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魔石グルメ ~魔物の力を食べたオレは最強!~(Web版)  作者: 俺2号/結城 涼
第二期イシュタル統一物語:間章 グラベル港での出来事

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海の隠れ家とその主が。

「申し訳ありません……」



 深夜、ディルが開口一番謝罪した。

 城内の廊下で、窓の外から注がれる月と星の灯りに横顔を照らされながら。



 話題に出たのは、カティマがアインにした話について。

 アインはディルに黙っているわけにもいかず、こうして密かに顔を合わせていた。

 すでに日付が変わって数時間という夜遅くにだ。



「カティマから聞いておりました。アイン様にこのように話をしてきた……と事後報告ではございますが」


「気にしないでいいよ。というか今回の件については、最後がカティマさんらしかっただけだし」


「と言われますと?」


「カティマさんもたまには前みたく楽しみたいって話のこと。研究テーマとかはまったく問題なかったじゃん? だからさ、カティマさんもディルより先に俺に話に来たんだと思うよ」



 それはそうなのだが、ディルはやはり申し訳なく思っていた。

 彼は左右に伸びたヒゲを弱々しく揺らし、もう一度頭を下げてから。



「寛大なお言葉、感謝いたします」


「ははっ、いいのいいの」



 廊下を歩きはじめた二人は、何となく階段を下りた。

 目的もなしに歩いているうちに、



「少し散歩しよっか」


「はっ。お供いたします」


「ん、ありがと」



 互いに仕事終わりの気分転換として。

 階段を下りる途中で、二人の目が外に向けられた。

 城下町から港へ、日中にはアインが仕事を手伝ったところを見る。



「双子ですね」



 沖で海龍の双子が遊んでいた。

 水を放つエルと、水面に勢いよく跳ねたアル。



「もうすぐ夜明けだから起きたのかな」


「かもしれません。しかし、本当に大きくなりましたね」


「あー……確かに。年々大きくなってるかも」



 ディルの声に頷いたアインが苦笑を交えて。

 二人は双子が海で遊ぶ姿を眺めた。

 それから数分、二人は双子と目があった気がした。



 遠く離れた海にいる双子が優雅にいでいた。

 二頭は不意に止まって何かを見上げる。

 見上げた遥か先にある王城、執務室の窓にいるアインは目があった気がした。水面に首を伸ばし、踊り場の窓にいる二人をじっと見つめている。



(気のせいかな)



 しかし、そうとも言い切れなかった。

 沖までかなりの距離があるのに、双子と二人の視線は常に交錯していた。



「俺たちのこと見てる気がしない?」


「ええ。私もそう思っておりました」



 金色のケットシーが繰り返すように。



「海龍は目がいいそうですから、実際にこちらを見ているのかもしれませんよ」


「へぇー、そうなんだ」


「いかがです? 手を振ってご覧になるのは」



 提案を聞いたアインが双子に向けて手を振った。

 双子は嬉しそうに泳ぎ回り、再び二人に顔を向けた。



「本当にこっちを見てたみたい」


「そのようですね。アイン様と挨拶できて嬉しいようです」



 穏やかな笑みを浮かべて頷くディルにアインが言う。



「せっかくだし、いまから行ってこようかな」


「行くといいますと、港にですか?」


「そ。せっかく喜んでくれてるし、たまには港を散歩してもいいかなって。まぁ……昨日の今日だけどね」


「でしたら私も参ります」


「いいの? 疲れてない?」


「いえ、これくらいどうってことありません。父の訓練に比べればささやかなものです」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 桟橋に二人がやってくると、双子は港を荒らさないよう近づいてきた。

 そして桟橋に大きな顔を乗せる……と壊れてしまうから、乗せる直前で。

 アインに頭を撫でられた双子が幸せそうに低い声を出す。その姿はイシュタリカの歴史に度々大きな傷を残した海龍には見えない。



 アルが何か思い立った様子で泳ぎはじめ、別の桟橋へ向かった。

 そこには王族の船が何隻か並んでいる。それらの船はあくまでも王族専用艦とは違うもので、すべて何らかの式典で使うようなものだ。

 兵器はないが魔石炉は積み込まれている。そんな一隻の船をアルが運びはじめた。



「エル? アルが急に船を持ってこようとしてるんだけど」


『キュウゥ?』


「ああ、エルもわかってないんだ」



 会話を隣で聞くディルが見る。



「あの船、エルとアルが引っ張れるように鎖が付いてる船ですね」


「あれってどうして鎖を付けたんだっけ」


「それならカティマが――――」


「……思い出した。カティマさんが面白がって特製の鎖を作ったんだ」


「はっ。双子も面白がって自分たちが引っ張れる船だと思って楽しんでしまったので、そのままにしようってなった船です」



 あれはあれでいいという結論から、シルヴァードが放置していた。

 海龍の双子とアインたちが海で楽しむためにもいいと思えば、悪くない。

 いまもエルが楽しそうに船を引っ張ってきてるところを見ると、恐らくアインとディルの二人を乗せて沖に出たいと思っているのだろう。



 エルも二人と沖に出ることに期待感を抱いたのか、目が輝いている。

 これでは、急だから駄目だと言う気にはなれなかった。



「散歩が長引いてもいい?」


「もちろんです」



 ディルが快諾。



「ここで駄目と言うと可哀そうですので」


「……じゃあ、少しだけ行こっか」



 エルが桟橋のすぐ傍に船を留めた。

 アインは足元から木の根を生やしてタラップの代わりにする。

 二人が船に乗り込めば、双子が沖へ向かいはじめた。


 沖へ向かう際、エルはいつの間にか鎖を掴んだり水流で操作してはいない。

 素直に船の底へ水流の力を用い、船を自在に動かしていた。

 早朝の優雅なクルージングは徹夜の二人にも心地よかった。



(ん?)



 アインが遠くを見て。



「アイン? どうかしましたか?」


「航路が気になって。確かこの先へ行くと、水の流れが複雑な岩礁が並ぶ場所に着くはず」


「そういえば……双子は水の流れを調整してそこへ進んでいるみたいですね」



 水面から顔を出したエルが二人の高さに首を持ち上げた。

 相変わらず愉しそうにしている様子から双子に特に意図はなく、ただ皆で過ごす時間を楽しんでいるだけだと二人は思った。



 そうしている間にも岩礁が並ぶ水域が近づく。

 この辺りは見目麗しい巨大なサンゴが生えた水域でもあった。



「この辺りに来るのははじめてなんだけど、ディルはどう?」


「私は何度か。訓練で海に出る機会もございますので」


「そう言えばそうか。それにしても……すっご」



 表情と声で、何も隠すことなく感嘆することしきりだった。

 周辺のサンゴは浅瀬などに群生するあり触れたものとまったく違い、水面に姿を見せて伸びている。一般的な木々のように水面から姿を覗かせており、特に大きなものは一般的な民家の一室は入りそう。

 その景色を楽しむこと数分、



『ガゥッ!』


『キュッ!』



 双子が鳴いて、二人に何かを見るように言っていた。

 水飛沫を上げてその先を示した双子。

 示された先に、一際大きなサンゴに人が通れそうな穴をアインが見つけた。

 並みが届かない絶妙な高さにある穴がディルにも興味を抱かせる。



「俺たちにあれを見せたくて来たの?」


『キュウッ!』



 エルの嬉しそうな返事を聞いていたディル。



「双子が連れて来たのですから、危険はないと思いますが……」


「俺もそう思う。ってか王都の近くだし、



 よくわからないが、双子が連れて来たかったのなら見ておきたい。

 アインが頼めば双子はさらにサンゴの傍へ近づいた。

 この海域は水の流れが複雑なことに加え、双子がよく泳いでいることもあり民間の船は滅多に立ち寄らない。

 だからなのか、秘密が隠されていた。



「アイン様、私が先に」



 ディルが一際大きなサンゴの穴へ飛び乗った。

 すると彼は――――



「…………」



 数分と経たぬうちに穴の入り口に戻り、腕組み。

 アインを見て言葉を選んでいた。



「ディル?」



 アインが波の音にかき消されないよう少し大きな声で。

 言葉を選びきれず、ディルが困惑を隠さずに。



「何者かが暮らしている形跡があります」


「――――へぇ、誰か暮らしてる形跡が……」



 順応してみせたようで、そうではない。

 アインはただ、想定外の言葉に力の抜けた返事をしただけ。

 平然とした表情といつも通りの声が驚きに染まるのは、間もなく。



「って、誰か暮らしてる!? こんなとこで!?」


「そのようです。周りに船もありませんのでよくわからないのですが、どうしたものかと……」


「そうだよ! いやまぁ、朝早くからどこかに行ってるのかもしれないけど――――にしても、こんなとこで暮らすって……」



 サンゴに打ち付ける波の音。

 アインも腕組みをして空を見上げた。



「過去には海結晶の採掘もされておりましたから、この海域はまだ国の管轄にあります」


「ってことは、少し調べた方がいいのかな」


「不法占拠の線がございますので、念のため」


「じゃあ、俺もそっちに行くよ」


「アイン様も?」


「うん。人はいないみたいだけど、双子がわざわざ連れてきた理由も気になるし」



 船首からひとっとび。

 ディルの傍へ降り立ったアインが穴の奥を見た。

 中の壁には魔道具の灯りがあった。



「しばらく使われてないのかも」



 壁際の魔道具に触れながらアインが言う。

 燃料の魔石から魔力が感じられない。

 しかしアインが指先から閃光を迸らせれば、すぐに灯りが付いた。



 アインは強引に魔力を流しながら、サンゴの中に設けられた階段を下りていく。

 半歩後ろを歩くディルが階段を見下ろして。



「罪人が逃げ隠れするにしては雑ですし、こんなところに家を構えたいと思う奇特な者もあまりいない気がします」


「でも、実際にいたんだよね」


「それが困りごとです」



 ディルが嘆息を交えて声を落とす。



「しかし人の気配も、罠の気配もありません。やはり、双子が連れてきたことから安全なのでしょうか」


「だと思うよ。エルもアルも、俺たちを貶めるようなことは絶対しないし」



 そう思えるから状況がわからない。

 二人はサンゴの階段を淡々と降りていく。

 踏みしめる感触は硬くて、靴音が反響した。



 階段を下り切った先で――――

 アインは壁に備え付けられた魔道具を動かして、簡素な室内を見た。

 ここには小さな机とテーブル、ベッドが一つあるだけ。



「お菓子?」



 テーブルの上に置かれた包み紙を見て、アインはそれが王都の出店のものだとわかった。

 確か、菓子パンか何かの屋台で見た記憶がある。



「アイン様、こちらをご覧ください」



 小さな机の傍にいたディルの呼び声。

 向かったアインが見たのは……



「これ、手配書だよね」


「間違いありません」



 机に置かれていたのは、黄金航路の元相談役こと銀髪の男の手配書だ。

 似顔絵も添えられており見間違えるはずもない。騎士団も手配書の制作に携わっているため、ディルも力強く頷いていた。



「まさかここが、あの男の潜伏先で――――」


「ってのはないと思うよ、俺」


「……はっ。私もすぐにそう思いました。あれほどの男がこれほど雑に痕跡を残すはずがありませんね」


「それもだし、それなら双子があんな陽気に案内するとも思えない」



 こくり、頷いたディルがサンゴの中に設けられた部屋をくまなく捜索。

 一方のアインは腕組みをしながら俯く。手を口元に持っていった。

 すると驚くほどすぐに、



「あっ」



 何かに気が付いたアインに、その閃きをディルが尋ねる。




「どうなさいました」


「わかったんだ。ここはあの男の潜伏先じゃない」


「……ええ。それは先ほど話した通りかと存じますが……」


「ついでに言うと、大丈夫だよ。ここを隠れ家にしてた人のこともわかったから」


「ま、まことでございますか!?」



 ただディルにはどう伝えればよいものか。

 この穴に入る前のディル以上に言葉選びに悩んだアインが、



「大丈夫そうだから離れよう。――――今日見たことは、俺とディルだけの秘密にしてほしい」


「ですが……」


「お願い。今回のことはなるべく秘密裏に収めておきたいんだ」



 何も明言せず頼み込むアインはひどく珍しい。

 ディルの記憶にあるのは、アインが魔王化する直前、彼がマルコとの戦いに出向いたときのことくらい。

 複雑な理由がありそうだと思い、ディルは眉をひそめながらも。



「承知いたしました」



 以外にも、長く迷うことなく応じた。



「俺からお願いしておいてなんだけど、いいの?」


「いいか悪いかで言うと、あまりよくありません。私は騎士として此度の件を見過ごすべきではないと存じます」


「じゃあ――――」


「それでも、です」



 ディルが迷うことなく。



「今日は海龍の双子に誘われての散歩ですので、妙な縁を感じます」


「もしかして、海龍騒動のときのこと?」


「はい。私はあのときからアイン様のお言葉を至上の命としておりますので」



 仕方なさそうにというよりは、思い出を愛でるように笑いながら。

 当時と違う姿となった金色のケットシーの忠義には、アインも頭が下がる。



「ただ――――」



 ディルがいつになく悪戯前の子供のように声を緩ませた。



「私が此度の件を秘密にしたことが明らかになるのは、来年の春以降だと助かります」


「へ? どういうこと?」


「お忘れですか? 次の春にはアイン様のご即位がございますよ」


「おおー……つまり俺が王様になってからなら、お爺様にも叱られないからってことか……さすがディル、考えたね」


「お褒めに預かり光栄にございます」



 こうした悪だくみをディルとできるようになるなんて、二人がはじめて会った頃からはまったく想像できなかった。

 以外とこんなのも悪くない、笑ったアインが、



「帰ろっか」


「はっ」



 アインは最後に机に戻り、懐からメモ用紙を取り出し伝言を残す。

 手配書と菓子パン、この組み合わせと微妙に隙がある隠れ家はどうなのかという言葉を、かの竜人に宛てて。



 セラがここを隠れ家にしていることは明らかだった。

 ついでに、彼女が最近は個々を使っていないことも。



 秋を待たず彼女と話ができたらよくても、この様子では難しそうだ。

 もしアインの命で常に見張らせていようものなら、それこそセラにバレてしまう。

 アインがここに来たこともいずれバレてしまうだろうが、彼女を警戒させすぎないよう、アインは最低限の伝言に留めたのだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 セラにはいくつもの隠れがあった。

 多くがアインたちを見守りやすい場所にあり、海上の隠れ家は一番適当……と言っては語弊がある。見つかりやすい場所にあった。

 アインの目測通り、サンゴの中にある隠れ家はしばらく使われていない。



 しかし、あれから幾日か経ってから。

 久しぶりに足を運んだセラが違和感にほくそ笑んだ。



「アインめ、来ておったのか」



 サンゴの壁に触れ、階段に触れ、それだけでわかった。

 ケットシーを連れてやってきた彼は、自分の魔力で魔道具を無理やり動かした。

 わからないことなど何もないと言うように、瞬時に悟った。



 階段を下り、机の元へ。

 何か文句の一言でもあるかとワクワクしてきた。



「……な」



 机に置いてあったメモ用紙を手がわなわなと震える。

 眉も、唇も少しずつ震えはじめると――――



「なんじゃと! 儂の隠れ家を雑と言うか!」



 激昂したわけではない。

 若干不満なのだが、事実、自分でも簡易的に作り過ぎた隠れ家なことは自覚していたから、逆上することはできなかったのである。



 一方――――

 銀髪の男の痕跡を探るのに、あまりにも考えなしというわけではない。背らにも考えがあって、自分がアインたちを守っているという意思表示の側面もあった。

 ある程度わかりやすくてもいい、そんな思いの上で。



『隠れ家にしては雑すぎる気がするので、別の場所はもうちょっとわかりにくくした方がいいと思います』



 アインの伝言にあるのは、ただこれだけ。

 彼もセラに何らかの意図があって隠れ家を設けているとわかっている。その理由に自分が関わっていることも

 もちろんセラだって、アインが軽口を叩いていることは知っていた。



 自分(セラ)に聞きたいことはいくらでもあるだろうに。

 答えは得られないということをわかってか、アインは他に何も言葉を残していかなかったようだ。

 アインは以前にも増して、セラのことをよく理解しているから。



「まぁ、悪い気はせんな」



 セラはアインが残したメモ用紙を折りたたんで懐にしまい込んだ。

 いまは深夜だ。外に出ると暗い海が広がっている。

 しかし、月と星の灯りが今日はいつになく明るくて、波打つ水面が反射してきらきらしていた。

 隠れ家を出たセラを、双子が迎える。



「おうおう。儂の隠れ家をアインに教えたのはお主たちじゃな?」


『キュウ!』


『ガァッ!』



 双子のどこまでも悪気のなさそうな声だった。



「……いやいや、開き直ってよいわけではないのじゃが……ま、まぁよかろう。どうせ遠くないうちに見つかると思っていたしの」



 この隠れ家は以後、たまに様子を見に来て自分の痕跡を残すために使う。

 元より彼女の存在を示すくらいの価値しかなかったから、これで十分だった。


今日もアクセスありがとうございました。

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