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冒険者ミオンの日常~新米冒険者だけど立てこもり犯はぶっとばす!~  作者: 彩葉


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前編

 パンとベーコンの焼ける良い匂いが鼻を擽り、ぼんやりと意識が浮上する。


 あぁ、こんな優雅な目覚めになるなんて今日は良い日に違いない──


 モゾリと毛布から顔を出せば、白いカーテンの隙間から差す朝日に目が眩んだ。


 一階から騒がしい話し声や朝食を調理する音が聞こえて……んん?

早朝にしては賑やか過ぎないか?


 サイドテーブルに置いてある懐中時計に手を伸ばして時刻を確認した私は、それはもう綺麗にベッドから転がり落ちた。


「マッ、ジ……ねぼっ!?」


 人間、本気で焦ると言語力が低下するらしい。

私は秒でいつもの革鎧の服に着替えると、商売道具を装備しつつ部屋を飛び出した。

髪? 梳かす時間も惜しいわ!


「ちょっと親父さん! 何で起こしてくれなかったのさ!?」


 栗色の髪を雑に結わえながら樫の階段をかけ降りる。

カウンターの向こうでベーコンエッグを焼いていた親父さんに文句を言えば「何度かドアの外から声はかけたぞ。起きなかったお前が悪い」と言われてしまった。

お母さんかよ!

いや私お母さんいないけど!


「あぁもう、今日は冒険者免許の更新締切日なのに!」


「講習の受け付け期間は一ヶ月もあったろ。ギリギリまで行かなかった自業自得だな」


「なんも言えねぇ」


 だって面倒臭かったんだもん。

そもそも冒険者制度が免許制なのが悪い。

……まぁそのおかげで冒険者の死亡率がグッと減った訳だけれども。


 言葉に詰まった私は差し出されたグラスの水をグイッと一気に飲み干した。


「で、ミオン。飯はどうすんだ?」


 フライ返しを揺らす親父さんの誘惑に、お腹の虫がクゥと鳴く。


「えーっと……」


 私、ミオンは一年前に冒険者の資格を取ったばかりの新米冒険者である。

全ての冒険者は「資格取得の一年後」に免許の更新と講習を受ける事が義務付けられており、更にその後も三年毎に免許の更新をしなくてはならないのだ。


 悪質な行為を繰り返せば違反切符を切られて免許はく奪もあり得るし、講習を受けなくても免許停止となる。

つまり──


 飯 食 っ て る 場 合 じ ゃ ね ぇ !


 折角デビューしたのに講習受けそびれて資格失うとかダサいにも程がある。


「ごめん親父さん、帰ってから食べる! いってきまーす!」


「気ぃ付けて行け。人をはねるなよ」


 テーブル席で優雅に朝食を済ませている仲間から「猪かよ」と揶揄する声が聞こえたが、無視だ、無視。

私はバーン! と建付けの悪い木の扉を押し開け、ローグシーナの町へと飛び出したのだった。





「はぁっ……はぁっ、ゲホッ……わき腹痛いぃ……」


 どうにかこうにか、人をはねる事も食パンを咥えた美少女とぶつかる事もなく会場に到着する事が出来た。

──のは良いが、何故か会場の周りには人だかりが出来ており、ザワワザワワとしている。

え、何? デモでも起きた?


「ちょっと通してよー」


 オラオラオラァと野次馬を掻き分けて建物に近付くと、どこかで見た事があるような冒険者がチラホラ居る事に気が付いた。


 あれ? もしかしてこの周りでザワ……ザワ……ってしてる人達、私と同じ新米冒険者じゃない?

だとしたら既視感があるのにも納得だ。

きっと私と同じく免許の更新に来たクチだろう。

でも何で?

まさか全員が私みたいに寝坊したなんて事はないだろうし。


「あの~、一体何が……?」


「ミオン」


 クイクイと左袖を引っ張られて反射的にそちらを向けば、白いローブを着た銀髪の少年──私の冒険者仲間でありチーム内最年少のジャックが形の良い眉をひそめて立っていた。


「ハーイ、ジャック。寝坊した仲間を置き去りにして講習受けに来た気分はどうだい?」


「何度かドアの外から声をかけました。起きなかったミオンが悪いかと」


「誠にソーリー」


 私の睡眠深すぎ問題。

ジャックはグイグイと私の腕を引いて人だかりから外れると、会場隣の建物の脇で足を止めた。

ってか力強っ。

こいつ本当に聖職者(クレリック)

地味に痛いんだけど!


「どうやら会場内でトラブルがあったようですね」


「見りゃ分かるわ」


「免停になった冒険者達がごねた末に暴れて、講習の準備中だった冒険者を倒し、受付嬢を人質に立て籠っているようです。免許更新の為に既に会場に入っていた冒険者達も全員閉じ込められたままのようですね」


「見……て分かるか! 何でそんな事知ってんの!?」


 それで皆、中に入れないわ情報もないわで困惑してたのか。

まさかプロ冒険者が講習所内で襲われてるなんて夢にも思わないだろうし、そら右往左往するわ。


「ハッ! ジャック、まさかあなた敵の内通者!? これがホントのハイジャック……ってコト?」


「な訳ないでしょう。中に我らが同志、クリスがいるんです。裏の窓の下に、クリスのハンカチに包まれた殴り書きのメモが投げ落とされていました」


「マジか」


 呆れた様子で差し出された皺くちゃのメモに目を落とす。

そこには余程慌てていたのか、かなり乱れた筆跡の文字が書かれていた。


──ゴネ免停犯5 プロ被害3 受付嬢、新米人質8


 あーらま。

ちょっと珍しい緑のインク……間違いなく、私がクリスの誕生日にあげたペンで書いたものだろう。


 っつーかこの書き方でよく立て籠り事件だと読み解けたな。

ジャックの察しの良さ凄すぎ……って違う違う。


「これさぁ、ヤバくない?」


「ヤバいかもです」


 クリスは私達冒険者仲間の一人であり、超がつく程のお人好しな治癒術士(ヒーラー)である。

という事は、だ。


「プロ被害3……つまり冒険者の怪我人が三人。お人好し……治癒術……ウッ、頭が」


「ミオンの頭はさておき、早く何とかしないとクリスが危ないかもしれません」


「さて置かれちゃったよ。でも同意」


 クリスの事だ。

後先考えずに犯人に向かって「怪我人です、通して下さい!」とかやりかねない。

もしくは犯人に向かって「そこを退いて! 早く治療を!」とかかな。


 低確率だが「悪い事はしちゃダメです! 私も付き添いますから自首しましょう(汚れなき(まなこ))」のパターンもあるかもしれない。

立て籠り犯がどんな奴等かは分からないけど、逆上させてないと良いな……


「で、どーすんの?」


 頭の後ろで手を組んでジャックを見やれば、彼は顎に手を当てたまま真剣な眼差しで考え込んでいた。


「このまま騒ぎが大きくなって犯人が追い詰められたら人質が危ないですし、今からベテランの冒険者を呼びにギルドや宿を回るのは時間がかかります。ともすれば……」


「決まりだね」


 ニヤリと笑って腰の得物に手を当てるのと、ジャックが背負った杖に手をかけるのは同時だった。


「はい。二人でこっそり乗り込みまし──」


「討ち入りじゃあ~~!」


「……はぁ……」


 空気読め?

それは読むものではなく、壊すものです。

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