11話【フォーゼ】披露宴
騎士団団長たちが来て、そろそろパレードへと促された。
彼らがヨハンシュを「中将」と呼ぶのを新鮮な気持ちでフォーゼは聞いた。
(たぶん、軍事において将軍はジゼルシュ侯爵だからなのでしょうね)
改めて、この人のよさそうな青年は軍人なのだと思った。
(パレードをして、王都を出て……)
そうすればようやく一息つける。
気を張ってはいるものの、どうしようもない疲労がフォーゼの身体にのしかかっていた。
もう少しの辛抱だ、そう思いながら必死に背中を伸ばす。
「王女、退席の前にナナリー王女にご挨拶をなさいますか?」
ヨハンシュに言われ、フォーゼは気づく。
そうだ、この方はナナリーに好意を抱いているのだった、と。
王都を離れる前に、やはり最後のお別れはしたいだろう。
自分としてはあれだけの嫌がらせをされた相手だ。もうこれ以上関わりたくない。さっさと王都を出て、この人たちにまつわるものから逃れ出たい。
そう思うが、ヨハンシュが可哀そうだ。
「参りましょう」
答えながら、ふと自分が離婚したら、ナナリーと再婚する手もあるのではないかと考えた。
階の下で、侍女にナナリー王女に拝謁願いたい旨をヨハンシュが告げる。侍女が確認に行き、ナナリーが鷹揚にうなずいた。
ヨハンシュはフォーゼに目くばせをして階を上がる。
彼の腕にしっかりとつかまりながらも、階段を上るたびに背骨に鈍い痛みを感じる。しんどい。正直な感想だった。それなのにどうせまた嫌味を言われるのだと思うと、次第に視線が落ちていく。
「ヨハンシュ様、素晴らしい式でしたわね」
「ナナリー王女におかれましては、最後まで見守っていただき、ありがとうございます」
ヨハンシュが礼をしたようだ。それに合わせてフォーゼはさらに頭を下げた。
下げたままの態勢を維持する。
ヨハンシュが領地に戻ると、しばらくこのふたりに接点はない。
思う存分、会話をしてほしい。
「陛下の御威光により、不埒者どもを蹴散らした旨、報告にあがったところ、かような身に余る縁談をたまわり、誠に恐悦至極」
「ヨハンシュ様ほどの武勲をたてられた方を私は存じません。それに応じた褒美ではないでしょうか?」
褒美。
自分は所詮モノなのか。
蓄積した疲労のせいか、フォーゼの思考は著しく暗い方向へと向かう。
「でも、ヨハンシュ様なら私が縁を結びたいぐらい。お姉さまには惜しいわ」
ああ、やはり、と思った。
このふたりは恋仲なのだろう。
ナナリーは「私がお姉さまを推したのよ」と言っていたが、だったらなぜ……。
「ご冗談を」
はは、と快活に笑う声にフォーゼは目をまたたかせた。
「フォーゼ王女だからこそ、褒美になるのでは?」
フォーゼはあっけにとられて顔を上げた。
目が合う。
ヨハンシュが慌てた。
「あ! いやその……! 褒美といっても、王女をモノ扱いしているわけではありません! この縁談のことを指しているのです!」
必死に説明をするヨハンシュに、呆然とフォーゼは尋ねた。
「ナナリー王女がお好きなのでは?」
「いいえ、全然」
お互いに頭の上に疑問符を浮かべながらしばし見つめあう。
「フォーゼ王女のように機転が利き、辛抱強く、賢明な女性を見たことがありません。このような縁談を陛下より賜り、本当に感謝しているのです」
ヨハンシュがまっすぐに自分を見てそう言ってくれる。
じわり、と。
心の中にお湯を流し込まれたような温かさあった。
そしてそれは、疲労で固まりそうになった身体を溶かしていく。
「そう……ですか」
ようやくそれだけを答えた。
「その判断が間違っていたことをいつか後悔するわよ」
叩きつけるような声に、フォーゼは身体を震わせた。
そっと腰に手を回して支えてくれるのはヨハンシュだ。
その彼がいなかったら。
フォーゼはその場にしゃがみこんでいたかもしれない。
それほどの憎悪に満ちた視線を、異母妹から向けられていた。
「その女がどうしてモーリウスの毒婦と言われているか。ヨハンシュ様、もう一度よく考えてみることね」
ナナリーは吐き捨てると、椅子から立ち上がって退席した。
ヨハンシュはフォーゼを支えながらも、優雅に一礼する。
フォーゼはうなだれた。
そして考えた。
早く。
早くこの人を私から引き離さねば、と。




