23話【ヨハンシュ】侯爵領到着3
すぐに執事たちがお茶をサーブしてくれた。
隣に座っているフォーゼは、リリィに息つく間もなく話しかけられ、なんとか返している状態だ。
ちょっと休ませた方がいいのでは、と思うのに、その気配を察したのかリリィが「ヨハンシュは過保護だわ!」と叱られた。
「おお、これはうまいな」
憮然としていたら、ジゼルシュが声を上げた。
何気ないスコーンに見えるが、ジャムが塗られている。薄い黄色の果肉が見えた。
「うまい」のは、そのジャムのことを言っているのだろう。
「イース地区なんだけどね、去年植えたレモンが豊作だったみたい! 郷士の奥方が『これ、特産品になりませんか』って持ってきたから。ジャムにしてみたの。一応、王都への納入品リストにはいれてみたんだけど……。味を確認してほしくて」
リリィが興味津々な顔をジゼルシュに向ける。
「うまいと思う。どうだ?」
側に控える執事にジゼルシュが尋ねると、彼も満足そうにうなずいた。
「我々も試食いたしましたが、マーマレードにはない風味と香り。また、色が絶妙に美しいかと」
「ふむ」
ジゼルシュはスコーンにレモンジャムを塗り、ふたたび口に入れる。味わうように食べてから、「よし」とうなずいた。
「納入品決定」
「やったあ」
リリィが子どものように喜ぶのを見て、フォーゼが小声でヨハンシュに言う。
「こういうことも侯爵夫人はなさるのですか。その特産品の施策とか」
「……まあ、義姉上はするみたいです」
控えめに言ってみた。
少なくとも自分の母がこんなことをしていた覚えはないのだが……。
(だがまあ……、領内の女性が元気になった気は……する)
侯爵領はほぼ全土が肥沃な農耕地帯だが、それでも耕作に適さない地というのはある。
イース地区もそのひとつだ。
平坦でない地を開墾していくのをメインにしていたが。
逆に、開墾はせず、果樹を中心にしてみてはどうかという案が出ていた。
レモンもそのひとつだったのだろう。リリィが「この種類のレモンは一年で実をつける」と言っていた覚えがある。予想通り実を付けたようだ。
「あんずも植えているの。うまくいけば、来年には実をつけるわ」
「果樹園で進めるほうがいいのかもしれんな、あの地区は」
リリィとジゼルシュは会話を続ける。
「あの……」
また小さくフォーゼに声をかけられた。
「なんですか?」
尋ねてから、視線の先にレモンジャムがあるのに気づき、ヨハンシュは執事に目くばせをした。
すぐにフォーゼの前にレモンジャムが添えられたスコーンが供される。
「きれい」
フォーゼがつぶやく。
改めて間近で見ると、ヨハンシュもそう思う。
真夏の日差しのような。透明度の高い黄色なのだ。イエロークォーツに似ている。
ナイフでスコーンを割り、ジャムを塗ってフォーゼがぱくりと口に入れた。
気づけばヨハンシュだけでなく、リリィもジゼルシュも固唾を飲んでみている。
「おいしいです!」
目を見開いている。
例の瞳孔ぎゅん、状態だ。これは相当旨いにちがいない。
「よかった! 王都の方が言うんだから間違いないわね」
リリィは満足そうに笑い、フォーゼに言った。
「いっぱい食べて。そして感想をたくさん伝えて! それがこの領のためになるのだから」
おずおずと顔を上げるフォーゼに、リリィはふたたびまろやかに笑った。
「お互い嫁いできたもの同士。この領を豊かにしましょう」
「不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げるから、ジゼルシュが苦笑いして弟に視線を送る。
「これでは誰が誰に嫁いできたのかわからんな」
ヨハンシュも口の端をゆがめる。
「確かに。義姉に嫁いできたようです」
苦々しく言うから、リリィとフォーゼは目を丸くして顔を見合わせ、そして同時に笑い出したのだった。




