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潜水館の殺人  作者: 菱川あいず
事件
9/18

2つの謎

「こんなのあんまりだわ! 私,もう帰る!!」


 三枝が甲高い声で叫ぶ。

 五郎の死体を目撃して以来,三枝の顔からは血の気が引いており,まるで三枝自身が死体のような顔をしていた。



「別に帰るのは止めねえが,ここで帰ったら相続権は完全に放棄することになるぜ」


 一郎の言うとおりだろう。

 「危険な仕掛け」は五郎の命を奪ったが,これによって役目を終え,終了したとは考え難い。むしろ,これは序章であり,これから残された兄弟姉妹にも次々と「危険な仕掛け」が発動すると考えた方が自然だろう。自らに襲いかかってきた「仕掛け」をかわし,生き延びることができるかどうかが正治郎の課した試練なのである。今帰れば,逃げたことになり,相続権を失うことになる。



 三枝は一郎に何か言いたそうにしていたが,結局黙ったまま椅子に座った。

 三枝は自分自身は財産目当てではないと公言するものの,実際のところはやはり正治郎の遺産に目が眩んでいるのだろう。




「それにしても,一体五郎に何が起こったんだろうか」


 五郎が死亡していた状況には,大きな謎がある。二郎はそれを整理しようと試みた。



「大きく分けて,謎は2つ。1つ目は,客室が完全な密室だった,ということ」


「密室? なんだよそれ。推理小説じゃあるまいし」


 一郎が茶々を入れるのも無理はない。「密室殺人」は推理小説家がお遊びのために考えた概念であり,現実世界ではまず現れることのないものである。



「そう。まさに推理小説みたいなことが,五郎の身に降りかかったんだ。前提として,五郎が死んだ時間なんだけど,広間が水で満たされていた約12時間の間だと考えて間違いないと思う。広間に水が侵入し始めた頃,兄さんが五郎の客室を訪ねたときに五郎の生存は確認されているし,俺が五郎の脈を確認したのは水が引いてから10分後くらいだったけど,その頃には五郎の死体は完全に冷たくなっていたからね」


「つまり,広間が水でいっぱいになっていて,俺ら全員が客室にいたときに五郎は死んだということだな」


「そのとおり。そして,この間,五郎のいる客室は密室だった」


「そうなのか?」


「そうよ」


 二郎の代わりに答えたのは,三枝だった。



「私,広間が水で満たされたとき,素敵だなと思って,ドアを開けようとしたの。そうしたら,ドアノブを捻って押しても,ドアは全然開かなかったの。どういう仕組みかは分からなかったけど。多分,五郎のいた客室も同じ状態だったと思うわ」


 三枝も二郎と同じように水中に向けてドアを開けることを試したらしい。だとすれば話は早い。



「そうなんだ。三枝の言うとおり,広間が水で満たされた状態だと客室のドアは開かない仕組みになってるんだ。これは水圧のせいなんだよ。広間にある水の圧力がドアにかかっていて,到底人間の力で押し返せるような状態にはなかったんだ」


「なるほど。そういう仕組みだったのね。私,理科はあまり得意じゃないけど,なんとなく感覚的には分かるわ」


「ということで,五郎の部屋のドアも開かない状態だったことは間違いがない。そして俺の客室もそうだけど,五郎の客室についても,あるのは石のベッドと天井の換気扇だけで,人間が出入りできるところは出入り口しかなかった」


「俺の部屋も同じ作りだな」


「私もよ」


「僕もだ」


 兄弟姉妹の発言を信じるならば,この館にある客室はすべて同じ構造ということらしい。



「とすると,五郎の部屋は,五郎が死んだ時点で,完全な密室だったということなんだ」


 もっといえば,五郎だけでなく,他の兄弟姉妹の部屋もすべて密室であり,出入りができる状態ではなかった。館の入り口のドアも開くことができない状態であり,外部の人間が館に入ることもできなかった。広間を満たした水がまるでコンクリートの塊のように,すべての出入り口を塞いでいたのである。



「密室である以上,誰も出入りができないんだから,五郎を死に至らしめた原因は,普通に考えると2種類しか考えられない。一つは自殺,もう一つは五郎の部屋に最初から罠が仕掛けられており,その罠が発動して五郎が死んだということ」


「五郎は自殺しそうなタマではないよな」


 一郎の発言に,二郎も共感する。

 五郎は,常に冷静沈着で,自分自身をしっかりもった人間である。自らで自らの命を絶つような衝動的で短絡的なことはしないはずだ。

 それに,わざわざ潜水館に訪れて自殺をする動機もない。昨日の五郎の様子には一切の不審点はなかった。



「とすると,最初から罠が仕掛けられてた,ってことになるのか。突然壁の隙間から刃物でも飛んできて,首に刺さったってことだな」


「抽象的にその可能性はあるんだけど,今回のケースだと考え難い気がする。これは2つ目の謎に関連するんだけど」


「なんだよ。2つ目の謎ってのは?」


「2つ目の謎,それは,部屋に一切の血痕がないということ」


 五郎の死亡していた客観的な状況からして,この点はあまりにも不自然であった。



「五郎の首には,明白に刃物によって付けられた傷があり,一方で他に外傷等はなかったから,その首の傷が致命傷になったはずだ。そこは頚動脈だから,刃物で傷つけられれば吹き出るような激しい出血があるはずなんだ。だけど,部屋には一切血痕がなかった」


「たしかにそれは変ね」


 三枝が相槌を打つ。



「誰かが掃除したのかしら」


「もちろんその可能性もあるけど,だとすると目的がよく分からない。それより,凶器の刃物が見つかってないことと併せ考えると,別の可能性の方が高いんじゃないかな?」


「別の可能性?」


「そう。つまり,五郎はどこか別の場所で刃物に刺され,死体のみが客室に戻された可能性だ」


「なるほどね。言われてみると,それが自然かもね」


「ただ,2つ目の謎だけに絞って考えれば,別の場所で刺されて死体のみ客室に戻らされたというストーリーが自然なんだけど,この事実は1つ目の謎,つまり客室が密室であったことと真っ向から矛盾するんだ。五郎の客室には誰も出入りできなかったんだから」


 先ほどから二郎の思考は,この1つ目の謎と2つ目の謎との間で行ったり来たりの堂々巡りなのである。



「っていうか,そもそも,仮に五郎が別の場所で殺されてたとすると,その場所はどこなんだよ? その場所には五郎の血痕と凶器があるはずなんだろ?」


「まあ,そういうことになるね」


 実は1つ目の謎も2つ目の謎も一気に解決し,かつ,今の一郎の疑問にも答える「唯一の答え」は存在している。しかし,二郎は,その答え合わせをするのが怖かった。



「じゃあ,どこなんだよ? 二郎,何か考えはないのか?」


「あるにはあるんだけど……」


「じゃあ,話せよ。それとも,あれか? 二郎,お前は,俺らに真相を隠して,見殺しにして,遺産を独り占めしようと思ってるんじゃないだろうな?」


「いや,そんなことはないよ」


 一郎だけでなく,三枝と四郎からも猜疑の目を向けられていることを感じた二郎は,仕方なく,「唯一の答え」を披露することにした。



「隠し部屋だよ」


「隠し部屋?」


「そう。この館は,お父さんが作った特殊な館だ。広間に水が入ってくる時点で,他の館にはないようなギミックが施されてるといえる。とすると,隠し部屋という古典的なギミックがあってもおかしくないんだ」


「つまり,あれか。忍者屋敷みたいに壁がひっくり返ったり,壁の一部がボタンになっていて,そのボタンを押すと隠し通路ができたり,っていうことか」


「そういうこと。そういう仕掛けが五郎の客室にあって,五郎の部屋が隠し部屋に通じているんだとすれば,全ての辻褄が合うんだ。広間に水が満たされている間,その隠し部屋に隠れていた人間が五郎の客室に入ってきて,五郎を隠し部屋に連れ去った。そして,隠し部屋で刃物によって五郎の首を掻っ切ると,五郎の死体を客室に戻したってね」


 二郎の話を聞いていた3人はいずれも感心している様子だった。



「だとすると,早速五郎の部屋を探索だな」





 3人は五郎の客室に移ると,五郎の死体を部屋の隅に寄せ,探索を開始した。壁という壁を押したり撫でたりし,石のベッドについても同様に触り尽くした。ドアや換気扇,水履け用の小さな穴についてもつぶさに観察した。換気扇は高い天井の上にあったから,それに触るため,小柄な四郎が一郎に肩車をしてもらい,調査をした。





 しかし,隠し部屋への通路は見つからなかった。



 「答え合わせ」の結果は,二郎の恐れたものとなってしまったのである。


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