36話【フォーゼ】駐屯地2
その顔を見てようやく多少の満足は覚えたようだ。ダントンはにやりと笑う。
「聞こえなかったのか? 離婚しろって言ってんだよ」
「理由は? 王家は教会を敵に回すことにしたんですか」
突き放す視線と声に、ダントンは心をイラつかせた。
「理由? お前が使えねぇからだよ。ってかお前、結婚されたまんまだと思ったわけ?」
「侯爵家にはなんと説明をするつもりです」
冷ややかな声に、ダントンはフォーゼをにらみつける。
変だ。
ようやくダントンは気づいた。
いつもならこんなに口ごたえすることないのに。
「私が代わりに嫁ぐから大丈夫よ」
ナナリーが胸を張って会話に入ってきた。
「今回、蛮族が侵入してきて……。このまま対処がうまくできなかったら、誰かが責められるじゃない? その責任をお姉さまがとるって形にするの」
ナナリーは人差し指を立てて得意げに語る。
「お姉さまはヨハンシュ様と離婚して、王都に戻る。だけど侯爵領には蛮国の王女がいるんでしょ? 兄嫁で。それに対抗しなきゃだから、私がお姉さまの代わりにヨハンシュ様と結婚しなおすってわけ。ね? これなら正当な離婚理由になるわ! だって国を脅かしたんですもの!」
「まさに毒婦だな」
はは、と甲高い声でダントンが笑った。
「お姉さまの嫁ぎ先なら、ちゃんとお父様が考えてくださるわ。公爵ですって! なんかすごい財産持ちらしいから。一生遊んで暮らせるわよ!」
ナナリーはじゅうたんを歩いてフォーゼに近づいてきた。
「ね? いい案でしょ?」
「おれが考えたんだっつーの」
は、とダントンがあざ笑い、足を組み替えた。
「どうする? 姉上。この話に載らないのであれば、軍は進ませない。侯爵の騎士団が負けるところをここからずーっと眺めてるけど」
いままでは見ないようにしてきた。
かかわらないようにしてきたからだろうか。
フォーゼは黙ってふたりを見比べた。
こうやって改めて眺めると。
よく似た妹弟だと思う。
顔立ちも、性根も。
「この国も終わったな」
モンテリス領主がうめく。
「は?」
「ってかそのおじいちゃん、誰」
低く小声だったからだろう。ふたりには聞こえなかったらしい。
フォーゼはふたりに言い放つ。
「話はそれだけ?」
「……なに、どういうことよ」
ナナリーがにらみつけてくるが、フォーゼは無視して地面に視線を走らせた。
ダントンが投げつけた指揮棒を見つけて拾い上げる。
「行きましょう、おじい様」
そう言ってふたりに背を向けた。
モンテリス領主は恭しく頭を下げ、ついてくる。
「どこ行くんだよ!」
「ちょっとお姉さま⁉」
甲高いふたつの声を振り払い、隣に続く扉幕を開いた。
騎士団長たちはそれぞれ話をしたり、座ったりしていたが。
入ってきたフォーゼを見てぴたりと動きを止めた。
というのも。
彼女が指揮棒を持っていることに誰もが気づいたからだ。
「優秀なる王国の騎士団。その長たる卿らに話があります」
フォーゼは彼らを見回した。
内心では震えていた。
気を抜けば足が小刻みに揺れそうだが、頭の中でヨハンシュの姿を思い浮かべる。
軍神と称えられる夫。
彼ならどんな姿勢で話すだろう。
彼ならどんな表情を作るだろう。
彼ならきっと……。
「さきほど、ダントン王子より、私の離縁と引き換えに軍を進めてもよいと持ち掛けられました」
「そ……それは」
騎士団長たちがどよめく。
フォーゼは片手をあげてとどめた。
「私の義兄でありリゼルナ侯爵ジゼルシュ卿のもとに届いた陛下からの勅書にはそのような内容は一切書かれておりません」
「待て、おい!」
幕扉を跳ね上げてダントンが駆け込んでくるが、モンテリス領主が素早く抑え込んだ。
「これはダントン王子が陛下の意に背き、その勅書を曲解して私的に利用したと思われます」
「黙れ、貴様! 違う!」
「同じ王の子として、この暴挙を見逃すことはできません。また、彼は自ら指揮棒を放棄しました。継ぐのは第一王女である私です」
フォーゼは指揮棒を掲げる。
正直、その意味などあまりよく知らない。
だが、出陣するときにジゼルシュがヨハンシュに差し出し、ヨハンシュが恭しく受け取っているのを見て、軍人にとって大事なものなのだろうとは感じていた。
案の定。騎士団長たちは軽蔑した視線をダントンに向けている。
「ここで卿らに決断していただきます。ダントン王子に従ってここにとどまるか。それとも王命を実行し、指揮棒を持つ私に従うか。王国に忠義篤い卿らは、賢明なる判断をしていただけることと思いますが」
フォーゼは一度大きく息を吸う。
「いかがか。決をここでいただきます」
「我がモンテリス領はいますぐに加勢のため、侯爵領に入領する!」
モンテリス領主は、ダントンを組み伏せたままこぶしを突き上げた。
「王女と王国に栄光あれ!」
「我が騎士団も従う!」
「王国に栄光あれ!」
「王女の指揮に続け!」
こうして。
王都から派兵された騎士団たちは速やかに進軍を開始した。




