90 見知らぬ場所
明日もきっと笑ってる。
そんな保証はないと、モトキは誰よりもよく知っていた。
それでもセラフィナには、明日も明後日も、ずっと笑って居て欲しい。
その為ならモトキは何でも出来た。
何でもやって、何をやっても、大切なものは、その手からすり抜けていった。
「モトキ……」
モトキの目の前には、懐かしい人がいた。
2メートル越えの長身に、白髪銀眼の老人だ。
「バンさん! お久しぶりです!」
それは 死んだモトキに神の加護を与え、アステリアに導いてくれた恩人。
魂の管理所の住人、バンだった。
「すまん、モトキ……」
「何で謝るんですか? 俺はバンさんに、感謝しかしてませんよ。神の加護だって凄く役立ってますし」
バンはとても悲しそうな顔で、モトキの事を見ていた。
「ごめんなさい……」
モトキの背後から聞こえる別の声。
振り向くとそこには、金色の髪と瞳の女性がいた。
バンと同様に、とても悲しそうな顔をしている。
「あなたは、6年前に飛行船で会った……」
「ごめんなさい……」
「何のことだ? 2人とも何を謝ってるんだ?」
返答はない。
2人は徐々に薄くなっていき、真っ暗な空間に、モトキだけが取り残された。
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「……ここどこ?」
モトキは気付くと、見知らぬ場所で眠っていた。
空気の匂いから、少なくとも白の国の城や、城下ではないことは確かだ。
周りを見渡すと、そこは住居の屋根の上だった。
下を覗くと、見慣れぬ服装の人々が歩いている。
「何でこんな所に。俺は確か……」
モトキは記憶を遡る。
思い出されるのは魔人の襲来。
ラサルハグェと名乗る魔人との闘い。
イオランダの死。
「イオさん……」
悲しかったが涙は出ない。
モトキは転生してから、悲しくて泣いたことは1度もなかった。
まるでイサオキとエアに流し果たしてしまったかのように。
「護る……か。そう言って俺は、もう何度失敗したっけな……」
モトキは膝を抱えて座り込む。
イオランダは目の前で殺され、他の皆の生存も絶望的。
この世界で出来た大切のものを、ごっそりと奪われて、モトキの心は折れかかっていた。
娘を頼む。
イオランダの最後の言葉を、モトキは何度も心の中で反芻する。
例えどれだけ傷付いても、セラフィナがいる限り、モトキが折れることはなかった。
「セラフィナ……起きてるか?」
返事はなかった。
(セラフィナの心的疲労は俺以上だろうな。今は寝かせておこう)
セラフィナの判断を仰ぐことは出来ないが、ジッとしている訳にはいかない。
最優先することは、一刻も早く城に戻ることである。
(あれからどれくらい経ったか分からないけど、今も魔人の脅威から逃げ惑っている人がいるかもしれない。白の国の姫として、成すべきことを成さないと)
まずは現状の確認だ。
モトキは体の状態を確認する。
神の加護の影響で怪我の治りが早い為、電撃による火傷はヒリヒリ痛む程度に治まっている。
酷いのは右肩の刺し傷だ。
「いや、刺したのは俺だけどね。……え? 俺が刺したの? セラフィナの体を?」
俄かに信じられないことだ。
いくらララージュの危機とはいえ、モトキにそんなことが出来るとは思えなかった。
かと言ってセラフィナでは、こんなに綺麗な傷口にはならない。
傷跡が残らないようにと、鋭く素早く刺されているのだ。
「俺だよな。俺以外に該当者いないしな。ごめん、セラフィナ……」
ちなみにセラフィナなら迷わず刺す。
跡が残っても気にしない。
モトキは気を取り直して持ち物を確認する。
来ている服は、パーティードレスを動きやすいように切ったもの。
ラサルハグェの電撃の影響でボロボロだ。
他にはララージュにプレゼントしたロケットペンダント。
そして――
「これ……イオさんのペンダント。魔人殺しの秘術……」
モトキの記憶では、アルタイルに奪われたはずのものだ。
イオランダが殺されてからの記憶が、どうにもハッキリしない。
ただ、その場で気絶した訳ではなく、何らかの行動を起こしたような気がした。
「あの状況から、どうやって奪い返したんだ? ここに居る理由も謎だし……取り敢えず無視」
分からないことが多すぎて、考えていては日が暮れてしまう。
実際既に夕暮れ時だ。
モトキはペンダントを握り、意識を集中させる。
しかしイオランダのように、白い光の剣は現れなかった。
「無理か。条件は満たしてるはずだけど、それだけじゃ足りないのか?」
とりあえずこちらも保留にした。
ペンダントの鎖は切れていたので、ロケットの切れた鎖と繋げて、1つにまとめた。
それを首から下げて、服の中にしまい込む。
「他には……何もないか。当たり前だけど食べ物がない。流石にそろそろ限界だな……」
神の加護の効果で怪我の治りも、体力の回復も早いが、その分カロリーを消費する。
魔人との闘いの消耗回復に、絶賛稼働中の為、胃の中はとっくに空っぽだった。
「まずは食べ物の調達。次に現在地の確認かな。寝床はどうとでもなるし。それに服もいるな」
今の恰好は割と不審者である。
それでも今は仕方がないと、現状で出来る限り身なりを整える。
「そうだ、目の色どうしよう」
普段ならカラコンの魔術で、目の色を変える所だが、セラフィナはまだ目覚めていない。
6年経ってもモトキの魔力コントロールは未熟で、未だに魔術は使えないのだ。
「……この街の人の善性に期待」
やや投げやりになりながら、モトキは周囲を探索し始めた。
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「仕事の邪魔だ! とっとと失せな!」
「そこを何とか。掃除でも皿洗いでも、許されるなら料理や接客もしますから」
「許されねぇよ! 大体、片腕で何が出来る!」
「いやいや、こう見えても俺は、すごく手先が器用なので、割と何でもできるんです」
そう言うとモトキは、硬貨サイズの石を取り出し、コインロールをしてみせる。
しかも片手で2枚同時と言うスゴ技だ。
「この通り左腕が、右腕の分まで頑張りますので」
「んなもんが何の役に立つ! いいから失せろ! スラム街に帰れ!」
店主の男は、モトキの首根っこを掴むと、店の外に摘まみだした。
(これで20件目か……。中々に厳しいもんだな……)
金銭の代わりに、労働で食べ物を恵んで貰おうとしたが上手くいかない。
140センチ代で小学生並みの身長、明らかに労働に向かない隻腕、ボロボロの服装。
この見た目で信用してもらうことは難しいだろう
しかし意外なことに、金色の瞳を指摘されることはなかった。
(せめて義手があれば誤魔化せたかな。そうすれば俺が働けるって証明できるのに……)
トボトボと街中を歩きまわるモトキ。
既に日は沈み、周囲は暗くなっていた。
いよいよ空腹が限界を超えそうになり、最後の手段が頭を過る。
(俺は神の加護で、何を食べてお腹を壊さない……。それがそこらの土や雑草だとしても……)
それは一国の姫として、避けたい手段だった。
しかしセラフィナを餓死させるくらいなら、それも致し方のないことだ。
(せめて動物の糞尿が振れない場所に生えている草を……)
「そこのお嬢ちゃん、お困りの様っすね」
モトキが振り向くと1人の少女がニコニコと笑っていた。
桃色セミロングの髪で、年齢はセラフィナと同じくらいに見える。
あくまでセラフィナの実年齢と、少女の外見年齢の話である。
「先程から見ていたら、お腹を空かせてる様子。良ければお姉さんのお家で、ご飯を食べさせてあげるっすよ」
「本当ですか!?」
「本当っすよ」
(やった! 地獄に仏とは、まさにこの事――はっ!)
モトキは、空腹のあまり大事なことに気付くのが遅れた。
知らない人に付いて行ってはいけない。
子供を外で遊ばせる際に、必ずと言っていいほど教えられる言葉だ。
モトキも母親から言い聞かされ、イサオキとエアに言い聞かせてきた。
(信用していいのか? 普通に親切で声をかけてくれた可能性も十分ある。それにこのままだと雑草を食べることに……)
「どうしたっすか?」
「えーと……」
脳に栄養が回っていない為、脳の回転が鈍い。
それでもモトキが必死に頭を働かせていると、少女が何かに気付いたような顔をする。
「あっ、私の名前はテティスっす。お嬢ちゃんは」
「……モトキ」
とりあえずセラフィナと名乗ることは控えた。
別に嘘を付いている訳でもない。
「モトちゃんっすね。よろしくっす」
「あ……うん」
モトキの歳でちゃん付けは、流石に恥ずかしかった。
モトキはテティスの伸ばした手を握る。
とりあえずテティスの言葉を信じることにしたのだ。
「それじゃあ私の家にご招待っす」
「よろしくお願いします」
テティスに手を引かれながら、モトキは街の奥へ消えて行った。




