王都組と調査結果。
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アインとクリスの二人が魔物闘技場に向かったころ、王都には王家専用列車がようやく戻ってきたところだった。ちなみに今回の王家専用列車の利用目的としては、カティマの魔法都市イストの視察。そう発表されている。
「さぁ行くニャ」
バーラとメイの二人は、カティマと隣の部屋を用意されていた。寝るとき以外のほとんどの時間は、部屋と部屋の間にある広いリビングスペースにて皆で集まっていたのだが、昨晩までいたイストの宿とは比べ物にならない程の、豪華で優秀な設備。それがそろっている王家専用列車は、昨晩以上にバーラの度肝を抜いていた。
「カ、カティマ様?王都についたのですか?」
「そうだニャ。長旅ご苦労だったニャ。あれ?そういえばイストから出るのは……」
「はっ……はい!イストから出るのどころか、スラムから出たことすら実は初めてでして……宿に行くまでも、驚きの連続でしたのに」
ニャハハと笑い続けているカティマを見て、傍に控えているディルがなんともいえない表情を浮かべる。カティマの様子は、たとえバーラたちが相手だろうとも変わることはなかった。
「ねぇねぇカティマさん!王都って大きいの!?お城ってどんなところ!?」
「昨日までいた宿が、何百個も集まってようやく同じ大きさになるニャ。ほらほらメイも、出発の準備はしたのかニャ?」
「だいじょーぶ!だって荷物なんてないもん!手ぶらだよ!」
「確かにそうだったニャ!」
車内に二人の笑い声が響き渡る。
カティマとメイは意気投合しているのか、今回の旅の最中もよく二人で笑い続けていた。ディルからしてみれば、カティマがこんなにも小さな子の面倒を見るのが新鮮に映る。
「……昔はオリビアの面倒もこうして見てたのニャ。だからそんな変な顔するんじゃニャい!」
「し、失礼いたしました!」
勘のいいカティマは、傍にいるディルが考えていることなんてお見通し。あっさりと看破されてしまったディルは、ついきまりの悪い表情を浮かべる。
「まったく……まぁいいのニャ。ほらディルも支度終わったのかニャ?」
「もちろんです。あとはカティマ様のお言葉があればすぐにでも」
「うむうむ。順調なのニャ!それじゃ出発するニャ!」
「おーっ!」
「は、はい!」
メイの大きな返事の後に、姉のバーラが続いた。この後は列車を下りて馬車乗り場へと向かい、そのまま城へと進むことになる。メイの楽しそうな態度とは対照的に、バーラは緊張で気が気でなかった。
*
「大きいねお姉ちゃん!」
「もう何が何だか……」
「ふんふふ~ん」
窓からの景色をみて楽しんでいるメイ。その横で状況を殊更に理解できなくなってきたバーラ。その二人の正面には、鼻歌をうたうカティマと、黙って座っているディルの姿がある。
メイが楽しんでいるのは、徐々に近づくイシュタリカの城……ホワイトキングの姿だ。こんなにも大きな建物があるのか?ただただ驚くばかりで、まるで別世界に旅立ってきたような錯覚すら覚える。
隣にいるバーラは、メイにつつかれてその光景を見てみたものの、メイのように素直には喜べなかった。なにせこんな別世界の光景を見せられても、どこまでが現実なのか……まだ夢をみているのではないか。その気持ちが払しょくできなかった。
「カティマ様。門を通ります」
「わかってるニャ。……さて二人とも、二人には何人かの人に会ってもらうニャ。その時にバーラの持つ力を披露してほしいのニャ。体調は大丈夫かニャ?」
ウォーレンや城にいる識者たち。また場合によってはイシュタリカ王のシルヴァードまで話は続くだろう。ことはそれほど重大だ。なにせ貴重な治療魔法の使い手ともなれば、その価値は簡単には図ることができない。
「体調はむしろ今までにないほど好調です。あんなにおいしい食事をたくさんもらえたので……そんなことで文句なんてありませんよ」
「メイもー!」
「それは何よりだニャ。メイもいい子だニャ!あとでまたお菓子でもあげるからちょっと待つのニャ!」
「ほんとー!?」
意外かもしれないが、実はカティマは小さな子にはめっぽう甘い。それはもうあげようとしている菓子と比べてももっと甘いぐらいだ。そして自分になついているメイの姿なんて、もはやただの可愛い生き物にしか見えてない節があった。
「とか言ってたら着いたのニャ。さて……それじゃディル。頼むのニャ」
「はっ!」
到着した馬車は、門の中……いつも馬車が止まる場所、城の大きな扉前で停止する。まずはディルが下りて、カティマたちのエスコートを行う。
「さぁどうぞカティマ様」
「うむ!」
カティマが下りるのに手を貸すディル。一人で降りるのに問題ない!なんてカティマはいつも言ってるが、これも一つのマナーみたいなものだからあまり文句は言えない。つぎにバーラへ手を貸して、最後にメイを抱き上げるようにして下ろす。
『ちゃんとレディみたいに扱って!』なんていう貴族の娘も少なくないが、メイはそれを素直に喜んだ。
「ありがとうございますっ!」
ニコニコとそんなことを言われれば、ついディルの顔も緩んでしまうというものだ。だが今はまだ職務の最中、なるべく厳格に、近衛騎士として恥じることないようにと務めることにした。
馬車を下りたメイは、バーラと手を繋いでまだニコニコしている。
三人が下りたことで、その様子をうかがっていた者たちがカティマたちの近くに寄ってきた。
「おかえりなさいませカティマ様。如何でしたかな今回のご視察は」
「ただいまだニャ。アインのおかげで実りある視察になったのニャ。あとでお父様にもご報告するから、ウォーレンもそれを聞いておいてほしいのニャ」
「はははっ。それは何よりでした。さて……早速ですが、こちらのお二方が?」
出迎えたのはウォーレンと、彼の直属の部下たちが数人。
カティマを迎えるということと、彼女が連れてきた大切な客をもてなすために、ウォーレンがわざわざここまで下りてきて出迎えた。
「そうだニャ。二人とも、この人はウォーレンっていって宰相をしてる人だニャ!自己紹介してほしいのニャ」
『宰相?なーにそれ?』そんな顔を浮かべるメイを横に、そこそこの知識があるバーラはまた大きな緊張をしてしまう。
王太子や第一王女……それだけでも失神してしまいそうだったというのに、今度は宰相ですか?と頭の中はそれでいっぱいになった。
「バ、バーラと申します!しがない町医者のようなことをしておりましたが。妹のメイを王太子殿下にお助けしていただいて……そのっ……」
しっかりとした敬語なんてわからない。というかどういう作法で話すべきなのかもすべてわからない。なにせ最近までスラム街から出たことなかったのに、貴族どころか雲の上の存在というべきの、国の重鎮たちを相手にするなんて考えたこともないのだ。
「これはこれはご丁寧にありがとうございます。私はウォーレン・ラーク。統一国家イシュタリカの現在の宰相を任されております。バーラ殿のことは少し聞いております。今まで長い間ご苦労をなさったでしょう。こんな遠いところまで、わざわざ足を運ばせてしまい申し訳ない」
そんなバーラの心配は、あっさりと雲の彼方へと吹き飛んでしまう。自分を気遣ってなのか?それとも社交辞令なのか。そんなことを考えるよりも、今のような優しい言葉を言ってもらえたことに、つい目に涙を浮かべそうになってしまった。
「さて。こちらのお嬢様はなんというお方ですかな?」
ウォーレンは、続けて身を低くしメイと目線を近づける。そしてメイに自己紹介を促した。
「メイはメイです!初めまして!」
大したことじゃないが、最低限の失礼なことをしないように今回の旅の中で教育していた。
ですますを付ける。初対面の人には初めましてという。そんな普通なことだったが、しないよりはましかと思い、バーラに言づけられていたメイ。
「初めましてメイ殿。長い時間列車に乗って疲れたでしょう?」
「ううん!寒くないし、床も固くなかったから平気!」
「メ、メイ!……申し訳ありません宰相閣下……」
メイの感想としては、隙間風が吹かずに床が柔らかいのが何よりも評価できる点だった。それだけでも今までとは比較にならない空間だったのだから。
なるべくメイのような子ができないようにと、イシュタリカでは多くの政策を行っている。だが広いイシュタリカではなかなか思い通りにはいかなかった。
ウォーレンは一瞬、痛ましい表情を浮かべたものの……次の瞬間にはまた好々爺な様子を醸し出して、メイと話し始める。
「それはよかった。お昼ご飯はもう食べましたかな?」
「まだなの……です!」
バーラに怒られたことから、ですますという言葉をつけることを思い出したメイ。なんとか訂正しようとしてみるが、どうにもただ可愛らしくなってしまうだけだ。だが努力しようとしている姿は、ウォーレンへとしっかりと伝わった。
「では先に食事を用意しましょう。カティマ様はどうなさいますか?」
「一緒でいいのニャ。適当に部屋用意してそこで食べるのニャ。ディルもついてくるのニャ」
「はっ!」
暗にバーラたちと食事をするのかと尋ねたウォーレン。そしてその答えは、ウォーレンとカティマなりの気遣いだった。
なにせこんな別世界といってもいい場所へと連れてこられたのだから、顔見知りが傍にいたほうがいいだろう。
「ではこちらへどうぞ。まずは腹ごしらえとご休憩を……。先に長旅の疲れを癒していただければと」
*
「確かに受け取った」
明日中には資料を渡せるなんていってたが、その言葉通りすぐに用意して資料が届けられた。
昨日アインがウォーレンの部下を見つけてから、一晩寝てすぐのことだった。朝起きて朝食を終えたころ、クリスと今日はどうしようかと相談している最中に、宿の人間が部屋まで資料を持ってきた。
厳重に封をされており、貴族同士が使う手紙のような包装が施されている。
「仕事が早いね」
クリスがその資料を受け取り、アインのそばへと戻ってくる。
今日も彼女はプライベートな服装だ。白い細めなシャツに、デニム地のような生地のスキニーパンツという、シンプルな格好をしている。
シンプルだろうとも、クリスのスタイルの良さには十分に映えるファッションだった。
「えぇ。一日に満たない時間で調べ上げてくるのですから、いつもながら大したものです」
「叩いた埃で綿ごみが作れるかもね」
「……アイン様。そんな汚いことは」
「わかってるって、ちょっとふざけただけだから。それじゃ調べてくれた資料でも見ようかな」
アインのその言葉を受けて、クリスは資料に施された封を開ける。紐が何かで切られたようにシュルッとほどける。
「魔法使ったの?」
「爪の周りに風を通しただけですよ」
「なにそれ便利」
ちょっと気をよくしたクリスは、笑みを浮かべて取り出した資料をアインへと手渡す。
「ふふ……さぁどうぞアイン様」
「ありがと。さてどんなことが書いてるのか、わくわくしてきたよ俺」
きっかけは自分が悪かった。不可抗力な気もするけど、それでも自分が原因でワイバーンが動かなくなってしまったのは事実。
だがその後の言葉を聞いていると、どうにも臭う人物だというのも間違いない。不正と体臭のどちらの意味でも。
彼の体臭を思い出すと気持ち悪くなるが、今隣にいるプライベート仕様のクリスを見ると、気分が安らいだ。
「……?」
アインの目線に気が付いたクリスが、首をかしげてどうしたんですか?という風な仕草をする。なんでもないとアインは首を振る。
「どれどれ……」
なるほど。アインは一行目を読んで納得した。というか一行目から書かれていることが不穏すぎる。
『強制的な性的行為被害者一覧』、うむこれはいけない。多くの金銭を渡して合法だったとしているのが、余計にたちが悪い。
犯罪者なんてどこにでもいる。それはイシュタリカでも同様だったが、やはり目の当たりにしてしまうと気が滅入るのを止められなかった。
「……大丈夫、ですか?」
隣から心配そうにのぞき込む顔。アインが資料に目を通して、不快な表情になるのを見逃さなかったクリス。それが心配になって問いかけてきた。
「埃まみれだったなって。ほらクリスさんも見るといいよ」
「はい。では失礼しますね」
——……そうくるか。
まさか距離を詰めて、横から覗き込んでくるなんて想定してなかった。起きてからシャワーでも浴びてたのだろう、彼女の長い髪の毛からはシャンプーのいい香りが漂ってくる。パンツスタイルのクリスだが、太ももが触れそうで触れない距離にあって、どことなく艶めいて見えた。一言でいうと刺激的でしかない。
「やっぱり斬っておいたほうがよかったですね」
「まぁ昨日今日で被害者は増えてないから大丈夫だよ。むしろ調べてからの方がよかったから……。でもこれ、有罪確定だね」
「わざわざ戦ってあげる価値もないのですが、どうするのですか?」
まぁ本音を言ってしまえば、昨日の間に首を落としていたとしても、大きな問題にはならなかっただろう。ただいろいろと調べ上げたほうが効果的になるのは間違いない。
「ほらここ見て」
「あの豚が飼ってるクラーケンのことですね」
「……ま、まぁそうなんだけどね。うん」
すんなりと『豚』なんて毒を吐かれるとドキッとする。アインはマゾという訳じゃないが、クリスのような女性がサッとそんなことを言うと、なんとなくつい彼女の顔に目がいってしまう。
「え、えっと……どうかなさいましたか?」
「いやなんともないよ。別に目覚めてもないからね?」
「目覚め……?」
何に目覚めるのかなんて口が裂けてもいえない。『だから言及はしないでください』そう心の中で祈っていた。
「ギャング気取りの川の主、だってさ」
「……クラーケンなのに、川の主ですか?」
「都落ちしたみたいでかっこ悪いけどね」
要約すると井の中の蛙?に近いだろうか。住んでいる領域では好き勝手やっているようだ。
領民が持つ船を破壊する、漁でとれた魚を食い漁る……一応体は大きいため、近隣の小さな魔物も食い荒らす。やりたい放題していると報告にあった。
飼い主の影響で好き勝手やってるのは同情する。駄目なことだと教えられてこなかったからこその、被害を与えているのだから。
「本音をいえば、飼い主の都合で好き勝手されるのは可愛そうだなって思ってたんだけどさ。多少領民にも被害を与えてるとなると、ちょっと話は変わってくるね」
「それも法に違反していますしね。魔物を飼う者は、その魔物が与えた損害を賠償する義務がある。おそらくあの豚はそんなことしていませんから」
「違いない」
クリスと話しながら、まとめられた資料に目を通していく。すると面白い情報がアインの目に入った。
「……これさ、きっと俺が知らないでいてさ。決闘の当日に初めて分かったのなら、すごい驚いたというか……畜生!って気分になった気がする」
今日は毒を吐く彼女も、それに倣って資料に目を通す。
「確かにそうでしたね……。決め台詞はこうでしょうか?『決闘が1対1なんて言ってない!』とか」
「一言一句合ってる気がする。当日になったらそれを言うか賭けようか?」
「では私は言う方に」
「俺もそっちなんだけど」
「……賭けが成立しませんね」
彼が保有するクラーケンは、同種のクラーケンが2体いた。どうせ一匹魔物を連れて行ったら、2対1とかになって好き勝手やる予定だったのだろう。まさに小物らしい手段だ。
というか領地に海域が存在しないのに、よく川で飼おうと思ったものだ。イカが好きなのだろうか?
「でもこういうのはさ、当日になってから知るから盛り上がるんだ。今知っても盛り上がれないよ……」
謎の失望感を抱いて、次の一枚にも目を通す。
「うわあすごい。横領やら水増しやらやり放題だね」
アインの声を聞いて、クリスも横からその資料をのぞき込む。一々顔が近づくので、アインにとってはあまり心臓には優しくない。
「たまにこういうのはいるんですが、今回のは結構根が深いですね」
「どうやっても無くせないからね。こういう問題は」
人に犯罪をやめろ。そう言っても犯罪がなくならないのと一緒で、不正行為が消えることもない。それは当たり前なのだが、残念な気持ちになるのは別問題。
「でもおかげで裁判は必要なくなりましたので、現地でそのまま執行もできますよ。国庫に優しいですね」
「もう断罪のためには必要十分すぎる?」
「えぇ。それに彼の屋敷などは監視されてるはずですので、逃げることも不可能に近いかと」
「そりゃそうか。……じゃあ、決闘の期日もそろそろ考えようかな。でも少し安心したよ」
安心?とクリスが疑問に思うが、アインがすぐにその答えを口にする。
「エルとアルのどっちに戦わせようかなって思ったんだけどね。2対2になるんだったらちょうどいいかなって」
「……結構悲惨なことになると思いますよ」
「悲惨?」
「えぇ。水中戦において、どうして海龍が最強なのか……その理由をきっと目の当たりにできるかと」
はじめは双子を戦わせるのを考えていた。なにせ双子に怪我をさせたくなかったし、危険な目にあわせたくなかったからだ。
だがその心配がなさそうで安心できた。
「むしろ1対1のほうが、2対2よりもクラーケンに勝機はあったのですが」
まだ幼い海龍だから無理?そんなことは全くない。海龍が水中の魔物の中で王と呼ばれる所以。……アインは決闘の日に、その理由を目の当たりにすることになる。
「ところでクリスさん。そのシャツ、ボタン一つ付け間違えてるよ」
「っ……う、うぅ……先に言ってくださいよ……」
『たまにチラッと下着が見えそうになって、言いづらかった』そんな不満を頭の中で考えていたアイン。チラ見しそうになるのを我慢したこと、むしろそれを評価してほしいぐらいだ。
……今日はどうしようかな?買い物もいいな。恥ずかしそうにしているクリスを見ながら、アインは今日の予定を考え始める。
「今日もいい天気だなあ……」
——この数日後に、セージ子爵とアインの魔物同士の決闘の期日が決まる。
その間はこのイストの街並みを楽しむことや調査……。もう一度だけオズ教授の部屋を訪ねるなど、精力的に活動するのだった。
そうして、二週間の予定だった魔法都市の滞在期間。その終わりと決闘の期日が徐々に近づいていた。
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