後編
「まぁ討ち入りは冗談として……いっちょやりますか!」
「あ、冗談でしたか」
当たり前だろjkjk。
いくら何でもそこまで脳筋ではないわ。
私は彼をひと睨みついでに周囲を警戒してから講習会場を見上げた。
建物は石造りの三階建てで周りの建物と比べると結構大きい。
両開きの窓はどれもピッタリと閉められており、カーテンのせいで中の様子は分からなかった。
フムフムと鼻を鳴らしながら【スキル:盗賊の目】を発動する。
この技能は盗賊専門の便利スキルで、端的に言うと「培った経験と魔力を元に、対象をめっちゃ観察する」って代物である。
レベルが高ければそれだけ多くの情報が得られるのだが、残念な事にレベル15の今の私では、レベル15程度の情報しか得られないのだ!
「あ~、はいはい。二階の左半分に十五人前後の気配が集中してるね。これはワンチャン、見張りもなしに全員同じ部屋に居る可能性が……?」
「そんなまさか。流石に出入り口に一人位は見張りが居るでしょう」
「うーん。正面の方は野次馬が多いし、裏側からじゃ分かんないなー。でも少なくとも窓際に人の気配は無いよ。罠も無し」
そう言いながら目星をつけた二階の窓の下に向かい、壁に背中を預ける。
両手を上向きに組んで少し屈めば、それを足場にしてジャックが二階の窓枠に手をかけた。
いわゆる人馬ってヤツだけど、この言い方だと私が馬っぽいよね?
納得いかねぇ。
ヒョイと窓の外枠に乗ったジャックが慎重に片窓を引く。
思った通りだ。
唯一の鍵の掛かっていなかった窓が音も立てずに開いた。
「……」
無言で差し伸べられた右手を掴んでよじ登り、ジャックの後に続く。
中は薄暗い会議室のような部屋だった。
「(遠くから微かに声が聞こえる。犯人かも)」
警戒したまま扉に耳を近付ければ、僅かに拾う音が増えた。
──……じゃねぇ……がよ……! クソッ……
──…………な事…………です……!
残念。内容までは聞こえないよう。
そう小声で呟く私の背中を叩き、ジャックは手で「早く行け」と合図してきた。
え、行って良いの?
まぁいつまでもこの部屋に潜む意味はないか。
息を殺して扉の隙間から部屋の外を覗く。
やはり近くに人の気配はない。
通路は明るく、聞こえてくる声は男の怒鳴り声だと理解できた。
いやー、悪い予感がビンビンですなぁ。
私はジャックと目配せをしてから素早く部屋を出ると、木の床が軋まないよう注意しながら声のする場所に目星を付けた。
侵入した部屋の二つ隣──かなりの大部屋だ。
おそらく講習のメイン会場だろう。
現場はここで間違いなさそうだ。
大きな両開き扉の向こうから複数人の気配と言い争う声が聞こえてくる。
「リ、リーダー、落ち着いて下さ……」
「うるせぇこの裏切り者共! どいつもこいつも腑抜けやがって! こうなったらテメェら全員人質だっ!」
「そうよそうよ! あんたらはアタイのダァが冒険者に戻る為の踏み台なのよ!」
おぉ、盛り上がってるなぁ。
声の種類から察するに、男女二人が周りにキレてるようだ。
つか彼氏をダァ呼びって、いつの時代の人だよ。
「お二人共、同じ要求を持つ同志の事をそんな風に言うのは関心しません。とにかく人質で脅すなんて止めて、冒険者協会には文書で意見を……」
「うっせぇ! そもそもテメェのお花畑な説得が原因で仲間割れしてんだよ!」
「リーダー、クリスさんを責めんのは止めて下せぇ! クリスさんは俺らの今後を思って理性的な解決策を考えてくれてんです!」
「なぁんで人質に心開いてんだテメェはよぉ!」
あっ……(察し)
何があったかはさておき、これはチャンスだ。
興奮しまくってるみたいだし、よほど大きな音を立てない限りこちらの気配に気付く事はないだろう。
ジャックが杖を指したのを確認し、私は音も無くその場から離れる。
あの合図は魔法を使うって意味だ。
なら私は隙を突いて強襲するしか無い。
今のところ敵意があるのは二人の男女だけみたいだし、何とかなるだろう。
「(……よし。隣部屋は誰もいないね。お邪魔しまーっす)」
どうやらここは資料室のようだ。
積み上げられた資料には目もくれず、私は一目散に窓辺へ駆け寄るとスピード勝負とばかりに窓を開け放った。
外にいる野次馬の視線を感じながら、私は二メートル程距離のある隣の部屋の窓に向かって壁沿いに跳躍した。
どよめく野次馬の声をBGMに隣の窓枠に手足を引っかけ、流れるように膝で窓を蹴り破る。
「何だあの女!? 猿かよ!」という雑音と同時に、ガシャァァンとけたたましい粉砕音が響き渡った。
「うわっ!? 何だぁ!?」
敵が状況を理解する前に室内に飛び込み、見るからに殺気だっている二人の男女に礫を投げつける。
たぶんコイツらが立て籠り犯のリーダーだろう。
もし違ったらごめん。
「あだっ!? な、何だ、誰だ!?」
「痛っ! 何なのよ! 一体誰!?」
ヒット。
小石は刺青スキンヘッドの大男の額と、やけに露出が多い軽装備女の肩に命中した。
大男が手にした斧を構えて私に向き直る。
「いきなり何だてめぇは!? ブッ殺されてぇのか! あぁん!?」
「そうよそうよ! いきなり何なのよアンタ! 死にたいの!?」
いやさっきから何でわざわざ同じ事を言ってんだ、お似合いか。
「悪いリア充は爆発しろ」と念じながら、大男が扉に背を向けるようジリジリと位置を微調整する。
よし、この辺で……
ドォッ!
突如として扉が開き、三つの光の玉が回転しながら大男の背後をど突いた。
ナイスジャック!
でも欲を言うなら魔法の威力はもう少し抑えて欲しかった。
ローリング回避が成功したから良かったものの、一歩間違えば私も大男と一緒に吹っ飛んでたんだけど。
「キャァァ!? ダーリン!? 何がどうなってんのよぉ!?」
「こうなってんのよ」
キィキィ騒ぐ女の首筋にナイフを突き付ければ、漸く状況が理解できたのかスッと大人しくなった。
おけおけ。
他に敵は居ないよなと部屋を見渡せば、見馴れた灰色の髪の美少女と目が合った。
「ミ、ミオンさん……?」
「オッス、クリス。無事で何より」
「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました!」
後ろ手に縛られたまま「皆さん、もう大丈夫ですよ!」と人質達(寝返った立て籠り犯も含む)を励ますお人好しに呆れつつ、私は女を捕縛する。
視界の端ではジャックが大男を縛り上げているのが確認できた。
気を失っているとはいえ、あの巨体を縛るのは大変そうだ。
頑張れ。
「怪我人は?」
「うぐ……大丈夫だ。縛られて動けねぇが、皆意識あるぜ」
「この程度の奴らに不意を突かれるとは情けねぇ……」
「いてて。アンタら、本当にありがとな」
うわぁ。
新米冒険者が先輩冒険者を、しかも三人も助けるなんて貴重な体験だわぁ。
恩は売れるだけ売っとこう。
「大した怪我でないなら良かったです。すぐに縄を解きますね、キリッ」
「わぁ、ミオンさん、今日はいつもに増して優しいですね!」
「崇めよ。じゃなかった、私はいつも優しいのよ」
物言いたげなジャックの視線は無視して黙々と縄を解いていく。
中には見知った受付嬢のお姉さんもいた。マジ犯人許すまじ。
解放された人質達は礼を言うやいなやバタバタと外に知らせに行ってしまった。
怪我をしたプロ冒険者方はクリスの治癒魔法による治療が始まり、クリスの説得に応じた免停冒険者達は何故か大人しく並んで正座している。
情状酌量の余地を狙っているのだろう。
「ジャックもありがとう。私一人ではどうしてもあのお二人を説得出来なくて……」
「結局は物理的解決でしたけどね。しかしこれもクリスの書き置きと犯人一味への説得があっての結果です」
「うぅ……ジャック……!」
灰色の瞳を潤ませて感激しているクリスを尻目に、私はコソコソと治療の終わった冒険者に耳打ちをした。
「こんな騒ぎになってしまった訳ですが、今日の講習はどうなります? あと謝礼も」
「アンタ、最後のが本題だろ。……まぁいいや。講習は延期だろうな。謝礼は冒険者協会の方から連絡がいくと思うぜ」
「やっりぃ!」
ギリギリ遅刻した事実をうやむやにできたオマケに名前を売るチャンスまで巡ってくるとは──今日はツイてる、ツイてるぞぉ!
「そうだ、アンタらの名前は?」
上に連絡入れとくぜ、と笑う先輩冒険者に、私は満面の笑顔で答えた。
「私達はチーム『ルピナステラ』の一員、ミオン、クリス、ジャックです!」
どうぞ以後お見知りおきを!
<あとがき>
ドタバタなお話が書きたくてこうなりました。
勢いで投稿してしまったので、いつか改稿するかもしれません。
ミオンが主人公の前作はコチラ↓↓
冒険者ミオンの日常~万引き少年を捕らえる理由? 罰ゲームですが何か?~
https://book1.adouzi.eu.org/n8135iq/




