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魔石グルメ ~魔物の力を食べたオレは最強!~(Web版)  作者: 俺2号/結城 涼
第二期イシュタル統一物語:五章 エルデリアという都市で。

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変化に至る雷。

まただいぶお時間をいただいてしまいましたが、お楽しみいただけますと幸いです。


また先日、魔石グルメ10巻と物語の黒幕に転生して5巻が発売となりました!

(どちらもコミックスです!)

もしよければ、こちらも何卒よろしくお願いいたします……!

 リオール・ファラ、その最下層にて――――シャリアとソフィーは不思議に思った。

 さっきは落ち着いてアインに返事をできたけれど、それはきっと、いまが非日常的な空間で時間を過ごしていることと、彼が放つ存在感に無理やり納得させられたようなもの。



 しかし、細かな話を聞くべき場所ではないことも承知の上だったし、彼女たち自身、意識の多くは目の前の後継へ注がれつづけた。



 壁に埋め込まれている水晶にも似た石と、その内部に収められた龍の頭部に見えるもの。

 内部で迸るオーロラにも似た眩い閃光は勢いを増し、その輝きをより力強く全員の視界にまで届ける。まるでいままさに、何かが生まれようとしているように旺盛であり、一秒、また一秒と時間が経つにつれて何かが解き放たれようとしているように見える。



 少女たちが生まれてから今日まで、何より衝撃を覚えたのは王都へ向かう地上の旅だろう。つづいて王都で過ごした時間と、村までの帰り道における空の旅。

 それらを一瞬で飛び越えるほどの何かが、いま訪れようとしている気配があった。



 ”――――”



 何か、声のようなもの。

 それが龍の頭部から発せられていたことに村娘たちが気が付く。普通ならアインはもちろん、彼に次いでクリスが、さらに次いでディルの方が早く気付いただろうに……。

 このときは何故か、二人だけが先に感じ取ったのだ。

 すると、アインが二人の様子に気が付いて話しかける。



「どうかした?」


「……は、はい。ソフィーもよね?」


「私もよ~……よくわからないけど、話しかけられたような気がする~……」



 話しかけられた、という表現をアインたちは強く気にしていた。

 巫女、と。シャノンが読み上げた文言を知るアインも特にそうで、上層階に残る仕掛けを垣間見たクリスとディルも似た感情に苛まれる。



 最下層に降りる冷たい空気で白くなった吐息を、ゆっくり。

 アインが村娘たちの様子を気にかければ、二人は再び口を開き、



「辛そうにしてるんです」


「ええ……子供に泣かれてるみたいな~……」



 二人が話をするたびに、水晶に似た石の中で迸る力が勢いを増す。はたまた、不規則に瞬いて呼応しているのだ。

 すると二人はアインへ顔を向ける。切なげな表情が二人分。



「――――殿下」



 村長の娘であるシャリアが話しかける。アインの助けが欲しくて。

 アインたちにとってもこの状況への理解が追い付かないままではあった。けれどアインは少し考えたのちに、抜いていた剣を握る手に少しだけ力を籠める。



 大陸の名を関した黒剣は、先のガルムの騒動において強大な炎すら宿したもの。

 これを一度横に薙げば――――。



「周りの氷を解かす」



 自身が心に決めたとおりに身体を動かし、埋め込まれた石の周囲を満たした氷へ炎を放つ。

 ディル曰く、古代の溶けない氷ではないかと。

 そのような品であろうが、暴食の世界樹の名を冠する魔王の力を前にすれば、ただの溶けにくい氷だ。大いに加減して生み出された炎だろうが、石を覆う氷を解かすのに何ら支障はなく、入り混じった岩石ですら容易に溶かし、埋め込まれていたそれを軽く自由にしてみせた。



 一方でアインが山の主だと言い切っていたことは記憶に新しい。

 また同時に、誰かが山の主の力を利用して、先日の光景を作り出したのだとも断言している。クリスとディルも同じ意見だったことだ。



 きっとここにはある。

 何者かが隠した何かが、確実に。



 その考えを証明するかの如く、多くの氷が解けたことで衆目のもとに晒された光景。氷の壁の奥に広がっていた空間が暴かれ、氷の神殿における厳かな空間と繋げられた。



 体面に現れた空間も人工的なそれと表現するほどではなかったけれど、明らかに人の手が入っていると断言できるものとして、多くの魔道具が並べられている。たとえるなら、魔法都市イストの研究所に立ち並ぶようなそればかり。



 他には元からあったと思しき自然な穴のようにも見えたし、古代に何者かが掘った空間にも見えた。

 いずれにせよ、氷の神殿の最下層に通じる空間として釣り合っていなかったし、古き時代のラミアとハーピーたちが作り出したようにも見えない。

 これほどの神殿を作り出す二つの種族なのだ。これほどおざなりな仕事をするとは到底思えなかった。



 ……一頻り周囲の様子を確認したアインが最も気にしていたのは、やはり山の頭部が残るものだ。



「氷を溶かしてもあの石だけが浮かんでる。中に残された力が空気中の魔力に作用してる――――とかだろうけど、詳しいことはわからないな」



 彼は前へ進みながら、冷静に。

 彼が言ったように石が宙に浮かんでいる。さっきまで氷に支えられていただけなのか、山の主の頭部を収めたままに。



 先を進む彼につづいたのはクリスとディルだった。

 だが、今回は山の主に語り掛けられた気がした村娘たちも恐れることなくつづく。やがてディルは一行とは別に歩を進め、開けた空間に並ぶ魔道具へ近づく。



「ディル、平気?」


「ご安心を。最近はこのようなことがあったらと思い、私なりに魔道具への理解も深めておりますので」


「え? いつから?」


「恐らく、私がケットシーになる少し前くらいからでしょうか」



 つまりそれは、ハイム戦争より前に遡ろう。

 だが、ディルがあえてケットシーになる前からと表現したところから推察するに、カティマのお世話係のような立場になった頃からだろうか。



 ……なるほど。



 カティマほど魔道具に詳しい人物となると、この大国においても限られる。

 普段はその人となりで場をかき回すことを好む彼女だが、その実、自身の英知を他者へ教えることも得意だったから、きっと最高の教師だったことだろう。

 アインはディルを信じ、自信は山の主へ視線を向ける。

 彼の隣にいたクリスも立ち位置を変え、村娘たちに万が一がないように寄り添った。



「殿下、ここが殿下の仰っていた……?」


「だと思う。誰かが山の主の力を利用してた――――ってことくらいしか考えてなかったけど、こんな大げさな魔道具を持ち込んでたなんてね」



 そうは言うが、あれだけの光景を作り出したのだ。

 アインも多少なりとも考えはあったが、それ以上に多くの魔道具が並んでいる。彼はクリスとめくばせを交わして頷いた。



「予想通りでしたね。別の場所から入り込んでいたのかもって、その通りでした」


「うん。けど、氷の神殿は封印されたままだった。こっちの道が何処に繋がってるのか気になるけど、少なくとも公にはなってない道だったんだと思う」


「それに、あれだけの魔道具です。はぁ……どれだけの資産が必要になるか」


「おかげで裏付けが得られた。エルデリアの繁栄に関係して、エルデリア子爵の足元が危うくなっていたことも、彼が何かを警戒していたことにも」


「詳しくは外でまた話しましょう。でもこれ、どうしましょうか……?」



 クリスの懸念は山の主。

 数多く並ぶ魔道具から伸びた管が石の近くの地面に突き刺されている。さらに新たな魔道具と複雑な魔方陣へと接続され、石から力を得ているのか、ディルが向かった魔道具に備え付けられた計器が不規則に動いている。



 またソフィーとシャリアが近づいたことで、計器はより大きな動きを示していた。石の中に漂う力もより力強さを増す一方なまま。



 ……壊すのが一番いいんだけど。



 しかし、先ほど村娘たちが見せた表情が気になる。アインには感じ取れなかった何かを二人は感じ取り、まるでアインに助けを求めるような……情に訴えかけるような様子すら見せたのだ。



 剣を一振りして破壊するのは、まだ時期尚早だろうか。迅速な判断を貴ぶべきと思いつつ、アインは何か見落としはないだろうかと頭を働かせた。



 時間にして十数秒程度だったが、思いつくことがまず一つ。

 先日、大山の吹雪に現れた巨影がどのように生み出されたのか。

 間違いなく山の主の頭部から力を得ているだろう。それ自体はアインも疑っていなかったが、力を得て、どのようにあの景色を作り出したのかが疑問だった。

 ここには多くの魔道具が隠されていたが、果たしてこれだけでできるかというと……。



「――――これだけじゃない」



 アインが少し前に語ったように、似たような設備が王立キングスランド学園には存在した。詳しい技術はアインも理解できる範疇にないが、限定された空間において該当の魔物を投影し、魔力を用いることで疑似的にその魔物の力を表現するというもの。



 言い換えれば、魔導兵器の威力を魔物の姿を借りて表現したまがい物だ。あくまでも力は魔力を用いて人工的な魔法を作り出すことで表現して、それを魔物の幻影と重ねて繰り出しているにすぎない。

 だが、あの夜アインが目の当たりにした影は比較にならない大きさだった。

 大きさそのものが力を表現しているとすれば、明らかにこの場にある設備だけでは物足りない気がしてならなかった。



 ここまで多くのことを思い描いたアインはクリスを見た。



「何かわかったんですね」


「うん。大都市に負けないくらい金が流れてきたエルデリアだからこそできたことなのかも」


「……あの影を作り出すほどの財力、ってことですか?」


「それしか考えられない。で、どうやって影を作り出したのかだけど」



 そこまで話していたら、ディルが「アイン様、こちらへ」と声に出す。

 アインはここで一人、足を進めて金色のケットシーの元へ。

 いくつもの魔道具を見て回ったディルも、やはり専門家ほどすべてを理解することはできていなかった。けれど、一つ確信があるという。



「吸収された力を外部へ流しているようです」


「……やっぱり、そうだったんだ」


「いかがでしょう。我々は同じことを考えているかもしれませんので、答え合わせでも」



 するとアインはこくりと首肯した。



「――――仕掛けは、この大山そのものだ」



 すべてはこれ以外に考えられない。

 対するディルは間髪容れずに「私も同じ考えです」と言葉を返す。

 しかしながら、いまは何らかの仕掛けに対しての反応をアインも感じ取れない。あの夜、巨影を映し出してからというもの、それらもう隠されてしまっているのかも。



「いずれにせよ、接続を断ったほうがいいと思ってる」


「それも同じ意見です。では、こちらの魔道具とあの石へ向かう管をどうにかしなければならないのですが……」



 ふと、ディルが言葉に詰まった。



「罠があれば面倒でしょう。安易にそうしてよいものか迷いますね」


「確かに……。でも、いざとなったら俺が全部吸ってもいいんだけどさ」



 自慢の吸収の力があれば、魔道具が相手なら何も困ることはないのだ。

 言われてみれば確かにそうで、ディルは相変わらずの力業にくすりと微笑。



「一応、前準備として調べるくらいはしておきます」


「ありがと。助かる」



 と、彼らの意見が合致したときである。

 アインたちがやってきたのとは別の道……魔道具が多く置かれていた場所の奥から、十数人の大人が姿を見せた。

 白衣を着ていた者から、武器を備えた者まで。

 迷い込んだとは思えないその姿に、ディルが剣を抜いて構えた。



「貴様ら何者だ」



 相手のが発したその声に、金色のケットシーが。



「後ろ手を組み膝をつけ。先日の影について知っていることをすべて話してもらう」



 警告を、短く冷酷に。

 圧倒的な圧を前に相手は怯ませられたけれど、緊張感を帯びた表情を浮かべ、各々が武器に手を伸ばす。



 研究者が走り出し、近くの資料を取って逃げようとした刹那、金色の風が、氷の地下を駆けた。



 まばたきをする一瞬より疾く、何があったのか気が付く間もない出来事――――突如として視界が大きく揺らいだと思えば、真っ暗闇が視界を満たした。

 最後に意識を奪われようとしていた男は、



「まさか、貴さ――――ッ」



 ディルの正体に気が付いた様子だった。

 しかし、素直に答えることなく自分たちが関係者だと悟らせ、さらに応じる気配を見せなかった時点で結末は同じ。いずれもこうなる運命でしかなかった。



「え、ええ!? 何があったの!?」


「あらら~……一瞬で全員倒れちゃったわ~……」



 驚く村娘たちを傍目に、アインがため息。

 彼は倒れた人物の元へ近づき、皆のことをよく見た。顔を知る人物はおらず、もちろん誰の手のものか明らかにするような品も手にしていない。わかりきっていたことだが、何か手掛かりがあれば楽だっただろう。



「でも、どうとでもできる」



 そうするのが自分たちの責務であると言い換えるかのようにアインが呟く。

 この場所によからぬことを思う者たちの手が届いていたことに裏付けを得て、再び石の前へ。

 すると、そのときだった。



 山の主の頭部が収められた石が大きく揺れ、同時に魔道具の計器が異常なまでの数値をたたき出す。いったい何がと思ったアインが石の内部を見れば、雷にも似たオーロラが黒く濁りはじめた。



「っ――――助けてって、言ってるの……?」



 シャリアが不思議そうに石に触れ、ソフィーがつづいて手を伸ばした。

 二人にだけ届く声の正体を気にしていたアインは、つい数秒前まで石を叩き割るべきかと思っていた。……それなのに、助けていう言葉を聞くとその決心が鈍る。



『前提が間違えていたのかもしれないわ』



 シャノンの声がアインの頭に響いた。



『前提?』


『そ。この前の影もアインに反応しなかったでしょ。それも幻影だからっていうのは確かだったのかもしれないけど、ここにきても敵意なんか一つもないじゃない』



 古く強大な力は、その力の一端が何らかの反応を示すことがある。それがアインに対して無意識の反応が如く何か示しても不思議ではないと思っていた。

 もしかすると、それが違っていて、



『あの子たちがどう語り掛けられてるのか知らないけど、ただ助けが欲しいってだけなのかも』



 頭だけになって封印された山の主が求めているのは、安らかな眠り? こうして人の手で利用されている状況に苦しみを感じ、そこから救ってくれる人を求めていた?



 巫女という言葉が再びアインの頭をよぎる。 

 シャリアにソフィーの二人の祖先がこの地に連なる存在だったとして、また巫女と呼ばれる血筋だったとして――――。

 氷の神殿の存在意義が、わかりかけてきた気がする。



『山の主の力を利用しようとした古き民がどうして残ってないのかなって、ずっと考えてたんだ』


『私もよ。だけどこれでちょっとわかった気がしない?』


『……ああ』



 大陸を自分たちの手にしようとした者たちは、この地で滅びた。

 だが、ここに住んでいた種族の末裔であるシャリアとソフィーに声を届けたことから、山の主の力に残された意思は二人に強い敵意を抱いていない。

 そこから予想できることが、一つだけある。



『巫女って呼ばれる人たちと、山の主の力を利用したかった人たちの考えは違ったのかもしれない』


『ええ。巫女は山の主をそれこそ神のように崇めていたけど、その力を利用したかった人たちがいて、ここで争ったのかもね』



 だから滅びた。

 あの二人のような存在は生き延び、大山の近くに村を構えたのかも。

 そして、こうなると思いつくことがさらに一つ。



『利用した奴らは、当時滅びたもう一方とよく似てる』


『ふふっ、その末裔だったらどうする?』


『少なくとも、いい気分はしないかな』



 村娘二人が石に手を添え何かの意思を感じ取る。二人を案ずるように近くに立つクリス。

 三人を前に、アインが深く呼吸をした。

 理由も経緯もわからない。けど、



「助けてほしいって言ってる相手を、無視する気はない」



 生来の英雄というと仰々しいかもしれないが、それがアインらしくもある。

 彼もまた、石に向けて手を伸ばした。



 ――――石に触れた瞬間、彼は眉を顰め、この地下へ木の根とツタを這わせた。

 それらは瞬く間に辺りへ伸びていきながらシャリアとソフィーを引き寄せ、倒れていた者たちのことも縛って持ち運ぶ。



 すぐにクリスが異変を感じ取り、ディルもまたアインのすべてに応じた。

 ツタが、木の根が、あっという間に上へ上へ伸びていくのに連れて山の主が埋め込まれた石が遠ざかる。これには村娘二人が驚嘆するとともに、山の主の声のことを思い「待ってください!」と叫んだ。



 アインとクリスは木の根を足蹴に駆け、ディルが周辺を警戒する。

 そうしながら、村娘たちはツタの力を借りて上へ上へ向かいながら、



「殿下! 声がまだするんです!」


「わかってる! でもシャリア、あそこでゆっくりしてる時間はなかったんだ!」


「時間がなかった……!?」


「ああ! すぐわかる!」



 下を見れば、これまでになく眩い閃光が波のように駆け巡っている。

 アインたちを追って上へ向かってくるのが見て取れる。あのまま地下にいたらどうなっただろうと思うだけで、村娘たちはぞっとした。



『アンデッド化しかけてるわ』



 シャノンがアインに告げた。

 穏やかな眠りについていたはずなのに、悪しきことを考える者たちのせいで様子が一変。

 アインは生ある者がアンデッドと化す場に出くわしたことはないが、これが普通のそれではないことはすぐにわかった。



 元より命はなく、頭部のみ石に封印されていた存在なのだ。

 それが不幸な形で、新たな魔物として生まれようとしているのなら――――。



「……気に入らない」



 助けを求めていた存在が、いままさに存在を変えようとしている。

 虫唾が走り、筆舌に尽くしがたい怒りが生じつつある。アインはそれらの感情に苛まれながら、しかしシャノンが告げた言葉のことを思い返す。



「クリス! アンデッド化はどうすれば止められる!?」


「アンデッド化は進化の一種です! ですから、そのために必要な魔力をはじめとした力をなくしてしまえばきっと……っ!」


「よかった! じゃあ俺の得意分野だ!」


「ですが、魔石がどこにあるかわかりません! アンデッドも進化するときは魔石が大きく影響を受けますから!」


「大丈夫! もう探してるから!」



 魔石ならアインが気配を探ればいい。

 もうすでに意識を大山へ繊細に張り巡らせていたアインだったが、



「なんだ――――これ」



 特定の……存在感が何より強い魔石を探してみて、その存在は見つかった。

 しかし、こんな状態になっている魔石の気配はいままでにない。

 通常の魔石はその形状が様々ながら、多くは宝石の原石のようだったり、磨き上げられた宝玉にも似た見てくれだ。



 アインが見つけた気配はそのどれとも似つかない。見てもいないのにそう感じたのは、魔石の気配があまりにも広範囲から感じ取れたからだ。



 まるで砂のように細かく変貌し、大山の地下へ流れる水のように揺蕩っている。これでは魔石に流れていく力を止めようにも、止められない。

 これが山の主の生前の生態なのだと言われればそうなのかもしれないが……。



「っ……考えるのは後だ!」



 いまはこの状況を打破するだけでいい。

 仮にそれだけを思うなら、アインがこのまま大山に向けて力を使えばいい。それはきっと一瞬だ。数ある力を思いのままに吸い取り、自身のものとするだけで済む。



 だが、シャリアとソフィーが聞いたという山の主の声が気になる。

 アインに対しても敵意らしい敵意が届かないことから、アインに聞こえない声で騙しているわけでもないだろう。

 それが故に、アインはこの後すべきことに悩んだのだ。



 見知らぬ魔物の声。悪しき存在に手を出された魔物の声。

 どう言葉にしてみても、ここで苦労することの意味を見いだせる人物はきっと多くない。ただアインが、ここでその意味を見出せる少数派だったということ。また、クリスとディルもその気持ちに寄り添える者たちだった。



 入るときはあんなにも時間をかけて地下へ向かったというのに、すでに氷の神殿の入り口付近の高さまで戻っている。

 アインはそこで、



「ディル! 二人の傍にいて! それと戦艦に地下でのことを報告して、捕縛してる奴らも預けてきてほしい!」



 すると、すべてを悟ったディルが動く。

 振り向けば氷の神殿の入口へ向かう回廊がつづくそこで、アインはクリスのみ隣に残した。



「アイン様! お二人はどうされるのですか!」


「ここから山の主の力が漏れ出さないように止める! クリス! 無理しない程度でいいから!」


「はい!」



 敵の力が迫る中、それでも隣においてくれるアインに応えたい。

 アインが何より自分の隣のほうが安全であると思っていたこともあるが、通じ合った二人だからこそ、多くのことを語る必要はなかった。

 クリスが周囲の気配を感じ取る力はアインに負けじと鋭い。いまこそ彼の傍にいるべきだろう。



 ……でも、これじゃ山の主のアンデッド化が止まるわけじゃない。



 お人よしかもしれない。自己満足なのかもしれない。

 それでもアインは、助けを求める山の主の意思を無視できないままに考えた。

 巫女……そう、巫女だ。移動をつづけながら、巫女の末裔と思しきシャリアとソフィーの存在を思い、彼女たちだけが声を聞けることを頭に浮かべた。



 ……もしかすると、彼女たちの歌があれば。



 それが巫女の力なのなら、山の主の力を抑えられるかも。

 そうすれば、おのずと魔石へ流れ込む力の本流も遮ることができて、山の主の頭部に残された力がアンデッド化することもないかもしれない。



 けれど、この仮説をどうにかするには歌が必要になる。

 ガルト言語で書かれた歌詞を読めるのは、シャノンだけなのだ。



『読み方くらいいくらでも教えてあげるから、新しい歌を探して!』



 それがいまできることだと思い、アインは「ありがと」と呟いてディルを見た。



「二人を連れて神殿に見てない文字がないか探してきて! 見つかったら俺に教えて!」


「はっ!」



 アインとクリスがすることは変わらず、最下層から湧き出るようにこちらへ向かう力をすべて弾くのみ。

 波のようだった雷光はまさしく紫電のように迸りながら音を立て、先日の夜見たのに似た、山の主の姿かたちを模している。

 それは黒い雷までまといはじめ――――頭部は石に封じられていた山の主だ。



 外へ向かうツタと木の根。

 また走って神殿へ歌詞を探しに行った三人の気配を感じながら、アインとクリスは大空洞に現れとぐろを巻くようにこちらを見やる龍と見を合わせる。



 山の主の頭部に宿る瞳はとうになく、雷の塊が収まっていた。

 いくらここが巨大で広大な地下空間への入り口だとしても、本来の山の主はもっと大きかったのだろう。頭部の大きさからそれが明らかだが、身体なきいまは、完全にアンデッド化するまでこれ以上の身体を得られない。シャリアとソフィーに語り掛けていたときのような意思は、アンデッド化しつつあるせいで鳴りを潜めているようだ。



「前に、カインさんも言ってたっけ」



 アインが苦笑して、クリスはそんな彼と顔を見合わせた。



「目的もなく勝てばいい戦いほど楽なものはないって。敵を屠る以外でしか得られない勝利こそ、何より得難いってさ」


「ふふっ、私もそう思います」



 だから、敢えて加減せざるを得ない戦いこそ厄介なのだ。

 それは暴食の世界樹にできることは限りなく多く、常人の理解が追い付かない領域にあるからこそ。

 咢を大きく震わせて離れた強烈な閃光。直径十数メイルもありそうな巨大な雷がアインに、クリスに解き放たれるも、アインが黒剣を一振りするだけで魔力の粒へと返す。



『――――!?』



 驚く山の主へ、アインが何度目かわからない苦笑を向けた。



「……これは、貴方に安らかに眠ってもらうための戦いだ」



 英雄の慈悲は、ここにもある。

 歌はきっと、まだ氷の神殿に残されているはず。


今日もアクセスありがとうございました。

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