昼下がりまでの過ごし方。
こんばんは。
今日もアクセスありがとうございます。
クリスの影響は大きい。
それは周囲の人間たちが感じる以上に、アインはそのことを感じていた。
……昨晩は彼女のおかげで助かった。助かったという表現は違うかもしれないが、どうにも適した言葉が浮かばなかった。
「ふぁっ……眠……」
珍しく日が昇る頃まで起きていた。
だがそれはアインだけでなく、クリスとクローネも同じこと。
昨晩の謁見の間での後、クリスは言葉通りクローネの部屋に向かっていた。
クローネも起きて作業をしていたため、クリスの呼び声にすぐ反応したのだが、こんな夜更けにどうしたのか?と最初は疑問に感じていた。
アインが話し相手を望んでいる。クリスからそれを聞いたクローネは、途中までやっていた作業なんて投げだして、急ぎ支度をしてアインの部屋に向かう。
『どうしたのアイン?何か考え事っ……』
『クローネ!心配かけて本当にごめんっ!』
部屋に入ったその瞬間、アインはソファから立ち上がってそう謝罪した。
その時に察することができた、少し元気になってくれたのだなと。
『もう平気なの……?』
念のためにそう尋ねてみると、困ったような表情で、アインはこう返答する。
『う、うーん……まだちょっと悩んでる最中だけど。でも多分うじうじする時間は終わったよ、本当にごめん』
まだ少し元気がなさそうだったが。
それでも後ろめたさが消えたかのように、充実した時間を過ごすことができた。
軽い食べ物を用意して、珍しく軽い酒も口にした。
気分よく語り合う時間は、時間の流れが速く、あっという間に窓の外が明るくなってきたのだった。
「さてと。それじゃ今日は……」
今日は学園がある日だった。だがしかし、アインは今日も休むつもりでいた。そしてシルヴァードに時間をもらい、考えを少しばかり固める……そう決めていたのだ。
——コンコン。
「どうぞ」
「失礼致しますアイン様。陛下からのお返事を持って参りました」
「ありがと。それでマーサさん、お爺様は何て?」
夜が明ける直前に、その時間に働いている給仕へと伝言を頼んでいた。
その伝える相手はシルヴァード。今日一日時間をもらえないか、そう頼んでいた。
いつものアインならすでに登校している時間だが、その用事のために、部屋でゆっくりとした時間を過ごしている。
「お昼頃からお会いになるとのことです。余裕が出来次第、アイン様をお呼びするとのことでした」
「わかった。それじゃ先に食事とかを済ませておこうかな」
「お部屋でお召し上がりになりますか?」
「……いや、今日は食堂で食べるよ。騎士食堂の方でね」
マーサはあまり態度を顔には出さない。しかしながら長年の仲もあってか、少しの表情の変化にも気が付けるようになっていた。
「久しぶりに近衛の訓練に参加する。少し体動かしてから食事にして、その後、身だしなみを整えてお爺様のとこに行くよ。構わないよね?」
「……畏まりました。ではそのようにお伝えして参ります」
「うん、お願い。それじゃ支度してすぐに下に降りるから、何かあったらそっちに来てくれれば」
「承知致しました。是非お怪我が無いようにお気をつけくださいませ」
考え事がしやすいようにと、頭をスッキリさせておきたかった。
王太子が剣を振って気持ちを整理する。それは一見利口な仕草には見えないかもしれない。だがアインにとっては、それが一番効果的なことであるのに違いない。
それを自覚していたアインは、約束の時間になるまでそうして過ごすことに決めた。
「でもなんか、身体の調子はいつもよりいいんだよなぁ……」
空を握ってみると、ちょっとした充実感に身体が包まれているのが分かる。
心境の変化が身体に影響を与えたのか、精神的な面とは裏腹に、身体的な面では調子のいいアインだった。
*
「ん……アイン様?こんなところで会うとは珍しいですな。おはようございます」
「おはよロイドさん。参加してもいい?」
「勿論構いませんが……急にどうなさったのですか?それより学園は……」
近衛騎士の訓練所。そこには珍しくロイドが居た。
彼もなかなか多忙な身で、あまり訓練に顔を出すことは無い。それはディルも同様の事で、最近ではグレイシャー親子は、訓練場に来ることは稀な事。
「お爺様と話したいことあるから、今日は休むことにしたんだ」
「なるほど……そういうことでしたか」
そう口にするロイドには、昨晩の謁見の間での光景が思い浮かぶ。
アインは前に進もうとしている、そう感じたロイドは一つの提案をする。
「よろしければ、私がお相手致しましょうか?」
アインにとっては渡りに船。
自分を誰よりも打ちのめしてくれる相手で、それはつまり、今は絶好の相手という事だ。
頭を整理するためにロイドを利用する。それはあまりにも贅沢な話だったが、今回ばかりはその厚意に甘えることにしよう。
「父上。こんなところに……っと、アイン様ではありませんか。こんなところでお会いできるとは……おはようございます」
「おはようディル。実はこれからさ、ロイドさんに相手してもらう所だったんだよね」
ロイドは何か用事があったのかもしれない。その証拠にディルがロイドを探していたように見える。
アインはそれを知っていながらも、今日ばかりはロイドが相手してくれる。そう口にして自分を優先しようとした。
「ど、どうされたのですかこんな時間から……」
「ちょっとね。体動かしたくなっちゃって、悪いけどロイドさん借りてもいい?」
「いいもなにも……当然の事です。こんな父で良ければどうぞご自由に」
こんな父といわれたのが不満そうだったが、アインの手前その気持ちを抑えるロイド。
少し不服そうにしながらも、訓練用の木剣を見繕い始める。
「アイン様。剣はなにを使いましょうか?」
「……じゃあ今日はこれを使おうかな」
「承知致しました」
ロイドがいくつかアインに見せて、アインはその中から一本の剣を手に取った。
それはアインの新たな相棒と同じくロングソード。ムートンが作った剣とは勝手が違うが、その中でも似ている剣を選び取った。
「いきなりロイドさん相手だときついからさ、何人か相手してからでいいよね?」
「当然です。……実は最近、私の方でも体を動かしておかねば、アイン様の相手は辛い時がありましてな」
「なにいってんのさロイドさん。そんな素振りなんて見せない癖に……それじゃ体暖まったら声かけるから、ロイドさんも少し準備しておいて!」
すると支度をして、元気に訓練場へと足を運ぶアインの後ろ姿。ディルはどうしたのかと不思議そうにその後姿を見守っていた。
「……ディル。お前が私の相手をしろ」
「は?え、えぇ構いませんがどうしたのですか急に……」
「高い質の訓練をしておかねば、万が一があり得るかもしれん」
「……アイン様に怪我をさせてしまうと?」
それは大問題だ。ディルはそう思って、急ぎ支度へと移る。
いつものロイドなら手加減をして、絶妙な力加減でアインと訓練を続けてきた。だがアインは成長を続けている……周囲の人間を置いてきぼりにする程、早い速度で。
「……いいや違う。万が一、"私"が怪我をしないようにだ」
支度をしているディルの耳には、そのロイドの声が届くことは無かった。
*
「ではアイン様。いつも通りの一本勝負です。準備はよろしいですか?」
「大丈夫、いつでもいいよ」
防具へと攻撃を当てれば勝ち。それ以外の部位への攻撃は禁止となっている。
どうにもシンプルなルールだが、手甲などを叩かれても負けになるため、なかなか判定はシビアだ。
「ディル。お前が審判をするのだ、いいな?」
「承知しました」
アインとロイドの二人は、数十分ほど体を動かしてきた。
軽く汗をかいて、本命の訓練に合わせて調整している。そしてその本命が、今始まろうとしていた。
「ん……あ、あれ……?」
「ディル。どうした?」
「い、いえなんでもありません……見間違えかと」
目の前に居るのはアインのはずだ。だというのに、何かの違和感を覚える。
その違和感が何なのかはわからない。だが一瞬、エウロへの長旅の事を思い出した。
「まぁそれならいいが。お前は準備できているのか?」
「……大丈夫です。いつでも始められます」
怪訝な顔でディルを見るロイド。
気を取り直して、ディルは力に満ちた声で大丈夫と口にした。
「——……始め!」
アインとロイド。二人の様子を窺っていたディルが、タイミングを見計らって合図をする。
「っ……!」
ロイドが立つ場所へと一気に距離を詰め、アインが大きく剣を振るう。
「大振りですなアイン様っ……それでは何も怖くないっ!」
いつものアインは、もう少し丁寧に事を運ぶ。いきなり大振りなんて真似はあまりせずに、言い方を変えれば慎重に事を運んでいる。
だが今日のアインはその"いつも"とは違い、大胆さに満ちているように見えた。
「でも両手で防御した。意外と軽くはなかったでしょ……っ!」
手、足、肩、胸。攻撃する箇所を何度も変えて、先ほどとは違った細かな攻撃を仕掛けるアイン。ロングソードを使うというのに、その器用な剣捌きには惚れ惚れする。
周囲の騎士達も思わず動きを止めて、二人の訓練に目を奪われてしまった。
「さてはて何のことやら……っ!ですがやられっぱなしは嫌いでしてなっ!……ぜあああっ!」
そして繰り出すのは大振りの一撃。下から薙ぎ払うように剣を振るい、それがアインめがけて向かって行く。
「っ重……」
ロイドとアインの体格には大きな差がある。体重差もあってか、アインはロイドの様に大振りの一撃を受け止められない。
それにロイドの方が力が強い。そうなればただの大振りだろうとも、ロイドにかかれば強打となりえる。
「ふははははっ!ですがよくぞ受け止めた!まだまだ行きますぞ!」
大柄のくせに早い剣捌き。剣が空を切る音が訓練場に響き、その苛烈さを物語っている。王太子にそんな剣を使っていいのか?周囲の者達がそう思う程の、強烈で力強い攻撃。それが容赦なくアインの体に向かって行く。
「ふんっ……ふんっ!」
今日のロイドは力強い。語弊の無いように言えば、彼はいつも力強く覇気に満ちている。
だが今日のロイドは更に力強く、そしていつも以上にアインへと攻撃を仕掛けている。
「な、なぁあれって大丈夫なのか……?」
「さすがに危ない気がするが……どうしたものか」
見学を始めた騎士達から、そうした不安な声が漏れ始める。彼がそう感じるのも無理が無いほど、今日のロイドは様子が違う。
「(……確かに心配になる。だがもっと異常なことがあるだろう)」
ディルも少しの心配をしながらも、彼ら騎士達とは別の事を考えていた。
それはロイドのことではなく、そのロイドの攻撃を受けているアインの事だ。
「(受けきっている。父上は加減しているとはいえ、あんな攻撃……クリス様でなくば受け止められないだろう)」
時折危なそうに受け止めることもあるが、今日のアインはロイドの攻撃を受け止めていた。
大きな体格差に苦しみながらも、アインは器用に重心を動かしながら、ロイドの正面に立ち続けている。
「ぬ、ぬぅっ……!」
それ見たことか、ディルはそう心の中で呟いた。
ロイドが攻めあぐね始めたのだ。だがこれ以上強く振ってしまえば、それは確実に怪我に繋がる事態になる。だからそれは何があってもできない事で、王太子に対してやってはならないことだ。
アインはいつの間に、こうした強さを会得したのか。いつも一緒にいるディルすらもそれは分からない。
「ロイドさん。やっぱりロイドさんはすごいよ……こんなに力強くて、まだ底が見えない」
「……受け止めておいて。その言葉は厳しいですなぁ……っ!」
アインは不思議と息切れせず、ただ冷静に剣を受け止め続ける。心なしかアインの視線、その先にはロイドが居ないように感じさせる。
ロイドはしばらく剣を振り続けてきたため、少しばかりの息切れを発生させているのだから、二人の対照的な姿が強く印象的に映る。
「アイン様。……もしや貴方は、これ以上を求めていらっしゃるのですか?」
ふとロイドが剣をそっと下ろした。アインと距離を取って、アインの顔を若干心配そうな表情で見つめる。
「……お願いしたら、見せてくれるの?」
「くく……はっはっはっは!アイン様、それは難しい話ですな……いくらアイン様に"お願い"されようとも——」
「じゃあロイド。命令ならいいのか?」
ピタっ、と訓練場の空気が止まった。時間ごと冷凍されてしまったかのように、空気すらも冷えてきた錯覚を覚える程に。
「アイン様。その言葉の意味、それが分からないわけではないでしょう?」
「……さすがに調子に乗りすぎかな?」
困ったような顔を浮かべるが、ロイドとしては内心落ち着いてはいられない。アインが求めるもの、それはつまりロイドが放つ敵に対しての攻撃。訓練の更に上となる一撃を、アインはロイドに望んでいる。
それが意味するのは、今の訓練では少し物足りない。ロイドはそういうことだろうと察してしまう。
「向上心は良いことです。ただ……過ぎた興味は、御身にお怪我を与えてしまうでしょう」
鋭い眼光と迫力に満ちた声色。先ほどの疲れはなんとやら、剣を振り上げて肩に乗せるロイド。その時ディルは気が付いた。ロイドの振った剣の音、それが一瞬遅れて聞こえたきたのだ。
目に見える以上に速さに溢れているのだろうか、父が起こしたその現象に目を奪われる。
「今日はこのぐらいにしておくべきかと。ですがアイン様は打ち込みが足りていない様子……。最後に一本、私が受け止めて差し上げます。それでどうかご了承を」
そう口にするロイドも、内心では熱く燃え滾る情熱と戦っている。目の前に立つアインは、本当に自分が知るアインなのだろうか。
精神的に一皮剥け始めているのはわかる。だがそれだけで、ここまでいつもと違った様子になれるものか?考えても考えても答えは見つからない。だが目の前のアインが、いつも以上に強いということは理解できる。
「一本?」
「えぇ一本です。今のアイン様の全力、それをこの私が正面から受け止めて差し上げましょう。……なのでどうか、何一つ遠慮なさらず向かって来てください」
「……ありがとう、ロイドさん」
剣の握りを何度も確かめて、アインは軽く素振りをする。その姿は今日一番の異変だったといえるのだが、一振り一振りと続けていくうちに、その素振りの音が変化していった。
一振り目はいつものアインだった。二振り目はそれに少しの音が加わった。さらに三度目になれば、訓練の時のロイド……彼が奏でるような音に近づく。
そして四度目のことだった。……ディルとロイドの瞳には、アインの素振りが先程のロイドのように、音が一瞬遅れように見えたのだ。
こんな現象に心当たりなんてない。ただ素振りを繰り返すだけで、それが数回程度なだけで成長するものだろうか。
それどころか、これは成長という言葉ではなく、むしろ進化という言葉が相応しいように思えてならない。
ついに五度目の素振りがされることはなかった。だがもし五度目があったならば、それはどんな領域に踏み込むのだろうか。そんなことが楽しみになるほど、ロイドの心は強く躍り始める。
「さぁアイン様……どうぞお好きな時に」
緊張で首筋に汗を流すのはいつぶりだろう。今のアインを見ていると、恐怖とは違うが、強制的に緊張させられてしまう。
手汗も通常より多く、剣の握りを数度に渡って確認した。しっくりくる握りを見つけたと思えば、すぐにボタンを掛け違えたかのような不安感に襲われる。
——すぅ……はぁ……。
鼻から新鮮な空気を送り込み、体中へとそれを巡らせる。
細胞の一つ一つが活性化をはじめるように、腕に多くの血液が流れ込むのを感じ始める。
一方正面に立つアインは、ロイドの緊張なんて気にしない様子で、ただリラックスした面持ちで立っていた。
軽く首を回したと思えば屈伸をして、身体の調子を整えているのが良くわかる。
これでは、どちらが格上で胸を貸してるのか、それすらも疑問視されてしまう事態だった。
「それじゃ行くよ、ロイドさん」
「……えぇ、どうぞご存分に」
剣を右手に持ち、脱力するかのように斜めに下ろす。そしてゆっくりと一歩一歩、地面をかみしめるように歩を進め……アインは少しずつロイドに向かってきた。
徐々に手に持った剣が上を向きはじめ、その先の存在に振り下ろすための動作が始まる。だがあくまでもゆったりと、そして無駄な力が入ってないような脱力感を持って、独特のリズムでそれは近づき始める。
最後の数歩は目にもとまらぬ速度だった。目で追えていたロイドだったが、一瞬面くらってしまったのは仕方ない。アインが振り始めた剣に合わせて、重心を低くして防御の姿勢をとる。
「アイン、様……っ!?」
そのアインの姿は、ディルにとって既視感に溢れた動作だった。
この土壇場になってそれが何かを思い出す。エウロから帰る時のことだ。赤狐の木彫りの置物……それに反応したデュラハンの一振り、その時の動作とまさに瓜二つにしか見えなかった。
「くっ……ぬぅ……っ!」
ついに振り下ろされた剣は、真正面で構えるロイドの防御へと届く。正面切ってのぶつかり合いだったが、アインを中心に、何か爆発したかのような衝撃が発生する。
そしてその一瞬の後、その一帯へと大きな怒号……例えるならば、金属が引き裂かれるような。そんな衝撃音が響いた。
——立っていた場所から、数歩に渡って後退させられるロイド。
その服の下では、下半身に多くの血管を浮かべる程、強く力んで必死に耐えている。足の裏から脹脛、膝を通って太ももに至る。そして少し開いた両足から、腰へと向かって大地の力が駆け上がる。
だがどうだ、その大地に力をものともせずに、アインが与える衝撃のせいで後退していくではないか。
こうした衝撃の受け方は初めてだったロイド。心の中では多くの困惑に苛まれてしまうが、意地でも地に体は付けない。
「……これがきっと、今の俺の全力だと思う」
遂にその衝撃は終わった。数秒に満たない時間であったが、受け止めたロイドはたかが数秒とは思えなかった。
「でもごめん。訓練用の剣、壊しちゃったみたい」
するとアインは剣を壊しちゃったと口にした。
だがロイドやディルたちから見ると、剣はいつも通りそこにある。
——だが……。
「ア、アイン様?別に壊れてるようには見えませんが……」
他にも尋ねるべきことはあったはずだ。今のは一体なんだ?体は大丈夫なのか?……数多くの疑問があったが、ディルはついそのことから尋ねてしまう。
それからすぐのことだった。アインが剣をそっと降ろし、『壊れてるよ』と再度口にしたときの事。
まるで枯葉が舞い散る音のように、アインの剣が少しずつぼろぼろになっていった。
「ディル」
「っは、はい……!」
「悪いけど、片づけを頼んでいいかな?この後お爺様に時間を貰ってるから、食事もだけど身支度があるんだ。……自分がしたことなのに申し訳ないけど、任せてもいい?」
「え、えぇ……勿論でございます。ですが……っ!」
先程のはなんだったのか、その説明をしてほしかった。だがアインは、溜飲を下げたかのような表情をして、満足そうな顔をして額に汗を浮かべている。
……そんなアインの姿を見ると、なぜかこれ以上口を開くのを躊躇われる。
「ごめんね、それじゃ任せるよ。……ロイドさんもありがとう、おかげで少し良くなった気がする」
「ふ、ふふ……それはなにより、ですな」
息子のディルにはわかる。ロイドは何かに耐える様に笑みを浮かべていると。
何かを我慢して、無理やりそうして笑っているのだと感じた。一体ロイドに何があったのか、ディルは気が気でない。
「じゃあ食堂で昼ご飯貰ってから、身支度してお爺様のところいってくる。……それじゃまた後で!」
そう言って走り去るアイン。そんなアインは振り向きざまに、満足そうな笑みと、数滴の汗を滴らせてこの場を立ち去った。
「ち、父上っ……!?いったい何が……っ」
アインが去っていくのを確認し、急いでロイドの許に向かったディル。
するとロイドは左肩を抑えながらも、顔中に汗を浮かべてこう口にした。
「……すまんがディル。今日の私の仕事は休ませてくれぬか」
「急に休みなどと……一体どうしたのですか!」
ふぅ、ふぅ……と短い呼吸を繰り返すロイドを見て、ディルはその言葉の真意を尋ねる。
「それと悪いが。もう一つ頼みごとがある」
ディルの言葉に返答するまえに、ロイドはすぐに自分の要求を口にしだす。どうにも強引なロイドの姿に、ディルは若干狼狽えてしまった。
「すまんがバーラ殿のところへと連れて行ってくれんか……っ」
「バーラ殿のところ、ですか?」
アインが連れてきた希少な人材。治癒能力を持つバーラの許へ連れて行ってくれ、なぜそんなことを?とディルは不思議に思う。
「左肩が折れて……いや、骨が砕けているかもしれんっ……。すまんが、早めの治療をしたい」
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