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魔石グルメ ~魔物の力を食べたオレは最強!~(Web版)  作者: 俺2号/結城 涼
八章 ―アイン―

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求めるのは静かな日。

 朝から?正しくは昨晩からだが、とりあえずそれなりの騒動となったのは事実だ。オリビアは自分が口にした通り、先ずは朝早くから出勤してきたクリスへとアインの事を伝えた。クローネは午後から登城することとなってるため、午後にはクローネへも何があったのか知らせることだろう。

 春から夏に移り変わる季節。朝日に輝く緑が美しさが、アインの困惑していた精神を優しく癒し始める。



 学園都市の街路樹は見事なほど整備されていて、イシュタリカの学園都市への力の入れようが感じられる。



「ねぇクリス?」


「へっ……は、はいっ!なんでしょうかっ!」



 学園への道をともに歩く彼女へと、アインは顔を向けずに話しかける。

 いつもより少し開いた二人の距離と、いつもより落ち着きのない彼女の態度。怯えや困惑……多くの感情を持ちながら歩くクリスは、アインに対していつもの態度で接することができなかった。



「大丈夫だってば、ほーら怖くない怖くない」


「ほ……ほんとですか……?私ぐるぐる巻きにされて吸われたりしませんか?」



 ——……するわけないだろ。



 アインがそう思っても、クリスがそれを分かるはずもなく。

 ちなみにクリスがオリビアから聞いた話は簡単な内容だ。アインが異人種としての成人を迎えた、アインの場合は力があるだけでなく、多くの魔石を吸収しているため、不測の事態も考えていてほしい。



 ……あと吸われないように気を付けてね?クリス。



 出勤早々。オリビアからこうした説明を受けたクリスだったが、どうしてこんな事態だというのに、オリビアが稀に見る上機嫌なのかが疑問だった。それとどうして、大事そうに木の根を抱えていたのかが分からない。



「それ完全に危ない人だよ俺」


「うぅ……そ、そうなんですが……っ」



 前科といってはなんだが。過去にアインは、吸収を至る所で使っていた経歴がある。その過去もあってか、クリスは少しの警戒をしていたのだ。



「大丈夫だってば。クリスの魔石に興味持ったことないから……だから危ないことはないと思うよ?」


「……むぅ」



 吸わせろといわれれば恐ろしさすら覚えるが、その言い方はないだろう。まるで貴方には興味ありませんよ、そう言ってるかのように聞こえる言葉に、クリスは少しばかり苛立ちを覚えた。



「興味持ったことないとは失礼ですねっ……!いいですよ少し吸ってみますか?それでもし美味しかったらどうするんですかアイン様っ!」


「え、えぇ……怒るとこそこなの?」



 ずい、と近づくクリスを見て、彼女がこうなってしまった原因に困惑する。アインとしては魔石はその持ち主と別扱いで考えていたのだが、どうにも受け手のクリスにとってはそうはならなかった様子。

 長い金髪を揺らしながら、いつもと同じか少し近い距離まで近づくクリス。先ほどまでの恐怖心なんて、とうに何処かへ置いてきてしまった。



「さぁアイン様っ!私の魔石はここです……少しなら……少し、なら……」



 エルフの魔石は右胸にあたりに宿っているようで、クリスはそこを主張してアインに近づく。だがしかし、やっていることの意味をようやく思い出したのだろう。突如として発生した羞恥心に覆われて、クリスは一瞬で顔を上気させる。



「あの、えっと、その……ま、まだ覚悟ができてないので……覚悟が出来たらでよろしいでしょうか……?」


「何の覚悟かしらないけど。さすがに魔石は吸わないからね?」



 生命力を吸うのだから、死に近づくのは当然のこと。それをわざわざ吸う必要も理由もアインにはない。



「えっ……!?す、吸わないんですか!?」


「いや当たり前だからね?吸ったら危ないからダメだよ。だからちょっとクリス落ち着いて」



 悲しみに満ちた表情をされてしまうが、なぜ吸ってもらえると思ったのだろうか。アインの言葉を聞いて納得できる部分があるようで、先ほどよりは落ち着いた様子となったように見える。だがしかし、釈然としない部分があるのは変わらないようだ。



「むぅ……。この筆舌(ひつぜつ)にしがたい感情はどうすれば……」



 距離感がいつもの二人に戻ったことに、当事者たちは気が付いていない。二人にとって当たり前の距離に戻っただけの事だからこそ、逆にしっくりとくる要素がある。アインの護衛となってからというもの、更に自分らしさを見せるようになってきたクリス。

 喜ぶときは昔より素直に、そして悲しいことがあっても隠すことなくそれを伝える。何事にも一生懸命なクリスは、そうした感情の面でも常に一生懸命な様子を見せてくれる。



 今もそのクリスらしさを見せてくれることに喜びながらも、先ほどまでの彼女を思い出して、苦笑いのまま学園へと向かっていった。




 *




「——そのため初代陛下についての研究は、これから更なる佳境を迎えるだろう」



 ムートンから剣を受け取る、その日の夜には謎の成人を迎えたアイン。だが学園ではいつものように席に着き、そしていつものメンバーに囲まれて、いつもと同じく教官を待った。全体授業の二日目を、アインは話半分の様子で臨んでいる。



「であるからして、今後の課題としては初代陛下の出身地や環境の発見。家族構成についての研究が挙げられているが……レオナード、それはなぜか答えなさい」


「はい」



 アインのすぐそばに座るレオナードが指名される。彼はそれを受けてすっと立ち上がり、はきはきとした声で答えを口にしだす。



「国家統一、それが成された前後の資料があまりにも不足しています。口伝で残っているものやその痕跡、そうした小さな影響から研究を進めていくしかできないため、研究について目に見える成果が発表されていません」


「その通りだ。一説ではマグナ近くの平野地帯の生まれ、そうした仮説が立てられてはいるものの、やはり立証するにはまだ説得力に乏しい」



 授業は進み続ける。しかしながらアインの頭の中はそれ以外のことで埋め尽くされていた。それは自らの成人という現象についてだ。現状は特に違和感を感じないどころか、五感が鋭くなったかのような感覚を覚える。それ自体は悪くないのだが、例えばそのおかげで多くのエネルギーを必要とすれば、昔のように無意識に吸収をしてしまう。そのような事態になりかねないのでは?との懸念があった。



 クリスには特に影響を与えることが無かったが、それはもしかすると偶然なのかもしれない。小腹が空いていたら吸い始める可能性は……と思えば、あまり穏やかな心境でいられないのも事実。

 頭の中で一つの仮説があり、それはオリビアが関係している。なぜオリビアには吸収が働かなかったのか、それはアインの産まれ方にあるのではないか。そういった仮説だった。



 ドライアド独特の産まれ方。いわゆる株分けの様な産まれ方の場合には、その元となった存在に対して、親と慕う感情は希薄なのではないかと考えた。

 元々は自分にとっての番を生み出す行為であり、それが親子関係であってはならないと思われる。その産まれ方でできた異性と子をなして、個体数を増やすのが目的なのだから。だからこそ親と慕っては意味がない。



 となれば結局のところ、赤い糸なんて比べ物にならないような、そんな何かで繋がっているのかもしれない。

 夢物語だが、その繋がりがあるからこそ吸収には至らない。こんなことを考えていた。



「……そのためこれからの研究に期待を——」



 アインが思考を繰り返す中、教官は授業を進めていたがチャイムの音が鳴った。時刻は午後の2時、午前午後2コマ分の授業を終えたため、今日はこれで放課となる。



「今日はこれまでのようだ。続きは後日としよう、では今日の授業は以上だ」


「起立。礼」



 恒例のレオナードによる挨拶が終わり、教官はそれを確認して退室していく。すると合図をせずとも4人が集まり、いつものメンバーでの会話が始まる。



「その、殿下。なにかお悩みでも……?」


「え?どうして?」



 レオナードは心配そうな顔を浮かべてアインに尋ねる。バッツとロランの二人はそれが気になった様子で、顔に何があったのかと疑問そうな顔を浮かべた。



「何やら深刻そうにお考えの様子でしたので……」


「あぁなるほどね、大した事じゃないんだけどさ」



 大した事だが口にはできない。こんな悩みなんてさすがに相談できないので、苦笑いで誤魔化すアイン。



「なんだアイン悩み事かぁ?剣振ってこいよ、スッキリするぜ?」


「バッツじゃないんだからさ……」



 ロランは呆れた表情でバッツを見る。とはいえアインとしても、一度剣を振りにいけばスッキリするかもしれないと考え、そのバッツの言葉が意外と悪くないことに気が付く。



「残念ロラン。実はバッツの言う通り悪くないかなって思ってきた」


「ふふん。残念だったなロラン」


「いやそんな勝ち誇った顔しなくても……」


「それでどうしたんだアイン?なんだったらテラスにでも行って、俺たちが聞いてやるぞ?」



 こういう時のバッツはどうにも気持ちのいい男だ。例えるなら面倒見のいい兄の様な男で、たまに頼りがいのある所を見せてくれる。



「大丈夫大丈夫。多分数日中には解決するからさ」



 無理やりにでも解決させる。そんな固い決意をもって、アインはそう口にした。むしろ解決させなければ安心なんて出来やしない。



「……まぁお前がそう言うんだったらいいけどよ。でもやばくなったら俺たちにも教えろよな」


「わかったってば、いつも感謝してるよ」



 相手が不快にならない引き際と、いつでも頼れる存在を伝えるその言葉には、アインも強く助けられる。脳筋な部分があるというのに、こうしたことをしてくるのだから案外バッツを馬鹿に出来ない。



「ですが本当に大丈夫ですか?……如何でしょう。お悩みの話は聞きませんので、テラスで皆で食事なんかは?」


「んー……」



 確かにそれも悪くない。悪くないどころか、少しそうして楽しみたい気持ちすらある。だが今日は早く城に帰りたい、そしてカティマに相談をしたい……その一心だった。



「夕方から予定もあるからさ、今日はやめとくよ。悪いなレオナード」


「い、いえいえこちらこそ不躾でした」



 こんなにもいい友人たちに恵まれた、そのことに心の中で感謝した。

 ——……和やかな雰囲気のまま、4人で話を続けていた。すると唐突に一人の生徒が教室に入ってきて、皆の注目を集める。



「あれ?誰だろあの子」



 ロランがそう口にして、アイン達もその生徒に注目する。見覚えのない顔の男子生徒で、銀髪を丁寧にセットしたそれなりの美男子だった。基本的に他クラスの教室へは入室が推奨されない、そのこともあってか、その男子生徒は皆の注目を浴びている。



「なんかこっちに歩いてきたけど、誰か知り合い?」


「私じゃないな。バッツ、お前か?」


「いーや俺でもない。となればアインだが……」


「俺も知らないけど」



 一同誰も記憶のない男だったようで、頭の中には疑問符ばかりが浮かぶ始末。そんなことは知らないその生徒は、徐々にアイン達との距離を詰め、ついにその距離1メートルまで詰め寄った。



「……誰だお前?」



 バッツが一番に口を開き、その男子生徒へとこう告げた。少しの警戒をしながらも、アインの前に立ちそう口にした。



「失礼。私は5年次の一組(ファースト)生のロディと申します。……王太子殿下でお間違いありませんか?」



 その男子生徒はバッツには目もくれず、アインを見てこう語り掛ける。無視をされたバッツはポカンと口を開き、ただただ呆然としてしまう。



「……あぁそうだよ。俺が王太子だ」



 バッツを無視したことが、アインとしても好ましく思えなかった。バッツは決して家臣ではないが、やはりこうしたことをされるといい気持ちはしない。



「お初にお目にかかります。この度は不躾ながらも、殿下にお願いがあって参りました」


「お、おい待て貴様っ……初対面なこと以前に、いきなり殿下の前に来て無礼だろう」



 ロディの態度を見てレオナードが(たしな)める。だがそのロディはレオナードすらも一瞥するだけで、すぐにアインへと視線を戻す。



「まぁいいよレオナード。それで、俺に頼みって何かな?」



 無礼な行動なんていくらでも見てきた。わざわざこんなことで苛立ってもしょうがないだろう。……だがしかし、バッツやレオナードへの態度は気に入らない。



「……クローネさんを自由にしてあげてくださいませんか?私たちはお互いを想っているのです」



 ——何が何だか分からなかったアインは、その後ロディへとその理由を問い詰めた。




 *




「ごめんなさいアイン。何を言ってるのかわからないのだけど……」



 ロディとの会話が終わった後、アインは慌てた様子で城に戻った。一番にカティマへと相談しにいこうと考えていたのだが、それは叶わぬ夢となってしまう。大急ぎでクローネの執務室へと向かい、開口一番にロディの事を尋ねた。



「い、いや俺も分かってないんだけど……。でもそのロディが言うにはさ」


「その子が言うには、私とそのロディって子が相思相愛って?」


「……そういうことらしい」


「ふぅん。……そんなことが心配になって帰ってきたの?それもそんなに急いで」



 額には汗を浮かべ、呼吸が強く乱れている。服のいたる所が乱れており、せっかくの髪もなかなかの荒れ模様だった。



「まぁ慌てられないよりはいいけど……。でも少し心外ね」



 小さな声でそう呟いた言葉は、アインの耳へと届くことが無かった。荒れた呼吸の音によって、そのクローネの声はかき消されていたのだ。



「それで?そのロディって子はどんな人だったの?」


「……銀髪の、結構モテそうな感じの5年次生だけど」



 それを聞いてクローネは唇に指をあてて、目を瞑って考え事を始めた。どう説明しようか考えてるのだろうか、それとも本当に……?アインの心の中に多くの感情が生まれて蠢く。クローネの返事を今か今かと待ってみるが、一分経っても彼女はその答えを口にしない。



「あ、あのー……クローネ?」



 ついに業を煮やし、今何を考えてるのかを尋ねることにした。同じ体勢でずっと考え続けているクローネを見て、アインも我慢の限界だった。



「え?どうしたのアイン?」


「どうしたのじゃなくてさ、教えてほしいんだけど」


「あぁそのことね。ごめんなさいもう少し待って、そのロディって子の事頑張って思い出そうとしてるの」


「……え?」


「『え』ってなによ……折角必死になって思い出そうとしてるのに」



 ——あ、あれ?



 何やらアインにとっても想定外の事となっている?相思相愛とのことらしいのに、一方クローネとしては数分考えても思い出せない相手のようで、アインとしても話の内容がさっぱり分からなくなってきた。



「あぁ……もしかしたら」



 何かに納得がいったような彼女は、そう言うと机のベルを手に取った。それを軽く鳴らすと、十数秒程度たってから一人の給仕がやってくる。



「如何なさいましたか?」


「王太子殿下とその補佐の名で命じます。オーガスト商会会長のグラーフ殿を城にお呼びして」


「畏まりました。今すぐにでございますか?」


「えぇ。何よりも急いで来るようにと、そう伝えてちょうだい」


「承知致しました。それでは失礼します」



 やってきた給仕にそう命令したクローネは、机の席から立ってアインの側に寄ってくる。するとアインが腰かけるソファに並び、テーブルに置かれていたティーポットに手をかけた。



「ごめんなさいアイン。もう少し待っててね、すぐに来ると思うから」


「なんでグラーフさんを……?」


「多分お爺様が一番詳しいからよ。さぁ一緒にお茶を飲んでゆっくり待ってましょう?」


「えっとグラーフさんが詳しいって、あのもう少し俺にも情報を……」



 気になってしょうがないのは変わらない。ともなれば彼女からもっと詳しい情報を得たいのは当たり前で、アインの心が穏やかになることはなかった。



「俺のクローネなんて言うぐらいなんだから、もう少し安心していてほしいのだけど……?」



 最近では恒例となったクローネのジト目を受けて、アインは微妙な心境と居心地のまま、グラーフが城にやってくるのを今か今かと待ち望んでいた。そう口にする彼女の手には、アインが贈ったスタークリスタルが今日も輝く。



 ——最近どうにも騒動続きだが、1つずつその問題を治めていきたいものだ。



 そしてそれから十数分後。何事かと大慌てでやってきたグラーフを、アインとクローネが2人で迎えるのだった。



本日も閲覧ありがとうございました。


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