34話【ヨハンシュ】戦場へ
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大牙の灰色狼が国境沿いに集結しているという報告が侯爵家にもたらされたのは、警備の鐘が領内をリレー形式で駆け巡って来てから五時間後だった。
すでに朝は白み始め、その後、続々と報告が入る。
「今回の襲撃はかなりの大規模になりそうだな……」
作戦本部と化した執務室で、ジゼルシュがうなる。
執務机には届けられたメモ状態の報告が山と積まれていた。
「アマルス王国はまだ飢餓状態なのですか?」
うんざりした様子でヨハンシュは言う。言いながらも、軍服の上から武具を着用する手は止めない。壁際には騎士団団長二人がすでに武装状態で待機していた。
「いや、リリィから聞く話ではだいぶん復活しているようだが……。不満はたまるのだろう。大牙の灰色狼への入会者は多く、国内でも手を焼いているらしい。で、そいつらは義賊ぶってうちに侵入し、農作物を盗んでいく、と」
「ただの窃盗集団でしょうよ」
ぎゅっと鎧紐を結びながらヨハンシュが吐き捨てる。
「窃盗武装集団だ。今回も心してかかってくれ」
「承知」
「中将に軍事指揮権を与える。騎士団は従え」
壁際に待機していたふたりの団長が、敬礼をする。ジゼルシュは無言でうなずき、ふたたびヨハンシュに視線を戻した。
「すでに早馬を飛ばしている。明日には王都に到着するだろう。国軍の動員を依頼している」
「来ますか?」
鎧をつけ終わると、侍従がマントを差し出してくれた。ヨハンシュは受け取り、着用しながら顔をしかめた。
「前回は来ませんでしたが」
「お前と王女の結婚が決まった後、たんまり小麦や芋、ナッツ類を送っておいた。兵糧が足らんとは言わせんし、王都への道々『これは王城への納入品です』と宣伝するように伝えておいたからな」
今度兵を出さなければ、王城は赤っ恥をかくことになるだろう。
「まあ……とにかく速やかに撃退して屋敷に帰ってまいります」
ヨハンシュはマントをつけ、身支度を整える。
「ああ。武運を祈っているが……。珍しいな。お前が『速やかに』などというのは」
ジゼルシュがまばたきをする。ヨハンシュは眉根を寄せた。
「王女といい雰囲気になった途端、鐘がガンガン鳴って」
「「「おお!!!」」」
一気にテンションが上がったのは、ジゼルシュだけではなく、ふたりの騎士団長もだった。
「これは王女の気の変わらぬうちに終結させねば!」
「中将! さっさと行きますよ!」
「団員に伝えろ! 中将の今後に関わっている、と!」
一気に士気が高まった作戦本部だった。
その後、『すぐに王子ダントンを指揮官とした国軍を向かわせる』という返事をもらって帰都した使者は、その往復で三日しかかからなかった。ヨハンシュは直々に褒美を与え、すぐさま前線に連絡を飛ばす。
『すぐに国軍が来る』
そのころには大牙の灰色狼は越境。
交戦が始まっていた。
想像以上の大軍に前線は混乱。
一度軍を引き、立て直しを図っているところだった。




