91 裏切り
テティスに連れられて、街の中を進むモトキ。
食事の目処が付いた為、モトキに他の事も考える余裕が生まれた。
「テティスさん、この街は何処なんですか?」
「ん? モトちゃんは他所から来たのかな? ここはテオドールっすよ」
聞いたことの無い街だった。
そもそもモトキが把握している街の名前自体が少ないのだが。
「えーと……王都からはどれくらい離れているんですか?」
「オウト?」
「はい、白の国の王都」
「シロノクニ? ちょっと分からないっすね」
モトキは愕然とした。
原理は不明だが、遠くに移動してしまった可能性は考慮していた。
しかし四色王国ですらない場所だとは思わなかった。
何故なら言葉が通じるからだ。
(そうか、神の加護には翻訳機能もあるんだった。けど拙いぞ。ここから白の国に戻るまで何ヶ月かかるんだ……)
最悪なのは、モトキの手元にペンダントがある事だ。
白の国にペンダントが残っていれば、エドブルガかリシストラタが、イオランダの代わりに、魔人殺しの秘術を使える可能性がある。
他の3国も魔人に襲われて、応援が期待できない現状、白の国に生き残る術はなかった。
「どうしたっすか、モトちゃん」
「いや……お腹が空き過ぎて、立ち眩みがしただけです……」
「もうちょっとだから、頑張るっすよ」
そう言いながら、テティスはモトキの手を引き、更に奥へ進んでいく。
すると段々と、街の人通りが少なくなっていく。
建物もあれて者が増えていき、たまに見かける人も柄が悪い。
そして辺りを確認してから路地裏に入ると、明らかに隠れ家的な場所に辿り着いた。
テティスが扉を叩くと、中からもノックをが聞こえた。
「テティスっす」
「山」
「川」
「よし、入れ」
ベタ過ぎる合言葉だ。
そもそも合言葉が必要な時点で、穏やかではない。
モトキは嫌な予感しかしなかった。
扉の先には、見るからに警察と仲の悪そうな男が10人ほどいた。
タバコの臭いが強烈で、空腹なことも相まって、モトキは眩暈を感じる。
「ちわーっす! 良さそうな女の子、攫ってきたっす!」
「誘拐だった!」
「あははっ、ごめんっす」
テティスは笑いながら、モトキを部屋の中央に突き飛ばす。
男達はジロジロと、モトキの事を値踏みしている。
「おい、こんな薄汚いガキのどこが良いんだよ」
「片腕だし、こんなの金になるかよ」
(金色の眼なのに、こんなこと言われる日が来るとは……)
散々金色の眼は金になるという事で、誘拐事件に巻き込まれてきた為、この反応は新鮮だ。
しかしセラフィナのことを、薄汚いガキ呼ばわりすることは、腹に据えかねた。
「いやいや、確かに汚れてるっすけど、よく見るとすんごいっすよ、この子!」
「うぎゅっ」
テティスは濡らした布切れで、モトキの顔の汚れを拭きとる。
幼いながらも整った容姿、透き通るようなきめ細やかな肌、手入れの行き届いた美しい白髪、宝石のような金色の瞳。
生まれ持った資質に、王族として育った環境と、神の加護による治癒力の高さ、そしてモトキの美容テクニックが合わさり、セラフィナはとびっきりの美少女になっていた。
「どうっすか! 片腕なんてお釣りがくるっすよ!」
「分かってるじゃないか、テティスさん」
モトキは、セラフィナの事を褒められて誇らしげだ。
もちろんそんなことを気にしている状況ではない。
「確かにこれは、そうそう居ないレベルだな」
「どこで拾って来たんだよ、こんな上玉」
「5年後なら俺が欲しいくらいだぜ」
ちなみに身長は、すでに止まりかけている為、5年程度では大きく変わることはないと、モトキは思っている。
「それとこの子、片腕なのに滅茶苦茶手先が器用っすよ。ほらさっきの石を回すやつやってみて」
「えー」
モトキは言われて渋々2つの小石を取り出し、コインロールをしてみせる。
それを見て男達は感心し、拍手を贈った。
(ひょっとして大道芸でもすれば、食事代稼げたのかな?)
「どうっすか! これなら売れるっすよね!」
「そうだな……8000リアで引き取ってやる」
「もう1声!」
「7500――」
「8000でいいっす……」
リアがアステリアの通貨であるアスと比べて、との程度の相場かは分からない。
しかしテティスの反応から、そう高額と言う訳ではなさそうだ。
テティスは男から金を受け取る。
「まいどっす! それでは私はこれで!」
「おう、出る所を見られるなよ」
「はいっす!」
「おい、手錠を――」
「あいたっ!」
テティスが立ち去ろうとすると、その後頭部に小石がぶつかる。
モトキが持っていた2つの小石の1つだ。
「テティスさん、家でご飯を食べさせてくれるって約束ですよ」
「そ、そんなの嘘に決まってるじゃないっすか! あなたを売る為の口実っすよ!」
「知ってる。だけど一応確認をね」
モトキは立ち上がり、男達を見る。
「悪いんだけど、今の取引はなしで。金はテティスから返してもらってね」
そう言ってモトキが出入り口に向かおうとすると、男達に取り囲まれた。
「もう取引は終わった。嬢ちゃんは俺達の所有物なんだよ。」
「俺は剣として、その全てを1人の女性に捧げると決めた。他の誰の者にもならない」
「物わかりの悪いガキだ。ちょっと痛い目に遭わせてやるか」
「顔は止めておけよ。価値が下がる」
「分かってるよ!」
男の1人が、モトキの胴に蹴りを入れる。
モトキはその足の上に乗り、一気に接近すると、首に手刀を入れて気絶させた。
「なにぃ!?」
「マジっすか!?」
「ここがどこか分からなくて、みんなの安否も不明で、今までにないくらいお腹が空いてて、はっきり言ってかなりイライラしてるんだ……」
モトキは全員を睨みつける。
見た目は子供だと言うのに、その威圧感に男達は委縮する。
「これが最後だ。俺の邪魔をするな」
「ふ、ふざけるな! お前達、やれ!」
男達は一斉に、モトキに襲い掛かる。
モトキはそれを、次々に避けていく。
そして隙を見せた相手を、1人ずつ手刀で気絶させていった。
「これ貰うよ……不味っ!」
モトキは机の上に乗っていた豆を頬張り、酒瓶をラッパ飲みして流し込む。
神の加護の影響で、アルコールに酔うことはないが、問題はその味だ。
生前は20歳の誕生日に亡くなり、アステリアでの飲酒は18歳以上からなので、モトキは酒を飲んだことがないのだ。
精々料理酒の味見をした程度だが、酒の旨さは理解できなかった。
それでも多少は腹が満たされた為、モトキの動きは格段に良くなった。
「また消えたぞ!」
「なんなんだ、このガキ!」
「探せ! 近くに居るはずだ!」
「ごはっ!」
モトキはここに入ってから、ずっと男達を観察していた。
筋肉の付き方や佇まいから、その凡その実力は把握できる。
それは城の兵士とは比べ物にならないくらい弱かった。
モトキは小さな体を活かして、物陰に隠れ、足元を潜り抜け、天井に張り付き、次々と奇襲を仕掛けていく。
王闘で負け、エドブルガに負け、魔人にも負けたモトキ。
それでも国の兵士と比べても、中堅以上の実力を誇るモトキにとって、何の訓練も受けていないチンピラなど敵ではない。
「これで終わり!」
「ぐふっ……」
「あっ、その……」
10人いた男達は、僅か2分足らずで、全員気絶させられた。
部屋で意識があるのは、モトキとへたり込んでいるテティスだけだ。
「さ、さっきのは冗談っす! えーとえーと……そう! 彼等は私の財布でして、攫うとか売るとかは、お金を引き出す為の隠語なんす!」
モトキは無言・無表情でテティスに近付く。
テティスの前に立つと、顔の横の壁を、おもいっきり踏みつける。
「ひぃいいいいい!」
「財布なら全額引き出してこい。それと一番小柄な男の服を剥げ」
「りょ、了解っす!」
モトキはボロボロのドレスを脱ぐと、小柄な男から剥いだ服に着替えた。
小柄と言っても、セラフィナより20センチ以上大きい為、だいぶブカブカだ。
テティスは全速力で、気絶した男達の財布から金を抜き取ると、1つの袋に纏めて、モトキに差し出した。
「ど、どうぞ!」
「それはテティスの金だろ? テティスが持っていればいい。あっ、さっきの飲食と、この服の代金は建て替えておいて」
「いや、それは……」
「付いて来て」
モトキは隣の部屋のドアを開ける。
そこには手錠を掛けられた5人の子供達がいた。
酷くおびえた様子だ。
(人の気配がすると思ったら、やっぱりか)
それはモトキと同様に誘拐された子供達だった。
モトキは、優しい笑顔で子供達に近付き、テティスが金を集めている間に見つけた鍵で、子供達の手錠を外す。
「怖かったね。もう大丈夫だよ。悪いおじさん達は、おねーちゃんがやっつけたから」
「……本当に?」
「パパとママの所に帰れるの?」
「もちろん。だけど今日はもう遅いから、帰るのは明日。今日はあそこのおねーさんの家でお泊りだ」
モトキはテティスの方を見る。
テティスは「え?」と言いたげな顔で、自分の事を指さしていた。
モトキは子供達には見られないように、テティスの事を睨みつける。
「わ、私に任せるっすー。……はぁ」
「それじゃあテティスおねーさんの家に行きましょう。何を食べさせて貰えるか楽しみだねー」
モトキ達は再びテティスの家に向かう。
テティスは道中、モトキに目を付けたことを激しく後悔した。




