第11話
再び、主人公視点です。
面倒なことになった。舞踏会に参加することになってしまったからだ。それにしても、先日会った陛下は、おかしな様子だった。以前は、偉そうだったのに、人が変わったかのように性格が丸くなっていた。威嚇してくるどころか、下手に出ていたような気がする。一度も睨まれないなんて。面差しも、少しやつれただろうか。せっかく男前な顔をしているのに、老け込んだようだし。似た顔をした別人で、実は、陛下の影武者かもしれない。きっとそうに違いない。舞踏会出席可否くらい、陛下本人がわざわざ訪ねるはずがない。王様という職業は忙しいはずだし、きっと影武者が何人もいて、活躍しているにちがいない。先日の王様は影武者、という説に決定した。
数日後、仕立て屋がやってきて、ドレスを合わせる。淡いピンクの、ひらひらしたフリルがこれでもかこれでもかと張り付いている。冗談じゃない。こんなのを着たら、どこかの七五三の写真モデルのように嬉しそうにヒラヒラしたフリルで膨張したドレスに包まれた子供にしかならない、絶対。前に贈られたドレスも、こんな風にひらひらしていた、袖を通したことはなかったが。人前に出るのに、このドレスは恥ずかしい。王様は私に恥をかかせたいのか?いや、単に趣味が悪いだけなのだろう。
仕立て屋に、ドレスの裾に向かって橙色を濃くするグラデーションで染めるように伝える。そして、ドレスの胸下の切り替え部分から下を目の粗い白いレースで覆うように垂らすことを提案する。フリルを外すより早いと思ったのだ。最初はドレスのデザインを変えたいという私の言葉にいい顔をしなかったが、途中から熱心に耳を傾けるようになった。紙に図を描き、ここはこうした方が、と提案もしてくる。さすがは職人、私の適当な話から見事なデザインを作り上げた。そして、気合いの入った目をしてデザイン画を手に帰って行った。仕立て屋よ、間に合うのか?そう思うほど、ドレスは大改造されることになってしまっていた。職人として、手は抜きたくないのだろうが、心配だ。
当日、後宮を出て舞踏会場へ向かう。仕立て屋は、間に合った。素晴らしい出来だ。これなら、さほどお子様には見えないだろう。その出来栄えに、ものすごく満足したことを仕立て屋に告げると「次にドレスを仕立てられる際には是非ご用命ください」と、寝不足の赤い眼で力強く返された。ドレスを着つけるためにやってきていた仕立て屋のお針子達も皆目が赤い。ぎりぎりまで縫い付け、調整していた。何日徹夜したのか、お針子の目は血走っており、異様な緊張感に包まれていた。ドレス一つにそこまで情熱を、着付けられながら居たたまれない時間だった。次は余裕のある美味しい仕事を依頼しよう。
舞踏会場では、妃は準備ができ次第、適当なときに会場入りすればよいらしい。どこの世界も、女は支度に手間取り遅れるものなのだろう。舞踏会の間中、騎士が2人つくことになっている。この前、外出したときについていた騎士カウンゼルとボルグだった。
舞踏会場への扉が開かれると、体育館かと思わせる広い空間にいる人々が、一斉にこちらに目を向けた。先程まで音楽や人の声で賑やかだったのに、シンと静まり返っている。そこに「ナファフィステア妃、ご到着」そう高らかに告げられる。注目の中、扉の先にある階段を降りていかなければならないらしい。降りるのは知っていたが、途中入場にこんなに注目されるとは、思ってもいなかった。色とりどりの華やかな衣装を着た男女が100人以上はいる。遠くの方にいた人も、階段の方に近寄ってきている。客寄せパンダ状態だ。まあ、王様はこれが目的だったのだから、満足だろう。しばらく舞踏会場にいて、飽きたらいつ引き上げてもいいと言われている。
大勢の視線を浴びながら、L字に曲がった階段を引きつった顔で降りると、下では王様が待っている。こんなの打ち合わせになかった。私の方へ王様が手を伸ばしてくるので、私も片手を差し出す。マナー教育で教えられた作法では、男性が女性の手をとり指にキスをするのが挨拶だったはず。マナー教育は短かったし好きではなかったので、かなりうろ覚えだが。
王様が手を取りその指にキスをするのを見て、間違ってなかったかとほっとしたが、周りの反応はおかしかった。驚いた様子で、私達を見ていたからだ。
「今日はいつにも増して可愛らしい。楽しむがよい」
王様はいつもの無表情でそう言い、私から手を放して後ろに下がった。さすが王様、今日はビシッとした姿勢で無表情なのが、かっこよく見える。そして、音楽が再開された。
私は、私のための席へ移動する。舞踏会といっても踊れない私は見るだけなので、とりあえず座って見物するつもりだった。そのつもりを騎士達に告げると、急遽、私用の椅子が舞踏会場に用意された。さっき上から会場を見て初めて気が付いた。椅子などどこにもないのだ、私用以外は。そんなことは、先に教えてくれよと思う。ここまでして椅子を用意させたかったわけじゃないのだから。
異国の姫として、王が私の立場を特別なものとして演出するには意味があるのだろう。後宮での事件は、貴族達の勢力争いが根底にあるのだから。この国の貴族には並びえない立場の妃が後宮にいることを知らしめることで、今後、後宮へ女性を送り込もうとしている貴族達を牽制するのだろう。一時的な効果ではあるとしても。
いつまでもジロジロ見られることには辟易したが、そんなものはすぐに気にならなくなった。舞踏会などというものは初めてだし、煌びやかな服装の人々がダンスを踊る風景が物珍しく、キョロキョロとあちこちを見てしまう。舞踏会場の天井からは大きなシャンデリアが幾つもつるされ蝋燭の明かりに反射してキラキラ輝いている。壁は白色だが光をよく反射するよう工夫されているのか、表面がうすぼんやりと明るい。
舞踏会場のことをもっとよく見たいのに、何組もの貴族が挨拶に訪れてくる。面倒なので言葉は返さず、うなずきを返すに留める。かなり不遜な態度のお姫様に見えているだろう。みんな金髪銀髪の西洋人顔で大きな体格をしているのだから、名前を名乗られても、覚えるどころか判別がつかない。最初のほうは、貴族の男性方は美形が多いものだから、取り澄ました対応を取りながらも、西洋人ハンサム万歳とか思っていた。騎士のカウンゼルとボルグは、ハンサムでは、ないので。でも、多すぎると飽きるのも早い。そして、ハンサムというか整った顔ほど、見分けがつかないという事態に気が付いた。日本人の中で育った私は、黒い眉や睫毛の目元の方が顔の記憶が残りやすく、表情も読み取りやすかったんだなぁとしみじみした。




