五章の閑話集(バーラ、グレイシャー家、海龍の双子)
短い話を3つ繋げた内容です。明日から本編の新たな章が開始予定です。
≪ バーラ編 ≫
味は良く分からなかった。良く分からないというのも、単に経験したことのない味だったという意味だ。なのでもちろん美味しく感じたし、体がそれを喜んでるのを実感できた。
自分がまさか。城の料理というものを経験するとは、考えたことがなかったはず。
……昨晩アインと別れ、カティマと共に王都の城へと到着して、数刻が経った。
ウォーレンが口にしたように、まずは皆で腹ごしらえをした。いきなりメイと二人にされるわけでもなく、カティマとディルが共に居てくれたことに、バーラは強く安堵した。
「メイ。ほらこれも食べるニャ」
「なーにこれー?……甘いっ!?」
特にカティマには感謝している。スラムの孤児だった自分たち。そしてメイにもよくしてくれることが、バーラにとって、なによりも嬉しく思えた。
食事の最中も、数多くメイに話しかけてもらえて、メイも嬉しそうにしている。
「あ、あの……カティマ様?私たち、こんなに美味しいものを頂いても、お返しできるものが……」
「バーラならこれからいくらでもできるニャ。……まぁ万が一があっても、別にたかが一食ぐらい気にするんじゃニャい」
一食ではないのだが……。なにせイストでは宿も借りて、さらにそこでも食事を頂いた。湯も借りたというのに、申し訳ない気持ちだけが募る。
「で、ですが……っ」
「……イシュタリカとしては、孤児をなくそうと努力してるニャ。でもまだ結果が出せてない、それは王族として申し訳なく思うのニャ。だから本当ニャら、皆にこうした施しをするべきだと思うニャ」
バーラの気持ちを察してか、カティマが重く口を開く。
「これからニャ。必ず改善させると約束するのニャ。……だから、上に立つ者としてこんな言葉は不適切かもしれない、でも今は"運"が良かった。そう思ってて欲しいのニャ」
実際運が良かったのは否定できない。たまたま迷い込んだアインが、たまたまメイの悲鳴を聞いて、そして助けたという結果なのだから。
それを考えると、なかなかの強運だったといえるだろう。
「……はい。わかりました」
メイが喜んでるのも、お腹一杯食事をできてるのも本当の事だ。一番大切に思ってきた、大事な妹が幸せそうにしてるなら、それが一番なのに変わりはない。
「マーサ!マーサはいるかニャ!?」
バーラが深刻に物事を考えていると、カティマが突如声を上げ、マーサを呼びだす。
「勿論いますよカティマ様。あと大声はあげないように」
「聞こえるようにした、私の気遣いだニャ。……食事も済んだから、そろそろ向かうニャ。メイは任せていいかニャ?」
しばらく休憩もできた。早速だが、ウォーレンの許へと行き、バーラにちょっと確かめてもらいたいことがある。それは彼女の治癒能力の度合いだ。
「承知いたしました。……さぁメイちゃんいらっしゃい?私と遊んで待ってましょうね」
自分のことをお姉さんと呼べない年齢なのも分かってる。だがおばさんと口にしたくない気持ちもあるため、”私”といった、マーサの女心だった。
「お姉ちゃんはー?」
「お姉ちゃんはこれからお仕事するの。だから少し遊んで待ってましょうね?」
マーサの言葉に、少し不安になったのだろう。メイがバーラの方へと目線を向けた。
「ちょっと待っててねメイ。お姉ちゃん直ぐ帰ってくるから」
「うーん……わかった!いつもみたいに待ってる!」
そしてバーラは、カティマと共にウォーレンの許へと向かった。
——この時に、マーサと遊んでもらってるうちに、彼女のメイド姿に興味を持ったメイ。
マーサはメイにせがまれて、普段給仕として行っている、茶の淹れ方などを披露した。するとそれにあこがれを持ったメイが、これから数日間の間、マーサにくっついて周ることになる。
根負けしたマーサが、メイの弟子入りを認めた。……その日からメイは師を超えようと、給仕としての一歩を踏み出すことになる。
*
思いのほか、ウォーレンや識者たちによるチェックはすぐに終わった。なにせ治療の結果を見るだけだから。
そのチェックは、一人の用意された怪我人への治療。それで判断されたのだった。
「いいもの見させて頂きました」
「えぇ。宰相……我らの判断としては、二級の評価を致します」
「ほぉ……二級とはこれはこれは。つまり、瀕死以下の怪我ならば治せるラインにあると?」
二人の識者が、ウォーレンへと結果を告げる。その正面には、ドキドキした顔のバーラと、楽しそうにしているカティマの姿があった。
「宰相。二級とはつまり、死に瀕する病気以外ならば治せるという認識です。もちろん保有魔力量の限度によりますが……」
「ただ一級と比べ、死に瀕する病魔や、それに準ずる怪我。それを治す際に即効性はありません。付きっ切りで看病の必要がありますな。……あとは、魔物による特別な傷は、治せないこともございます」
「それはいい。アイン様に感謝するべきですな」
識者の二人は、そう説明すると、用意された怪我人を引き連れて、部屋を退室していった。彼らはこれから詳細な資料を纏めに向かうのだろう。
「さてバーラ殿。いいもの見させていただきました」
「い、いつもやってたことなので……そんなに大層な物では……」
「ふむ。価値の分からない者が、それを判断してしまう。これほどの損失はない……そうは思いませんかカティマ様」
「その通りだニャ。才ある者に義務があるとはいわニャいけど、でもその力に見合う対価を得るべきだとは思うのニャ」
二人して満足そうに頷いているが、バーラはまだ状況が分かってない。なぜここまで褒められるのだろう?いつもやってたことなのに……そう考えていた。
「ではバーラ殿。仕事内容は城での専属ヒーラー。如何でしょうか?」
「……っ!?」
城で働く?そんなことは考えたこともない、というよりも、自分のような卑しい者が、長々と城にいてはいけない。バーラの心の中には、そんな言葉が蠢いている。
衝撃的な言葉に、氷のように体を固めてしまったバーラ。それをみたカティマが、フォローするために口を開く。
「……私が話してもいいかニャ?」
「え、えぇ……その方がいいみたいですね。お願い致しますカティマ様」
「なら早速。……バーラ、私は二人と居て楽しかったニャ。バーラはそうじゃないのかニャ?」
「そ、そんな……つまらないなんてあるはずがっ!」
ニヤニヤしながら、カティマが言葉を紡ぎ続ける。
「約束するニャ。メイにもお腹いっぱいご飯を食べさせて、しっかりとした家で生活をさせてあげると。もちろんバーラも同じニャ。……ちゃんと給料もでるのニャ。だから、ここでの仕事……よかったら引き受けてくれないかニャ?」
この言葉に何一つ嘘はなかった。それに先程いった、二人と居て楽しかったというのも本音。カティマはメイのことを可愛がっていたのもあり、個人的にも、この話を受けてほしいと思っているの。
「わ、私にできる仕事があるんでしょうか……」
「バーラにしかできない仕事があるのニャ」
じっと、力強い瞳で見つめてくるカティマ。そんな真摯な目線で見られたのは久しぶりだ。……亡くなった母、彼女が自分に見せたような強い瞳。それをカティマから感じた。
「……私も。メイにはお腹一杯ご飯を食べさせたいと思ってます。それに、もう寒い所で寝たく、ありませんっ……っ」
「……決まりだニャ」
メイのためにメイのために。そうずっと考えていたが、バーラも限界な事に変わりはない。カティマの言葉が引き金になり、つい涙をこぼしてしまう。毎日がつらくて堪らなかった、誰かに助けてほしかった。その思いに嘘はない。
「さて。バーラ、辛い気持ちになってる所申し訳ないんニャけど」
「……っす、すみません私としたことが……っ」
「いいのニャ。でももう一つ大事な話があるのニャ」
大事な話とは何だろう。でもご飯をしっかり食べられて、寒くない所で寝られるのなら、もうなんでもいい。そんな気持ちにすらなってきてしまった。
「ウォーレン!お給金のお話だニャ!」
「はっはっは……という訳ですよバーラ殿。さぁお給金のお話です」
「……へ?」
「だーかーら。給料ニャ!ただ働きをさせる程、卑しくないのニャ!」
「ま、まさか本当に頂けるなんて……」
正直なことをいえば、カティマには失礼だが、本当に給料をもらえるとは思ってなかった。だから嬉しさ半分、驚き半分といったところ。
「あーたーりーまーえニャ!全く失礼ニャ……全くもうだニャ!ウォーレン、給料について説明するのニャ!」
「……という訳で、私からご説明いたします。一年目は、まずは初任給ということで月に9枚からで如何でしょうか?」
銅貨9枚で、9000Gとなる。一月その程度だと思えば、今までの暮らしから考えれば十分な話だ。むしろ有難いことこの上ない。
「ウォーレン?その表現だと伝わりにくいのニャ」
「っと……これは失礼しましたバーラ殿。イシュタル金貨9枚を、一月にお渡しする。そういったお給金となります」
「イ、イシュタル金貨とは……?すみません。銅貨とかしか知らなくて……」
ずっとスラムに居た身としては、知識だけはあるが、どうにもどのぐらいの金額なのかわからない。
「一枚で10万Gだニャ。だから9枚で90万Gだニャ。来年になればもっと上がるから。頑張ってほしいのニャー」
「9……90万G!?なんですかそれっ!国家予算ですかっ……!?」
そんな大金見たことがない。逆に恐怖すら覚える金額に、バーラも驚きを隠すことなく露にする。
「国家予算がそれだと、国が一分も持たないのニャ……」
「ちなみに、もしよろしければ城内に部屋も用意いたします。その場合は3食の食事が付くので、手取りは50万G程になりますが……。もちろん浴室なども問題ありませんよ」
「そ……そっちでお願いします!」
本来ならば、城に部屋を用意して三食付き……それで50万Gでは安すぎるレベルなのだが、ほとんどは福利厚生のようなもので、かなり値引かれている。
環境を考えても、メイの安全を思っても、これほどの案はないだろう。そして自分で借家を探すのも難しい。そう思ったバーラは、恥を捨てて即決した。
「では先ほど使っていたお部屋を、そのままお使いください。荷物も好きに運んでくださって結構です。メイ殿の食事などは、城の給仕に時間通りに用意させます。バーラ殿の休憩時間が合うならば、自室でメイ殿と一緒に食事をとってもらっても構いません」
至れり尽くせりな結果に、開いた口が塞がらないバーラ。カティマはその顔を見て、ケラケラと笑い始める。
「ニャハハッ!それじゃ早速ニャけど、仕事は明日からいいかニャ?」
「も、もちろんですっ!むしろ今からでもいいぐらいで……」
「それは丁度いい。では城に住むにあたって、いくつかご理解いただきたいことがございます。今日はそれをご説明いたしましょう」
最初は覚えることだらけで、四苦八苦しながらの毎日だったが、スラムでの生活に比べたら、どこもかしこも天国でしかない。必死になって仕事に努めたバーラ。
……だが数日後。仕事を終えて自室に戻ったバーラの目に、驚きの光景が映る。それはマーサに指導されている、メイド服姿のメイの姿。話を聞けば、『マーサさんに弟子入りしたの!』なんて胸を張るメイ。
それを聞いたバーラは、これまでで一番の驚きを感じてしまう。……こうしてバーラの新生活が、にぎやかに始まったのだった。
*
≪ グレイシャー家編 ≫
ディルはカティマの護衛として、アインより一足早く王都へと帰還した。本当ならば、その日のうちにとんぼ返りする予定だった。だがバーラとメイのことを考えると、残ったほうがありがたい。そういう言葉があり、ディルは魔法都市へと戻ることは無かった。
だがやはり、自分の家というのは落ち着くものだ。
久しぶりに頂いた休暇と思うことにして、ゆっくりすごしていたディル。だがようやく、主君のアインが王都へと戻る日がやってくる。その日の前夜は、王太子殿下の帰還ということで、ディルはそこそこ忙しい時間を送っていた。
今頃アイン様は列車に乗ったころだろうか?そう思えば、ディルの気持ちも再度引き締まってくる。
「ただいま戻りました」
深夜になって、ようやく帰ってくることができた我が家。今日の帰宅は自分が最後のようで、父ロイドと、母のマーサはすでにリビングで寛いでいた。
「お帰りなさいディル。明日の準備は終わったの?」
「うん、終わったよお母様。警備の確認とか、細かい調整がメインだったからね」
そうはいっても、日を跨いでようやくの帰宅。お互い城勤めとして、事情は分かってるマーサ。
「ご飯はどうするの?」
「お母様のがまだあれば、それもらおうかな」
「勿論とってあるわ、座って待ってなさい」
城での位は一級給仕。給仕長の一つ下の位にいるマーサ。そのプライドなのだろうか、それとも習慣?家族が食べる食事は、自分で作ることが多いマーサ。
グレイシャー家の屋敷には、もちろん多くの使用人がいるのだが、彼らもマーサが自分で料理をすることは、すでに諦めている。……最近では、そのことを承知しておくようにと、求人で先に伝えられるほどだった。
「帰ったかディル。明日はアイン様のお戻りになる日、油断することなく励むのだぞ」
「勿論ですよ父上。アイン様の護衛見習いとして、間違いはあってはなりませんから」
「ちょっとあなたー?帰って早々仕事の話はよしてあげなさいって、口を酸っぱくしてきたでしょ?」
ディルの食事を用意しに行ったマーサから、お叱りの言葉が届いた。前・元帥にして、現イシュタリカ王の専属護衛。そんな大役を務める男だろうとも、家の中では嫁の言葉が何よりも強い。
「つ、続けておかえりといおうとしたのだっ……!」
「もー……はいはい!」
声を出さずに笑みを浮かべるディル。こんなロイドの姿は、国民には見せられないな。ついそんなことを考える。
「む。縫い目を間違えてしまったな……」
「父上?今縫ってるものは……?」
ソファに腰かけながら、器用に指を動かす父の姿。それをみて、ディルは何を縫ってるのかと尋ねる。
「これか?これはメイの給仕服だ。マーサに頼まれたのでな、私が新たに一着作っているという訳だ」
"剣王"、それが父ロイドのジョブだった。それは現在イシュタリカにも一人しかいない、剣士の中でも最強の証明。
そんな父ロイド。大柄な上半身に劣らぬ太い指、それを器用に使いながら、見事な給仕服を作り上げていく。『刺繍、裁縫、編み物』それらのスキルを、生まれながらに持っていた彼にとっては、何一つ造作もないことだった。
それどころか、一等給仕であるマーサも顔負けの、美しい服飾技術を見せつけてくれる。
「お母様が弟子をとることって、ありましたっけ?」
「ないな。だからなのか知らんが、マーサも存外にウキウキしているようだ。よく見ろ、この生地なんてなかなかのものだ。マーサが自腹で購入してきたのだぞ」
そう言われてみると、なかなか分厚く丈夫な生地をしていた。
ちなみにマーサは、給仕長にも既に許可を取っていた。なのでメイは、正式に給仕見習いとして、マーサの下で働くことになった。
「成長期ですからね。丈夫なほうがいいでしょう」
「そうなのだ。……そういえばディル。お前の騎士服のほつれも直しておいた。部屋の前に置いてあるから、あとで確認しなさい」
「ありがとうございます。明日、アイン様の前で恥をかかずに済みました」
「うむうむ……重要な事だからな」
そうこうしているうちに、マーサがディルの食事を用意し、大きめのお盆にそれを乗せて戻ってくる。
「ディルお待たせ……あら、それ見てたのね」
「メイの給仕服って聞いたよ」
「そうなの。頑張ってるし、用意してあげないとね」
「はは、なるほど。……ところでどう?メイの様子は」
先日までスラムに居たメイ、だからこういった仕事はどうなんだろう?つい心配にもなる。だがそれは杞憂だったようで、マーサの言葉によって、心配な気持ちはスッと消えていく。
「必死に頑張れる子だから大丈夫よ。言葉遣いとか所作は、まだこれからだもの。そんなものはいくらでもあとから学べるわ」
「それはよかった。ところでお母様を超えると豪語していたとか」
「かわいい子でしょ?私って娘も欲しかったから、実は結構嬉しいの」
子宝に恵まれなかった。それをあまり口に出したくはないが、なんとかできた子がディルだった。二人目も……と思って励んでいたものの、結果に恵まれることは無かった。それを悲観してはいない、だがもし二人目がいたら……と考えることぐらいはあった。
「じゃあ丁度良かったのかもしれないね。それで?実際お母様を超える可能性はあるの?」
「さぁどうでしょうね。私はいずれ給仕長だから、死ぬまでそれは譲らないわ」
現在の給仕長は、主に王妃ララルアの専属として、彼女の部屋で働くことが多い。なのでいずれ、マーサも給仕長となるはずだ。それを思えば、弟子に何一つ譲るつもりはない。
「はっはっは!いいではないかディル。お前もこの私を超えるといったのだ、メイも同じことだろう?」
「おや父上。なら折角です。明日のアイン様がお戻りになる前に、体をほぐしておきたかったところでした。如何ですか?父上も一度休憩して、私と一汗流すというのは」
「むっ……それはよい。マーサ!これより私とディルは……」
ディルとしては、父ロイドとの戦いに体を慣らして、有事に備えたいという思いがあった。同じくロイドも、ちょうど体を動かしたかったので丁度いい。——そうして中庭に行こうとすると、マーサの雷が落ちたのだった。
「ディルは先にご飯!あなたはそれを待つ!もう……すぐそうして剣を握ろうとするんだから」
「す、すまぬマーサ……」
「頂きますお母様っ!」
素直に謝る辺り、やはり家庭内ではマーサがトップだということだった。
その後中庭で一汗流したディルとロイドは、大浴場へと向かい汗を流す。訓練の反省を行いながら、風呂を満喫したのだった。
*
≪双子の海龍≫
『いい匂いしてきた!いい匂い!』
『っ本当だ!すごい匂いする!』
決闘の舞台へ近づくにつれて、その香りに気が付く双子。初めに香りに気が付いたエルが、アルに合図をした。
先導するオーガスト商会の船に付いて、双子はゆっくりとその川を泳ぐ。
双子としては、アインとどこかに遊びにいける!とただ喜んでいただけなのだが、いい香りがしてきたことで、その喜びも増すばかり。
進むにつれて徐々に増す香りは、ようやくその正体を双子の前に見せる。たどり着いた開けた場所、そこには2体のクラーケンの姿があった。
「エル、アル。そこで待ってるんだよ。いい?」
ピシィッと、双子の体に衝撃が走った。これはつまり『待て』?ということはこれは自分たちに用意された”モノ”なのか?そう考えざるを得ない。
アインに待てをされた双子は、素直にアインの言うことに従い、その場ですぐに動きを止める。
『2つある!2つ!』
『1つずつ!?1つずつなの!?』
クラーケンが2体いることに気が付いたエル。双子はこの"豪勢な食卓"に、喜びを露にする。
『パパのお土産!』
『すごいすごい!パパ大好き!』
アインが持ってきた土産に違いはないが、陸にいるアイン達とは、全く違った思考の双子。緊張感なんてものは、コンマ1パーセントすら存在していない。
アルがいうパパ大好きという言葉通り。『こんなお土産くれるパパすごい』『まだ?まだ?』、こんなことぐらいしか双子の頭には浮かんでこなかった。
~戦闘中~
『動かなくなったよ!』
海流に拘束されたクラーケンを見て、エルが喜ぶ。
『うん!大きいだけ!弱い!簡単!』
アルがいう弱いという言葉、確かに双子にとっては、このクラーケンは大した敵ではない。それほどの種族の差が存在していた。
スルスルッと水の流れに乗り、一本の足を取ってくる。
『っ美味しい!』
『美味しい!パパ凄い!なんで!?なんで凄いの!?』
クラーケンが美味しい=それを持ってきたパパ凄い=凄くてよくわからない。こんな思考に陥るアル。だが同じくエルも良く意味が解っていない、理解できるのは相手が弱いということに、"アレ"が美味しいということ。
『頭の石とる?とっちゃう?』
『とる!とったらたくさん食べられるよ!』
頭の石、つまり魔石をとるかという事。双子は、魔石を取れば相手が死ぬことを理解している。だからもう取ってしまおうかと提案した。
『調べる!』
『わかった、待ってる!』
どこに魔石があるのか、そしてどこが弱点なのかを探るアル。海流を使い、相手の体を探っていく。微弱な反応ですら、海龍はそれを探知するほど鋭かった。
『ぐりぐりしてくる!』
『うん!私も少ししたらいく!』
調べた結果、魔石の周りを切断すればいいことが分かった。なので海流と風魔法を用いて、クラーケンの魔石を外すことにした。……これを察知されてしまったことにより、クラーケンの死がさらに近づいたのは、誰から見ても分かる結末となる。
~戦闘後~
「エル、アル!もう食べすぎだから、そろそろ終わりだよ」
絶対的であり、愛するパパの声が2人の耳に響き渡る。そうなれば、もはや断腸の思いで浮上して、彼の前へと行かなければならない。
「いやそんな世界の終わりみたいな顔しなくても……」
アインの目に映ったのは、口を開けたまま、下あごをプルプル振るわせて悲しむ双子の姿。大きな瞳にも、涙が浮かんでいるように見える。
だが勿論アインも鬼ではない。次の言葉で双子を救った。
「……船に縛り付けて持って帰るから。また後で食べなさい」
「っ!?(ほんと!?)」
「キュルァ!?(また食べていいの!?)」
アインがそう言うのを聞いて、双子はすぐに水中へと戻った。急いでクラーケンを持っていかなければならない。そうなれば、必死にならざるを得ないのだ。
『明日も食べていいの!?お土産!?』
『お土産!自分にお土産!?すごい!パパ凄い!すっごく凄い!』
明日も食べていい=お土産=自分へのお土産=パパ凄い=すごく凄い。今度の思考はこうだった、最後の最後にはアイン凄いとなるあたり、双子からのアインへの、狂信的な愛を感じざるを得ない。
——そして王都にもどった双子は、その日から二日かけて、大好物のクラーケンを咀嚼していったのだった。
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