第26話 苦情はうけつけない
「余裕余裕」
「どうしてかしら。嬉しいのに素直に喜べないわ」
バディバトルが終了し、一哲加恋ペアは見事にクラスで一位になった。
一方で最下位は誰になったのか。
「くっそおおおおおおおお!」
「はぁ……やっぱりダメだったのね」
床に膝を付き嘆く茶鳩と、頭を右手で覆い悲しむ真祐。
敗北したという事実をとても分かりやすく表現していた。
「すまない……俺のせいで……俺が間違えまくったせいで……」
最下位になってしまった大きな要因は茶鳩の間違えがあまりにも多かったから。
「いいえ、それは予想通りだから責められないわ。普段のあなたの態度を咎めなかった私にも責任があるもの。これからは弱点はなるべく口にしないように気をつけましょう」
「ああ、約束する。俺はもう絶対に何処が苦手なのか言わねぇ!」
普段のバディバトルで、茶鳩が大きなリアクションで間違えた問題を叫んでしまっていたがゆえ、クラスメイトは彼が苦手とする分野をかなり細かく把握できていた。こうなってしまってはサンドバッグにしかならない。
「せめて巌流島君のようにヤマを張れれば……いえ、それよりも私が彼の罠に嵌まってしまったことが原因ね。本当にごめんなさい」
彼らの成績はギリギリでの最下位。
茶鳩のマイナスをどうにか真祐がカバーし接戦を繰り広げ、最後の最後で抜け出すべく真祐は一哲の動向をチェックしていた。チャンスがあれば攻めて倒してポイントを稼ごうと、出題する問題も決めてタイミングを見計らっていた。そしてその時が来たと意気揚々と挑んでみたら罠にかかって見事に撃沈。結果的にこのマイナスを取り返すことが出来ずに最下位が確定してしまったのだ。
「恨むぜセンセイ……」
「それ言って良いの真祐ちゃんだけだろ」
「うぐ……くそおおおお!勉強してやる!」
もう二度とこんな屈辱を受けないために、茶鳩が苦手な勉強をすると決意したようだ。それもまた罰ゲームありのバディバトルの効果なのかもしれない。
そしてその彼の決意を笑顔で認めてくれた人がいた。
「それは素晴らしいですね」
担任教師の窓理である。
「では是非罰ゲームを頑張ってください」
「は?」
「皆さん、授業アプリを開いてください」
窓理は茶鳩だけでなく、クラス全体に向けて説明をはじめる。
「四月の授業の様子と今日のバディバトルの結果を踏まえ、AIが皆さんに弱点克服のための問題集を作成して送付してあります。中学までの苦手範囲も含まれていますので、実力向上に是非活用してください」
一哲がアプリを確認すると、確かに問題集の欄が新規に用意されていた。
試しにそこを開くと教科ごとに大量の問題が用意されている。
それを見た一哲は嫌な予感がした。
「先生、まさかこれ、ゴールデンウィークの宿題じゃないですよね?」
一哲の質問にクラス中に緊張が走る。
宿題なしでゴールデンウィークを堪能できるかもしれないと期待していたからだ。
「いえ、違いますよ。これを活用するかどうかは皆さん自身で判断してください」
「でもこれを解いたかどうかが成績に反映されるとか」
「全くありません。実際、これを一問も解かずに卒業した生徒は山ほどいます」
どうやら強制的な宿題ではないと分かり、教室内が安堵の空気で満たされた。
「ですが最下位のペアは強制ですので頑張ってくださいね」
「ええええええええ!?」
「うう、さ、流石にこの量は私もきつい……」
大量の宿題が罰ゲーム。これではゴールデンウィークが潰れてしまう。
「勘違いしないでください、ゴールデンウィーク中に終わらせる必要はありませんよ。五月中に終わらせてください」
「良かったぜ!」
「…………」
学園はあくまでもゴールデンウィークの行動を縛るようなことはしない。だが毎日超ハイスピードで濃密な授業をする中で、果たしてこの問題集を解く時間があるだろうか。ある程度はゴールデンウィーク中に進めなければ終わらないかもしれない。そのことに真祐だけは気付いており、どうやってそのことを茶鳩に説明して理解させるべきか頭を悩ませるのであった。
「確かに私が苦手とする問題ばかり。これは助かるわ」
「ふん」
勉強に役立つツールを貰えて喜ぶ加恋と、成績に反映されないならどうでも良いと興味を失った一哲。相変わらず対照的だった。
「ちなみに罰ゲームはこれだけではありません」
「まだあるのかよ!」
「先生、これ以上は勘弁してください」
茶鳩と真祐が、宿題だけで済ませて欲しいと懇願するが、窓理教師は笑うだけで受け取ってはくれなかった。
「安心してください。時間を取られるようなことではありませんし、お二人が特にやりたくないと思うことでも無いです」
「??」
「??」
これまでのバディバトルでは、絶対にやりたくないことリストの中から選択することになっていた。今回の場合、それはゴールデンウィークを潰しかねない大量の宿題ということになるのだろうか。だとするともう一つのいつもとは違う罰ゲームとは何か。
「二人をクラス委員長に任命します」
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「う~トイレトイレ」
バディバトルが終わり、ホームルームの前に休憩時間が設けられることになった。今後の話やバディバトルの反省会などをするための時間である。その時間に一哲はトイレに行くために教室を出た。
「ねぇ」
そしてその隣には加恋もいる。彼女もまたトイレに行くために教室を出たのだが、わざわざ近くを歩いているのは話があるため。
「今日はありがとう。あんたのおかげで良い感じでバディバトルを進められたわ」
「は?悪いものでも食ったのか?」
「失礼ね。私だってお礼くらいは言うわよ」
「ふ~ん、ま、良いけど。トップを取れたらそりゃ満足か」
「いやそれよりも……」
「?」
「いいえ、何でもないわ」
何かを言いかけたが説明する必要は無いとでも思ったのか、加恋は話を打ち切り一哲から離れようとした。
「おい!」
そんな二人に向けて背後から声がかけられた。
「勉君じゃ~ん。何々? ツレションのお誘い?」
顔を真っ赤にして激昂している勉がいるのに、一哲は何も気にせずいつものように揶揄った。
「どうしてお前はいつもいつも! 真面目に勝負しろ!」
「え~だって真面目にやったら負けるじゃん。今回ヤマ張るの大変だったからあんまり準備出来なかったし」
「普通に勉強すれば良いだろ!」
「なるほど正しい。流石優秀な人は頭の作りが違うな。あれ、でも今回のバディバトル何位だったんだっけ?」
「このっ!」
更に勉を激昂させるつもりなのか、一哲の煽りは止まらない。
近くの加恋は流石に止めた方が良いかと悩んだが、一哲の作戦のおかげで勝利できたので言い辛そうにしていた。
「卑怯者め!」
「なんて酷いことを言うんだ。俺はルールに則って正々堂々と勝負したのに」
「どこが正々堂々なんだ!」
「先生は俺のやり方に何も言わなかったよな」
「っ!」
「なら学園的にも問題ないって話さ」
勉が一哲の罠にかかり身動きが取れなくなっている間、勉はこれはズルではないかと窓理教師に視線でアピールしていた。だが窓理教師はにっこりと微笑むだけで眉を顰めるようなそぶりすら見せなかった。
つまり一哲の行いは学園側が正当であると認めていること。
それを持ち出されては、卑怯だなどと確かに罵れない。
「ううううっくぅうううう、どうして、どうしてだ……僕は真面目に勉強したいだけなのに……」
あまりの悔しさからか、勉の瞳に涙が浮かぶ。
一哲は流石にこの状況でまで煽ることはしなかった。
「はぁ……まったく勉強バカはどいつもこいつも……」
「な、なによ」
勉と加恋に交互に視線を向け、一哲は深い溜息を吐く。
「この学園がどういうところなのか、分かって入学したんじゃなかったのかよ」
「何が言いたいの?」
「ここは成績優秀者を作り出す学園じゃない。優秀な人になるよう育てる学園だ。成績だけが欲しければ、世の中にごまんとある超高偏差値の学校にでも行けば良い」
「それの何が違うの」
「全然違う。いくら学力が高くても、それを活かせなければ全く意味がない。勉が今回そうだったようにな」
そしてこれが社会での本番だったのなら、勉は何も出来ずに社会の敗北者になってしまうところだった。
「卑怯な奴なんて世の中には山ほどいる。そんな奴らを相手に卑怯だ卑怯だなんて言っても相手は何も思わないし、むしろ罠に嵌まった無様な相手をあざ笑い卑怯な手段で手に入れた栄光を堪能するだけさ」
そしてそれは今回の一哲と勉の関係に外ならない。
「なら僕達も卑怯なことをやれって言うのか!」
「それは手段の一つなだけだろ。好きにやれば良いさ。だが少なくともテストの成績が良いだけの人間なんてこの学園ではほとんど価値がないだろうな」
「…………」
「…………」
優秀な人間を輩出する学園。
その優秀が単に成績優秀者を指すと勘違いしている生徒は実はかなり多い。そこを理解できている時点で、一哲は彼らよりも一歩先を進んでいた。
そのことに気付かされ悔しく、加恋は唇を噛む。
そして勉は……
「くそ!」
歯を食いしばって走り去ってしまった。
一哲にぶつかるようにして。
「うお!」
勉に少しだけ当たってしまいよろめいた一哲。
不幸にもその先には加恋がいた。
「あ、ダメ!」
突然のことに加恋は反応できず、二人は衝突してしまう。
「ああああああああ!」
その結果はもちろん『合体』であった。




