2話【ヨハンシュ】結婚話2
いや、フォーゼ王女が悪いわけじゃないことはヨハンシュも知っている。
ようするに政略結婚……いや、政略婚約?を繰り返された結果だ。
最初の婚約は国内有力貴族のひとつである宮中伯とだった。
当時、フォーゼ王女はまだ6歳。
対して相手の男は宮中伯の息子で20歳になったばかりの男性だった。
あまりの年の差にそれとなく異を唱えた者もいたようだが、当の宮中伯家は乗り気だった。
フォーゼ王女は王と死別した先代王妃の子であるとはいえ、長女。
血縁を結んでおいて悪いことはない。
宮中伯家は最大限フォーゼ王女を厚遇したというが。
ある日、王は一方的に告げた。
「王女への態度が不敬である」と。
そうして一方的に婚約破棄。宮中伯家は著しく評判を落とし、身の潔白を示すために婚約相手は自害。
フォーゼ王女の次の婚約相手は伯爵家だった。
地位は劣るが、海外貿易で財を成している富豪だ。
王都ではめきめき力を伸ばし、財務大臣枠を狙ってわいろを渡しているのではと評判の一族。
フォーゼ王女が12歳。相手の男子は伯爵家の次男で15歳。
年も近く、ふたりの相性もよさそうに見えた。事実、伯爵家の次男は足しげく王宮に足を運び、フォーゼと一緒に本を読んだり、ピアノを弾いたり。
だがこれも婚約破棄。
次男が王宮に頻繁に出入りしていたのは、王家の命を狙うためだと密告があったのだ。
伯爵家は財産没収の上、爵位返上。息子たちは修道院に入れられ、財産は国庫にはいった。その後、修道院で息子たちは栄養失調のため命を落とす。
そして三番目のフォーゼ王女の相手。
それは軍務大臣の三男だった。
フォーゼ王女が16歳。軍務大臣の三男は26歳だった。
もちろんこれも一年と経たずに破局。
表向きには、「三男に愛妾がいたことが発覚」となっているが。
私兵を増やし、軍事力を伸ばし始めた軍務大臣を失脚させるための方便だった。
この三男はフォーゼを誘拐しようとした罪で逮捕。その場で斬首されている。
繰り返される婚約と婚約破棄。
国王はフォーゼ王女を使って、国内で力をつけようとする貴族の芽をつぶしていっているのだ。
「フォーゼ王女はおいくつになられましたか?」
「20歳だ」
「俺が22歳だから……。まあ、年齢的にはあれですね」
「ヨハンシュ」
「なんですか」
「今回、陛下に申し上げたことがある」
「なんですか」
「婚約式はせず、結婚式をしたい、と」
一瞬、兄が何を言いたいのかわからず、沈黙をしたが。
ヨハンシュはゆっくりと口を開く。
「ようするに、婚約破棄をする間を与えない、と?」
「そうだ」
ジゼルシュは重々しく頷いた。
「ヨハンシュ。もし敵が間合いにいきなり入ってきたらどうする」
「……間合いを、潰すしかないですね」
一瞬の隙をつき、相手が間合いに入ってきた。
こちらの迎撃が間に合わない。
そうなると。
こちらも一歩踏み込み、相手が有利だと思っている間合いをつぶす。体当たり覚悟で。
「婚約破棄だなどと言わせん。もう、我が弟の妻として迎え入れる。結婚となるといままでのように破棄はできまい」
「教会がからみますからね」
婚約は家と家同士で行うが、結婚となると教会を通し、神の前で契約をする。「一生を共にする」と。
それを反故にすることは、神の前で嘘をつくことになる。
ただし、正当な理由があれば別だ。
不貞が行われた。子ができない。なんらかの宗教的疑義が出てきた。
そういったことを教会に訴え、教会が正当性を認めれば離婚も可能だ。
政治的な理由で王が「離婚だ!」と言っても、教会が認めない。それを強引に押し通そうとすると、王と教会の間に余計な争いの種が発生する。
「今回、陛下はフォーゼ王女の身分をそのままにして降嫁させるとおっしゃっている」
「……どういうことです」
普通、臣下に降嫁させる場合は、王女の身分を解く。そうでないとふたりの間に生まれた子どもに王位継承権が生まれてしまうからだ。
「警戒せよ。子をなす前になんらかの難癖をつけて王女を奪いにくるかもしれん」
兄の言葉に、ヨハンシュはうんざりした。
なんでこんな政治的問題に振り回されねばならんのか。
「案ずるな。我が領は辺境。連れ去ってしまえばこちらのもの」
まるで誘拐犯のような顔で、ジゼルシュは続けた。
「それでも強引に奪いに来たり、一方的に離縁を申し出ようものなら、『今年は不作でした』と納入作物を減らしてやる。我慢比べだ。王都が干上がるか、侯爵領が滅ぼされるか」
「わかりました」
「そしてヨハンシュ」
「はい」
「お前がなすべきことはわかるな?」
「俺が……なすべきこと」
え、なんだろう。兄に尽くすことだろうか、と思っていたら、真面目な顔できっぱりと言われた。
「フォーゼ王女を溺愛し、甘やかせ、別れたくないと思うほどに惚れさせるのだ!」
ヨハンシュは。
とっさに返事ができなかった。
というか。
『いや、それはどうだろう』と言いたくなったのを飲み込むのに必死だった。
「できるな⁉」
「……」
「我が弟よ。我が領の命運はお前にかかっているのだ! 心しろ!」
「……」
頭を抱えたくなるのを必死にこらえていると、ジゼルシュが立ち上がった。
「ひいき目ではなく、社交界でのお前の評判はいい。『嫁の候補はあるのか』と聞かれたことも何度かある」
一応自分でも自覚はある。
兄弟そろって見栄えはいい。兄の妻もうちの国に短期留学したときに惚れたと聞く。ヨハンシュだって女性から色目を使われたことはあるし、団員たちと一緒に夜の街にいけば引く手あまただ。
だが。
(……それとこれとは違うような……)
自分に好意を寄せてくれる人なら惚れさせるのも簡単だろうが……。
見ず知らずの女を一から口説くとなると……。
「できなければ、それすなわち死!」
がっしりと両肩をつかまれて断言される。
「溺愛せよ! 惚れさせろ!」
「……鋭意、努力いたします」
そういうのが精いっぱいなヨハンシュだったが、「とりあえず明日、お茶にでも誘ってみよう」と思った。




