表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄を繰り返す〝モーリウスの毒婦〟が嫁⁉ 離婚即滅亡の危機を溺愛で脱しろ!  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/37

30話【フォーゼ】あなたにとって私は2

「王都から……王城から出て、ようやくのんびりできると思ったのに。なんかずっと仕事に忙殺されている上に、領はいまから危険な時期で……。その、本当ならもっとその……。ゆったりと、心静かに暮らしていただきたいのに」


「そんな」


 フォーゼは急いで首を横に振った。


「私はこの暮らし、大好きです」

「ですがきっと、俺じゃなかったら」


「俺じゃない?」

「俺が夫じゃなかったら。きっともっとうまくやれていたんじゃないか、って。その」


「その?」

「レオ殿……とか」


「レオ?」

「もし彼が生きて。そして王女と結婚していたら……」


「レオと結婚?」

「好き、なのでしょう? 彼が」


「好き」

「彼と暮らしていたら、王都暮らしだろうし。兄から聞きましたが、かなりやり手の伯爵家だったそうですし。苦労などせず、安心して……。その」


 珍しく、語尾がそこで途絶える。

 だからフォーゼは考えてみた。

 レオがもし生きていて。

 そして自分と結婚していたら……。


「なんだか想像ができませんね」

 フォーゼは小首をかしげた。


「レオはいまでも大好きですし、私にとっては兄のような存在です」

「……兄?」

「はい。私はほら、長女ですから。弟妹はいますが、頼れる年上の人物がいなくて」


 フォーゼはカップを両手に包み、その熱を楽しみながらヨハンシュに微笑んだ。


「だからレオは、私にとって兄のような存在でした。もちろん信頼していましたし、ピアノの腕は素晴らしく、私も教わったりしていましたが……。結構抜けているところも多くて」


 ふふ、と笑う。


「一度こっそり練兵場に様子を見に行きましたが、剣技はぜんぜんダメでしたね。あれは私がやったほうが強くなりそうです」


 そんなことを言ったらレオは怒るかしら、とフォーゼはやっぱり笑う。記憶の中のレオが『君はまったく余計なことを!』と言った気がするからだ。


「レオが成長して……私の前にいたとしても。夫……とは違う気がします。戦友とか。気の置けない友人とか。そんな感じで。夫というなら」


 レオのことを話しているからだろうか。レオの記憶を共有してくれる気安さがあるからだろうか。


 ふわり、と。

 口から自然に言葉が出た。


「私にとっての夫は、やはりヨハンシュ卿です。優しくて、頼りがいがあって、強くて。私をいつも見守ってくださって……。だからこそ、あなたにふさわしい妻になりたくて」


 言ってから。

 ずっとヨハンシュが黙っていることにようやく気づいた。

 ずっと自分がペラペラしゃべっている。

 フォーゼは顔を熱くしてうつむいた。


「す、すみません。口ばっかりで、私。あの、全然まだなんのお役にも立てず……。なにかあったら熱ばっかり出してるのに」


 急激に恥ずかしくなる。

 足手まといでしかないのに、「彼にふさわしい妻になりたい」などとどの口がいうのか。


 カップをソーサーに戻し、熱い頬を両手で隠す。


 がたっと。

 椅子の足が床をこする音がして。

 顔を上げるとヨハンシュが立ち上がっていて。

 そして息をするまもなく、彼はフォーゼに抱き着いてきた。


「ありがとう」

 ヨハンシュが床に両膝をつき、フォーゼを抱きしめたまま言う。


「え……。ヨハンシュ卿?」


 いきなりのことに尋ねる声は、彼の胸に顔を押し付けられているからくぐもっている。


「夫と認めてくれて、ありがとう」

 ヨハンシュがそんなことを言う。


「私こそ、あなたに妻と認めてもらえるようにがんばります!」


 宣言をすると、ヨハンシュが腕を緩める。

 なんだかびっくりした顔で彼はフォーゼを見た。


「え。王女はずっと俺にとって妻ですが」

「そうですか? え。でもなんか……。私的にはまだ実感が。それに……父がなにを言い出すかわかりませんし」


 結婚したとはいえ、形ばかり。父が離婚と言い出したらそれまでだ。厄介ごとを持ち込む嫁。そんな存在でしかない自分に、心底がっかりする。


「たとえ陛下が離婚と言い出しても、俺が認めませんから」


 ヨハンシュが断言する。

 伏せていたまつげが彼の呼気に揺れ、フォーゼはゆっくりと顔を起こす。

 すぐ間近にある端整な彼の顔。

 まっすぐに自分を見つめる目。


(ああ、この目)


 この目のおかげで、自分はいま安心して生活ができているのだ。

 心の中にいるレオに謝ってばかりではなく、会話することができるようになったのだ。フォーゼはそう思った。


「あなたはずっと俺の妻としてここにいるんです。もう決まったんです。誰もそれを覆せませんから」

「……ですが」


「決まったんです。もうそうなんです。不甲斐ない夫ですが。だからその、あなたを幸せにしたいんです。そう決めたんです、俺が」


 彼の言葉は、ふわふわとフォーゼの頬や髪を撫でる。

 そのすべては夕日のようなぬくもりを持っていて。

 ふれるたびにフォーゼの身体を温め、心をとろかせていく。

 ずっと抱いていた罪悪感までも。


「俺はあなたの夫で。あなたは俺の妻で。それでいいですね?」

 やわらかく問われ、フォーゼは力強く頷いた。


「もちろんです。もちろん……それで」


 言った途端、ぽろりと涙がこぼれる。

 そのあとは決壊したように、ぽろぽろと立て続けに涙があふれた。


 ようやく、踏み出せる気がした。

 謝るばかりではなく。罪に沈むばかりではなく。

 それらを抱えて前に。

 彼となら。


「す、すみません」

 フォーゼは慌てて顔を手で覆う。


「とんでもない。できるだけ泣かせないようにと思うのに……。なんだかいつも泣かせてばっかりですね」


 ヨハンシュが抱きしめてくれる。


「これはうれし泣きなので」

「だとしても、やっぱり笑ってくれる方がいいです」


「がんばります」

「そしてあなたはがんばりすぎです」


 きっぱりと言われ、フォーゼは笑う。ヨハンシュもつられたように笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ