秋の夜の一幕に。
先日、コミックス最新8巻が発売しました!
ついに突入した旧魔王領編をどうぞよろしくお願いいたします!
また『物語の黒幕に転生して』も先月コミックス2巻が、今月17日に原作3巻が発売となりますので、何卒よろしくお願い申し上げます!
夜、イシュタリカでこれ以上はない巨大建造物、王城の中で。
セイレーンのソフィーと、ラミアのシャリアの話を聞くといったのはアインだったが、この日の夜は偶然にもシルヴァードも余裕があった。
「ふむ、そういった話なら余も聞こう」
一足先に少しだけ話を聞いていたカティマとマジョリカから事情を聞き、迷うことなくそういったシルヴァードが周囲を驚かせた。
実際、次期国王のアインが出てくるだけでも大ごとなのだ。
あくまでも今宵の話し合いの場はアインの厚意によるものだった。
――――そんなことを田舎からやってきた少女たちは何も知らず、場内の小部屋で喜んでいた。
しばらくそうしていたら、
「失礼いたします」
給仕マーサの一番弟子とも呼ばれている少女、メイ。
まだ幼い見た目の彼女ではあるが、今年からは城内での生活に留まららない。
マーサをはじめとした給仕たちに加え、ウォーレンの助言もあって、今年から学園都市にある学び舎に通い、同年代の少年少女たちと学問にも励んでいた。
そんなメイは魔法都市イストからやってきたときと違い、給仕としてより洗練された受け答えもできるようになっていた。
気の知れた相手にはまだ幼さも垣間見せるが、客人の相手は問題ない。
師を務めるマーサも、外に出して恥ずかしくない給仕に育ったと言うくらいだ。
そんなメイが訪れたのを見て、
「あ――――は、はい!」
シャリアが柔らかいソファに座ったまま姿勢を整えた。
両肩なんてかちこちに強張らせた彼女が、自分とあまり年齢が離れていなさそうに見えるメイに目を奪われる。
「……都会ってやっぱりすごい。私とそんなに変わらない子に見えるのに」
「シャリア、静かにね~」
城内にいるだけで緊張してしまうのに、まるで自分たちと住む場所が違うように見えるメイの姿に、憧れのような視線を向けてしまった。
するとメイはその視線に気が付き、心の中で苦笑。
決して顔に出すことはせず、
「こちらへどうぞ。陛下、並びに王太子殿下がお待ちです」
もちろん、耳を疑った。
ただでさえアインと話せる現実が非現実に思えていたというのに、どうして自分たちが知らない間に国王陛下が? 気持ちの整理がつくはずもなく、少女たちは困惑。
けれど、メイが申し訳なさそうに「陛下がお待ちですので」と急かし、少女たちを立たせた。
部屋を出て廊下を歩きながら、今度はソフィーが疑問を口にする。
「あの~……先ほど陛下って仰いましたか~……?」
「はい。そのように」
「……できれば、もっとご説明を~」
「失礼しました。――――陛下もカティマ様から少しお話を聞かれたようで、急遽、同席されることになりました。ウォーレンさ……宰相閣下もいらっしゃるそうです」
他国が謁見を求めようと、それほどの人物が顔を揃えることはあまりない。
それなのに、いったいこれはどういうことなのか。
◇ ◇ ◇ ◇
夜の謁見の間は日中と違った荘厳さが漂う、大貴族でも緊張してしまうような場だ。
城に住まうものは慣れていたが、田舎から出てきて間もない少女たちにとって、別世界どころかまるで神界のような神々しさすら感じてしまう。
彼女たちは終始緊張して、問いかけられたことに何とか答えていたくらい。
会合が終わり、謁見の間に残った一同が。
「不正でしょうなぁ」
まずはウォーレンが言い、
「うむ。間違いなく不正でしょう」
ロイドがつづき、
「早く調べておかないといけませんね。お爺様」
アインが玉座に座ったシルヴァードを見て告げた。
皆、玉座を囲むように立っている。
話を聞くシルヴァードはこれまで閉口したまま、玉座の肘置きに肘を乗せ、目を伏せ何かを考えていた。
やがて開眼し、口を開いた彼がまずはため息。
「誰もが清廉潔白である世は不可能だと、余の父も申しておられた。しかしこう、事実として浮き彫りになるとため息が出る」
「そういうものですよ、陛下」
「なるほど、ウォーレンもそう思うのか」
「当然のことかと。数百人程度の人しか住んでいない村ですら、犯罪を犯すものは必ず現れる。イシュタリカほどの人口と規模を誇りながら、大犯罪が数少ないのは十分なこと。気に病まれることはないでしょう」
「このロイドも同じ思いです。むしろこの状況のほうが自然でしょうな。重要なのは、怪しきが浮き彫りになった際に我らがどう動くかかと」
ロイドの正しい言葉が皆の胸に響き、それを再確認。
確かに、成すべきはどう動くかに尽きた。
「俺が行きますよ」
いつものように、さも当然と言わんばかりにアインが提案。
「俺が視察ってことで足を運べば、割とすぐな気がします」
「いえ、今回ばかりはそう簡単にはいかないかと」
「ウォーレンさん?」
「お考えくださいませ。今日まで多くの情報を伏せたまま不正をしていた。となれば、アイン様が足を運ばれただけでは足りません。隠しきれる自信があるか、誤魔化しきれる自信があるはず」
仮にアインが行っても、いずれ同じことになるだろう、と。
そこで、イシュタリカに尽くしてきた赤狐の提案だ。
「たまには、私も遠出致しましょう」
ニヤリと笑ったロイドにシルヴァード。
彼らはつづきをウォーレンに託した。
「誰か」
ウォーレンが呼びかけると、謁見の間の外から近衛騎士が足を運んだ。
「お呼びでしょうか」
「レオナード殿へ至急連絡を。私は近いうちに王都を開けますから、その間、私の執務室を預かるようにと告げてください。詳細は明日の朝一に会議をすると添えていただければ問題ないでしょう」
「はっ」
近衛騎士がすぐさま謁見の間を後にする。
ウォーレンが「さて」と。
「不正の件は私が。ただ、せっかくアイン様も行かれるのなら、アイン様にご自由に動いていただいてもいいかもしれません」
「じゃあ、俺が優先するべきは視察かも」
はは、と苦笑いを浮かべて。
「俺は全部自分でやらなくちゃ! って動くことも多いですが、それだけだとよくない気がして」
なのでやってきた二人の村を訪れ、村民の話を聞いたりする。
これまでの活躍と違い、より民に寄り添うような行動もしたいと思った。
すると、
「おお」
シルヴァードが感嘆してアインを見ていた。
「余は感動したぞ、アイン。まさかアインの口からそのような言葉が――――ああいや、これまでが皆無だったとは言わんが、率先して出てくるとは素晴らしい。その通りだ。いまアインが口にしたことも、王となる者として重要なことである」
「でしたら、不正回りの調査は私にお任せを。アイン様はご視察をされるということで、エルデリア近隣の村々をはじめ、周辺に住まう人々にお会いになるのがよいでしょう」
エルデリア周辺の街道整備などが予定通り進んでいないということも話題に出たのは、そのあとのことだった。
急激な発展による副作用というが、アインは頭の片隅にそれを置く。
また、すぐに銀髪の男のことも話題に出た。
この話も無視されていたわけではなく、単に不正と別々の話として扱われていただけだ。
こちらもグラベル港の見本市以後、動きがなかったはずがなく……。
話し合いが終わってから、アインも謁見の間を離れたところで。
「ニャ!」
外にはカティマが一人で待っていた。
「あれ、カティマさん。まだいたんだ」
「……ニャニャニャ? そんな寂しいことを言う甥っ子だったかニャ……?」
アインは自分の言い方が悪かったことに気づき、ばつの悪そうな顔を見せた。
「ごめん。カティマさんさっき、あの二人をマジョリカさんの店に送ってくるって言ってたから、そのまま屋敷に帰ったんだと思ってた」
「それはさすがに無責任なのニャ。私がいない間、どんな話をしてたのか聞いておかないと駄目なのニャ」
軽いいつもの調子に見えても、締めるところは締めるあたりがカティマらしい。
二人は肩を並べて、城内を歩いた。
壁一面に並んだ窓の外。夜空に瞬く星々の明かりで、この日の天球は蒼が混じる美しい夜空だった。
「今度はエルデリアへ出張ってわけニャ」
「これまでと変わらないよ。俺にできることがあるから行ってみるってだけ。今回は大部分の仕事をウォーレンさんに任せて、俺はほとんど視察って感じじゃないかニャ」
「ま、たまにはそういう時間も大切ニャ。ところで、どうしていま私の真似をしたのニャ?」
「なんとなく」
「……アインはたま~に、虚を突くように妙なことをしてくるのニャ」
途中から雑談をはさみながら、現段階で決まったことを共有する。
やがてカティマは王妃ララルアと話してから帰るといい、アインと別れた。
同じ階を歩いて、自室に向かったアイン。
中に入ると、彼の帰りを待っていたクローネとクリスが楽しそうに話をしていた。
「賑やかだけど、どうしたの?」
「あっ、アイン! クリスさんが楽しそうなことを話してくれたの!」
「へぇー、どんなの?」
アインはクローネに誘われるまま、彼女とクリスが座ったソファの背もたれへ近づいた。
背もたれに両肘を預け、彼女たちの間から様子を窺うように。
するとクローネがクリスに目配せをして、つづきを話してほしいと促した。
「いつか農村とかを視察して、畑を触ってみたいって言ってましたよね?」
「あー、言ったことがあるような気がするけど……えっと、それが?」
「アイン様が畑を作ろうとしたら、農耕用の魔道具や魔物がいなくても簡単に畑を作れそうだなって」
「クリスさんがいたエルフの里でも魔法は使ってたみたい。だけど、アインならもっと早くできるかもって話してたのよ」
「……つまり、力業?」
そう、と美玉たちの弾む声が重なった。
「それを言ったら、ロイドさんたちだって強引に土を耕せるよ」
「おっしゃる通りなんですが……アイン様の力があれば、痩せた土も豊かになりますもん」
「そりゃ、最近の肥料にも負けない自負はあるけどさ」
土の中を豊かにする力にも自信があるのか、アインが最新の肥料を引き合いに出して強がる姿が、彼女たちはおかしくて笑ってしまう。
「話を変えて悪いんだけど、さっき話が終わってさ」
彼女たちにも、どういうことになったか話しておかなければ。
話を聞いたクローネはアインらしい、と笑う。
だが、アインの話はそれだけでは終わらず、
「黄金航路の元相談役のことも気になるしね」
グラベル見本市にて、あの銀髪の男が何らかの興味を示していた――――ものに関連していると思われるのが、セラが気にしていた技術の展示だった。
それらが使われている場所が、エルデリア。
セラについてのことはどうしても説明できなかったから、アインは自分がグラベル港で銀髪の男らしき存在を目撃した、ということにして皆に共有していた。
なので、それも踏まえて話を進める。
見本市の後からも動いていたが、アインも直接動けるのならよりよくなる可能性が高く、セラが関わっているのなら彼にとっても視察の名目で足を運べるのは悪くないかった。
「クリス、一緒に来てくれる?」
「はい! お任せください! ――――そうだ。早速予定を調整してきますね!」
クリスがそう言い、アインの部屋を去った。
しかし、これではクローネがまた留守番になる。
……当然のことではある。おなかに子供がいるのに無理をする理由はいまのところ一つもなくて、けれどアインとしては、仕事つづきで彼女の隣にいられない日があることに申し訳なさもある。
方や未来の王妃。
方や未来の国王。
市井の人々と比べると余裕などほとんどない二人だからこそ、仕方のないことではあったのだが……。
「あのさ、クローネ」
アインはそれを知っていても、忘れていない。
少なくとも、寂しい思いをさせてしまっていることは事実なのだから、そんなのは許せないと彼は思っていた。
だから、ある提案があって話しかける。
「来週はずっと休みにしてあるから、俺が出発する前に一緒にゆっくりしよっか」
「……いいの? アインが忙しいのは私も知ってるわよ?」
「平気だよ。俺が出発するまで時間もかかるから、その間を俺の休みにしただけでもあるし。ほかの人たちに影響はないから、そっちも大丈夫」
しかし、アインが出張することが決まったのは今日のはず。
それなら出張とは別に、今日より前の日のうちに調整したり、仕事を消化していなければ間に合わなかったはずだ。
クローネはすべてわかっていて、嬉しさが募る。
「……もう。私が知らない間に、私より文官としての力も付けちゃったの?」
「まだまだクローネには負けるけどね。というわけだから、来週はそんな感じで」
「嬉しい。でも、クリスさんに秘密はイヤだからね?」
「ああいや、いまの話はクリスからも持ち掛けられてた感じで……俺もそうしたいって思ってたところに、クリスも提案してくれたんだよ。だからちゃんとクリスも知ってる」
いつの間に自分が知らないところで、と不満を抱いたわけではない。
クローネはあまりにも準備万全な状況に、見惚れてしまうような笑みを自然と浮かべていた。
早鐘を打つ胸に手を当て、頬を軽く赤らめる。
アウグスト大公邸ではじめてあったときから何年も経っているのに、あのときから変わらず、初恋に身を焦がす少女のようなことが、ちょっとだけ照れ臭い。
だが、いまはそれだけじゃない。
当時と違って素直に、大胆に甘えることだってできるようになっているのだ。
「ねぇ」
クローネが背もたれ越しにいたアインの頬に手を当て、
「――――大好き」
短く、簡潔に。
これ以上ないくらい真っすぐ伝え、唇を重ねた。
「アインのせいで頬が赤くなっちゃったから、少し冷やしたいわ」
だから、お願いできる?
わざとつづきを語らず、察してほしくて潤んだ瞳で彼を射抜く。
手を引いて、一緒にバルコニーへ行って星が見たい。
クローネが期待していたのはそれだったのだが、
「仰せのままに」
アインはわざとらしく、まるで凛々しい貴族のように。
……実際はそれ以上の立場にあるのだが、彼はソファの手前へ足を運び、クローネの手を引いてエスコート。
こうして、歩きはじめるのだとクローネが思っていた矢先。
ふわっ――――と身体が浮いて、
「え?」
潤んだ瞳も、少し赤らんだ頬も変わらない。
変わっていたのは、少し気の抜けた声だけ。
「え、ってどうしたの?」
「う、ううん……アインに手を引いてもらってバルコニーに行けたら嬉しいって思ってただけなんだけど……」
よくお姫様抱っこと呼ばれるかたちで歩きだしたアインに言った。
もちろん、嬉しい。嬉しくないはずがなかった。
「俺は最初からこうするつもりだったのに、クローネは違ったんだ」
「も、もう……ごめんなさい。私が中途半端に甘えてたのね」
バルコニーの扉はツタを生み出してそれで開けた。
外に出ると、秋の涼しい風が二人を撫でる。
そのままの体勢でアインを見上げたクローネが自分に言い訳。
「……私が初心ってだけじゃないもの」
何度経験してもこの体勢は照れる。
慣れる日が来るとも思えず、いつだってこんな気持ちにさせてくれるアインのことが好きで好きでたまらなかった。
今日もアクセスありがとうございました。
間が空きがちで申し訳ありません……次の話では、アインとクローネがゆっくりと過ごすお話を書かせていただく予定なので、是非またお付き合いいただけますと幸いです。




