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魔石グルメ ~魔物の力を食べたオレは最強!~(Web版)  作者: 俺2号/結城 涼
第二期イシュタル統一物語:五章 エルデリアという都市で。

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雷をもたらし、歌に眠る。

相変わらずお待たせしてしまい申し訳ありません……。

引き続きお楽しみいただけますと幸いです。

 

また、コミックス最新刊が3月に発売となります。こちらすでに予約が開始しておりますので、どうぞよろしくお願いいたします!

最新刊はハイムとの会談編です!


 氷の神殿のさらに奥、地下へと通じる大空洞にて。

 アインが先ほど口にしたように、ただ相手を屠るだけ以上に楽な戦いはない。これが山の主を救うための戦いなら、そのために必要な段階を踏まねばならなかった。



『……これは、貴方に安らかに眠ってもらうための戦いだ』



 隣にいるアインの言葉が、クリスの脳裏をよぎる。

 けれど、山の主を救うにはそれそのもののアンデッド化を止めなければ意味がなかった。

 もしアンデッド化しきってしまったら、そのときは……



「どうしますか、アイン様」


「暴走の影響が外に漏れないように食い止める――――けど」


「根本的な解決にならない、ですか?」


「そう。だから歌も必要だし、魔石の状況ももっと詳し――――ッ」



 雷の塊が迸る。

 それらは縦横無尽に……何かを狙うというよりは、暴走させた力でこの大山ごと滅ぼそうとしているよう。怒り狂う嵐のようだった。どこか救いを求めて喘ぐようでも、また自身の力を利用されていることに憤怒しているようでもある。



 数多の感情を感じ取った気がしたアインは起用に身体をひねり、迫りくる圧をいずれも躱しきる。クリスも得意の軽い身のこなしで避けると、距離が離れたアインと視線が交錯。



「時間を稼ぎながら、ディルたちを待ってみないと!」


「ええ! わかりました!」



 巨大な空洞の下から溢れ出る雷の表面は、荒々しい海原にも似ていた。氾濫して外に出ることを危惧するアインの目に映し出されたのは、雷が一筋の体躯を成したままうねりだした光景。山の主の頭部を掲げ、瞳の代わりに雷の塊が煌めいた。



 まるで、海面に顔をのぞかせた海龍だった。

 雷の海を自らのなわばりとして、空を揺らす音はまさしく咆哮。氷の天井を迸った雷光が、一秒……また一秒と時間が経つにつれて密度を高める。



 ……魔石の力を遮断するのが、一番手っ取り早いのに。



 しかし、先ほど探ったときにそれが難しいことがわかった。

 流れゆく砂のようにあいまいで、それでいて広範囲に広がる魔石の気配から間違いない。安易な発想では到底対処できぬだろうことに、アインは頭を働かせつづけた。



 クリスもそう。

 アインが口にした言葉から、どうするべきかと雷を躱しながら熟考を重ねた。



 こうしている間にも雷の力は高まりつづける。大山の揺れはより大きく、不規則に、離れた先にある村に住む者たちも不穏な何かを感じずにはいられないほどの変化が訪れようとしていた。



『アンデッド化が加速してる?』


『ええ。一気に進みだしてるみたい』


『……だと思った』



 ぎりっと歯を食いしばったアインが黒剣で雷を薙いだ。

 雷の体躯を駆けることも、しようと思えばアインならできたが、雲の上を走れないのと同じで、地に足をつく感覚を得られないのは芳しくない。

 代わりに弾けた氷を足場にしたが、それすらも雷により瞬く間に焼き尽くされていく。



「これ、威力が強くなりすぎじゃないですか!?」


「俺もそう思うけど、いい方法があるから!」


「いい方法――――!?」



 聞き返したクリスが苦笑を浮かべて、



「焼き尽くされる前に走れ! って言うんじゃありませんよね!?」


「さすが! 俺が言いたいこと、全部わかってくれてる!」


「ええ……だと思いました!」



 これ以上ないくらいの力業だったけれど、それが何よりの対処法であることはクリスもわかっていた。

 アインらしい考えに頼もしさと安心感を覚えると、彼女はアインが成そうとしていることに力を尽くす。彼が山の主の魔石にどう影響を与えるか考えるための時間を、また、氷の神殿に新たな歌が残されていないか探すために――――。



 ……これほどの力を兵器に転用されていたら。



 イシュタリカという国家そのものへ無視できない傷をもたらしかねない。

 クリスの頭に浮かんだ危険な力は成長をつづけ、二人がいなければ強烈な雷を瞬く間に大山の外へとあふれ出しただろう。



 また、疑問もあった。



 これほどの力が眠る――――そんなの、広い大陸なのだから可能性はあるだろう。古代の力や技術が眠る場所なんていくらでも発掘されてきたし、旧王都がその最たるものなのだから。



 けれど、何かが妙に思えてならなかった。エルデリアは魔道具にかかわる重要な技術により目覚ましい発展をつづけてきた都市だ。莫大な資金の流れは言わずもがな、新たな技術も生まれる都市として注目されているとはいえ……民間の技術のみで、これほどの力を自在に操れると思っていたのだろうか。



「クリス」



 ふと、アインの声が。

 その声に応えるように視線を向け、彼と目と目を合わせてすぐにわかった。

 あの日、隣の大陸にある貿易都市バードランドからはじまった物語が、目まぐるしい勢いでクリスの脳裏を駆け巡る。



「……地下でも思いましたが、やっぱりあいつらの残党が?」


「残党っていうか、中枢にいた人かもね!」



 銀髪の男。黄金航路の元相談役。

 大陸イシュタルにおいても臨海都市シュトロムを半壊させたほどの騒動を引き起こし、いまなおどこかへ姿をくらましたことしかわかっていない大罪人が……。



 ……そう考えると、全部腑に落ちる。



 と、心の内でアインが叫んだ。

 先の見本市においてもどうしてセラの姿があったのか。彼女がこのエルデリアのことを気にしていた理由も、あのとき話したこともすべて。



 今度はこの山の主を利用してイシュタリカに牙をむこうとしていた。そう思うとすべてが繋がる。

 しかし、疑問も。



 ……でも、本当にこれだけ?



 あの男がこれまでしてきたことを思い返せば、ここだけは疑問が残る。

 あれだけヒト(、、)という存在の生きざまに固執して、その生きざまを観劇するように振る舞っていたいたのだ。これではあまりにも雑というか、芸がない。

 いまアインが目の当たりにしている現象だけがあの男の狙いだとすると、これまでとの違いに違和感ばかり募っていく。



「何か、違うことをしようとしてるのか――――?」



 深まる疑問はとどまることを知らず、苛烈な戦いの中でもアインを悩ませた。

 悩んで、悩んで……答えはまだ出せなくて、けれどアインは黒剣を力強く握り直し、その双眸で鋭く山の主の頭部を見た。



 熟考に耽りかけていても、見誤ることなどない。

 暴食の世界樹の力は、日々磨かれているのだから。



「龍とは何度も戦ってきたんだ!」



 振り上げられた黒剣の真下にあるのは、巨大な龍の頭部そのもの。

 穴を満たした雷が幾本もの腕をなしてアインに向かうも、



「邪魔はさせませんよ」



 クリスの剣がいずれも薙ぎ払い、ともをする想い人の障害となるものを許さない。

 風がアインの頬を撫で、クリスが控えるのを視界の端に収めたアインが深く息を吸い、腕から全身へと魔力を迸らせた。

 視認できるほど濃密な魔力の奔流が、一人の体躯から漏れ出した。それも暴食の世界樹の手で容易にコントロールされた力であり、強大な魔導兵器ですら肩を並べることは許されない人知を超越したもの。



 音が、剣閃が。

 降り降ろされたときに生じる多くが置き去りにされ、一秒と経たぬうちに届くのはそのすべてを嘲笑う圧倒的な力。一点に集中して放つには強力すぎる――――など、考えることすら忘れさせる一撃だった。

 爆ぜた溶岩のように飛び散る雷を見るや、アインはすぐそばにいるクリスを抱き寄せた。



「だ、大丈夫ですから!」


「知ってるけど! それとこれは別!」



 こんなときだろうと、突然抱き寄せられる不意打ちには驚かされる。

 けれど、クリスはすぐに大穴とその周辺の様子に目を向け、アインの片腕に支えられながら元の位置へ足を下ろした。



 雷の影響で崩れた氷ももはやなく、アインの剣圧によりどれも砕かれ粒子も同然。

 わずかな光を反射して、ダイヤモンドダストを作り出していた。



『――――』



 一方、山の主の頭部は砕けていない。アインの一振りを受けて耐えきったのではなく、アインがある考えをもって券を振り下ろしていたからだ。

 狙いは、頭部を持ち上げる雷そのもの。



「やっぱり、これなら抑えられる」


「これって……もしかして」



 予想できた様子のクリスに、アインが雷を見ながら。



「無理やりだけどね」



 龍の頭部を狙いしましたのは、龍種にとって力を蓄える角の名残があったから。

 いまでは煌々と輝く雷がほとんど消え、大穴の下方で輝きながら迸るのみ。

 だが、



「これで終わらせられたらよかったんだけど……」


「魔石の場所がわからないから――――?」


「……そ」



 頷き返したアインが見せる、困った様子の苦笑い。

 これ以上ない命令の力をもって雷は抑えられるし、山の主の力の大本にも影響は与えられる。

 それでもことが終結し、アンデッド化が止まらないのには、どうしても魔石そのものが山全体へ流れ出ているような影響のせい。



 シャノンの力を使えば無理やりアインの僕のようにできただろうけれど、本末転倒だ。助けを求める意思に対し、それはあまりに一方的過ぎる。魅惑の毒と孤独の呪いはアインの下で進化を遂げていたからこそ、以前も考えたように慎重に扱わなければ影響がすさまじい。



(それにまだ、時間をかけて試せる余裕がある)



 だったら多少戦いづらい状況だろうと、手加減が必要だろうと、救いを求める相手に対して寄り添いたい。



 残された力が尋常ではないことから、山の主はいまなお暴走を繰り返す。

 アインの力により抑えつけられたの一瞬。わずかな時間で再び、大空洞の地下からアインたちの元へ雷が届こうとしていた。

 アンデッド化が進行し、生前の力が新たな意思により暴走させられる様子には、過去の世界でシャノンが見せた弱みと、ハイム戦争へ至る暴走のきっかけが思い出された。



 心の中で、シャノンが苦笑した気がする。

 どこまでも優しい王らしさを持った彼の心に触れるだけで、シャノンは自分の心にも温かさがもたされたのがわかった。



 やがて――――



「……早すぎる!」



 アインデッド化を食い止めることを至上の目標に定めていたところで、さらなるアンデッド化の兆候がアインに見せつけられる。雷がうっすらと瘴気を交えはじめたのだ。

 風に乗ろうとアインの力により浄化させられるが、これもやはりキリがない。

 それと、壁や天井を覆った氷に深くひびが入ったのを見て、



「クリス! ここは持たない!」


「外に急ぎましょう! 三人が危ないです!」



 今度はディルたちを追うように外へ出て、三人に氷の神殿で被害がもたらされることのないよう守りに行く。大空洞が広がる空間を出て、氷の神殿へ戻ると無事な三人をアインが視認したのだが、三人が何か気にしている様子に気が付かされる。



 ただ、氷の壁が広がっていただけのはず。

 足を踏み入れたときと違い、そのときはなかったはずの文様が壁一面に浮かび上がっていたのだ。予期せぬ光景を網膜に焼き付けるようにじっと見つめたアインの横で、クリスも思わず驚愕した。




「これは――――」


「つい先ほど、雷の影響で氷の表面が僅かに溶けたのです!」



 ディルが間髪容れずに。

 あれほど溶ける気配なんてなかったのに、あの雷の余波だけでいとも容易く氷の表面のみ溶け落ちた。

 シャリアとソフィーは無意識のうちに文様に気を取られ、目が釘付けになりながら周りの様子を気にしていた。剣を手にした王太子もまた、神殿内を睥睨するように見やると、



 ……あの文様、もしかして!



 どれもガルト言語としか思えなかった。。

 同じことを考えたクリスの隣で、アインは心の中で問いかけた。



『”穏やかな眠りを。静かなる歌を”――――ですって』


『それ、一番聞きたかった言葉かも!』



 どうして歌が隠されていたのか気になってしかたない。

 考えたアインの頭に浮かぶのは、山の主の力を利用しようとした古代の種族と、この地にいた巫女の関係だった。



 ……巫女たちが、自分たちがいなくなったときのために残したのか?



 山の主が迎えるべき安らかな眠りが妨げられることがあれば、それをよしとしないため。

 しかし、巫女たちがこの地から消え、新たに山の主の力を利用しようと企む存在が現れたときのために――――。

 古き時代の巫女が残した歌を前に、アインはその強い意志を伝えられたのだ、と。



 神殿の奥から漏れ出した雷が、濃度を増した瘴気を纏いながら外へ。

 アンデッド化が進んだ山の主の頭部が、氷の壁や天井を崩しながら神殿へ顔をねじ込んだ。大きな揺れで足元がおぼつかなかった村娘たちだが、彼女たちはアインの背に向けて言う。



「お願いします!」


「きっとあれが、いま必要な歌なんです~!」



 歌が長き年月を経て再び。

 ここにいる全員は知らないほどの過去――――確かに巫女たちが口ずさんだ歌が。

 歌のはじまりらしき文様をちらりと横目で。するとアインは、心の中でシャノンが語り聞かせる言葉を聞いた。



 新たな雷が迸ろうとした直前、



「ディル」



 王太子が纏った気配が、いままでになく洗練された。

 彼にとって意識したものではなく、あくまで自然体でいながら意識を変えた結果にすぎない。彼が命の取り合いをしようと思えば、村娘のみならず、ディルですら気圧されていただろうから。



「近づいてくる雷から、二人を守ってて」


「はっ!」


「俺はクリスとあっちをどうにかする。二人にはすぐに歌ってもらうことになるから」



 首肯した二人を背で感じ取り、こつん、と足音を響かせる。

 もはや村娘たちにとっては地下で経験した以上の強烈な雷が放たれているというのに、アインは言葉少なくともクリスを伴い前へ進んだ。



『――――ッ!』



 アンデッド化が進む山の主の力は、この日のどれより力強いブレスへと変わった。

 金色に煌々と……空を揺らす圧を容赦なく人間たちへ放つや否や、瞬時に氷の神殿を破壊しつくすことのみに波動が注がれる。

 雷の波動が迫りくる中、目を伏せることなく少女たちは目の当たりにした。



もう少しだけ(、、、、、、)、強くする」



 いままでどのくらい加減していて、本来の力がどれほどか。

 少女たちの想像が及ばぬ領域に至った一振りは、



「え? あの……え?」


「う、うそ……!?」



 力の抜けた声を二人の口から漏れ出させた。

 ただの一振りが、あれほどのブレスを難なく雲散。それどころか返す刀で剣圧を見舞い、クリスとともに刹那に姿を消した。



 次に見えたのは二人が山の主の頭部近くにいた光景。

 清廉な風が金髪のエルフから。瘴気が奥へ追いやられていくとともに、新たな一振りが王太子によりもたらされ、山の主の頭部ごと奥の空間へ追いやった。



 ……どうせ、すぐに戻ってくる。



 けれど、必要なのはこの短い時間。

 勝敗はもう、決している。



「二人とも!」



 シャノンの力を借りて、アインがガルト言語の歌詞を声に出した。

 繰り返し……何度も繰り返すようにシャリアとソフィーが口ずさむ。



『……優しくて、悲しい歌』




 きっと、山の主のことを歌ったもの。

 元はただのワイバーンのように見えた。しかし確かに突然変異により誕生した個体で、日々の成長は同胞と比較にならず、その体躯も見てくれも度重なる変貌を迎えた。

 同胞に恐れられ、群れを離れることとなり一人大陸をさ迷う。膂力も魔力も、どれも自身の意思と違い高まりつづけ、いつしかこの地の大山を縄張りとして蟄居を決めるも――――



 ”天災を退け、泰山の頂きにその威容を掲げた”



 周辺を襲った突然の気候変動を、たった一頭の龍が実力で跳ねのけた。

 大山は永久凍土へ変わり、生命を使い果たした体躯は大山の底へ。龍はたった二人の巫女に看取られ、長き孤独の終わりに暖かさを得た。



 ガルト言語の意味を知るシャノンから、アインがその真実を聞かされるのはこの戦いが終わってから。

 いまはまだ、山の主の亡骸に遺された意思のことだけを考えて、



「やっと、見つけた」



 山全体に広がっていると思われた魔石の気配から、どこより濃密なそれを見つけ出した。

 気配を感じたのは意外にもこの神殿、その中。壁中に刻まれた文字にそれは宿り、山の主の意思が死後も巫女の歌を望んでいたのだろうとアインはそう深く感じ取った。



 二人の歌を聞き、隠れていた気配を現したのだ。

 徐々にその気配が高まるのを感じ、進行を早めるアンデッド化を断ち切るべく……黒剣は、その剣身に劣らぬ漆黒の波動を纏い、



「もう、休んでいいんだ」



 残された意思を蝕むアンデッドの魔力そのものを断ち、吸い尽くす。

 ふと、氷の神殿に響いた音色。



 ”――――”



 人の言葉でも、古代言語でもない何か。

 皆はその音色が何か、感謝するような感情を孕んでいるような気がした。ようやくの終わりを感じ取ると、村娘たちは終焉をもたらす黒剣を見た。



 ふと、これまでと違う澄んだ輝きを放つ雷が一閃。

 山の主の頭部から放たれたそれを見たアインは構えをとき、雷が黒剣に流れ込む様子を見た。

 雷が音を立てながら黒剣に溶け込み、黒剣を一度だけ震わせた。



 アインが緩やかに一振りしながら意識すれば、それにつづいて雷が迸る。



「……これが、あなたの誇りか」



 眠りをもたらしてくれたことへの礼か、はたまた別の感情からか。

 山の主の雷はさらに、村娘二人の手へも流れ込むと、とうとう消え去った。

 彼女たちにはそれがまるで、山の主からの礼だったように感じたのだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 それは、エルデリアが中央に位置した領主の館。

 ウォーレンの言葉に悩み、警戒心を高めていたエルデリア子爵だったが、その宰相が口にした「私たちは仲間だ」という言葉に信を置いた。



 話が交わされてから、数時間後のことである。

 ウォーレンの下を訪れた近衛騎士が、大山における出来事を報告したところだった。



「子爵。信じられないかもしれませんが、山の主は実在したようです」


「あの光を見て嘘だとは言えません。揺れもこちらに届いていたのですから」



 氷の神殿における戦いの余波はこちらでも感じられたし、ウォーレンはアインが戦闘状態に陥ったことを察していた。英雄王が敗北するなど考えることもなかったけれど、こうして報告が届くとやはりありがたく、より落ち着いて話を進められる。



「王太子付きの護衛官が賊を捕縛しております。すぐにでもどのような人物が潜んでいるのか明らかになりましょう」



 しかし、腑に落ちない点もあった。

 ウォーレンも当たり前のように銀髪の男のことを思い浮かべていた。しかし、バードランドの件に加え、シュゼイド、シュトロムにおける騒動に比べると、あまりにも粗雑な印象ばかり募ってしまう。



 ……本命は別にある?



 まだわからないことが多く、何一つとして断言できない。

 だが、大山における物事がすべて前座だったとすれば……。



「――――まったく。いつの時代も、話題に事欠かない大陸です」



 エルデリアに夜の帳が下りた頃、最少は吐息交じりに考えた。

 明日にはアインと合流し、話しておかなければならないことも多い。

 思えば決死の覚悟で王都を訪れた村娘二人の声に応じての旅路となったのだが、気が付けばずいぶんと話が大きくなりはじめている。




 ◇ ◇ ◇ ◇




『もう……そんなことだろうなって思ってた』



 新型のメッセージバードから届く声を聞いて、アインはごめん、と呟いた。

 つづく『って私が言うと、アインはごめんって言ってそう』と楽しそうな彼女の声を耳にするだけで、大山で板化された疲れが一切消え去った。



『身体は大丈夫?』


「うん。大丈夫」


『いつも言ってるけど、無茶したら私もそっちに行っちゃうんだからね?』



 会話ではなかった。互いをよく知るがために会話のようになっていただけ。



 村の近くにアインたちが設けた、急ごしらえの拠点である。

 大山での騒動もここからならよく観察できたし、村人は途中から戦艦に避難して空から様子を伺っていたという。



 アインはそれらの話を聞いた後に成すべきことを済ませると、早速クローネに連絡をし、すぐに返事を受け取ったところ。



 テントを出れば、魔道具による明かりが雪の地面を照らしていた。周囲の木々から伸びた枝に降り積もった雪が昨日より多く、広場に吹き抜けた風の勢いも強い。

 大山から振り下ろされる風が、普段よりずっと多いのだとシャリアは言った。



「でも、気持ちいい風です」



 冷たく凍て刺すような風に違いはないが、澄み切った空気を運んでくる。

 娘に倣い村長も。



「我々が幼かった頃を思い返します」


「村長たちが幼かった頃? いまと空気が違ったってこと?」


「思い出になっただけなのだろうと思っておりましたが、こうして深呼吸すると間違いではなかったと確信しました。昔のほうが、深呼吸した際に心地よかったと思っていたのです」


「じゃあ、山の主が解放されたからかもしれないね」



 山の主の頭部が発見されたのは最近のはずだが、もしかすると、何者かに手を加えられる前からアンデッド化の兆候が見られたのかもしれない。巫女の歌による十分な鎮魂が行われず、長き月日をかけて少しずつ――――。



「山の主のことも、この村にも届いてた小競り合いに関係してるはず。エルデリアの実権を得るために、山の主の力に価値がありすぎる」


「ですが……どのようにして古き存在を……」


「アンデッド化自体は自然の摂理でもあるけど、残された力を利用する方法は何個かあるんだ。ただ、一般論として莫大な資金と貴重な技術が必要ってだけで」



 発展目覚ましい新興都市らしく、計画すること自体は難しくなかっただろう。

 それでも気になるのは騒動の規模が大きすぎることと、果たしてあれだけで話が終わるのだろうかという点。セラがエルデリアを調べていたことが偶然とは思えなかった。



 シャリアたちと話をしたそうにしていた村長らと分かれると、アインは飛行船の近くで騎士らと話をしていたクリスとディルの元へ。

 二人もアインが近づいてきたことに気が付き、距離を詰めた。



「ウォーレンさんは?」


「滞りなく。すべて報告済みでございます」


「ありがと。それで、エルデリア子爵はどうだったって?」


「そちらもアイン様、ウォーレン様のお心のままに。金と権力を欲する者らについては調査が進んでおり、大山に魔道具などを設置した存在のことも同じ状況のようです」



 すると、今度はクリスが。



「地下にいた以外の賊も何人か身柄を抑えらてますよ」


「あー……大山の周りは封鎖してたしね」


「はいっ! なので、こちらもすぐに調べがつくと思います!」



 状況に応じてアインが魅了の力で無理やり問いただすべきでもあるが、ひとまず全体の様子を見ながら。

 とにかく状況は動いた。これほど大きく変化が訪れたのなら、今後のことも今までと同じように考えていられない。

 アイン個人としてはセラがエルデリアを探っていたこともあって他の者たちと違う気持ちを抱いていたが、いまでは国としての動きにも影響がある。



 多くのことを考えるアインの腰に携えられたままの黒剣を、ディルが気にしていた。



「山の主の力を得られたようでしたが」


「うん。状況は違うけど、ガルムのとき以来かな」



 また国宝としての価値と、アイン以外が手にした際の危険度が増したようだが、幸いにも黒剣が打たれた際に用いられたマルコの素材の影響なのか、高い忠誠心が目立つ。持ち主以外に従う様子はなかったから、いまは国宝としての価値が高まった点が目立っていた。



「王都に帰ったらムートンさんにまた見てもらうとして、とりあえずこっちを落ち着かせないと」


「はっ。明日、朝一でエルデリアへ向かいましょう」


「そのためにも、俺たちは少し休んどこうか。――――ちょっと予定してたより大きめの戦いになっちゃったし」


「仰る通りですが、これもまた我々らしいかと」



 ディルはそう口にすると、涼しげな笑みを浮かべてアインの前を去る。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 皆で夕食をとるときには村の者たちがいままでになく賑わっていた。

 山の主に対しての特別な念に、シャリアとソフィーの活躍を受けての喜びが何にも勝る。自分たちがどうして特別な歌を口にできたのかわかっていない二人は、いまだ困惑交じりだったものの、無事に帰還できたことに喜びを覚えた。



 このような環境の村に過ごしてきた者たちにしてみれば、山の主という存在がもたらす騒動が落ち着いたことの影響は大きい。アインたちのように別の懸念を考えることはなく、まるで戦勝記念が如く祝いの声が雪景色の中に響いた。



「すみません……。まだ全部終わってないのに……」


「でも、こんな一日になるなんて思ってもみませんでした~……」



 夜が更けてから、寝る前に挨拶に来たシャリアとソフィー。

 アインは椅子に腰を下ろして目の前のテーブルに置いた資料を読んでいたが、いまの話を聞いて苦笑い。



「よくわかんないんだけど、昔からあるんだよね」


「今日みたいなことが、ですか~?」


「そ。別に面倒ごとに首を突っ込もうとしてるわけは――――偶にしかないはずなんだけど、そうじゃなくても何度かね」


「――――あっ!」



 アインとソフィーの声を聞き、シャリアが何かを思い出す。



「そういえば、クローネ様が同じようなことを仰っていたような……」


「……ま、まぁそういうこと」



 反論できずばつの悪そうな表情を浮かべたアインを見て、二人が和やかな雰囲気に浸った。



「あの! 殿下はどうして私たちが――――っ」


「山の主のために歌えたか、って?」


「……はい」



 唐突ではあるが、気になってしょうがないのだろう。

 とはいえ、アインもその問いに対する明確な答えはもっていない。彼女たちが巫女の末裔である可能性は高いと思うが、言い換えるとそのくらいしか思い浮かばなかった。

 だから一つ、何より重要なことを。



「二人はもしかしたら巫女の末裔で、しかも、優しい気持ちが届いたから……なのかも」



 生まれ故郷の村のため、たった二人で遠く離れた王都への旅に出たのだ。純粋な人間より旅に向いている異人種ではあるが、それでもつらい日々だったことは変わらない。村中からかき集めた路銀では何度か列車に乗ることはできても、全体を通してみればささやかな距離しか移動できなかっただろう。



 そんな二人が優しくなくて、誰を優しいと言えるだろう。

 仮に無事に王都へ足を踏み入れられたところで、アインをはじめとした権力者と話せる可能性のほうが低かったというのに。



「ふふっ。巫女のことだって全然知らなかったのに、私たちが末裔だなんて~」


「ね、ソフィー。王都に行ってから、ずっといままでにないことだらけだわ」


「意外とそういうのって、急につづくこともあるんだよ。俺もこの前ドワーフの国に行ったら、昔から知り合いだったドワーフがその国の王族の末裔だった……ってこともあったし」


「あ、あらら~……そんなこともあるんですね~……」


「そのドワーフの方はどうされたんですか?」


「王都の家にそのまま住んでるよ。いつも豪快な人で、俺の剣を作ってくれたりもして――――」



 寝る前に少しだけ話すくらいの気分だったのに、非日常的なことの繰り返しがあったからか、二人もアインの傍で話せる時間に安心感を抱けた。

 だが、もう十数分ほど話したところで二人は時間に気が付いて、



「す、すみません! 私たちはそろそろ!」


「ん、わかった。じゃあ二人もおやすみ」


「遅くまでありがとうございました~! それじゃシャリア、今日は一緒に寝ましょうね~」


「はいはい。わかったわよ」



 仲の良さをアインに見せると、二人はテントを出る前にもう一度頭を下げた。

 入れ替わりでテントを訪ねたのはクリスである。彼女は胸の前にいくつかの資料を抱いている。彼女はそれらをアインの眼前のテーブルに置くと、彼の対面の椅子に腰を下ろした。



「アイン様が読みたいと言っていた、追加の資料です」


「ありがと。じゃあいまのうちに読んどこうかな」



 互いに平時に比べてあまり寝られていなかったが、こんなのはもう慣れっこだった。

 しかし、一時間、二時間と作業を進めていくにつれて二人の瞼が重くなり、さすがにそろそろ休まなければと二人の手が止まる。



 クリスがテントを後にして、数分。

 アインもまた寝る前の支度をしようと思い、テントの中ながら魔道具のシャワーを浴びてから着替えを終えた。すぐに寝てもよかったのだが、あんな騒動があったばかりなのだし、外の様子でも見ておこうと考え歩を進めた。



 広場には夜の番をする騎士が何人もいた。

 もう村の者たちも眠りについていたようで、つい数時間前に比べてとんと静かな冬の山中。周囲の様子を見て回ろうとしたアインの頬を、不意に一陣の風が撫でる。

 アインはふと、頬を撫でた夜風の中にある気配を感じとった。



 するとアインは近くにいた騎士へ「少し風を浴びてくる」とだけ告げて、護衛もつれずに一人歩いた。先ほどの夜風が向かった先を感覚を頼りに探り出し、直観に頼って歩を進める。



 ――――極寒の地に舞い降りた粉雪を踏みしめ、十数分も歩いた先に待っていたのは切り立った崖だった。

 大山や周辺の大自然を一望できる岩場に立ち、白い息を風に攫わせる。普段なら星明りだけでは真っ暗のはずの景色が、純白の雪に反射した数多の光でそれなりに視認することができた。



 王都では見ることのできない壮大で、風光明媚な大自然。

 何度目かの白い息を漏らしたところで――――




「昔と変わらず、美しい景色じゃ」




 彼女が――――竜人(セラ)が王太子の背に語りかけた。




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