王太子の帰還。
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ウォーレンが倒れてから早四日が過ぎ、連絡を受けたアインが慌てた様子で城に戻った。
駅からは馬車で城に戻ったアインだったが、そこからは大急ぎで走ってきたようで、息を切らしながら口を開く。
「ハァッ……ハァッ……お、お爺様!」
やってきたのはバーラの診療所。
城内……そして、騎士達の訓練所の近くに設けられた、バーラが仕事をしている建物だった。
城に戻ったアインは、ここにシルヴァードが居ると聞いて急いでやってきた。
ドアを乱暴に開き、中にいる人物に声を掛ける。
「お爺様っ……ウォーレンさんは……っ!?」
急いで帰ってきたせいか、結局聞いていたのはウォーレンが倒れたという情報のみ。
途中、クリスは別れてロイドの許へと向かって行ったため、アインが一人でこの場を尋ねたのだった。
「おぉ……アイン。良く帰ってくれたな。成果はどうであったかなど、聞きたいことは山ほどあるが――」
「そんなものは後で構いません!ウォーレンさんは……!」
「……であるな。バーラよ、説明を頼めるか?」
「は、はい!畏まりました!」
やはり、治療に携わる者に任せた方がいいだろう。
シルヴァードは疲れた様子で声を掛けると、バーラがアインの方を向いた。
「で、では殿下。私から宰相閣下の様態についてお伝えします!」
近頃は昔と比べて落ち着いたように思えるが、王族が相手となれば昔と大して変わらない。
そんな、落ち着きのないバーラに声を掛けられ、アインも同じくバーラを見た。
「――背中から深い切り傷を負いました。血が流れ過ぎる前に止血が出来たため、命を失うことにはなっておりません。……しかしながら、依然として意識不明のままでございます」
「……一命はとりとめたと?」
「さ……左様でございます!ですので、あとはこれからの治療次第となりまして……」
アインはそれを聞くと、膝から力が抜け落ちそうになるのをなんとか食い止め、必死になってその姿勢を維持する。
一命をとりとめたという事は、なんとかなったという事だろう……そう安堵したのだった。
「わかった。それで、ウォーレンさんは今どこに?」
診療室の風景は、誰が見てもおや?と思う光景だ。
なぜなら、ごく普通の診療台にシルヴァードが腰かけ、その近くでは緊張しながら仕事をこなすバーラの姿。
それに加えて、急ぎで帰ってきたアインが、ドアの近くで慌てた様子を見せている。
……患者を差し置いて、中々珍しい室内環境といえよう。
「宰相閣下でしたら……昨晩から、城内のご自分のお部屋にて療養中でございます。数時間おきに私が経過観察に行ってまして、それ以外の時間はベリア様がお傍についてくださってます」
「――という訳なのだ。ララルアもな、ベリアに他の仕事を任さずにウォーレンの許へと向かわせたのだ」
「な、なるほど。……でも、ベリアさんなら安心ですね」
給仕の中で、並び立つ者が居ない女傑。
ララルアの信頼を一身に受け、ただ一人でララルアの世話をしていた女性。
マーサですら、いつ超えられるか分からないと評価する、ただ一人の城の給仕長が彼女だった。
「あれ?そしたら、どうしてお爺様がここに?」
思えば、シルヴァードが一人でいることすら異常に感じられた。
「む?……あぁ、余はさっきまでウォーレンの様子を尋ねておったのだ。経過はどうか?とな」
「あぁ。そういうことでしたか。ちなみに、最近はどういった様子なんですか?」
「うむ。バーラがさっき申したと思うが、これからの治療次第となる。……つまり、意識がいつ戻るかは分からぬという事だ」
シルヴァードの言葉にアインが深く頷くと、一つの疑問を思い浮かべる。
「ところで、ウォーレンさんは何に襲われたのですか?」
誰がウォーレンに怪我を与えたのか。それをアインは聞いていない。
怒りを込めた瞳でシルヴァードに目線を送ると、シルヴァードは困惑した様子で答える。
「……エウロで亡くなった騎士だ。まるでアンデッドのように起き上がると、共に埋葬された剣を用いて余に襲い掛かったらしい」
「っ……お、お爺様に?」
「そうだ。そうして、ウォーレンは余をかばって傷を負い、今に至るという事だ」
あっさりとした説明を聞き、大凡の流れは理解できたが、どうして死んだはずの騎士が起き上がったのかが分からない。
「――どうして、亡くなったはずの騎士が起き上がったんでしょう」
「分からぬ。ただ一つ分かったのは、騎士が変貌したのはアンデッドではないという事だ。マジョリカとカティマが調査を続けているが、詳しい結果はまだ届いておらぬ」
アンデッドのように起き上がっておきながらも、アンデッドではないという事らしい。
「アンデッドではない……?」
「左様。……おっと、もう一つ分かったことがあったな。どうやら、亡くなった騎士の心臓が、異人種の持つ核のように変貌していたらしい」
――それを聞くと、アインの身体が一瞬大きく脈動する。
エルフの里で考えた通り、ここでもイストで行われていた古い研究……いわゆる、人工魔王の関係性があるように思えた。
神妙そうな面持ちで考え込むと、ちょうどいい機会と考え、シルヴァードに頼みごとをした。
「実は、お爺様にお願いが……」
すると、語るのは、エルフの里で考えついた仮定の話だ。
なんとしてもオズを招集してもらうためにも、シルヴァードの名前で呼び出してもらえないかと願い出る。
なるべく簡潔になるようにとアインが説明すると、シルヴァードも深刻そうな面持ちで数回頷く。
「そういうことだったのか。里への旅も、どうやら良い旅路だったらしく何よりだ。……早速だ。これより書を認めてイストに連絡を送る。近衛騎士を使いに送り、事の重要性を知らしめるとしよう」
「はい。よろしくお願いします」
アインの説明に納得したようで、シルヴァードはそう答えるとすぐに立ち上がる。
「バーラよ。何度も出向いてすまなかった。では、これからもよろしく頼むぞ」
「あっ……い、いえ!そんなことは――」
急に声を掛けられ感謝されたことで、バーラは慌てた様子で返事をする。
無礼に当たる態度ではあったが、シルヴァードは微笑ましそうに振舞うと、扉に向かって足を進めた。
「アイン。後でウォーレンの許を訊ねてやってくれ。あの男も、アインが見舞いにきたとあれば目を覚ますかもしれんからな」
こうして、最後は冗談を口にするとシルヴァードは立ち去った。
残されたアインは苦笑いを浮かべていたが、数秒間をおいてからバーラに語り掛ける。
「えっと……とりあえず、命の心配はもうないってことでいいんだよね?何度も同じ心配してるけど」
「はい!問題ありません!た、ただ……さっきも申し上げた通り、いつお目覚めになるかまでは……」
貴重な治療魔法の使い手がこう口にするのだ。
つまり、彼女自身がいなければウォーレンは命を落としていたかもしれない。
こう考えると、アインはただ感謝が募るばかり。
「そんな申し訳なさそうにしなくていいって。バーラのおかげで、ウォーレンさんは助かった。本当にありがとう」
なんか、最近頭を下げっぱなしだな。
もう一度苦笑いを浮かべると、アインはそっと頭を下げる。
「で……殿下!?おやめください。そのようなこと……!」
エルフの里で同じやり取りをしたばかりだ。
だが、バーラもやはり同じ行動をとるのだった。
「さてと、これ以上バーラを困らせてもあれだし……俺はウォーレンさんのお見舞いにでも行こうかな」
ケロッとした様子で顔を上げると、慌てた様子のバーラを見て笑みを浮かべる。
「確か、ウォーレンさんの部屋だよね?今から行っても平気?」
「あっ……はい。大丈夫です。恐らく、今はベリア様がいらっしゃると思いますので、何かお尋ねになることがあれば、ベリア様に聞いてくだされば……!」
「ん。分かった。それじゃ、俺もお暇しようかな」
クローネの許へ行き、話をする必要もある。
だが、まずはウォーレンの見舞いに向かおう。アインは診療室の扉に手を掛けると、最後にもう一度ありがとうと口にして、その場を後にするのだった。
*
城に着く前と比べれば、アインの気分も多少は落ち着きを取り戻せた。
やはり、命の心配がなくなったと聞けば、アインが安心してしまうのは当然の事。
幾分か緩やかになった足取りで、アインはウォーレンの部屋目指して足を進めていた。
「――アインッ!?」
「っとと……クローネ。ただいま」
曲がり角でクローネとすれ違い、慌てて体勢を崩しそうになったクローネの腰を掴んで体を寄せた。
すると、ただいま、と答えた後、クローネの体勢が落ち着いたのをみて、アインはクローネの腰から手を放す。
「お、お帰りなさい……。それと、身体……ありがと」
「どういたしまして。今は休憩してたの?」
「え……えぇ。まさか、休憩に入った途端、アインと出会えるとは思ってもみなかったのだけど」
名残惜しそうにアインの手を見送ると、クローネが再会を喜ぶ。
休憩と聞いたアインがクローネを促すと、並んでウォーレンの部屋に向けて足を進める。
「俺もだよ。――まさか、ウォーレンさんのお見舞いに行く際中に会えるとは思わなかった」
「……その、話は聞いてきた?」
「うん。実は先にバーラの許を訊ねてきたんだ。……まさか、お爺様がいるとは思わなかったけど」
「陛下はね、毎日数回は必ずバーラさんの診療室を訊ねてるの」
何十年にもわたって共に仕事をしていた仲だ。
シルヴァードがそうして心配するのも、何一つ変な話じゃない。
クローネは心配そうにその事を口にした。
「エウロに向かった騎士とか文官……あと、リリさんも含めてだけど、一斉に緊急隔離状態よ。何が起こるか分からないものね」
「……そりゃ、そうだよね」
というか、それって毒素扱いにならないかな?とアインが一瞬考えた。
試すのには危険を伴うが、一考する余地はあるだろう。
「色々と、聞いておくべき話が多そうだね」
「――えぇ。だから、疲れてるところ悪いのだけど、後で私の執務室に来てくれる?」
「わかった。事前に連絡とかは?」
「いらないわ。私はしばらく泊まり込みになるから、アインが大丈夫な時にいつでもどうぞ」
「ん。了解」
数日は睡眠時間を削る必要がある。アインがその決意をすると、クローネが足を止めた。
「着いたわよ。アイン」
「クローネは来ないの?」
「……私は何度か来てるもの。だから、今日は大丈夫」
クローネが気を使った様子で答えると、アインはわかったと返事をする。
アインが納得したのを見て、クローネが部屋の扉をノックする。
『はい』
中からベリアの声が聞こえ、クローネがアインに目配せをしてこの場を後にした。
アインは一度深呼吸をしてから、扉に手を掛ける。
「――お見舞いに来たんだ」
「っ……あらあら、殿下。お戻りになられたのですね」
驚いた顔を見せたが、ベリアはすぐにいつもの調子を取り戻す。
目元に疲れは見え隠れするが、化粧でそれを隠そうとした努力が窺えた。
立ち上がって頭を下げたベリアを手で制すると、アインはベッドで横たわるウォーレンを見る。
「うん。さっき帰ったばっかりなんだけど。……ウォーレンさん。ただいま」
ベッドに近づいて声を掛けるが、いつものように好々爺な返事は帰ってこない。
ただじっと目を閉じて、ウォーレンは体を癒しているようだ。
分かりづらいが、布団が上下するのを見て、アインはウォーレンが生きていてくれたと実感した。
「お爺様は、俺が来れば目を覚ますかもっていってた……だけど、やっぱりそんなのは無理だったね」
分かり切っていたことだが、アインは悲しそうに笑みを浮かべると、ベッド横の椅子に腰かける。
「申し訳ありません。この人が目を覚ましたら、その不義をしっかりと伝えることに致しましょう」
「あははは……大丈夫だよ。ベリアさん」
本当に伝えそうな空気に、アインは慌てて否定の意を口にする。
「……少し暑いな。一枚脱ごう」
椅子に腰かけたばかりだが、アインはそう言って立ち上がる。
上着をどこかに置こうと考えていると、ベリアがそれを察して近づいた。
「お預かりいたしますね」
「あ、ありがとう。ベリアさん」
いいタイミングで声を掛けてもらったことに感謝して、アインは上着を脱ごうと腕を動かす。
それを手伝うために、ベリアがアインの上着に手を掛ける。すると、ポケットのあたりに入った物体に気が付いた。
「あら。殿下。ここに何か入っているようですが……」
「ん?どこ?」
「こちらですよ」
ベリアが左側のポケットを指し示すと、アインは何が入ってるのかを思い出す。
そこに入れたのは、エルフの長から受け取ったラビオラの魔石だ。
これを受け取ったのはクリスにも伝えていないが、どうしてポケットに入れていたかというと、なんとなく安心感に浸れたから。
長から受け取った時の感情が、どうにも後を引いて離れなかったのだった。
「あ、それ魔石だから触らない方がいいと思う」
露出させるだけだと毒になる。
その性質を思い出し、アインはベリアが触れる前にそれを阻止する。
「魔石……?ど、どうしてそのようなものをこちらに?」
「――ちょっと事情があってさ。とりあえず、今は俺が持っておくから安心していいよ」
答えを濁すと、アインはポケットを漁ってラビオラの魔石を手に取った。
ベリアはなんて口にするだろう。きっと、綺麗な魔石ですね。と答えると思ったが……
「っ……え……なん、で――」
アインが取り出したラビオラの魔石を見て、ベリアは表情を一変させる。
目に薄っすらと涙を浮かべると、信じられないものを見たと言わんばかりにラビオラの魔石を見つめた。
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