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魔石グルメ ~魔物の力を食べたオレは最強!~(Web版)  作者: 俺2号/結城 涼
五章 ―魔法都市イスト―

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種族の差とこれからのこと。

いつもアクセスありがとうございます。

 始めにその異変に気が付いたのは調教師。セージが雇っていた魔物調教師だった。

 彼はセージが雇った調教師の中でも、特にクラーケンの面倒を見ていた男。長年魔物に関わる仕事をしていたため、なのでクラーケンの希少性だけでなく、その強さも良く知っていた。



 だが長年魔物に関わっていたということは、つまりクラーケン以外にも詳しいということだ。騒ぎ立てるセージの前で、彼は相手の魔物について考えを巡らせる。



「……水を制御する魔物なんて、そう多くない」



 水域を操作、制御できる魔物。それは数多く存在する水生の魔物の中でも数体程度。その中でも、遠距離まで操作できるのは一体しかいない。



 海の王といわれる、"とある魔物"だけなのだ。



 ハッとそれに気が付き、後ろに振り向きセージを見る。



「子爵!」


「なんだ!黙って貴様も指示をせんか!」


「お待ちください!大事なお話がっ……お伝えしなければならない話が!」


「指示をしろと言ったのが聞こえぬのかっ!」



 短気にも程がある。だがセージは苛立つと、周りの言葉を聞かなくなる。これは今回に限った事ではなく、今までも同様だった。



 調教師が気が付いたことにも、まったく耳を貸さないセージ。……ことが事なだけに、本来ならば無理やりにでも伝えるべきだったのだろうか?そんな考えが彼の頭をよぎる。だが彼も一人の人間、面倒な主セージへとつい魔がさして、気が付いた事を伝えなくてもいいか……そう思ってしまった。




 *




 身動きが取れなくなったクラーケンを見て、双子は喜び続けている。クラーケンを見てみると、必死に足を延ばして体を動かそうとしているのが分かる。

 だがそれが許されることは一度もなく、時間を巻き戻されるかのように、伸ばした足は体の近くへと戻っていく。



 水面には変わらず、海龍が作り出した複雑な模様が見える。



 アインはその様子をじっと窺っていたが、双子はゆっくりと狩りをするのか?そう思っていた。まるで絶対的な捕食者のように、完全に身動きを取れなくしてから、じっくりと食らいつくのかと考えていた。



 そう思考しているアインの目に、一本の太い筋が映り始める。それはエルの体から出てるようにみえて、その筋は真っすぐにクラーケンへと向かっていった。



「なんか太いのが出てきたんだけど……なにあれ?」


「あれも同じく海流ですよ、ただなにをするのかまではちょっと……」



 そりゃそうだろう。なにせクリスも、双子の戦いを目の当たりにするのは初めてのはず。

 報告を受けていたスキルとは違う様子だ。



 なのでじっくりと様子を窺うアイン。その太い筋は、そのままクラーケンを目指し進み続ける。……少し経つと、それはクラーケンの一本の足に到達した。



 トントン、と優しくノックするかのように。そして様子を窺うようにうねりながら、クラーケンの足へと密着した。



『何をするんだろう』アインが考えてる間、ただ一瞬だけ瞬きをした。その瞬間エルはアルの側から姿を消した。



「エ、エル!?」


「アイン様!クラーケンの近くです!太い筋を追ってください!」



 速さに強いクリス。彼女はエルの動きを目で追えていた。



「いつの間にあんなとこに……」



 エルはいつの間にかクラーケンの側に居た。ものすごい速度で移動したエル、その頭上には、再度幾重にも重なった模様が浮かび上がる。

 するとその模様は鋏のように揺れ動き、驚きの結末を披露した。



 クラーケンの声にならない悲鳴が響き渡る。水中に居ながらも、どうやって声を届けてるのかは疑問だが、それはこの際置いておこう。



「おそらくあれが、カティマ様によって生み出されたスキルですね」


「……嘘でしょ。何あれ」



 すると何かを口に咥えたエルが、スルスルッと行った時と同様に戻ってくる。どうやら太い筋は、エルが作った移動用の水の流れらしく、それに沿ってすぐにアルの側に到着した。



「キュッキュッ!」


「キュルルァー!」



 喜びの様子を見せる双子。くるくると、体を巻き付け合うように喜んでいた。



「随分と大きなもの持って帰ってきたけど……」


「顎の力もすごいですね。まさかあれほど大きくても咥えて持ってこれるなんて」



 エルが持ってきたもの。それは見事な長さと太さの……クラーケンの足。引きちぎられたというよりは、何かに切断されたかのようだ。



「名前は決めてないらしいです。ですが原理としては、練り上げられた海流と、"風魔法"の複合技とのことです」


「海の魔物が風魔法使う意味がわからないんだけど……」


「餌のおかげか、習得したようで……カティマ様が喜んでいました」



 カティマの研究意欲が、実を結んだということらしい。一体何をあげたらそれを習得できたのか、それが気になるアイン。



「……一体何を上げてたのさ」


「ご自身のお小遣いをかなり使って、グリフォンの魔石を集めていたらしいです。それを定期的に食べさせていたとか」



 イシュタリカに存在するグリフォンは、海龍が海流を使って移動をしているのと同じく、風魔法を使って高く飛んだり加速する。



 生まれながらにして風魔法を使うのに長けており、風魔法を使って、爪から鋭利な攻撃を繰り出してくる魔物だ。



「もうそれ新種みたいなものじゃ」


「否定できない部分がありますね……」



 原理は難しくないのだろう。練り上げた海流の上に、鋭利な風魔法を被せて武器とする。だがそれではまるで……



「そして最後は美味しく食べる。まるでアイン様の暗黒ストローですね」


「……やはり親子だったということなのか」



 カティマ特製の爪を使い、魔石を吸収するロマン技。それが暗黒ストローだった。

 エルが使った技は、原理としては近いものがあり、どちらにもカティマが関わってるのが良く分かる。



 海龍にとっては狩りに使う技なので、意味合いとしても同じことだった。



「すごい美味しそうに食べてるね」


「なにせ大好物ですから」



 エルが持ってきた足は、猛烈な勢いで咀嚼されていく。あんなにも大きかった足が、もうすでに無くなりそうなのには驚いた。



 すると今度はアルだった。アルの側から太い筋が伸びていく、それは先ほどと同様に、クラーケンを目指し進んでいった。



 同じ水中の魔物として、クラーケンは何をされてるのか分かったのだろう。あれは危険だ、そう思い体中に警戒色である、斑点模様を浮かび上がらせる。体を動かせない身としては、これも一つの抵抗手段だった。



 いつもであれば、相手の魔物はそれを見て逃げ去っていく。だが今回ばかりはその様子は一切なく、相手はただ自分の足を咀嚼しているだけ。自分がしている警戒も、全く気にしていない様子だった。



「クリスさん何あの模様。ちょっと気持ち悪いんだけど……」


「クラーケンの警戒色ですね。水中において、あの模様を見たのなら死を覚悟しろといわれるほどです」


「なるほど……」



 納得できたようで納得できない。双子を見ると、残り少なくなった足に噛みついているだけなのだから。



 アルがエルの持ってきたクラーケンの足から口を離す。すると目線を変えて、クラーケンの方へと向き直る。何かを窺うように、クラーケンの体に目を向ける。太い筋とは別に伸ばされた海流の線。それが身動きの取れないクラーケンの体に、少しずつ吸い付き始める。一体何をしているのだろうか?



「何かしようとしてますね」


「クリスさんもわからない?」


「えぇ、ちょっとわかりませんね……」



 今度は何をするのか、そう思ってじっとアルの様子を見つめてみるが、まだ動かないアル。おそらくこの場で一番動いているのはセージ子爵だろう。『何をしている!ふざけるんじゃない!』、全く意味のない言葉を叫び続けているのだから。



 そんな彼の様子を無視してアルを見る。張り巡らされた海流の模様は、徐々に顔の周りへと集まっていく。するとそれは眉間の近くで止まり、止まると同時にアルは喜びの声を上げた。



「キュルルッ!」



 声は可愛らしいのだが、どうにもやってることが可愛らしくない。海流の模様が2本に纏められ、それがクラーケンの眉間に押し当てられる。



 押し当てられるとともに、太い筋がその近くへと延びて、アルがそれに乗り移動し始める。



「(一方的も何も、ただ食べられてるだけだよねこれ)」



 絶対的な海の捕食者の姿が、そこにはあった。絶対的な種族としての差を見せつけられ、なにもできないクラーケン。



 アルは身動き取れないクラーケンの目の前で、移動を終えてからじっとクラーケンを見つめる。



「——……っ!——……!?」



 声にならない叫びを出し続けながら、アルのことを威嚇するクラーケン。とはいえアルにしてみれば、別に何も怖くない為、ただ煩いだけのこと。



 何かに納得したのだろう。小さく頷いたアルが、2本の練られた海流を構える。エルと同じく風魔法を使えるのだろう、アルを中心に、水上へと小さな渦巻きが発生し始める。



「さっきから何をやっているのだっ……おい!お前、しっかり命令をしろ!」


「は……はっ!」



 的外れな指摘をするセージを横に、アルが動き始める。調教師が少し可哀そうに思えた。そして用意された2本の海流が、風魔法によって、クラーケンの眉間へと突き刺さる。



「……ァ……ッ!?」



 心臓が体の中で動くかのように、クラーケンの体が痙攣を始めた。それを確認したアルが、"何か"を中心に、円を描くように海流を動かした。



「あれってもしかして……」



 アインはその動きを見て、これから起こるだろう結果を予想できた。相手はイカ……そして眉間の周りを攻める。ともなれば答えは簡単だった。



 その後は、アインの予想通りのことになる。クラーケンの体の色が忙しなく変わり、不穏な様相を醸し出す。すると徐々に動きを止めながら、体をうっすらと、透明に近い白へと色を変える。



「魔物の世界には、我々の世界以上に絶対的な種族の差が存在しています。それが今御覧になったのと同様の事ですが……ですがこれではまるで、本当にただの食事ですね」


「ねぇクリスさん。あれ絞めたよね?イカ絞めるのと同じことしたよね?」


「え、えぇ。魔石の周囲を切断したんでしょうから、絞めるのと同意義ですね……」



 最初から敵じゃなかったことの証明。相手の体をつまみ食いしながら、ゆっくりと体の弱点を探っていた。体の中にあるとはいえ、魔石を切り離されてしまったら、あとは息絶えるのを待つだけだ。



「双子にとっては、大きくて美味しいだけのイカだった。それだけのことだったのかと」


「……なんて不憫な」



 恐らく自分の魔物がこんなことをされれば、アインも恐怖を抱くかもしれない。それぐらい驚きにあふれる光景を見せてくれた。



 派手な戦いとはならなかったが、そこまでの相手ではなかったということなのだろう。というよりも、海の王者”海龍”が、水中で同レベルに戦える相手が存在するのかが疑問だった。



 絞められたクラーケンの側に、エルも近寄ってくる。これから先程と同様に、猛烈な速度で咀嚼が始まるのだろう。魔石はメインディッシュだろうか?『美味しいんだろうなー』とアインは考えるが、さすがに子供たちが獲った食べ物を奪う気にはならない。是非美味しく頂いて欲しいものだ。



 アルがしたことを見ていたのであろう。寸分たがわぬ動きで、もう一頭のクラーケンを絞めたエル。足に齧り付きながら片手間で絞められたのだから、クラーケンとしてはたまったもんじゃない。ここら一帯のギャングを気取っていたクラーケンだが、最期はあっけないものだった。




 *




 水中では、まだ双子がクラーケンの残骸を召し上がってる最中だが、アインはセージとの会話に臨んでいた。すでに勝敗はついたので、これからのことも併せて話さなければいけない。



「こちらの勝ちのようですね」


「……貴様。どこからあのような魔物を調達してきた!見たこともない、あんなのが存在するとは……っ!」



 海龍を知らないのか?王都近辺では有名な双子なのだから、話ぐらいは聞いたことないだろうか?というか貴族として、全く知らないのってどうなの?アインはこう考えた。



「海龍ですよ。聞いた事ありませんか?王都では割と有名なんですが」



 それを聞いてハッとしたセージ。話だけは耳にしたことがあるようだ。だが口から出るのは見当違いな言葉のみ。



「ま、まさか貴様……お、王太子殿下と」



 そうそう、やっと気が付いてくれた……でも、”と”ってなに?疑問に思ったが、その答えはセージが教えてくれた。



「貴様王太子殿下と伝手をもっておるのだな!?それで海龍を借りて……卑怯ではないか!こんなの無効だ!再試合だ!」



 補足すると、セージ・オインク。オインク子爵家の先代はとても有能な男だった。セージが小さいころに病に倒れ、帰らぬ人となったのだが、オインク家が発展したのは、先代が有能だったからというのが大きい。



 決してセージが有能だった訳ではなく、多くの貴族と伝手をもっているとか、そこそこの権力を手にしていたという事でもないのだ。先代も悔しさが募るだろう。

 自分が手塩にかけて育て上げた領地が、自分の息子によってこうまで汚染されたのだから。……だが彼が病に倒れなければ、セージも違った道を歩んだのかもしれない。そう思えば未来なんて分からないものだ。



「つ、伝手をって……えー……ここまできてそうなるか」



 確かにマジョリカから受け取った魔道具で、アインと分かりにくくはなっている。だが海龍を連れてこられるのは、王太子アイン以外にはあり得ない。そして今日の服装は、実は王族が纏う服の一つのため、分かりやすいヒントでもあった。



「何はともあれ今日の決闘は無効だ!再度仕切り直しとする!今度は陸の魔物でだ!」



 顔を真っ赤にした彼は、無効だ!と言い張ってアインへと背を向ける。このまま逃げるつもりなのだろう、うやむやにして、話を無かったことにするつもりなのかもしれない。



 そして堂々と、『今度は陸の魔物』、といってる時点で小物感に溢れている。



「セージ子爵」


「もう今日は終わりだ!貴様も家へと……っだ、誰だ貴様らは!」


「悪いけど話がある。面倒だからさ、決闘は無効ってことにしてあげてもいいよ。うちの双子も満足してるみたいだからね。逆に感謝したいぐらいだ。だけど、これは別の話だから無効にはできないんだ」



 とはいえそろそろ潮時だろう。隠れていた騎士達が、セージの連れてきた護衛や使用人を抑え、馬車も同じく抑えられ始める。



「クリスさん。一応罪状読み上げて」


「はっ……ではセージ・オインク。貴様の積み上げた罪を述べる」



 数々の不正や違反行為。それがこの場でクリスによって公表される。一つ一つが述べられるたびに、セージの顔は青くなったり赤くなったりと忙しない。



「な、なにを言ってるのかさっぱりだっ!さ……さっさとどかんか!もういい!その女も賠償も構わぬ、疲れたから私はもう帰るのだ!」



 止まらずに、肥えた腹を揺らしながら距離を取り続けるセージ。そんな彼の両脇に騎士が寄る。



「ご同行を」



 騎士の言葉に激昂したセージ。ついにその騎士たちのことまでも、腕で勢いをつけて押しのけてしまった。



「クリスさん。俺の言葉あった方がいい?」


「……申し訳ありません」


「いいよ。さて……それじゃ宣言しようか。オインク家の爵位を没収、アイン・フォン・イシュタリカの名においてこれを宣言。……拘束しろ」



 爵位没収まで宣言する必要はなかった、だがあまりにも醜かったので、彼を貴族として扱いたく無くなってしまったのだ。クリスは一瞬その言葉に驚いたものの、騎士たちが、拘束をしやすい状況となったのはありがたい。



 アインの言葉を聞いた騎士は、先ほどと違い、強引にセージの腕を取り、鉄製の拘束具を装着した。



「イ、イシュタリカ……?」


「世襲ってのも分かるんだけど。もう少し考えるべきかもしれないね」


「……仰る通りかと」



 イシュタリカという名を冠するのは、王族しかありえない。そしてアインという名は王太子の名だ。ようやく気が付いた。適当に考えておらず、慎重に考えていればすぐにわかったことだというのに、いつもの自分で接していた。そのせいで、アインが王太子だと気が付くことができなかった。



 ……とはいえ、貴族ならば気が付いて当然な点がいくつもあったのだが。セージは貴族としてどころか、イシュタリカの民として向いていないのかもしれない。



「で、殿下……これは私なりのもてなしです!殿下の海龍へと、立派なクラーケンを与えたくっ!」



 ここまでのテンプレは初めてのアイン。本当にこんな申し開きがあるなんて、思ってもみなかった。アインがそれを相手にするかは別問題なのだが。



「うわぁ本当に言う人いるんだ。……もういいよ。話しかけないで」


「殿下っ!どうか、どうか私の話をっ……!」


「猿轡を」


「はっ!」



 クリスの命令で、セージへと猿轡が装着される。なぜ騎士たちがそんなものを持ってきてるのか、逆に怖くなったアイン。

 とはいえセージが静かになったのは助かった。



「さて、これで面倒ごとは……ん?」



 ようやく面倒なことが済んだ。そう考えていたら、エルがなにやら1つのツボを持ってきた。川底から見つけてきたようで、それをアインへと見せる。



「キュッ!」


「どうしたエル?底に落ちてたの?」



 何やら毒々しい色をしたツボだが、気にしないでアインは傍による。



「んーっ!んーっ……!」



 それを見て、セージが大きく声を上げるが、言葉にならないため意味は伝わらない。アインは止まらずツボへと近づく。ツボをアインへと渡したのを確認すると、エルは食事に戻っていった。



「中身は何かな……ん?なんだこれ」


「アイン様どうなさいま……っ。まさかこれは……」



 どことなく魚のような香りがするが、なかなか食欲をそそる香り。そんな液体が中には充満していた。それを確認したクリスは、腰からレイピアを抜き去る。



「クリスさん。これが何か知ってるの?」


「……毒です。この世で一番甘美な味といわれる、致死性の高い毒です。匂いが独特なので、簡単にわかりました」


「ど……毒……?」


「少々お待ちを。……すまない。つけて早々だが、猿轡を外せ」



 振り返ると、セージを拘束していた騎士に向かって命令を下すクリス。猿轡が外されたのを確認して、セージへと問いかけた。



「セージ。これは一体なんだ、説明しろ」


「わ、私は何が何だか……」


「説明したくないのならば構わない。貴様の皮を剥ぎ、塩でも塗れば嫌でも話したくなる。塩を持ってこい、皮を剥ぐ」


「はっ……はっ!承知いたしました!」



 命令された騎士も驚くほど、いつものクリスとは違った気配になる。この件はクリスの逆鱗へと触れてしまったのだろう、おかげでクリスの思考が、危険な方向に変わっていく。



「ひっ…ひぃっ?!」



 一瞬何かが起こり、セージの頬に赤い傷ができる。



「私は風魔法が得意だ。薄皮一枚はがす程度、何も難しいことはない」



 やれやれ。そう思ってアインがセージの傍へと足を運ぶ。手にはもちろんそのツボを持ちながら。彼女は本気で皮を剥ぐだろう、だがアインとしては、クリスにそんなことはさせたくない。



「セージ。これさ、決闘に万が一があったら使おうって思ってたんでしょ?」


「……は、はいっ……」


「やっぱりね。クリスさん、さすがに皮剥ぐのはあまり見たくないし、クリスさんにさせたくもないんだ。だからちょっと待ってね」


「……で、ですが」


「いいから。いい子にしてて」



 そういわれると素直に『はい』としか言えないクリス。すっとアインの隣に移動する。



「これ、なんていう毒?」


「ふ、風船魚と言われる……毒性が高い魚類ですっ!クラーケンのように、毒への耐性がなければすぐに死ぬほどの量を……」



 なるほど、そういう毒なのかと理解した。ただ海龍も毒は効かないため、もしクラーケンに命令してこれを使っていようとも、問題にはならなかっただろう。



「この世で一番甘美って、どういう意味?」


「……その毒はとても美味なのです。もう助からないと思われる病人やけが人。そんな者たちの最後の手段として、多く使われる毒ですから」



 最後はおいしいもので静かに死にたい。そういう願いを叶えるのに最適な毒が、風船魚の毒。主に医療の現場で使われるのだが、過去にそれを最後に選んだグルメな貴族が、一つの言葉を残してこの世から去った。



『これを食するためならば、死ぬ価値があるだろう』



 それ以降。それはこの世で一番甘美な毒といわれるようになった。



「またすごい物語だね。本当?」


「嘘はありません。実際そのような毒として評価されております」



 念のため隣にいるクリスにも確認をしたが、間違いはないらしい。ふーん……そう考え始めたアイン。



「ねぇ。これ食べたい?」



 そうしてアインは、セージへとツボを差し出した。それは死刑宣告に他ならない。



「ど、どうかお許しをっ……お願いします王太子殿下!」


「ふーん。いらないんだ」


「申し訳ありません!何卒……何卒!」



 そりゃそうだ。なにせ食べると死ぬのだから、食べたいわけがないだろう。そんなセージを見ながら、アインは悪戯心が芽生え始める。



「なら俺が食べるよ。セージは食べたくないんでしょ?」


「え……は……っ!?」



 意味が解らな過ぎて言葉にならないが、セージは何を言ってるんだという顔を浮かべた。アインの横では、最近よく頭を抱えるクリス。もちろん今回も同じく頭を抱えていた。



「っ……うん。確かに美味しいねこれ。いろんな魚の旨味っていうのかな、そういうのが集まった感じだ。確かに食べたくなる気持ちもわかる。でも……やっぱりデュラハンとか海龍の魔石には適わないね」


「殿下貴方は一体何をっ!」



 アインがこれで死ねば、自分は確実に拷問の末に殺される。そう思ったセージは、アインを心配した声をあげた。だがそのアインは、全く動じず、ただケロッとした顔を浮かべるばかり。



 それどころか、ペロッとお代わりすら重ねる始末。それには騎士たちも苦笑いするしかできない。



「さすがに持ち帰るのは危険だしね。クリスさん、この毒始末していった方がいいよね?」


「そうですね。さすがに危ないので……」


「残念。あとはまたの機会にしとこう」



 アイン以外にとっては、危険な毒ということに変わりがない。万が一を思えば、持ち帰るのは得策ではない。



「セージ。俺に毒は効かないんだ、まぁ教えても意味がないと思うけど……とりあえず申し開きは王都で聞くよ」



 唖然としたセージは、あっさりと騎士によって連れていかれる。彼はこれより、王都にてすべての罪状を一つずつ裁かれることになる。



「アイン様に毒は、意味がないのはわかってますが、やはり緊張してしまいますね」


「でも怒ってくれたでしょクリスさん。ありがと」


「あ……うぅ……当然のことですから」



 結果は別としても、アインとの決闘において毒を使おうとしたのだ。それがクリスの逆鱗に触れたのは否定できない。



 だが決闘といってよかったのか?アインは今回の件を疑問に思う。なにせただ自分の海龍達が、好物を食べに来ただけな気がしてならないのだ。まぁたまには双子にもいいものを食べさせてやりたい。そんな親心があるのは当たり前だが、名目としては決闘だっただけに、どうにも何とも言えない気持ちが募る。



「さてと。それじゃ一件落着かな?」



 そろそろ双子を止めるとしよう。さもなくばあの巨大なクラーケンを、一度に食べきってしまいそうだからだ。



「エル、アル!もう食べすぎだから、そろそろ終わりだよ」



 水中にいながらも、アインの声を耳にした双子が浮上してくる。先ほどまでのシリアスな雰囲気から一転し、クリスも笑みをこぼすほどの表情を見せる双子。



「いやそんな世界の終わりみたいな顔しなくても……」



 すべてに絶望したかのような。そんな表情をアインへと向ける双子。だがそれでもアインの言うことを聞くあたり、教育自体はうまくいってると確認できる。



「……船に縛り付けて持って帰るから。また後で食べなさい」


「っ!?」


「キュルァ!?」


「やれやれ……。アイン様。そのお歳で、双子の父になるお気持ちはいかがですか?」



 口に手を当てながら笑うクリス。こんな状況ともなれば、アインをからかいたくなるのもよくわかる。双子はアインの言葉に喜び、クラーケンを船の近くへと運びに行った。



「悪くないけど。子供の方が自分より大きいってのは、少し思うところがあるよね」



 およそ1,2カ月ほどで、アインの身長を追い越した双子の海龍。可愛くはあるのだが、これからもっと大きくなると思えば、どうやって撫でればいいのだろう。なんて考えたりもする。



「まぁいっか。それじゃ帰ろう、ようやく城でゆっくりできるよ」


「えぇ……お疲れさまでしたアイン様。ですがセージを拘束したおかげで、助かる者も多くいますので。その苦労も報われますよ」


「確かにね。疲れたけどそれを思えば、あいつと面倒ごとになってよかったって思うよ。……そういえばこの決闘も報告書とかいるの?」


「さすがはアイン様。その通りです。帰りの馬車で仕上げましょうね?」



 あまり書類仕事は好きじゃないアイン。とはいえ報告書を纏めない訳にもいかず……。城についたら、絶対ゆっくりしてやる。そう決意したのだった。





 *





「本当にお疲れ様。アイン」


「ありがと。ほんと濃い一カ月だったよ」



 細かい雑事は騎士に任せ、アインは馬車に乗り王都への道を進んでいた。セージを拘束した後は、彼を船に乗せて逃げられないように収容。万が一水に逃げ込んだとしても、2頭の海龍がいると思えば、そんな馬鹿な真似はしないだろう。



 クローネも海龍が披露した戦いを見ていた。だがクリスが言うように、本当に勝負にならなかった内容に驚いた。まだ一歳近くの子供とはいえ、あっさりと勝利した海龍は、やはり海の王者なのだと再確認する結果となった。



「でもこれで、やっとゆっくりできるって思えば悪くないかな」



 次の目的地が決まっているとはいえ、すぐにそこへと向かう訳じゃない。バルトへもマグナへも……それなりに日程を調整してからでなければ、向かうことができないのだから。



「……ゆっくり?」



 思うことがあるようで、クローネが首をかしげてアインを見る。



「うん。もうしばらく予定もないはずだしね」



 現在、クリスは奥の部屋でいくつかの書類を纏めている。そのためこのラウンジスペースには、アインとクローネの二人だけだった。



「……ううん。残念だけど、まだゆっくりできないわ」



 ソファに座ってまったりしていたアインに、敏腕補佐官からのお言葉が届く。



「……何かやることあったっけ?」


「王立キングスランド学園では、もうすぐ試験があるもの」



 言いづらそうにハニカミながら、クローネがそのことをアインへと告げる。すっかり失念していたが、試験なんてものもあったのだ。なにせアインはまだ学生。むしろ試験があって当然なのだから。



「すっかり忘れてた……。はぁ、しょうがない……またなんとか頑張るよ」



 さすがに低学年のころと比べて、勉強の難易度が徐々に上がってきてるため、アインも努力しなければならない。そうでもしなければ、一組(ファースト)落ちすることも十分にありえるのだから。



「えぇっと……大丈夫、かしら?」


「頑張らないと大丈夫じゃないかなー……」



 半年間寝たきりだったことや、今回のように任務や公務にあたってることは知ってる。アインは努力を忘れない人間だが、今回のように努力する時間がないときも、もちろんあるのだ。それを思えば、クローネもなんとかしてあげたい。そんな想いがよぎった。



「……私が一緒に勉強してあげるから、だから……ね?心配しないで?」


「え?い、いやそりゃありがたいけど……でも、クローネ大丈夫?その、うちの範囲って結構難しいけど」



 クローネが通った学園も、学園都市のレベルからいってみれば最高位に位置する。だが王立キングスランド学園はその上を進む実力校。さらにアインは一組(ファースト)なことを思えば、その難易度はよくわかる。



 だがそんなアインの言葉に、一瞬きょとんとしてから、彼女は口を開く。



「あのね……私、王太子殿下の側仕えなのよ?それぐらい分かってるに決まってるじゃない」


「ったしかに……そういえばそうだった」



 クローネは、まさに地獄ともいえる程の難易度の試験を受かって、アインの側仕えになれたのだ。だからアインが心配するようなことは、クローネからしてみればさほど難しい話ではない。



 だがアインが必死になってる内容を、"それぐらい"なんて言われてしまうと、さすがにしょげたくもなる。



「……だから一緒に頑張りましょう、ね?」



 とはいえアインは単純だ。クローネに一緒に頑張ろう。なんて言われてしまえば、素直に頑張れる気になるのだから……。むしろクローネを褒めるべきだろうか、彼女の絶妙な飴と鞭は、アインへと良く作用しているのだから。



「……全く。クローネが補佐官でよかったよ」



 また新たな一年が始まる。バッツやレオナードといった、一組(ファースト)の上位層を相手に、半年のブランクでどれぐらい食らいつけるか。……アインにはゆっくりすることのできる時間なんて、もっともっと先の話だった様だ。




 ——そしてこの後、行きと同じくクローネとクリスに挟まれて、アインは報告書を必死になって仕上げたのだった。そのおかげか、メンタルも強化されたのだが、それはまた別の話……。




次回は今回の章の閑話集というか、短い話をいくつかまとめた内容で更新予定です。

なので次の章は、何も問題なければ明後日の予定です。


よろしくお願いします。

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