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魔石グルメ ~魔物の力を食べたオレは最強!~(Web版)  作者: 俺2号/結城 涼
第二期イシュタル統一物語:五章 エルデリアという都市で。

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再びのシャノン先生のお話と、氷の迷宮。

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旧魔王領編のクライマックスを、どうぞよろしくお願いいたします!



 狩りの後ではじまった会議も終えた頃には日が傾き、夕暮れには雪を踏み固めた地面の広場に大きな焚火が設けられた。

 近衛騎士は特に野営の術にも長けている。

 ディルとともに王都からやってきた増援が、瞬く間にこの場をちょっとした集会場に変えてしまう。



 山の主が現れた翌日だというのに、このようなことをしていてよいのだろうか。

 村長をはじめとした村人が幾人か心配そうに近衛騎士たちを見ていた。ある近衛騎士がそんな村人の視線に気が付いて「おや?」と。



「どうかなさいましたか」



 イシュタリカは大国である。

 国に限らず貴族に仕える騎士もおり、中には横柄な態度の者もいた。

 けれど、城に仕えている者たちにその様子は一切ない。近衛騎士ともなれば特にそう。外で情けないふるまいをすることは王室の顔に泥を塗ることそのものだった。



 村人たちは先日から騎士と話す機会に恵まれたこともあり、いまなおこうした事実に驚いていた。



「ワシらにはよくわからんのですが……」


「そ、そうとも! 騎士様たちのおかげで有難いことばかりですが、いいんですか!? 山の主が姿を見せたばかりだというのに、こんなことをしていて……」


「それならご心配なく」



 近衛騎士がさも当然と言わんばかりに。

 村人たちは近衛騎士の顔に笑みすら浮かんでいたことに新たな驚きを覚え、口を半開きにしながらつづきを待った。



「ここには殿下がいらっしゃいますので。殿下が皆に撤退を命じておられないのなら、我らが恐れることはないということです」


「じゃ、じゃが……」


「心配になるのも無理はありませんが、本当に大丈夫ですよ」



 近衛騎士の優しげな笑み。



「殿下がいる状況で何か壊滅的な被害を被ることがあるとすれば、それはイシュタリカのどこにいても同じ状況です」



 ――――という騎士と村人たちの会話をアインが聞いていた。

 話をする者たちがいる場所の近くに設けられた、野営用のテントの裏側で。



「村人が言ってることって普通のことだと思うんです」



 隣にいたクリスが言った。



「そこはほら、クリスはもう慣れてるけど俺だからしょうがないというか……」


「ええ。わかってますよ。そういうところも好きなんですけど」


「……クリスってさ、不意打ちは弱いけど自分から言うのは大丈夫だよね」



 だが、



「前にも言いましたよね。改まって指摘されると照れ臭くなるので、それは勘弁くださいって」



 つい冷静に分析してしまったことをアインはクリスの照れた顔を見て満足したのか、彼女の頭をぽん、ぽんと軽く撫でた。

 二人がテントの影にいた理由だが、こんなところで密会していたからではない。ここがちょうど大山を見上げられる場所だったからにすぎなかった。



「もー、頭を撫でれば流せると思ってます?」


「別にそういうのじゃないよ」


「……そうですか」



 撫でたくなったから撫でただけなのだが。

 純粋な事実として、クリスは嬉しそうにしていたからそれはそれでいいのだろう。

 二人が改まって大山を見上げたのは、それからだ。



 アインの手元には村長から借りた大山とその周辺の地図がある。

 しかし、ソフィーとシャリアと話したときにわかったことなのだが、大山に一歩足を踏み入れると、そこから先は自然が生んだ氷の迷宮。ただの山ではない。



 ついさっき終わった会議でも聞いたが、樹氷や降り積もった雪に、長い年月を経て幾層にも重なった氷の地面の中にも道があり、調査するといっても進める道が多すぎた。



 広げられた地図にはそれらの詳細がないのだが、村娘二人組が地図に知っている道をいくつか地図に直接書き込んでくれたから、確認しながらクリスと話せた。



「わざわざ地上から探索に行く必要はなさそうですね」


「俺もそう思う。別に一番下から登山しなくても、途中まで飛行船で行って下りるつもり」


「そうなっちゃっても、目指すところはここですよね?」


「あってるよ。まずはそこにいって――――」



 二人が地図上で見たのは、大山の中腹付近だ。

 切り立った山肌に囲まれた中腹には昔、ラミア族が作った氷の神殿があった。

 村娘たちが言うには、神殿の奥には泰山の中心部へ通じる道が隠されているそうだ。



 しかし、彼女たちは神殿まで行ったことすらない。

 いずれも村に話が残されていたという事実だけ。

 大山は中腹に向かうことで精いっぱいなほど広いし、そこまで広がる氷の迷宮も、さらに奥へ広がる氷の迷宮も考えれば二人には荷が重すぎた。



 氷の神殿は村人たちも足を運べるような場所じゃない。

 戦える異人種の村娘二人だから行けただけで、この辺りで比較的強い魔物が現れる地域の手前までだ。

 今回の案は、彼女たちが行ったことのある場所を空から視認し、余計な登山を避けるために空から向かうというもの。



 人選はアインにクリス、増援もといカティマからお目付け役として送られてきたディルに加え、ソフィーとシャリアの二人だ。

 彼女たちが足を踏み入れたことのない場所でも、周辺の地形などへの理解は深い。

 氷の迷宮・リオール・ファラへの理解もあることから同行を申し出た。



 二人が大山を見上げて話していると、



「失礼いたします」



 ディルが金色の鬣を揺らして二人を訪ねた。

 その手には一枚の紙があった。



「ご確認ください。飛行船の乗組員からの報告です」


「ありがと。――――ああ、やっぱりか」



 報告書に書かれていたのは、大山周辺の気候についての意見である。

 標高が低い箇所であればあまり問題にならないのだが、アインが向かおうとしている中腹付近は風のほかに空気中の魔力が濃く、飛行が安定しない可能性があるそうだ。



 とはいえ、若干でしかなく危惧すべき可能性とまでいかない。

 これが大型船なら別だったのだが……。



 けれどアインは、そうした小さな可能性も嫌っていた。



「みんなには空気が安定してる場所までにするって伝えておいて」


「では、中腹より下にて降りられると」


「そ。無理して事故にでもなったら目も当てられない。そうなるくらいなら、俺が一人で乗り込んだほうがいい」


「はっ」



 ほとんどのことを一人でできてしまうアインだから言えることだった。

 下手なことをするくらいなら俺が一人で行く、という言葉は彼の嘘偽りのない本心であり、彼がそう言ったときの凛々しくも覇気に満ちた横顔はクリスに彼らしさを感じさせた。



 そして、



「……あっ、いい匂いがしてきた」



 これも彼らしい。

 日中に行われた狩りで得られた魔物の肉を焼く、香ばしい煙がここにも届いた。

 狩りや会議つづきの影響で、朝ご飯以外に何も食べていない。

 思い出したように腹が空いたアイン。



「ふふっ」



 とアインに向けてほほ笑んだクリスだったが、彼女もアインと同じ。

 朝食以外に食べていなかったから、相当腹が空いていた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 夢の中だ。

 現実世界のアインと同じで二人がいた場所は飛行船内部にあるアインの部屋なのだが、窓の外は光る霧に満たされここが現実ではないと教えてくれる。

 アインは窓の前にある椅子に座ったシャノンの声を聞き、目を覚ましたところだった。



「夢の中で目を覚ますって表現、言葉として変かな?」


「誰がどう思ってもいいじゃない。私にとっては素敵な表現だけど、それじゃダメ?」



 シャノンは椅子に座りながらアインを振り向いて問いかけた。

 艶やかな赤い毛がたわみ、そして彼女の豊かな胸元へすっと降りた。



「じゃあいいや。それでさっき何か話しかけてたと思うんだけど、なんて言ってた?」


「リオール・ファラのことよ。ラミア族ってただでさえ数が少ないから、村があったなんてはじめて聞いたわ」


「珍しい。シャノンなら知ってそうな気がしたんだけど」


「私だって何でもは知らないわ。旅をしていて偶然知ったことか、争いになったから知ることになったかのいずれかだわ」


「……後半はすごい剣呑だから置いとこうかな」


「ふふっ、聞いてくれてもいいのに。どれくらい時間がかかるかわからないけど、全部話してあげるわよ?」



 内容そのものは気になるが、シャノンの艶めいた口ぶりが蠱惑的に過ぎた。

 大人びておりながらその成り立ちから子供のような口調や仕草もときにしてみせる彼女は時折、いまみたくアインを挑発するように言ってみせるのだが、こういうときは甘えているときである。

 アインが「考えとく」と言って対面に座れば、シャノンはテーブルに肘をついて上半身を乗り出し、



「いまの言葉、忘れないから」



 まるで言質を取ったと言い換えられる返事をして、上機嫌にほほ笑んだ。



「私、リオール・ファラのことははじめて聞いたけど、その名前をつけた種族のことなら知ってるわよ」


「ラミア族を知ってるってこと?」


「ううん。正確には、あの山に住んでたラミア族たちのことかしら」


「普通のラミア族じゃないような言い方だけど、あってる?」


「ええ。きっとっていう言葉がついちゃうけど」



 シャノンがそれはもう聞いてほしそうにしていた。

 いま、私は貴方が聞いてくれることを待っている――――と期待感を帯びた視線をアインに送り、アインがその視線に気が付いていることまでわかっていた。

 ついでに、わかってくれたアインがどのような返事をしてくれるのかも楽しみに。



「気になる?」


「そりゃ、もったいぶられると」


「じゃあ、知りたい?」


「……うん。知りたい」



 素直に知りたいといえば「よろしい」と言ってシャノンが二度目の可憐な笑みを浮かべた。



「あのね」



 テーブル越しにより顔を寄せて。

 上半身をさらにテーブルの上でアインに近づけ、彼を誘うかのように。



「そのラミア族には、神様(、、)がいたんですって」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 翌朝、まだ明るいうちに村の近くから飛び立った飛行船の中で。

 見る見るうちに近づく大山を、一行がブリッジにある大きな窓から眺めていた。

 ブリッジに置かれた大きなテーブルは普通のものではなく魔道具で、ガラス板のようなものに光で地図を映し出していた。

 そこで騎士たちが最終確認をしている間に、アインはシャリアに話しかけた。



「一泊する予定だけど、本当に平気?」


「大丈夫です! お忘れですか? 私とソフィーは王都までほとんど徒歩で行ったんですよ?」


「そうですそうです~。野営なんていまさらですよ~」


 

 つらいことを思い出させてしまったと思ったアインが苦笑して、咳払いを挟んだ。



「野営用の魔道具をたくさん持ってきたから、ゆっくりできると思うからさ」


「そうなんですか?」


「うん。昨日までいてもらった仮拠点と同じくらいにね」


「……あれと同じくらい……?」



 シャリアがソフィーと顔を見合わせて思い出した。

 騎士たちが作ったのは仮の拠点なのだが、貧しい村で生まれ育った二人にとっては、その拠点でも高級宿に等しかった。

 だというのにもかかわらず、大山でも似た環境を作り出せる?



「すみません。よくわかってません」



 本音を漏らしたシャリアの横でソフィーが何度も深く頷いていた。



「道案内をしてくれる二人に苦労してほしくないってことだよ」


「あ、え、えっと……ありがとう、ございます?」


 

 道案内といっても中腹付近からになるので、シャリアの知識が及ばないところのほうが多いというのに……。

 周辺を歩き回った経験を少しでも活かせたらと思い同行しているが、王太子にこうも言われると背筋がかゆくなるどころか、油断すると膝を折って頭を下げてしまいそうになってしまう。貧乏な村育ちゆえの腰の低さというか、なんというか。



「下半身が蛇なので膝を折ることはないのですが……!」



 アインははじめて聞く表現に一瞬だけ面食らってしまった。



 飛行船が泰山の中腹よりやや標高が低い山肌に近づいたのは、さらに十数分後。

 遠くから見ていたときと違い山肌の近くは風が強くて、飛行船の扉を開けるとこれまでにない冷たい風がアインの全身を撫でた。



 しかし、冒険者の町バルトほど寒くない。

 冒険者の聖地とも呼ばれるあの地は大陸イシュタル内でも特に寒い地域であると知られており、この大山にも勝っていた。

 ついでに現れる魔物の強さも。



「――――見たことのない景色です」



 アインより早く大山に降り立ったディルが言った。



 氷の迷宮を意味するリオール・ファラ。

 数えきれないほどの樹氷。多くの地面は海色に凍り付き、割れた後に幾層も重なったことで生み出された複雑な模様が希少な鉱石にも似ていた。山肌をなでる強風が作り上げた雪の壁がいつしか氷へと変わり、いくつもの道を立体的に作り出す。



 それが、リオール・ファラ。

 ラミア族の古い言葉が意味する通りの場所。



 飛行船はアインの指示によりすぐにこの場を離れ、村人たちが避難した仮の詰め所へ戻っていく。

 降り立った各々が小さな鞄を背負っていた。小さくも魔道具をはじめとした便利な品を数多く詰め込んでいるので心配はない。

 アインはディルの声を受けて周囲を見回して、層を重ねるように凍り付いた地面に触れた。



(見た目以上に魔力が流れてる)



 アインが紛い物と称した山の主に、氷の神殿や地下資源のことも。

 まずは中腹へ向かい、氷の神殿の存在を確かめる。そこでアインの考えが正しかったのか確かめればいい。入り組んだ氷の道は進むのが大変そうだが、空からも地形を確認しているから必ずしも苦労するわけではない。



「アイン様、私が先導します」



 と言ったディルにシャリアが慌てて、



「で、では私はこのあたりの説明をいたします!」


「ああ、頼んだよ」



 金色のケットシーは以前にも増して凛々しく言い切り、皆の返事を聞いてから歩を進めた。



「中腹まで五時間もあれば到着できるでしょう」


「ん、りょーかい。魔物もだけど、滑落しないように気を付けよう」


「そうですよ殿下~。もし山の主が出たらって思うと~……」


「大丈夫だよ。昨日も話したけどそっちは心配しなくていいから」


「アイン様、アイン様」



 確信めいた声音で言ったアインを二度呼んだクリス。金糸を想起させる艶やかな髪を、真っ白なふわふわの帽子の下で風に揺らして彼を見上げた。

 明らかな懸想の念を、村娘たちはどこか尊く思わされた。



「もう少し丁寧に説明して差し上げたほうがいいと思います」



 するとアインが「確かに」と応じた。



「霧の奥に見えた山の主だけど――――」



 昨日までと違い、アインは紛いなどということはなかった。

 もう、間違いないと言い切れるだけの気持ちになっていたし、十分整理することができた。自分だけの意見で決めたわけではなく、クリスにも印象を聞いて二人でいたった結論だ。



「あれ、魔物じゃないよ」


「え?」


「ふぇ?」



 訳がわからず言葉を失った村娘たち。

 間の抜けた声のあとはきょとんとしながらつづきを聞いた。



「実際に俺の目で見るまで断言することはしたくなかったから村長には伝えてないけど、騎士たちにはちゃんと話してる。あれは多分魔法だと思う。雷の魔法で龍みたいな魔物を模してただけだ」


「ど、どうしてそう言い切れるんですか!」


「はい~……あれだけで判断するのは難しいような……」


「説明するのは難しいんだけど」



 でも、言い切れる。

 だって山の主と呼ばれた存在の影は、飛行船にいたアインを恐れることも、また敵視するようなこともしなかったのだ。

 霧の奥で存在を露にしただけで、魔王に何一つ行動を起こしていない。



「強大な魔物であれば、必ず見せる反応がなかったんですよ」



 クリスが細くするように告げた。

 これまで強大な力を持つ魔物はいずれもアインに対して何らかの反応を示した。魔物ではないが、神族だった巨神ヴェルググだってそうだったのに、アインに言わせればたかが山の主程度が一切の反応を示さないことが不思議でならない。



 つまり完全に敵意を持たない魔物であるか、そもそも魔物ではないかだ。

 前者は現状からあまりにも考えにくく、アインははじめから選択肢から外している。



「じゃあ、山の主って呼ばれてる存在って……」


「今回はそれを確かめに来たんだ。――――まぁ、エルデリアの権力闘争関係だろうけど」



 最後の言葉はあまり聞こえなかったのか、シャリアは小首をひねっていた。



「地下資源を餌にしていた魔物がいるって話とか、昔、このあたりに住んでいたラミア族の神だった存在とかも繋がってそうな気がするんだよね」


「ところでアイン様、私はラミア族の神などという話を聞いておりませんが」



 ディルが言った。



「……あー」



 ただでさえ情報が少ないのにアインがどこでこの辺りの過去の話や、ラミア族の信仰について知ったのか説明することはできず、彼は苦し紛れにシルビアをのことを思い浮かべた。



「シ、シルビアさんからそんなラミアがいたって話を聞いたことがあるからだよ」


「なるほど。だから関係あると思ったのですね」


「そういうこと。だからクリス、別に黙ってたわけじゃないからそんな目で俺を見ないで」



 横で聞いていたクリスがじとっとした目つきを向けるも、それすら綺麗とか可愛らしいという言葉が浮かんでくる。



『シルビアも知ってると思うから、全部嘘にはならないかもね』



 アインの頭にシャノンの声が響き渡った。

 これなら王都に帰っても不都合は生じなさそうだから、ひとまず落ち着ける。

 気を取り直して歩きながら、



「ですけど王太子殿下~」


「ん? なに?」


「山の主が偽物だったとして、氷の神殿の奥に昔ラミアが神って崇めてた魔物がいたら……」



 するとアインが、



「そのときは、俺がどうにかするよ」



 決して軽く言ったわけではない。

 優しげな笑みを浮かべながら言った彼からは、この人なら絶対に守ってくれる――――という強い説得力が伝わってきた。



 ……地下資源が本当にあって、それを勢力拡大に利用したい奴らがいたとして。



 また、新たなつながりが見えてきた気がする。

 アインは氷の迷宮という美しい景色を前に、白い息を深く吐いた。



今日もアクセスありがとうございました。

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