初日
「大丈夫アイン?忘れ物ありませんか?」
「大丈夫ですよ。何度も確認しましたし、クリスさんが学園まで一緒に来てくれますから」
「オリビア様。ご安心ください、何かあれば私が対応致しますから」
「……クリスも抜けてるから信用できてないのよ?」
「あうぅ……」
冬が明け、アインにとっては待望の学園初日となった。
冬が明けるまでいくつもの行事があった、例えばアイン7歳の誕生日。
アインの誕生日は、パーティのような形ではなく身内だけで集まる形になった。そんなアインの誕生日に、クローネはプレゼントとして銀色のブレスレットを贈った。
自分がアインからのプレゼントを身に着けているのに、アインが身に付けているのは国からの支給品である大地の紅玉。
それを考えると少し悔しかったため、ブレスレットを贈ることにしたのだ。
そしてもう一つ。ついにアインのお披露目が行われた。
王都を練り歩くというお披露目ではなく、城であるホワイトナイトから姿を現し国民へと披露する形がとられた。
成人前のお披露目は念には念をと言うことで、安全のため国民から少し距離のある場所でお披露目がされる。
国民からしてみれば、アインの姿は分かりづらかったというのが第一印象だろう。
とはいえ新たな未来の王のお披露目は、国民たちも大いに沸いたのだった。
「ま、まぁまぁお母様。何はともあれ大丈夫ですよ」
「わかりました。本当ならお母様も一緒にアインを送りたいのだけど」
「ダメですよオリビア様。間違いなく大騒ぎになります」
「そうよね……」
アインと違い、オリビアの姿は国民が良く知っている。
そんな第二王女であるオリビアが、学園都市と呼ばれる学園と人口の密集地帯。そんなところへと姿を現せば大騒ぎになるのは当然のことだった。
「そういえばお母様。クローネはもう出発したんですよね?」
クローネとグラーフがイシュタリカに来てから暫くの時が経った。
グラーフは前よりは数段小さいものの、しっかりとした屋敷を購入した。勿論クローネもそちらに住んでいたわけだが、ウォーレンからの課題が多いことや、他にも様々な努力をしているようで、城にいる方が都合がよかったためほとんどは城に泊まっている。
「えぇ。リーベ女学園は始業が早いのですよ。学則も厳しくて成長するにはもってこいの場所なの」
同じく学園が初日のクローネは既に出発していた。昨夜城に泊まっていたのを確認していたアインとしては、少し残念に思う。
「っと。アイン様そろそろ出発致しましょう」
「すみませんお母様!そろそろ危ないので行ってきますね!」
「はいいってらっしゃいアイン。クリス、アインの事お願いね」
クリスの提案にアインは快諾した。アインとしても初日から遅刻するのは避けたかった。
そして荷物を持ち、水列車に乗るため駅ホワイトローズを目指し出発する。
*
駅と列車内の込み具合によって、学園に着く前にすでに疲れていたアインだったものの、なんとか学園まで到着した。
少し早めに出発したとはいえ、学園都市は多くの人で賑わっている。王立キングスランド学園の敷地内に着いたとき、ようやく一息付けた。
「クリスさん。これ毎日って考えると気が滅入ってきます」
「……しっかりとお送り致しますからご安心を」
ニコッと美しい笑みを浮かべるクリス。アインはサボるつもりはなかったが、クリスのその微笑みもサボりは許さないという固い意志が感じられる。
「とはいえアイン様が通われる王立キングスランド学園は、到着してしまえばゆっくりできますよ」
王立キングスランド学園の敷地内は敷地の外と見比べれば簡単にわかるほど、閑散としていて静かな空間だった。
理由は生徒数にあった。王立キングスランド学園は学園都市でもトップクラスの敷地面積を誇るものの、生徒数として言えば下から数えたほうが早い。
王立キングスランド学園の教育理念は、イシュタリカの将来を任せることができる人材を育成するということ。
そのため国立キングスランド学園やその他の学園と比べれば、生徒数は1/3から1/4とかなり少なく指定されている。
高いレベルの教育と、それをこなせるだけの強さを生徒に求めている。
「アイン様。お待ちしておりました」
「ディル。迎えに来てくれたんだ」
「勿論でございます。クリス様、これよりディル。アイン様の護衛の任務を引き継ぎ致します」
「ご苦労、確かに引き継いだ。これより先は貴方の命を以てアイン様をお守りしなさい」
「はっ」
多少堅苦しくあったものの、クリスとディルにとっては必要な事だった。アインの護衛を引き継ぎ終え、クリスは城に戻ることになる。
「ではアイン様、私は城に戻ります。お帰りの頃にお迎えに上がりますので、決してご自分で帰ろうとはなさらないでくださいね?」
「わかりました。それじゃクリスさんも気を付けて」
礼をして城に戻るクリス。そしてここからはクリスと入れ替わりにディルがアインの護衛を務める。
「ではアイン様参りましょう。教室へとご案内致します」
「あぁわかった。でも広いなこの学園、移動するだけでも疲れそうだ」
「この広大な敷地があるからこそ、多くの訓練や研究をすることができます。そう考えればなかなか悪いものでもありませんよ」
「なるほど、まぁ使える場所が広いのはいいことだけどね」
自然を基調に美しく整備された学園だが、いくつかの建物が見える。おそらくそれが訓練や研究に使える施設なのだろうとアインは考えた。
ちなみに王立キングスランド学園は入学式のようなものは存在しない。合格した日より入学したものとして考えよと資料に書いてあり、新入生は初日からいきなり授業を受けることになる。
「アイン様。学園のご案内は授業が終わり次第させていただければと思います。ご昼食の際にはお迎えに上がりますので、専用のラウンジへと参りましょう」
「わかった、それじゃ教室で待ってるからよろしく」
ディルの案内で教室へと向かう。
どんな人たちがいるのか、それを考えるとドキドキする気持ちが少しずつ昂っていった。
*
「えっと、ここ?」
「えぇこちらでございます。アイン様の教室はこちらで間違いありません」
アインが到着した場所は、4mもあろうかという高く立派な高級感漂う扉の教室。
それまでに通り過ぎた教室とは作りが違いすぎたため、驚きを隠し切れない。
「なんでこんなに扉違うの?すごい格差をすごく感じるんだけど」
「王立キングスランド学園は1学年5クラス、成績順で分けられております。クラスが変わるのは年に一度だけですが、1~5クラスの中で1に近い程いくつかの面で優遇されます。教室の作りもそうですが、研究施設の優先使用が許されたりなど数多くの特典がございます」
「欲しいものがあれば自分の力で勝ち取れと」
「そういうことですね」
王が運営しているだけあって、決して平等というわけではなく生存競争が激しいことが分かった。
厳しい入試を合格できたとはいえ、ぬるま湯に浸からせる気は全くないようだ。
「五組、四組が25名ずつ。三組、二組が20名ずつ。そしてアイン様が入る一組が10名の定員となってます」
「少ないとは聞いてたけど、そんなに少なかったんだ」
「一応入学案内にも記載がありますよ。ですがなかなか定員の人数まではご確認されませんから」
「授業形態とかは確認してたんだけどね。まぁいいか……ディル、案内ありがと。それじゃ俺も教室に入るよ」
とりあえず教室に入ってみることにしたアイン。少ないと聞いていたものの、まさか自分を入れて10人だけの定員とは思ってもみなかった。だが少数精鋭ということに、どんな人たちがいるのか興味がわいた。
「では後ほどお迎えに上がります」
後で来ると言ったディルは、誰から見ても美少年な容姿に良く似合う笑みを浮かべ、礼をした後自分の教室へと向かって行った。
そしてアインも教室のドアを開ける、教室にいたのはまだ5人だ。
「教室も随分とお金をかけてるんだな」
つい独り言を口にしてしまうほど教室は見事だった。特別豪華に見えるわけではないものの、机や椅子は一目でわかる職人物。教卓も彫刻が施された惚れ惚れする物だ。
机は教卓を囲むかのように作られた半円状の物が一つだけ。その机は横に長く、10人がまとめて座れるよう作られている。
何処に座ればいいのかわからなかったアインは、中央に座るのも好まなかったため端から一つ内側の椅子に着席する。
アインを加え、6人の生徒が席に着いたこととなった。
座る前に何人かにチラッと目線を向けられはしたものの、話しかけられることは無かったためアインからも話しかけることはしない。
結局そのまま時は過ぎ、少ししたら席は埋まり10人が揃った。
「おはよう。揃っているようで何よりだ、初日から欠員が居るのは幸先が悪いからね」
その後少しして担任と思われる人がやってきた。質のいいスーツに眼鏡、磨かれた革靴。仕事のできるビジネスマンのような服装をしているスタイルの良い中年の男性。
「このクラスでは、クラス単位で行動することは僅かな機会しかない。それをよく理解してこれからの学園生活に励んで欲しい」
そして唐突に始まる担任による言葉。
「先に伝えておこう、このクラスは特別だ。だからこそ担任の立場としてクラスに求めることは多くない。あぁそれと君たちの自己紹介も必要ない、必要があるならばこの後個人個人ですることをお勧めする」
アインとしても虚を突かれたかのような担任の言葉、実力主義な学園の中でも更に異質なのだろう。
「私が君たちに求めるのはひたすらに質だ。君たちはいくつかの試験にて合格を勝ち取り、このクラスに入ることができた。だからこそ私が求めるのはその高い質を維持してほしいということ、そして願わくば最後までこの10人が一人も入れ替わることなく、卒業できることを祈っている。話は以上だ、解散して構わない」
頭の中を『え?』という言葉のみが回り続けていた。
初日の顔合わせで、担任が話すことはもう終わり?あまりにも話したことが少なかったように感じたアイン。
「おっとすまない。伝えることがまだあった、半年に一度の試験に関しては必ず出席しなさい。やむを得ない理由があるなら相談には乗ろう。それ以外の授業などは特別出席しなくてもいい、結果さえ出してくれたならば学園としては文句もない。この試験に出席しなかった場合は、無条件でクラス降格となるため注意するように」
授業まで参加しなくてよいという言葉。もはや学園としてどうなんだという気持ちになってしまう。
だが求めるのは結果、つまり授業に出ていようが頑張っていようが質が低いなら降格と言うことだ。
「試験科目は他クラスと同様で複数科目だ、それと選択科目となる。教員への相談や質問を大いに活用しなさい。……申し遅れたが私はカイルと言う。主に魔工学を担当している、これからしばらく君たちの担任となる。では話は以上、解散」
少しだけ情報は増えたものの、結局解散する運びとなった。
一人ずつ自己紹介や、学園の説明などが始まると思っていた矢先の出来事。少し困惑していたという事実は否定できないが、ようはものすごく自由だけど結果は出せよというスタンスなのは理解できた。
「やぁ。なかなか個性的な挨拶だったね」
そんな中、一人の男の子がアインに声をかける。
さわやかな顔つきで、将来はイケメンと確信できる少年だった。
「同じことを考えてる人が居て助かったよ。まさか生徒に自己紹介までさせないとは思わなかったな」
「はは。実力主義の学園でも更に実力主義のクラスとは聞いてたけど、まさか担任の挨拶まであんな風とはね」
「施設の場所とかも自分で調べろってスタンスなのは驚いたけどね」
人懐こい性格をしているようで、アインとしても話をしていて気持ちが良かった。
「おっと俺も担任の先生と同じことをしていた。名乗るのが遅れたけど俺はロラン、受験科目は魔工学で合格したんだ。君は何の科目で合格を?」
「俺は剣術かな。それで合格してこのクラスに来たんだ」
「っ……じゃあ君が話題になってた男の子だったんだ」
話題になってたと言われ、思い当たる節があったアインは頭を抱えたかった。
おそらく試験官を怪我させてしまったことだろう。
「……ちなみになんて話題になってたのさそれ」
「剣術の試験官は有名な人だからね。昔は冒険者としてそこそこ有名だったらしい、そんな人が7歳の受験者にケガさせられたなんて話題にならないわけがないから」
周りにいた他の生徒たちも、ちらちら会話をはじめ自己紹介をしていた。
そんな中アインは自分が仕出かしたことを反省していた。
「挑発に負けてやっちゃったんだ。笑われても仕方がないかな」
「笑うも何も尊敬みたいなもんだと思うよ。7歳の身で、有名な試験官を倒しただなんて誇れることだって。多分上級生の間でも評判になってるはずさ、もしかしたら腕試しを申し込まれるかも」
それを聞いて、更にやってしまったという意識を強めたアイン。自分の精神の弱さについても反省していたが、教室に一人の来客が来る。
「6年次のディルだ、失礼する」
現れたのはつい少し前に別れたばかりのディル。昼食の頃に迎えに来ると言っていたから、この時間に来たことをアインは不思議に思った。
ディルが教室に入ったことで、教室の空気はざわつきだした。
どうやらディルは有名人らしく、彼の名を口にしている者も何人かいた。
「っ……ディルさんだ。王立キングスランド学園最強の一角、まさか君に腕試しを申し込みに」
「い、いやぁそれは無いと思うけど」
ロランも同じく、ディルを知っているなかの一人だった。
だが彼の考えは間違っているだろう。ディルはおそらくアインを迎えに来ただけだから、アインはそれは無いだろうと確信している。
「いやあり得るよ!さっき言った様に君は……っと、ごめんよかったら名前を聞いてもいいかな?」
猛烈に申し遅れていたことに気が付いたアイン。申し訳なく思いながら名前を告げようとするが。
「ごめんごめん、えっと俺の名前は」
「大変申し訳ありませんアイン様。一組は一年次も自由授業制なのを失念しておりました。担任からの挨拶も終わったようですので、これから学内の案内をさせて頂こうかと思います」
「一年次だけじゃなかったんだあの形式。ちょっと安心した。ごめんロラン、今から学内の案内してもらってくる……そうだ、よかった一緒に来ない?」
「あ、あぁ……いやごめん俺は平気だよ。実は俺はもうある程度学内のことはわかってるんだ。だから大丈夫、しっかりと見てくるといいよ」
「そっか、わかった。じゃあ今度はゆっくり話そう、それじゃまた!」
案内に来てくれたディルに連れられてアインは学内を見に行く。
ロランは少し頭が回らなくなっていた。有名人のディルが来たと思えば、自分が話していた相手に頭を下げ学内の案内をすると言った。そしてディルが口にした名前を聞いて、また驚いた。
「ア、アインって。王太子殿下……っ?!」
ディルの登場に驚いていたのはロランだけではない、クラスの多くの生徒が同じく驚いていた。
そしてもう一つ、アインという名を聞いていたのも決してロランだけではなく、クラスの皆が耳にしてしまう。
その後の教室は数十秒の間、なんともいえない静寂を漂わせてしまうのだった。
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