密室
客室のドアには窓が付いている。
普通のガラス窓ではない。魚眼レンズのように分厚い,はめ殺しの窓である。
二郎は,その窓から広間に水が溜まっていく様子を眺めていた。
兄弟姉妹全員すでに自室に避難しているため,広間には誰も人はいない。
1時間くらい経過した頃,机と椅子がすべて水に浸かった。今となっては,机と椅子が石造りで,かつ,床に固定してあった理由が分かる。この水の仕掛けに備えてということだ。石造りならば浸水しても腐らないし,固定してあれば,万が一浮き上がったり倒れたりすることもない。
水位の上昇が止まったのは,水位が客室のドアよりも10センチくらい超えたところだった。ドアの窓から水面がかろうじて見える。
水はおそらく海水ではなく真水だろうが,透明度はそれほど高くはなかった。海が近くにあるので,地下水を浄水しないまま汲み上げて使っているのかもしれない。かろうじて机と椅子のような存在が確認できる程度で,向こう側の客室のドアまでは見えない状態だった。つまり,視野は半径50センチかそこらといったところである。
二郎は,「潜水館」の名前の由来は,この客室の状態なのではないかと邪推する。
すなわち,客室が「潜水艦」で,客室の窓から見える景色が「海」なのである。魚が泳いでいるわけではないが,窓から見える景色はどこか幻想的で,海の中にいる気分になる。
二郎は,好奇心から,不意にドアを開け,向こうの海の世界に行きたいという衝動に駆られた。そのようなことをしたら,客室に水が入ってきてしまうだろう。しかし,一瞬開けるだけならば,それほど水は入り込まないはずだし,客室は水捌けが良い。
二郎は,思い切って客室のドアを押してみた。
しかし,鍵があるわけではないのに,ドアは動かなかった。二郎が全体重をかけて突進してみても,ドアはビクリとも動かない。
「そういうことか」
冷静になった二郎は,納得をする。
そして,自分がなんて非常識なことをしようとしていたのだろうかと恥ずかしくなる。
水圧の関係で,ドアが開くはずはないのである。
すなわち,ドアの外側には大量の水が溜まっており,水の重さがドアに圧力としてかかっている。外側から水がドアを強く押している状態なのである。
このドアは客室から見れば押し戸なのであるから,押せるはずがない。高校の物理で習ったとおりである。
館の中を水で満たすという発想は狂っているが,ドアの設計としては合理的である。
思い出してみると,出入り口のドアも,外側から見て押し戸,つまり,広間に向けてドアを開ける仕組みとなっていた。
つまり,広間に水が溜まった状態では,水圧の関係上,ドアを開けられない構造である。
水が溜まることによって,この館に出入りすることは不可能になっている。
つまり,館全体が密室ということである。
同時に,客室のドアも開けることができず,客室に他の出入り口はないから,客室もまた密室ということになる。
二重の密室。完全なるクローズドサークルである。
二郎は興ざめし,他にやることもなかったので,石のベッドで眠ることにした。




