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婚約破棄を繰り返す〝モーリウスの毒婦〟が嫁⁉ 離婚即滅亡の危機を溺愛で脱しろ!  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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13話【フォーゼ】初夜が明けて

 フォーゼが目を覚ました時、見慣れない室内には朝日が満ちていた。


(ここ、どこかしら)


 ベッドに手をつき、そっと身体を起こす。

 ここ数日の、泥のようなだるさが嘘のようだ。

 顔にかかる髪を払おうとして、手首になにかついていることに気づく。


「?」


 紐だ。

 紐というか、糸だろうか。


(なにかしら)


 引っ張って取ろうとしたら、「あ」と足元の方で声が上がる。

 顔を向けると、ヨハンシュだ。

 椅子から立ち上がり、近寄ってきた。


「目覚められましたか? ご気分はどうです」


 そう言いながら、手を伸ばしてフォーゼの額に落ちかかる髪を優しく撫でつけてくれる。


 彼の手首にも、糸がついていることにフォーゼは気づいた。


「あ。これですか? すみません、眠ってしまうかもと思ったので。案の定、寝ていたようだ」


 ヨハンシュは急いで自分の手首から糸を外し、それからフォーゼにも声をかけて手首から糸を外す。

 その様子を眺めながらようやく気づいた。


(私が起きたことに気づくため?)


 糸と糸で結んでいたら、フォーゼが起きたことに気づく。そんな理由でつけていたのだろう。


「……ひょっとして、私、ずっと眠っていたんですか?」


 おそるおそる尋ねる。

 王都を馬車で出たのは覚えている。


 だるくてつらかったが、ほっとした。これであとはリゼルナ侯爵領に向かうだけだ、と。


 そこでふつり、と意識が途切れた。


「眠っていたというか。高熱で倒れたのです。無理なさっていたのに……。気遣えずにすみません」


 ヨハンシュが頭を下げるから慌てた。


「そ、そんな! あの、私のほうこそ……!」

「医師に診てもらったら、過労だろう、と」


 ヨハンシュは言うと、ふたたび手を伸ばしてきた。


 少し身体を硬直させたのは。

 まだダントンが幼い頃、彼によくぶたれたからだろうか。

 いきなり走って来るから何かと思えば、殴ったり蹴ったり。

 周囲の大人はそれを見ているのに何も言わない。

 いつの間にか暴力は止んだが……暴言は相変わらずだ。


「ああ、まだ熱がありますね」


 ヨハンシュはフォーゼの額に手を当て、眉根を寄せた。

 彼の手はかさりとしていて、それなのにとても暖かい。


「夜明け前に兄には『やはりまだ移動は無理そうだ』と伝えていたのです。なので、ゆっくり養生しましょう」

「そんな! いえ、あの! 大丈夫ですから!」


 ベッドから降りようとしたら押しとどめられる。


「兄はもう領地に向かって移動しています。一部の騎士だけここに残っている状況なのです。ですから大丈夫ですよ」


 ぜんぜん大丈夫じゃないとフォーゼは血の気が引く。

 そのせいか、ふわりと身体が後ろに倒れ掛かる。


「ほら、やっぱり安静にしておかないと」


 背を支えてくれたせいで、顔を間近に寄せ、ヨハンシュが「め」とばかりに叱る。


(………きれいな顔………)

 まだ思考が正常ではないのか、そんなことを考えた。


 鼻先がくっつくほどの距離で顔を合わせて見れば、とんでもなく端整な顔立ちをしていた。


 すっと伸びた鼻梁。薄い唇。黒い髪は毛先だけわずかにくせがあるようだ。


 赤い瞳は切れ長で。まるで宝石をはめこんだよう。

 社交界で騒がれるはずだ。


「どうしました? やはり横に……」


 見つめすぎたのだろう。ヨハンシュが不思議そうに問うからフォーゼは急いで首を横に振った。


「大丈夫です! あ、あの……」

「いまさら『出発する』とおっしゃってももう遅い。ならばゆっくり過ごしましょう、ふたりで」


 にっこり笑って言われるから顔が熱くなる。


(よく考えれば……。昨日は初夜だったのでは……!)


 それなのにこの醜態。


「着替えをなさいますか? 昨日、随分と暑がっておられたので」


 背中に回した手をそっと離し、ヨハンシュが言う。

 そこで改めて気づいた。


(私、また寝起きのまま……!)


 さらに体内の温度が上がる。


「いま、メイドを呼びましょう。しばらく待ってくださいね」


 ヨハンシュはそう言って退室した。

 代わりに入ってきたのはメイドらしい女性ふたりだ。


 フォーゼに礼儀正しく礼をしてから、着替えを手伝ってくれた。

 そればかりではなく清拭もしてくれ、洗顔の用意もしてくれた。


「夜には入浴の準備もいたしますので、それまでご辛抱ください」


 そんな言葉までかけてくれる。

 フォーゼは恐縮するとともに、少しだけほっとした。


 王城から。いや、あの王族たちの手からようやく逃れられたのだ、と。


「奥様、こちらへ」

 髪の毛も整えてくれたメイドが、寝室内のテーブルを示す。


(奥様)


 はて、と小首をかしげてようやく思い至る。

 そうだ、自分は結婚したから「奥様」なのだ。


「は、はひ」


 奇妙に緊張しつつ、椅子に腰かける。するとメイドのひとりが扉を開けて、誰かを招き入れた。


「え? 椅子に座って大丈夫ですか? ベッドがよいのでは?」


 ヨハンシュだ。

 仰天したことに、彼はトレイを持っている。


「ヨ、ヨハンシュ卿! そのようなもの……」

「ああ、座っていてください」


 立ち上がろうとしたら制され、ヨハンシュはトレイをテーブルに置いた。彼が目くばせすると、メイドたちは一礼して下がっていく。


「なにか美味しいものをと思ったのですが……。医師からはこれを勧められているらしくて」


 ヨハンシュは苦笑いし、ひょいと椅子をつかんでフォーゼの側に置き、座った。


 だが正直、彼の方をフォーゼは見ていなかった。

 甘く、ほのかなバターの香りに引き寄せられ、トレイを見る。


 乗せられているのは深皿が一枚。


 献立はパン粥のようだ。まだ柔らかく湯気を立てているそれからは、金色にも見える半熟たまごがのぞき、食欲をそそられた。


「このあと、デザートも用意させていますが……。まずは完食を目指して、ということで」


 ヨハンシュは言いながらも、若干納得いかない表情だ。


「あの、なにか……?」

「いえ、これ、パン一切れなんですよ。大丈夫ですか? 足りますか?」


 満足いかない理由は量らしい。

 これぐらい食べられるでしょう、少なくないか? そんな表情だ。


 フォーゼは改めて深皿を見た。


 食欲はある。

 昨日はほぼ水分以外なにも取っていないし、ここ数日はコックやメイドが不在だったため若干飢えかけたが、実際は食べる時間を惜しんで衣装を整えていたので、用意されたとしても残していたかもしれない。


(美味しそう……)


 牛乳で炊くので、当然パンはふわふわと膨らんでいる。一切れと言ったが、そうは見えない分量だ。卵もあるのでフォーゼには十分な量に見えた。


 たぶんだが、病人フォーゼのためにあつらえてくれた料理だ。

 絶対に完食を目指したい。

 だが、食べられなかったら……。


「……どうかしましたか? 嫌いなものが入っていますか?」

 黙り込んだままのフォーゼをいぶかしんだヨハンシュが言う。


「いえ、あの。この量、十分です。あの……だから、その」


 食べられなかったら、デザートはお預けだろうか。

 そんなことを考えた自分が恥ずかしい。


 顔を熱くしてうつむくと、ヨハンシュの手が伸びて頬に触れる。

 びっくりして顔を上げた。


「うつむかないでください。表情がよくわからなくて不安になる」


 そこには、本当にしょぼんとした顔のヨハンシュがいて。

 フォーゼはあっけにとられて、その美しい顔を見た。

 しばらく見つめて……。


「やはり、料理を変えさせましょう」


 意を決したようにヨハンシュが言うので、フォーゼは悲鳴を上げた。


「違うんです! 完食できなかったらデザート食べられないのかな、とか情けないことを考えたんです!」


 口走ると、トレイを両手で持って中腰になりかけたままヨハンシュは動きを止めた。


(なんて食い意地の張ったやつだと思われたに違いない……!)


 絶望というか、地獄の扉の前まで来てしまった気分でうなだれる。


 ふわり、と。

 頬に温かさを感じる。

 顔を上げた。


「だからうつむかないでください。もし残しても咎められることはありません。俺が食べて証拠隠滅だから」


 フォーゼの頬に手を添え、ヨハンシュがいたずらっぽく笑った。

 つられてフォーゼもぎこちなく笑うと、ヨハンシュは座りなおして匙を手に取った。


「はい、どうぞ」

 ひとすくいすると、フォーゼのほうに差し出すから仰天した。


「いえあの! じ、自分で食べられますから!」

「メイドたちからは、細かい作業がぎこちなかったと聞いていますが?」


 思い当たるのは、ボタンを留めたときだ。

 このところまともに食事をとっていないことが影響しているのか、それとも根を積めて針を動かし続けたからだろうか。指が若干震えたのだ。


「で、ですが!」

「遠慮なく。もし俺が倒れたら、フォーゼ王女に食べさせてもらいますから」


 やっぱりいたずら小僧のように笑い、「さ」と差し出された。


 フォーゼは意を決して口を開く。

 案外うまく、ヨハンシュは匙を口の中に運んでくれた。

 温かく、そして甘い。ハチミツだろうか。コクがある。


「おいしい……」


 清拭をして少し肌寒いと思っていた身体に、粥のぬくもりが広がる。

 不思議だ。胃になにか入ると、体中がぬくぬくとするのだから。


「よかった。次は卵部分、どうですか?」


 ヨハンシュは半熟たまごをつぶし、金色の卵黄にきらめくパン粥をフォーゼの口元に運ぶ。


 濃い。そして甘い。とろける舌触りにうっとりする。

 ねっとりとした卵黄のうまみは、胃を程よく刺激したのかもしれない。

 もっともっとと親鳥にねだるヒナのようにフォーゼは瞬く間に完食した。


「さて、それでは」

 ヨハンシュは空の深皿を満足げに見て、フォーゼに微笑みかけた。


「待望のデザートを持参いたしましょう」

「あ、あの!」


「はい?」

「もう力が入るようになりましたので、自分で食べられます!」


「そうですか? それはうれしいですがちょっと寂しいですね」

 肩をすくめるヨハンシュに、フォーゼは顔を熱くして訴えた。


「なので! そのよろしければ、ヨハンシュ卿と一緒に食べたいのですが……!」

「なるほど」


 ヨハンシュは目を細めてうなずいた。


「それはいい。早速準備いたしますね」



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