社会科見学という名の家庭訪問。
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王立キングスランド学園。
そこはイシュタリカで、最もレベルの高い学び舎であり、更に内部では成績ごとに組み分けを行われる。
特に上位2クラスともなれば、彼らの卒業後の進路は必ずといっていいほど、イシュタリカの重要機関へと繋がる道だ。
そんな王立キングスランド学園だったが、確かにそこの生徒は将来有望なのだが、今回の件はあまりにもぶっ飛んでいる。
現場の人間たちは、当初そう考えていた。
「では見学は以上だ。何か質問はあったかね?」
時刻は朝の五時過ぎ。
こんな時間ではあったものの、彼らはここで仕事にあたっていた。
「あ、ありません……ですがまさか、カイル教授が携わっていただなんて」
彼の名はロラン。アインの学友で、先日学園の5年生になった12歳の男の子。
彼もアインと同様に、一組の維持に成功している。
クラス内順位は3位、今年はバッツにも順位で勝り、ようやく3位まで上り詰めた。
ちなみに主席と次席は毎年恒例の、アインとレオナードの二人に納まっている。
「特に語る必要ないだろう。なにせ機密だらけのこの作業だ、口に出さない方がお利口というものだ」
そう言いつつ、眼鏡の位置を調整するカイル。彼は一年次の頃から、アイン達の世代の一組の担任を務めている。魔工学を専攻している教授だった。
だがロランとしても、まさかこんな場所で出会うとは思ってもみなかった。なにせつい先日も、いくつか技術的な質問をしていたばかりなのだから。
「ですがまさかですよ、本当に。まぁこれを言ってしまえば、俺が呼ばれることもまさかなんですが……」
現在ロランが居る地域は、王都から水列車で30分程度、海沿いに進んだ場所にある巨大な施設。ここではとある建造物の製作が進んでいた。
「君の質は高く評価されている。それは誇りなさい、実は私も教授として鼻が高い」
「あのー……カイル教授?学園では褒めてくださったことなかったと思うんですが」
「私は厳しい教育こそが、人を成長させると信じている。まだ君たちに飴を与える必要ないだろう?だがここは学園ではないのでな」
「は、はぁ……なるほどです……」
二人はそんな、気の抜けるような会話をしていたが、その施設は数多くの声が響き渡り、賑やかに業務が行われている。
「君は今日から、学園の合間……見習いとはいえ、ここで技術者として勤める。私はその技術を尊重する。だから……ともに大きな夢を見ようではないか」
カイルはそう言って歩きはじめ、ある一つの大きな物体へと体を向ける。
「本当に大きいですね……」
「これは我々技術者や研究者にとって、大きな夢をもたらす一つの宝だ……」
辺りには、すでにくみ上げられた部位や部品がいくつも並んでいる。その中でも、この"素材"は更に度肝を抜いてきた。
「"海龍の背骨"……これほど船に向いている素材は、何を探しても他にはない。殿下の力は我々のような者達にも、大きな夢を与えてくださったのだ。ロラン、君も深く感謝するように」
「……はい。仰る通りだと思います」
この施設の何処を見渡しても、アインが討伐した海龍の素材で覆いつくされている。だがこのすべてが、一つの船となると思えば期待も大きい。
まだ学園生の男の子が、こうした舞台に来るのは異常ともいえる人事。だがそれは、彼への期待と評価の現れでもあった。
——海龍艦の計画が始まり、すでに一年の月日が経とうとしている。それは順調に進み、この数年以内には、完成した姿をイシュタリカへとお披露目できることだろう。
*
ロランが朝から、国の機密に触れていたその日。時刻は朝の9時過ぎとなり、一組の生徒たちが教室に集まっていた。……彼らの顔を見れば、ちらほら見かけた顔を見つける。だがしかし、おそらく5年次の今になるまで、一組の維持に成功していたのは、アインやレオナード、そしてロランとバッツの4名だけだろう。
「ロラン。眠そうじゃん」
「あーうん……実は朝からちょっと仕事でね」
「朝から何してんだよお前、その職場危ないんじゃねえか?そんな時間から働かせるなんて」
バッツが口にすることは、ロランをフォローしての事だった。もしその内容を知っていれば、こんなことは口にしなかったと思うが……。
「あ、あはは……どうだろうね」
何とも言えない気持ちになるのはロラン。実際今の職場は、きっと最高責任者を辿りまくれば、アインにも近づくはずなのだ。なにせ国家プロジェクトの、"海龍艦"の造船なのだから。
——アインは海龍艦というものが、今造船中と知っている。だがそこにロランや自分たちの担任が携わっているなんて、考えたこともなかった。
「まぁ体には気を付けるんだなロラン」
レオナードの優しい言葉が、ロランの心に染み渡る。
「ありがとレオナード。体には気を付けるよ」
「……そういえばさ、今日はなんでみんな集合してんの?」
アインは知らない。今日なんで一組の生徒たちが集合しているのかを。だがレオナード達はそれを知ってるようで、アインへと説明する。
「殿下。今日は恐らく、"社会科見学"の相談ではないかと」
「……は?」
最近のアインは、立て続けに面倒ごとに鉢合わせていた。その中でも特にハイムの件が、彼の心の中に深く入り込む。セージ子爵との件も思い返してみると、随分と色々あったものだと実感してしまう。
そして今度は社会科見学?
落差が大きすぎて、どうにもしっくりとこない。というか、この学園でそんな行事があったとは初めて知った。
「社会科見学……?なにその平和な、なんか学園向けの行事は」
「殿下。ここは学園ですので間違ってません」
「……ちょっと混乱してた。確かにここは学園だった」
自分たちの年代から考えると、規格外な友人たちしかいないため、たまに学園だということを失念してしまう。アインはまだ5年次で、まだ6年次も残っている立派な学生だった。
「その件で、いくつか連絡があるのではないかと」
「なるほどね。ちなみに行き先は?一組はどこ行くの?」
「アイン何にも聞いてないんだなお前。自由だよ、自由。俺たちで好きに選んでいいんだって」
レオナードの代わりに答えたのはバッツ。それを聞いたアインは、『自由授業制どころか、そこも自由なのか……』そう心の中で嘆いた。
「自由すぎだろこの組」
「大抵は、大商会とか国の施設……城内には入れないけど、城のそばの建物とかに行くのが多いね。あとはそうだな、ホワイトローズ駅なんかも、そこそこ好評らしいけど」
「城の施設は勘弁してほしい。割と本気で」
過去の事例をロランが口にするが、アインとしては城の周囲は遠慮したい。なにせ自分の家だ、あまり意味がない。
「だとしたら大商会か?最近だとオーガスト商会なんかがいいんじゃねえの?」
「オーガスト商会も勘弁してくれ。色んな意味で行きづらい」
商会のご令嬢が自分の側近なのだ、それを思えば、そちらも遠慮したい。
「おいおいアイン!……お前我がままだな!」
「……察して差し上げろ、バッツ」
「それじゃえっと……ホワイトローズ?」
消去法で行けば、ホワイトローズが有力候補か?アインとしても、ホワイトローズに関しては文句がない。
「あそこは良い駅だよ、なぁみんな」
「……え、えぇそうですね殿下」
「知ってるわ……ったく」
「はは……ま、まぁ確かに有数の駅だから、勉強になると思うよ」
この4人のグループは、おそらくホワイトローズに向かう。そう、昼になるまではそう思われていた。
その数分後、担任のカイルがその教室へと現れ、社会科見学についての説明を始めた。一週間以内に目的地を決めて、それを伝えに来いとのお達し。
テラスにでも行って、みんなでゆっくり考えよう。アインはそう思っていた矢先のことだった。
*
「なぁアイン。元気出せって……そんな落ち込まなくてもいいだろ?」
「……こうなるなんて、思ってもみなかった」
4人が良く集まるテラス席。昼過ぎの席が空いた頃、4人はそこで食事をしていた。ただ一人だけ、どうにも元気のない様子だったのだが。
「で、殿下……ですが我々は光栄に思いますよ?あのように言っていただけて、嬉しく思ってますので……で、ですから」
「そうだってアイン様!だから元気出してってば。宰相様の言葉があったからって、そんなに落ち込まなくても……」
アインが落ち込んでいる理由は、例の社会科見学にあった。ホームルームが終わった後、アイン達4人はカイル教授に呼び出され、とある話を説明される。
「ま……まるで俺の家庭訪問じゃないか!」
宰相の有難いお言葉により、彼ら4人の社会科見学先が決まる。場所は王都、そして城ホワイトキング。城門をくぐり、その中にある施設群を見学することになった。
魔物実習の際に、アインの試練に付き合わせた礼を含める。城内は難しいが、城門の内側にある施設をご案内……と、ウォーレンからの招待が届いたのだ。
もちろん三人は喜んだ。城門の内側には、重要な施設や人々が多くいる。それを思えば、これほどの見学先は他にはないだろう。
ちょっとした特別扱いだが、今回限り……とウォーレンが決定していたのだった。
「こんなことになるなら、オーガスト商会の方がまだよかった……」
城ともなれば、皆がいる。家族皆どころか、クローネやクリスなど……本当に皆が居る場所だ。
「(カティマさんには何かを渡して、研究室から出ない様にしておこう。軟禁がベスト)」
当日は、あの駄猫を自由にしてはいけない。それが何よりも重要事項だった。
「もうしょうがねえってアイン。だから来月までに、しっかりと覚悟決めとけよ」
「自分の家に行くのに、覚悟を決めることになるなんてね……」
社会科見学は一月後。アインもそれまでには、覚悟と妥協と、あとは諦めの気持ちを用意しておかねばならない。
「ねぇレオナード!そう言えば俺……城に行けるような服持ってない!」
「……何か貸してあげるから安心しろ、ロラン」
アインの気持ちと裏腹に、なかなかテンションの高いロラン。レオナードという、頼りがいのある友人が居て安心していた。
「ありがとレオナード!いやー冬だったらコートとかで隠せるんだけど、もう初夏だからさ。さすがにそういう服持ってなくて……」
「ロランもそろそろそういう服を用意しておくべきだな」
「あー……確かに。お給金貰ったら見にいこうかな、買い物付き合ってよ」
「そうだと思ったよ、全く。……まぁ買い物に付き合うのは構わない」
アインはぼーっと二人を見る。楽しそうにしているロランとレオナード、二人を見ていると、純粋に楽しめてない自分がなんとなく悔しい。
病欠でもしてしまおうかと思うが、難しいだろう。
「言っとくぞアイン。謎の不参加なんて決めやがったら、カイル教授に告げ口するからな」
「な、謎の不参加なんて……そんなずるいこと、するわけないだろ?」
「慌ててんぞお前。ったく、一応単位ある行事なんだから、しっかり参加しろよ」
なるほど。逃げ道は無かったようだ。しっかりと卒業するためにも、我慢して参加する必要があった。
「(……こんなことになるなら、バルトへの旅も、早めにって考えとけばよかったかな)」
現在日程を調整中のため、新たな調査には出向けない状況のアイン。冒険者の町バルトは、旧魔王領などを含めて、多くの危険も伴う地帯。
なのでそういった面も含めて、イストに向かう時とは比べ物にならない程の、多くの打ち合わせが行われている最中だった。
それが纏まり次第、アインは次の調査へと向かうことになる。それは決して遠い話ではなく、そこそこすぐに纏まるだろうと、クローネから報告を受けていた。
「ねぇねぇ!バッツとアイン様も一緒に行こうよ!」
「しっかし元気だなお前。それで?行くってどこにだよ」
妙に元気のいいロラン。それほど彼にとっては、社会科見学が楽しみなのだろう。バッツがその元気さに驚きながら、続きを尋ねた。
「レオナードから服借りるときにさ、ついでにどこか遊びに行こうって思って!」
「あ?ならレオナードの家でいいじゃねえか」
「おい待てバッツ。うちに殿下をご招待できるわけがないだろう!それほど立派な家じゃないぞ!」
知らぬ間に遊びに行く話が進んでいるが、それ自体は悪くない。アインも賛成だった。
「いやお前、公爵家じゃねえか……どの口が立派じゃないなんていえんだよ」
「ふ、普通の貴族が招待していいお相手ではないだろう!」
「まぁそんな気にしなくていいんだけどね……」
厳格な父の下に育ったレオナードからしてみれば、王族を貴族の家に招待するなんてとんでもないことだ。そんなことをすれば、自分が父からどんな叱責を受けるかわかったもんじゃない。
アインとしては気にしないでほしくも思うが、そう簡単にはいかない。
「殿下はもう少しご自分の立場を……」
そんなレオナードを無視して、合点が言ったかのように、手をパンッと叩くアイン。
「なんか面白そうだし、レオナードの家で遊ぼうか」
「殿下あああああああああああっ!?」
「オーケー。それじゃその予定で。んでいつにする?」
嘆くレオナードを横目に、アインもつい楽しみ始めてしまう。先ほどまでのテンションとは対照的な、喜ぶ姿を見せるアイン。
「次の休日にしようよ。……五日後だね、どう?いいレオナード?」
ロランの希望は早め。そのため、直近の休日はどうかと尋ねる。
「……もう、好きにしてくれ」
「んじゃ五日後だな。なんか土産持ってくからよ、元気出せってレオナード」
「なに持ってくのバッツ?」
「アイン。こういうのは相場が決まってんだよ、肉だ」
「なるほどなー……肉か。参考になる」
うんうんと納得するアイン。漫才染みたやり取りを、放心してしまったレオナードの前で披露する二人。
先日のアインはこう考えていた、休む暇がしばらく無さそうだと。……だがこうして、学友と楽しめる時間が見つかった。せっかくの機会なのだ、それを大いに楽しむことに決めた。
「いやー楽しみだなレオナード」
「……私は心労が徐々にですね……殿下」
「はははっ!大丈夫大丈夫!別にお爺様とかが行くわけじゃないから!」
「陛下がいらっしゃるとなれば、きっと寿命の多くが飛び散ってました」
レオナードいじりも大概にしておくべき。そう思うこともあるのだが、彼の反応が嬉しくて、ついそれを続けてしまうアイン。
——自分の家への社会科見学。
それはあまり待ち遠しく思えなかったが、レオナードの家へと行くのは楽しみになったアイン。そして対照的に、当日が来るのが少し怖いレオナード。
レオナードの父は、城内で王族と顔を合わす機会があったとはいえ、自宅に来るとなれば話は別だ。今日の夜、レオナードは帰宅した父と母へとこれを伝え、同じく放心させてしまうのだった。
おそらくこの章は、話数少なめで終わると思います。
その後から、新章として次の調査……etcなどなどになる予定です。




