢れていて、今日も今日とて帰宅が遅く、二人でさあ帰ろうと教室から出たその時、突然王子からこう切りだされたのです。
「ファンクラブに僕の写真とか流してるって本当?」
いずれバレることは分かってましたし、素直に事情を話して理解してもらおうと思って、王子の目を見た瞬間でした。
あ、これダメだな。と直感的に理解してしまったのです。
何も言い返せないでいる私に大きくため息を付いた王子は、私の方に一歩また一歩と近づきながら、
「……正直、ショックだな。それとも君に取っては僕はそんなに魅力がない男かな」
「いや、そんな事は……」
近づかれる度にジリジリと後ろに下がりながら必死で考える私。……でも学校の廊下なんて大した広さもないし、早々と追い詰められる。
逃げようとした瞬間にかなりの勢いで左手を壁に突き出され、階段に近い側の通路は塞がれてしまいました。
……あれ、これってもしや憧れの壁ドンでは!?等と一瞬益体もないことを考えてしまう私。
その時には既に顎に右手を添えられてくいっと上げられています。
王子、顔近いですよ!?
「正直、写真を取られているのはわかっていたし、それが真名を交換した君だというのだから、悪い気はしていなかったよ。でも、ファンクラブに流す目的だったというのなら、許せることじゃないな」
「その、事情が……」
「どのような理由があれ、だよ。まったく、君の瞳に僕だけを映すにはどうすればいいんだい?」
あ、あれ?……もしかしてこれ憧れてたシチュエーションじゃないですか?
「真名を交換しただけじゃ捕まえれないのかな?全く、手のかかるお姫様だね。でも、諦める気はないんだ。……君は僕のことだけ見ていてくれよ」
セリフこそ異なるものの、憧れのシチュエーションに舞い上がって完全に脳みそが焼き切れた状態になってしまった私は、ほとんど条件反射的に
「は、はい!」
と答えてしまった。
王子はにっこり笑って、そのまま淡麗な顔が近づいて来て……程なく唇に温かい感触を感じる。
あれ、あれれ?
どうしてこうなった。




