手のひらで転がされるのも悪くない。
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話を少し戻そう。それはアインが城を出発するときの事だ。如何にして、アインが決闘の地へと到着したのかを説明する。
——アインが帰城して一日。また少しの間王都を離れることになった。それはセージ子爵という、不正を行っていた貴族との決闘のため。だが決闘といってもお互いが持つ魔物同士の決闘であり、本人たちが戦うという訳ではない。
ただアインとしては、相手が海龍クラスの化け物じゃないのならば、なんとかなるんじゃないのか?そう思っていたのだ。
だからネームドの称号を持つ自分が出てもいいんじゃないの?と考えていた。もちろんその考えはクリスによって頓挫したのだが、当たり前のことだ。
そしてついに、アインが城を出発する時刻がやってくる。
「あの。クローネ……手配した馬車ってこれ?」
「えぇそうよ。立派でしょ?オーガスト商会の新型なの、まだお披露目もすんでないんだから」
ふふん、と胸を張るクローネ。徐々に立派になってきた彼女の体躯は、アインの目に毒となってるのを、彼女は理解していないのだろうか。
「いやそれ手配したら駄目なやつじゃ」
敏腕な側近クローネ。彼女が手配した馬車が城に到着した。その馬車にはアインとクローネ、そしてクリスの3人が乗り込むことになっている。
アインは城内で待っていたのだが、馬車が到着したといわれ城を出る。そして城門と城の扉の間……いわゆる王家専用の馬車がいつも止まる場所に、クローネが手配した馬車が停車していたのだ。
一目見て思ったのは、これ馬車なの?という感想。
「馬5頭って意味が分からないんだけど」
「本当は魔物に引かせたかったらしいの。だけど育てるのも時間かかるし、何よりお金がたくさんかかるの。だから馬に収まったらしいわ」
「あ、はいそうでしたか……収まったも何も、普通の結果になったわけね」
馬5頭が引くということで、馬車の大きさもなかなかのサイズだ。純粋にいつもアインが使ってる馬車の、3倍以上はある気がする。
「ねぇ。細い道ってどうするのこれ」
「水列車のように炉が詰まれてるの。だからそれで自走させるって聞いたのだけど……」
意味わからないけどそれ馬いらないよね?とか思ったりするが、それを口にするのはなんとなく憚られる。……とはいえ、この馬車に興味が惹かれない訳じゃない。せっかくだからと、この未公開の馬車を堪能することにした。
今日は黒のスーツらしき制服に身を包むクローネ。下にはスカートを履いており、更に彼女の美脚が今日は黒いタイツに包まれていて、その姿がどうにも悩ましい。ついチラチラと目線を送ってしまう。……もちろんクローネにバレない様に。
そんな彼女の腕元には、いつもと同じくスタークリスタルのブレスレットが輝いていた。そして胸元には大粒の黒真珠が1粒あしらわれた、クローネお気に入りのネックレス。
「お待たせいたしましたアイン様」
「こんばんはクリスさん。……さて、それじゃみんな集まったし。乗り込もうか」
双子にも声をかけた。『近くにいるから大丈夫だよ、ちょっと一緒に遠出しようね』と。双子は頭良く、アインが告げる言葉もしっかりと理解している。頭を撫でた後は、用意していた魚を数匹ずつ与えてきた。
「承知いたしました」
「では……さぁどうぞ殿下」
クローネが先頭を歩き、馬車の扉を開ける。そしてアインを一番に通し、次にクリスを通す。最後に自分も馬車の中へと入り、中の案内を始める。
「如何ですか殿下?貴族向けの宿……そういった部屋と比べても、勝負できるようこの馬車は作られたのですよ」
「……馬車だとは思えないぐらい、すごい作りだよ」
わざとらしく殿下というクローネ。二人はお互いの顔を見て小さく笑い合う。
馬車の中は、こないだまで宿泊していたイストの宿。その部屋と比べても大差がないように思えた。それほどこの馬車はこだわりに溢れ、『ここに住める』と思える程、リラックスできる空間だった。
「これほどの馬車ができるとは……さすがはオーガスト商会といったところですね。ところでクローネ殿、荷物は奥の方に置いた方がよろしいでしょうか?」
「えぇ。荷物置き場を設けてあるので、そこにお願いします」
クリスは全員分の荷物を奥の方へと運ぶ。一応数日程度なら、宿泊しても問題ないようにと荷物をきちんと用意して来た。
何時もの大きさとは言えないが、それでも就寝するのに十分なベッドスペースがいくつか設けてあるため、一応皆が個室で休むことができる。
「さて、と……ねぇアイン」
振り返るクローネ。その動きに倣って、彼女のシルクのような髪がふわっと広がった。
「こんな馬車があるなんて……ん?なにクローネ?」
クリスが奥に行ったのを確認したクローネが。トトトッとアインの側に寄る。化粧はいつもと同じように見えるが、唇はいつもより艶めいていて魅力的。つい指を伸ばしそうになるが、アインは理性で止めることができた。
「いいこと教えてあげましょうか?」
「……いいこと?」
クローネはアインへと、小さな声でコソコソ話すようにそう告げた。体をくの字に曲げて、上半身がアインに近づく。するとその姿勢のままスッと両手を下ろし、スカートの裾を優しく摘まむ。
「えぇ。いい事よ……あのね?」
そういうと、クローネは制服のスカートをチラッと、数センチだけ上へと上げる。1センチ上がるごとに彼女の魅力的な脚が露になり、アインの目線を釘付けにした。
「ちょ、クローネっ!?」
慌てたアインを見てクローネが軽くウィンクする。その後はパッとスカートを戻し、アインの耳元へと近づき……。
「あのね。チラチラ見るぐらいなら……今みたいに、じっと見ていてもいいのよ?」
実は最初から気が付いていたのだ。
アインが自分の脚へと目線を向けてることなんて、クローネからしてみればお見通しだった。ただクローネは、アインに脚を見られるのが嫌な訳がない。だからその視線を放置していただけの事。
彼女が耳元で話すと、ソッと彼女の吐息が耳にあたってこそばゆい。するとクローネは優しく微笑んで、アインから一歩遠ざかる。
「ただいま戻りま……あれ?なにかありましたか?」
「いえなんでもありません。ただアインの肩にゴミがあるのを見かけたので、それを取ってただけですよ」
荷物を置いて戻ってきたクリス。クローネがアインの近くにいるのを見て、何かあったのかと尋ねた。
「そうでしたか。アイン様、身なりには気を付けませんと……」
「……そ、そうだね。気を付けるよ」
動じないクローネが、さらっとクリスへと嘘をつく。そしてチラッとアインの方へと振り返り、ペロッと小さく舌を出してからウィンクした。
「……勝てる気がしない」
そんなことを口走りながらも、アインの目線は歩き始めたクローネの脚に向けられる。
せっかくだ、許可されたんだしな……そう心の中で考えながら、堂々と目線を向ける。
だが彼女の脚を見つめていると、ふと思った。『……うん、やっぱり負けだよこれ』。
なぜなら素直に脚をじっと見ているのだから、アインの完敗でしかない。何処をどう見ても、負けとしか思えない。
——冷静になってみれば、ここまでずっとクローネの手のひらのうえだったのだろう。だがアインはそう考えても、別に悔しさを滲ませることはなかった。
*
そうして出発した馬車は、セージ子爵との決闘の場を目指して王都を出発。時間がかかるため、道中何度かの休憩をはさむことになる。まだ休むにも早い時間、なのでアインは予定通り報告書の記入を始めていたのだが、こういう事態になるとは想定していなかった。
『ではアイン様。予定通りお手伝いいたしますね』
きっかけは些細な事。イストから王都に戻る際に、アインはクリスと約束していた。それは報告書を一緒にするというちょっとした約束で、別にそれだけならば、大事になることはあり得ないはずだった。
そう、あり得ないはずだったのだが……問題が発生した。
「んっ……そう。そこは直したほうがいいわ」
右側にはクローネが。
「慣れてきましたねアイン様。そうです……それぐらい簡潔でも問題ありません」
そして左側にはクリス、いわゆる両手に花状態だった。
最初はクローネがクリスに対抗して?といった風に始まったはずなのだが、二人とも根は真面目な性格。女同士の戦いなんていうラブコメ染みた空気とはならず、雰囲気すらも真面目な空間に早変わりしたのだった。
だが一つだけ疑問に思うならば……。
「ねぇ、教えてくれるのは嬉しいんだけど近くない?」
両者ともにアインとの距離が近すぎることだろう。意識すると素敵精神力にも限界が生じるため、目の前にある書類に目線を集める。だが少し体勢を変えたりペンを持ち替えるだけでも、動いたアインの肘が彼女たちの胸に触れそうになって危険だった。
「いいじゃない。この方がすぐ指摘できるんだから。実際すぐ指摘できるでしょ?」
「えぇ。ですが報告書なんて慣れれば難しくないので、すぐにできるようになりますよ」
なんだ照れてるのは自分だけか。そう思えば逆に申し訳なくすら思ってくる。だが両サイドからいい香りが漂ってくるのはどうにも否定できない。
クローネは、ローズやフルーツ系の華やかな香りに身を包んでいる。嫌味なく香る彼女の香りは少しだけ甘く、『もっともっと』と、更にそばに寄りたくなるそんな気持ちを抱く。ただ甘いだけでなく媚びてこない香りは、まるでクローネ自身のようだった。
クリスは先日と同じく、イストからの帰りに付けてた香水と同じ香りがする。
実は昨日、アインはその香水の瓶を嗅がせてもらっていた。だから香水の匂いは理解してるのだが、クリスが付けてる香りとどうにも違う。
つまりアインがたまに感じる甘いフェロモン染みた香りは、"クリス"自身の香りということになる。
——頭の中で、冷静に二人のことを分析するアイン。彼の手元は機械的に文字を起こす程度の事しかできていない。
「(これが"無我"なんだろうか……)」
そう自覚できるあたり、まだ無我までは到達できていないだろう。だがある種近い感覚を得ているのは否定できない。
「ところでアイン。次はどうするの?」
「ん?次って?」
「次の調査地のことよ。最低でも2か所でしょ?……バルトとマグナ。2カ所ともまた調査に行くのよね?」
「あぁ次ってそっちか」
簡易的な報告自体は既に行われているため、次の目的地となるであろう場所は、クローネやオリビア達にも伝えられていた。だからこそ、クローネはアインがどう考えてるのかを尋ねてきたのだった。
「そっちってどっちのことよ……っもう。それで、どうするの?」
「禁止区域の許可もとって、バルトの調査に行こうと思ってるよ」
一番手がかりが残っていそうな地域。それを考えるとやはり旧魔王領が頭に浮かぶ。
「ア、アイン様さすがに旧魔王領は危険ですっ!」
クリスからすぐに待ったがかかる。それもそうだろう、なにせ旧魔王領は何があるのか、まったく解明されてない未開の地域。今は可能性としてしか考えられていないが、ほぼ確実といっていいレベルに危険が伴う。
「……ねぇアイン?私もクリス様と同意見なの。さすがに旧魔王領は危険だわ。……あそこは少しずつ進めるべきじゃないかしら」
「今の俺のメンタルも危険領域だけどね」
「……えっと、アイン?」
「……アイン様?それは一体どういう……」
二人に挟まれてる状況は心臓に悪い。ついその言葉が口から漏れる。
「えっと……なんでもない。……まぁ確かに危険だと思うけど、やらない訳にもいかないしね」
二人は、一瞬アインが何言ってるのかわからなかった。だが次に発した言葉は勿論すぐに理解でき、『危険だけどやらなければならない』。その言葉を深く受け止めていた。
*
日を跨ぎ少し経ってから、報告書を終えてベッドに入った3人。ようやく舞台となる川のほとりへと到着した。
上流の方角にはすでにセージ子爵の一行に、予定通り2体のクラーケンが陣取っている。
アイン側も海龍を先導していた船も岸に停泊し、アインは双子が動かない様に『待て』をさせてきたところ。
「それじゃクローネ。クローネはここで待っててもらってもいい?」
「私はアインの補佐官なのよ?なのに待たせるのかしら?」
「クローネ殿。人の顔についた豚の口から、人の言葉を発するモノがセージ子爵です。ここで馬車と船の指揮をお任せしてもよろしいでしょうか?」
クリスがなかなかの表現でセージのことを伝える。いつもと違ったクリスの口調に、クローネも素直に従った。
「……素直に待ってた方がよさそうね。わかりました……それじゃ二人とも、気を付けて」
唖然とした顔でクリスを見るアイン。開いた口が塞がらない。それほど彼女が口にした言葉は、今まででもトップクラスに口汚い台詞だった。彼の人間性だけでなく……犯罪を犯しているということや、アインを罵った事実があり、クリスはセージをもはや人としては考えていない。
「アイン様」
「なに?」
「決闘が終了してから、船に乗り込んでいる騎士によってセージを拘束します。"場合"によっては、この場で首を落とす可能性もありますが」
暴れることがあれば、危険が生じる可能性があれば……この場で執行するということだろう。
「えーっと、もしかして俺の事心配してくれてる?目の前でそういうことがあるかもって」
「……は、はい」
王族ともなれば、人の死を目の当たりにするのも当たり前の事。それなしに生きることなんて逆に難しいだろう。だがクリスはそれでもアインを気遣った。
「こういう言い方は好きじゃないけど……」
一度大きく呼吸をする。そして大きく吐いて、最後にまた小さく呼吸をする。
「……海龍の時、潰されて死んだ人をみた。海上に浮かんで死んでいる人も見た。……多くの大切な民が死ぬのを見た。だからさ、俺にとって愛する必要がない国民が断罪されても、言葉にする程大きな衝撃はないよ。俺が王族として守りたいのは、大切なイシュタリカの民だけだ……だから、彼がそうされるべきなのは理解してる」
だから大丈夫。アインはクリスへとそう告げた。アインがアインなりに、王族の立場として考えた結論がこれだった。
アインの表情は、決して悲観しているということはなく、どこか堂々と見えた。
「……承知いたしました。では私も、イシュタリカの民のためこの剣を振るいましょう」
「うん。信じてるよ、よろしくねクリスさん」
静かに決意した二人は、そのままの足でセージが待つ場所へと歩く。するとクリスに近づいたセージが、下卑た笑みを浮かべて二人を迎えた。
……うん、今日も良い腹をしてる。
「ようやく来たのか。待ちくたびれてしまったぞ……だが約束通り、その女を連れてきたのは褒めてやる」
「約束も何も俺の大切な騎士ですから当然です。早速ですが」
「ふん……まぁいいさ。では今回の決闘について、決め事を再確認するぞ。構わないな?」
「えぇ。お願いします」
といっても別に特別多くのルールが存在しているわけではない。
・第三者が介入してはいけない、魔物同士以外が介入した場合は、介入した側の敗北となる。
・勝敗に関して、魔物の生死は問わない。また、相手の魔物を殺してしまっても賠償はしない。
・勝者は相手に望む賠償を求めることができる(アイン側は正当な賠償、セージ側はクリスを求める)
「……わかりました。では一点だけ質問をしても?」
「構わぬ」
ルールを見たアインは、一つ疑問に思ったことがありそれをセージへと尋ねる。
「万が一途中棄権をした場合に、手持ちの魔物が止まらなかった時のことです。相手の魔物を殺してしまってもこれは賠償にはなりませんか?」
「何を言うのかと思えば……その場合の賠償は無しだ。別に必要あるまい」
「努力義務みたいなもんですね?」
「あぁその通りだ。いい言葉を使うではないか」
セージは最初から止めるつもりがない。むしろアインの魔物を食い尽くすつもりで来たのだ。だからアインからこのようなことを、先に口にしてくれたのは楽でいい。そう思っていた。
「なら安心しました。そう言えばもう一点……クラーケン、2体いるんですが」
一応確認だけしておく。最初から分かっていたが、どう答えるのかを聞きたかった。
「誰も決闘が1対1なんて言ってない!貴様が一体しか連れておらぬのなら、それでっ……」
クリスがバレない様に、小さく笑う。話していた通り、二人の賭けは成立しなかった。
「ならこっちも2体連れてるので、2対2で平気ですよね?」
出鼻をくじかれたセージは、訳も分からず謎の理論を口にしだす。
「なっ……ひ、卑怯ではないか!」
「卑怯って……条件同じですし。問題ありませんよね?」
何が卑怯なんだよと笑いそうになるが、何とか堪えるアイン。いい土産話が手に入ったと喜ぶことにした。
「ふ……ふんっ!決闘は10分後に始める。後から文句を言われては適わんからな。さっさと支度するといい!」
「では遠慮なく、それでは」
そしてアインとクリスは、セージのそばを離れて元の場所へと足を進める。
「なんか作戦とか考えたほういい?」
「お腹を壊さないようにと双子に伝えておくべきかと」
「……食べすぎ?」
「左様でございます」
*
そしてついに場面は戻る。アインがエルとアルの、食いしん坊な一面を発見したときへと戻る。そんなこんなで、自陣へと戻ってきたアインとクリス。クローネとも合流し、ゆっくりと過ごしていた。
双子の姿を見ていると、何一つ緊張感が漂ってこない空気についアインも気が緩む。
「でもさ。あそこまで俺食いしん坊じゃないでしょ」
口からよだれを垂らす双子、それがまるで親のアインのようだと言われ、アインは不満を口にする。
「というかあれって止めなくてもいいのかしら……普通に齧られてるわよ?アルの体……」
「痛がってないから平気だよ。きっと」
クローネが見るのは姉のエル。弟のアルの尾をハミハミしている姿は、もはや食事を我慢するのも限界一杯の様子。
「クローネ殿。一応痛がってないので大丈夫かと……。ですがアイン様?初めてマジョリカ魔石店に行った時の事ですが。今の双子と大差なかった気がします」
「……嘘だー」
「本当です……自覚ありませんでしたか……」
全く自覚はない。だが去年討伐した海龍の時、海龍の魔石をなんだかんだ味わってたと思えば、あまり大差がない気はしてくる。
「さっきまで不安だったの。だけど双子を見てると、クリス様がいうように問題ない気がしてきたわ」
「奇遇だねクローネ。実は俺もなんだ」
もはやこの水域は、双子にとっての食堂のような場所なのだろう。
「でもセージ子爵たちって、海龍って気が付かないのかな?」
「そこそこ距離もありますし、双子はチラッと顔出してるだけなのでわからないのでは?さすがに近づくと分かるとは思いますが……」
「なるほど。まぁでもあの人がこっちまでくる訳ないしね」
万が一わかったとしても、彼はきっと一度驚くだけでニヤリと笑うだろう。アインですら不安視していたのだ、海龍の双子はまだ赤子に近い。だから勝負にならないとセージは確実に考えるだろうから。
——そしてゆっくりしながらそんな会話をしていると、ようやく決闘の時間がやってくる。アインは立ちあがり、クリスと共に用意された席へと向かって歩き始めた。
*
セージの近くに行くと、彼の口からうるさい言葉が聞こえて来そうだったので、決闘開始ギリギリになって到着したアイン。
さっさと歩けと言わんばかりに、セージが苛立った顔立ちをアインに向けるが、アインはそれを全く気にしない。そしてようやくアインは用意された席に着いた。戦い前の口上なんていう、面倒なやり取りがなくて安心する。
席に着いたアインとクリスを見て、セージの用意した使用人が開始の合図を鳴らす。その大きな鐘の音で決闘は始まった。
それを合図に、両者の魔物は動くことを許されたはずだったのだが……。
「ねぇクリスさん。何あれ」
アインが見るのは川の表面……なにやら妙な模様が水の表面に浮かび上がる。それはまるで血管のように動き、複雑に川を蠢き始める。
舞台にはその様子が浮かび上がるだけで、2体のクラーケンも海龍の双子も、同じくその場から動くことがなかった。
「……イシュタリカの戦艦が一番苦労した、海龍のメインスキルですよ」
「あ、あれがスキル……?あの模様が……?」
クリスが苦労したと口にすると、他の誰がそれをいうよりも実感がこもる。むしろこのスキルさえなければ、艦隊が優位に戦いを進めることができる作戦、それを思いついたかもしれないのだ。
「”海流”ですよ。もう何をしても、クラーケンには勝ち目がありません」
クラーケンは何かに押しつぶされるかのように、身動き一つ取れなくなっていた。それはまるで水中に居ながらも、水に押しつぶされているかのようにアインの目には映った。
「ですが川のような穏やかな場所だと解りやすいですね。海上だとあそこまでは見えませんでした」
身動き取れなくなったクラーケンを見て、双子はキューキューと喜びの声を上げ、体を絡ませて喜びあっていた。だがこれはきっかけに過ぎない。ここからだった、ここから双子による一方的な戦いが幕を上げることになる。
「なにをしているのだクラーケン!おいっ!遊んでばかりいるんじゃない!」
近くの席からは、セージの怒声が響き渡ってきた。だが飼い主がそう言葉を届けようとも、クラーケンの状況は何一つ変わらなかった。むしろ水上に浮かぶ血管のような模様は、その数を増してクラーケンを囲み始める。
「おそらく昨年討伐した2頭の海龍。奴らよりも上のレベルで、双子は海流を使いこなしているかもしれません」
双子の様子は可愛く思えるが、言い方を変えれば空腹な海龍ということになる。こう考えればそれは危険にしか思えない。
——ついにカティマによって施された、魔改造染みた食事……魔石を食わせまくったその結果。その成果がアイン達へと披露される。
ちょっと引っ張り気味で申し訳ないです。
あと2話分で、この章の内容は終了予定です。




