初回の報告と土産。
こんばんは。
今日もアクセスありがとうございます。
「こ、こんな場所まで調べてたの?」
「今までとは力の入れようが違いますからな。当然といえば当然かと」
宿にあるアインの部屋。そこにはアインとクローネ、そしてロイドの3人が集まり、旧魔王領での調査報告書に目を通していた。
鍛冶師ムートンとの出会いから早一週間。アイン達はバルトの町中で調査を続けていた。
「人とエルフが共存してたって、これも新発見なんだよね?」
「勿論です。私も聞いたことがありませんでした」
「ふうん……どうしてまた、今回に限ってこんなに発見できたんだろう」
たかが2泊3日の調査期間。
さらに言えば、初日はほとんど何もしておらず、十分な調査時間を得られたのは2日目のみのはず。
3日目も昼には出発したため、半日も調査に時間を費やせていない。
「といっても、まだ推定の域を脱しておりませんが」
「……なるほどね」
再度報告書へと目をやると、このような内容が記されていた。
旧魔王領域内にある、いくつかの墓地。
さすがに掘り起こすのは躊躇われたため、その作りや文化について調査をした。
するといくつかの墓石の前に、エルフの墓地と同様の供え物の痕跡を確認。
また、老朽化によって割れた墓石の隙間から、純粋な人間と思われるものの遺骨が発見される。
「可能性として、無理やり連れてこられたのはなさそうね」
「確かに。無理やり連れてって、奴隷同然に扱ってたっていうなら墓なんて作らないか」
クローネの意見に同意する。
奴隷ならば、わざわざ墓なんて用意するはずがないだろう。安直といわれれば安直だが、これが自然に思われた。
「私も同意見ですな。人、エルフ、そして魔物達。まさに今のイシュタリカ以上に、多くの種族が存在していたのかもしれません」
「魔王だからこそできたってことかな」
「……魔物は基本的に、弱い者には従わないですからな」
幼い頃より育てることにより、親と思わせることで従わせることはできる。
だがそれは、あくまでも下級の魔物に限定した話だ。アインが海龍を従えてるのなんかは、あまり参考にならないだろう。
「魔王との大戦。その後にそこにいた人間たちとかエルフ……その人たちが何処に行ったのかはわかる?」
「……残念ながら、まだそれはこれからの調査次第かと」
「そりゃそうか。難しいけど……でもそうか、エルフ」
魔王領に住んでいたというエルフ。なんとなく既視感を覚えるが……。
「うーん」
「どうしたのアイン?何か気になったの?」
「ちょっとね。旧魔王領のエルフっていわれると、どうにも覚えがあるような……なんかひっかかるんだよね」
「アイン?いつの間にそんな知り合いを作ってたの?」
「いや知り合いじゃない。でもなんか、そういう人の"何か"を見たような気が……」
随分と要領を得ない話だが、アインとしても説明が難しい。うんうんと唸り続ける。
「あ、もしかしてアレか」
ぽん、と合点がいったようで手をたたく。
するとロイドが興味津々に尋ねる。
「アイン様っ!い、一体どこでそのような人物とっ!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてってばロイドさん!思い出したけど、会ったことがあるわけじゃなないんだってば!」
詰め寄る巨体を押しとどめるアイン。
自分も随分と力をつけたものだと実感する。
「お、おぉ……すみませぬアイン様。どうにも興奮してしまいまして」
今回のバルトの調査では、ロイドのいろんな一面を見ている気がしてならない。
普段からこれぐらいの態度の方が、アインとしても気楽な部分があるのだが。
「ほら。一人いたでしょ?魔王について妙に詳しいエルフがさ」
「……と、言われましても。むむむ……」
眉間に深いしわを作りながらも、なんのことかさっぱりなロイド。
一方対照的に、隣に座るクローネはそれが何かを理解した。
「そういうことね……。まさかこんなところで、アレの"著者"と繋がるなんてね」
「だよね。でも気になってたんだよ、どうやってあんなに詳しく研究したのかなって。それこそ旧魔王領に住んでた、なんて言われないとしっくりこないよ」
「ア、アイン様!どうか私にも教えて頂けないかとっ!」
再度勢いよく詰め寄りそうなロイドを見て、アインは苦笑いを浮かべながら、ロイドへと話しかけた。
「ごめんごめん。えーっとね、カティマさんが前に買った本だよ。クリスさんが翻訳してくれた、あの馬鹿みたいに高かった本……あれの著者の事を考えてたんだ」
「お……おぉっ!なるほど、言われてみれば確かに……」
「例えば旧魔王領にいたエルフ達と同じく、あの著者もそうだったならしっくりくる。書き方にはフェイクを入れてたのかもしれないけど、それでもあれ程の情報は、外部から調べられる限度を超えてると思うんだよね」
「アイン様の仰る通りですな。すると本当に旧魔王領には、人やエルフが共存していたとの証明に近づくかと」
「うんうん。魔王アーシェの統治領域は、俺たちが考えるより上のレベルだったのかもしれないよ」
人間技じゃない手腕といえる。とはいえ、実際人間ではなく魔王な訳だが。
側近にデュラハンやエルダーリッチがいたとしても、それは難しいことに変わりはない。
「王都の研究者達が喜びそうな話題ですな」
「最悪、カティマさんを縛り付けておかなきゃいけないかもしれない程にね」
アインの言葉を聞いて、二人は深く頷いた。
これほどの新発見ともなれば、下手をすれば単独行動をしかねない。そういった"信頼"があった。
「……いずれ、教科書も大きく変わりそうね」
「もういっそのこと。旧魔王領をもう少し調べ上げてから、教科書を1から作ったほうがいいかもしれないね」
「ふふっ……そうね」
とはいえ、その仕事はアインのすることじゃない。
そういったことは研究者たちに任せるとしよう。
——……『コンコン』
「ディルかな?帰ってきたみたい」
若干和やかになった空気の中、アインの部屋がノックされる。
ディルはアインに用事を頼まれていたため、今回は席を外していた。
「ただいま戻りましたアイン様」
「お帰りディル。お使いありがとう」
「おぉディル戻ったか。それでムートン殿はなんと?」
ディルの仕事。
それは先日、王都行を勢いで決めたムートンに関することだった。
貴重な魔石炉をバラして運ぶ。そう口にした彼の様子を、念のために確認に行っていたのだ。
それと同時に、気持ちに変わりはないのか。それを尋ねることにしていた。
万が一本当に王都へと来るのならば、魔石炉を運ぶ費用は捻出しよう。アインがそう考えていたからだ。
「……『この鳥は荷物にぶち込んでも構わねえのか?』だそうです」
「う、うむ今日も元気そうだ……。それで、お前はなんと答えたのだ?」
「異人種は貨物車両に入れられません。そう申し上げました」
数日前にも一度、ディルは似たような用件でムートンを尋ねていた。
その時のおかげで、ムートンとエメメの関係性を学んだディル。それもあってか、あしらい方も抑えていた様子。
「エメメさんはなんか言ってた?」
今日もどうせ騒がしかったのだろう。
そう予想したアインが、更にディルへと報告を求めた。
「えぇそれはもう。『師匠!止まり木は座席に置けるでしょうか!?』……とのことです」
「あ、うん。なるほどそう来たか」
そして答えるならば、座席に止まり木は難しいと思う。
たとえ貴族向け車両だろうとも、それは変わらないだろう。
「(確かにカティマさんに似てると思う。あの人は駄猫だけど、エメメさんは駄鳥……?いやもうそれダチョウじゃん)」
そう思えば、万が一彼らが邂逅した場合どうなるのか。
イシュタリカの王城へと、ペット枠が増えることになるかもしれない。これは避けるべき案件だろうか?
「アイン?貴方も気を付けてね?カティマ様と、騒ぎすぎたら駄目なのよ?」
「……やだなークローネは。まったく勘のいい補佐官だ……」
「(今日もクローネは勘がいい。まぁこのツーカーな感じは嫌いじゃないけどね)」
*
アイン達が語らっているうちに、辺りが暗くなり始めた。
それは王都も同じこと。バルトと比べればまだ明るいが、どっちもどっちな空模様を見せている。
その頃の王城には、バルトにいるクローネからの連絡が届いていた。
場所はウォーレンの執務室、仕事中のウォーレンの許へとそれが届けられたのだった。
「ウォーレン様。こちらクローネ補佐官からの報告でございます」
「ん?あぁそういえば今日でしたな……確かに受け取りました。ご苦労」
「いえ。では私はこれで」
大きめの封筒を手渡し、執事が退室していった。
ウォーレンはその封筒の全貌を確認した後に、小さなナイフを手に取り封を開ける。
「さてさて。メッセージバードを使わないということは、大きな問題はないということですが……」
わざわざ貴族向け車両を貸切っての、報告書の送付。
『お金が無駄!』とアインが口にしそうなのはわかってるため、これはアインへ告げていない。
だがこれが一番、様々な面で都合がいい。早く届いて、なによりも安全だ。
「……やはり旧魔王領は不思議な地域ですね」
一枚目から驚かされる。アインが魔王の部下と会った事が記されており、クローネの読みやすい報告書が、話題の小説のようにウォーレンの興味を惹いた。
スラスラと呼んでいくうちに、初回の調査でどんなことがあったのかを理解したウォーレン。
「ふむふむ、これはすぐにでもお知らせするべきか……」
チリン。
机に備えられているベルを鳴らし、執務室へと人を呼ぶ。
城の使用人たちは優秀で、ウォーレンを待たせることなくやってきた。
「お呼びでしょうか、宰相閣下」
来たのは先程とは別の執事。
直ぐにやってきた彼へとウォーレンが命令する。
「陛下にお目通りの許可を。それと元帥殿を私の執務室へとお呼びしなさい」
「承知いたしました」
クリスを呼んだのは、ただロイドの代役という意味だけじゃない。
愛しの……は言い過ぎだろうが、彼女が帰りを待っているアイン。そんな彼の情報を、クリスも知りたいだろうという思いからだ。
「失礼しますウォーレン様」
すると執事と入れ替わりに、ウォーレンの部下である文官がやってくる。
「アイン様から、お土産という品が届いておりまして……どうすればよろしいでしょうか」
「土産……?中身は?」
「なんでもヤツメウサギを2体丸ごととか……如何致しましょう」
そんな高級食材を丸ごと送ってきたのか。さすがに冒険者の町とはいえ、そのスケールの大きさに笑みを浮かべる。
「保存など全てを料理長に一任を。……ところで、何か手紙がついてませんでしたか?」
「さすがですねウォーレン様。こちらの手紙が、木箱に付けられておりました」
そう口にした彼は、ウォーレンに手紙を手渡した。
若干埃で汚れてるのは仕方ないだろう。裏面には、アイン・フォン・イシュタリカと記載があった。
「では私はこれで」
「えぇ。報告ご苦労でした」
クローネからの報告書と、アインからの手紙。
そして巨大な土産物。また随分といろんなものが届いたものだと驚いた。だが中身を確認するのが先決だ、そう思い手紙の封を切る。
中にはもう一通、小さく薄い封筒が同封されている。
「……ふ、ふふふ。さすがはアイン様……話題に事欠きませんな」
記載されているのは簡潔ながらも、なぜヤツメウサギなのかということが書かれていた。
リビングアーマーから2つもらった。もう一頭いたが、それは皆で慰安も兼ねて頂いた。
要約するとこういう内容だが。まさかリビングアーマーから献上品を貰うとは、そうウォーレンは小さく笑い声をあげる。
「大変な道だとは思いますが。騎士達もそれほどの食事を得られたのなら、そう悪くない士気だったでしょうな」
慰安という名目で、ヤツメウサギを豪勢に振舞った。
そのような振る舞いは、ウォーレンとしても高く評価できる。アインらしさに溢れている、いい判断だと感じた。
そうしてゆっくりとアインの手紙に目を通す。
すると廊下からにぎやかな声が聞こえ始めた。
「……ん?一体誰か」
2人の女性の声に、誰かと思い聞き耳を立てる。するとその声は自分の執務室の前で止まり、それと同時にノックの音が響き渡った。
「どうぞ」
とりあえずそのノックに返事をし、来客が誰なのか確認することにしたウォーレン。
すると1人は予定通りの人物で、もう一人は予定外の人物だった。
「失礼しますウォーレン様。お呼びと聞いて参りました」
「ウォーレン!?なんニャあの肉!ヤツメウサギだニャ!私の大好物だニャ!ど、どうしてあんな見事な大きさのが2つもあるのニャ!?」
クローネから報告が来た。それをどこかで耳に入れたのなら理解できる。
だが彼女は目ざとくも、ヤツメウサギが搬入されるのを目にしていたのだ。
そして道中クリスと出会い、ここに来れば全てがわかると感じ、共にやってきたという訳だ。
「アイン様からのお土産だそうで。新鮮なうちにとのことで、王都まで送られてきたのですよ」
「っ……うちの甥っ子は、ただのマザコンじゃなかったのニャ……?なんて有能なのニャ……!」
喜びのあまり失礼な事を口走るカティマ。いつもなら呆れた顔になるクリスも、アインが連絡をしてくれたと聞いて、それ以上に嬉しそうな表情を浮かべた。
尻尾が付いていれば、かなりの速度で振り回されていたことだろう。
「ア、アイン様からご連絡がっ!?ウォーレン様それは本当ですか!?」
「お……落ち着いてくださいねクリス殿。……連絡があったのは本当です。ヤツメウサギを、皆で召し上がってくださいとのことでしたよ」
一瞬興奮したクリスだったが。それを聞いて、一気にしょぼんと落ち込んでしまった。
こんなことを願うのはよくないことだが、個人的になにか手紙でもあれば……そんな淡い期待を持っていた。
王太子がただの護衛へとそんなことをするはずがない。頭では理解していたが、少しばかり悲しみを背負ってしまうのは止められない。
「——……それと。クリス殿にはこれを」
「……え?」
「同封されておりました。クリス殿宛になっておりますのでご確認ください」
誰が見ても納得するほどの、先ほどとは全く違う明るい表情。パァーッと嬉しそうな表情を浮かべ、気持ちが好転したのが一目でわかる。
「(うむ。さすがはアイン様だ)」
クリスにお留守番と告げる役を、ウォーレンはアインへと押し付けた。
押し付けたと言っても、一番効果があるのはアインだったからこそのお願いなのだが。
そうして今も、クリスへと個人宛の連絡を寄越す。
その気遣いにウォーレンも感謝した。万が一これがなければ、逆に落ち込んでしまっていたかもしれないのだから。
「いつ食べるのニャ!?今日かニャ!?今かニャ!?もう食べたのかニャ!?」
もはや涎が零れるのを我慢するばかりのカティマ。
元気すぎて言ってることが、段々と意味の分からないセリフに変わっていく。
「カティマ様。落ち着いてくださいませ。さすがに今日ですと、陛下達の食事が遅れてしまうかと……」
「問題ないのニャ!私がお父様たちを説得してくるから安心するのニャ!」
ダダダダッと走り出すカティマ。
お待ちください、そう止めようとしたのだが、カティマの勢い相手にそれは叶わず。
おそらくカティマはそのままの勢いで、シルヴァードの私室へと向かって行くのだろう。
そして一方クリスは、アインからの手紙を開けて目を通している。
カティマの様子が一切気にならない程、その手紙に集中している様子だった。
時折浮かべる彼女の笑みを見ると、幸せそうなのがよくわかる。
女神の様な微笑みと、若干赤らんだ瑞々しい頬。どんな男でも魅了できそうなほど、魅力的な顔つきをしていた。
——……それはもはや元帥というよりは、ただの恋する女性という感覚に陥る程だ。
「……アイン様。貴方のお帰りを、心よりお待ち申し上げております」
そしてクリスは読み終えた手紙を、まるで宝石のように懐へと仕舞う。
その後はバルトの方角を向いて、澄み渡る声でそう願った。




