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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第八章 明日もきっと笑ってる
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88 この世界にない力

 モトキは魔人と距離を取ると、魔人からララージュを遮るように立ち、剣を構える。

 その間、魔人は攻撃することなく、静かに状況を眺めていた。

 しかし先ほどのような虚ろな目ではなく、しっかりとモトキ達の事を捉えている。


「どうにも掴み所のない奴だな」

『モトキ、本当に大丈夫なの?』

「正直万全とは言い難い。今でもどこからか「戦うな」って言われてる気がする」


 震えも涙も収まったが、それでも勝てる気が一切しなかった。

 そこには人間と魔人の種として壁以上に、個としての絶対的な差があるように感じられた。


「それでもお姉ちゃんとして、ララージュにカッコ悪いところを見せた、汚名を返上しないとな!」

「お姉さまが微妙にカッコ付かないのは今更です! 見栄を張って無茶なことはしないでください!」


 戦う前にダメージを受けるモトキ。

 魔術関連では、出来る姉っぷりを見せているはずなのに、流れ弾が当たるセラフィナ。

 もちろんララージュに悪意がある訳ではない。

 ただセラフィナが無茶をすることを心配しているだけだ。


「とにかく今は、(わたし)の事を信じてくれ。何とか隙を作るから、その間にお父様を呼びに行くんだ。全員助かる方法はそれしかない」

「……はい」


 ララージュは、セラフィナ1人に全てを任せることは不安だった。

 しかしモトキが言うことはもっともである。

 自分がここに居ても、セラフィナの手助けが出来ないことは分かっていた。


 モトキは、ララージュに笑顔を向けると、魔人の方へ向き直る。


『私達は!』

俺達(わたし)は、白の国第一王女セラフィナ・ホワイトボード! 名乗れ、魔人!」

「……ラサルハグェ」

『魔人ラサルハグェ……よくも城の皆を傷付けてくれたわね!』

「みんなの無念を晴らさせてもらう! 首は無理でも、腕の1本くらいは貰っていくぞ!」


 モトキが魔人に向かて、真っ直ぐに切りかかる。

 顔を狙った一撃を、ラサルハグェは腕で受け止める。


 それと同時にララージュは、逆方向に走り出した。

 するとラサルハグェは、ララージュの方に掌を向ける。


『さっきは隙だらけでも静観していたくせに、何でララージュを狙うのよ!』

(だが魔法なら対処できる)


 ラサルハグェの右手から、白い光が放たれる。

 モトキは剣の切っ先を向けて、箒星で軌道を逸らそうとした。


「ぐがががががっ!」

「お姉さま!」


 モトキの悲鳴を聞き、ララージュが振り向き、足を止めた。

 ラサルハグェの魔法が剣に触れると、突如モトキの体に強烈な熱と痺れを襲ったのだ。

 モトキは体を焦がしながら、地面に倒れる。


『何これ!? 何の属性の魔法!?』


 それは基本の4属性にも、派生の4属性にも見えない、未知なる力だった。

 しかしモトキには、1つだけ心当たりがあった。


「今のは……電気?」

『それって地球のエネルギーでしょ!?』

「だけどこの熱さと痺れは……」


 アステリアに電気は存在しない。

 磁石はあっても発電することは出来ず、雨が降っても雷が鳴ることはなく、下敷きをこすっても静電気は発生しない。

 アステリアはそういう物理法則で出来ているのだ。


「魔法は……物理法則すら凌駕する……ってことじゃないか?」

『本当に出鱈目な存在ね!』


 モトキの意識ははっきりしていたが、体が痺れて立ち上がることが出来ない。

 その隙にラサルハグェは、ララージュの下へ向かった。

 体を宙に浮かせながら、高速で移動し、あっと言う間にララージュの前に辿り着く。


 ララージュは、ラサルハグェに向かって剣を向ける。


「魔人! よくもお姉さまを!」

『ララージュ!』

「逃げろ!」

「はぁあああああ!」


 ララージュが振り下ろした剣を、ラサルハグェは軽く払いのける。

 すると剣は、まるで薄氷のように砕け散ってしまった。


「シグネお兄さまに頂いた剣が!」

「兄……妹……。それは圧倒的な力の前では無力だ」


 ラサルハグェの手が放電する。

 雷を纏った手刀で、ララージュの胸を貫こうとする。


「きゃあ!」

「っ……?」


 ラサルハグェの手がララージュに触れた瞬間、バチンと言う音と共に、一瞬の強い光が、ララージュの体とラサルハグェの手を弾いた。

 ララージュは後方に吹き飛び、そのまま気絶してしまう。

 そして弾けた服の下には、エドブルガが送った誕生日プレゼントのお守りがあった。


「そうか……この子が……」

「「死ね」」


 ラサルハグェが振り向くと、そこには鬼の形相の姫がいた。

 右目からは銀色の稲光が走り、先程より動きが機敏だ。


 モトキは自分の右肩に剣を突き刺し、そのまま振り抜く。

 刀身には血がべっとりと付いていた。


「「ブラッドフレア!」」


 刀身に付着した血が燃え上がる。

 それは少しでも魔人と戦える様にと、2人が考え作り出した秘策。

 6年前の魔人化したアラビスに、針穴程度とは言え傷を負わせた方法。

 それは技と魔術と竜の武器を合わせる事だ。


 耐熱性に強く頑丈で軽い、海竜の鱗から作られた剣。

 それにブラッドフレアの炎を纏わせ、モトキの技で切る。


 ラサルハグェは、とっさに右腕を伸ばす。

 モトキはその腕に剣を合わせると、姿を消した。


「「姫剣、衛り星――」」


 すれ違い様にラサルハグェの首を切り、モトキは再び姿を消した。

 そして更にラサルハグェの首を切りつける。


「「二式!」」


 一瞬で敵の背後に回り、すれ違い様に切る衛り星。

 二式はそれを連続で行う技で、その結果相手の正面に出現するのだ。


 ラサルハグェは、血の一滴も流していないが、切られたという感覚は僅かにあり、動揺する。


「何が――」

「「連なり星!」」


 ラサルハグェの顎に、肘・柄頭・刃を連続でぶつける。

 同時に発生した3倍の衝撃は、ラサルハグェを僅かに浮かせた。

 モトキは剣を宙に放り投げると、ラサルハグェの胸倉を掴む。


「「一本背負い!」」


 隻腕故に、相手を浮き上がらせるという下準備が必要で、形も少々異なるが、それは地球の柔道の技、背負い投げだ。

 モトキは、ラサルハグェを窓に叩き付けて、そのまま外に投げ飛ばす。


「「ララージュ! すぐ戻る!」」


 モトキは落ちてきた剣を取ると、窓からラサルハグェを追った。

 そこは城の最上階。

 かなりの高さであるが、それだけで魔人を倒せるはずがない。


「「姫剣!」」


 それはリシストラタの、剣から真空波を発生させ、離れた敵を攻撃する技を、模倣しようとして作り出した技だ。

 リシストラタの技には、強靭な筋力が必要となり、それは遠心力では補いきれないほどの力だった。

 そこでモトキは、足りない力を落下のエネルギーで補おうと考えたのだ。


「「流れ星!」」


 モトキの剣から発せられた真空波が、ラサルハグェの胴を切り裂く。

 それにより落下の速度は早まり、ラサルハグェは勢いよく、地面に叩き付けられた。


「うっぷ……。気持ち(ぎもぢ)悪っ……」

『大丈夫?』


 モトキは着地と同時に、酷い吐き気に襲われた。


「恐怖かと思ったら何か違うな……。あいつを切ることに拒否感を感じる……」

『恐怖に拒否感……。ひょっとして精神に影響を及ぼす魔法?』

「ソフィアの精神安定の魔術みたいな?」

『ええ、それならさっきの電気も説明が付くわ。モトキの脳内から、有効そうな攻撃を再現するとか』

「電気に見せかけて、違う魔法で攻撃していたってことか。実はさっきから、あいつが凄い美人に見えてたんだ。リツィアさん以上に」

『ありえないわ。精神攻撃の魔法で確定ね』

「だな……ん?」


 モトキは何かが足下に落ちたことに気付いた。

 それは2人がララージュにプレゼントした、ロケットペンダントだ。

 エドブルガのお守りが弾けた時に、チェーンが切れて飛ばされ、モトキが接近した時に服に引っ掛かっていたのである。


『後でララージュに返さないとね』

「ああ、だからこそ生き延びないとな」


 土埃の中から、ラサルハグェがゆっくりと起き上がる。

 外傷こそないが、違和感を覚えたのか、自分の首と顎を擦っていた。


「さてと……手の内は分かったけど、こっちの手札も尽きたぞ」

『ぶっつけ本番で瞬き星』

「練習で1度も成功しなかった技が、ぶっつけ本番で成功するのは、創作の世界だけだよ」


 モトキの最後の姫剣「瞬き星」は、理論上は可能だが、実際に成功したことは1度もない、机上の空論のような技なのだ。

 精神に違和感を覚え、右肩から血を流している状況では、絶対に成功しないと断言できた。


『ララージュが気絶しているから、お父様が来るのも絶望的ね』

「愛してるよ、セラフィナ」

『……私も』


 モトキはラサルハグェに切りかかる。

 体への負担など気にしないで、縦横無尽に動き回りながら攻撃を仕掛けるが、やはり傷1つ付けられなかった。

 それでも動きの遅いラサルハグェは、モトキを捉えることは出来ない。


「そんなこと……アステリア人の体じゃ長くはもたない」

「愛の力で体力無限だ!」

「……馬鹿ね」


 ラサルハグェは全身から放電する。

 至近距離にいた為、モトキ避け切れずに、感電して倒れる。

 ラサルハグェは、モトキの剣を踏みつぶして、へし折った。


『終わりね……』

「くそぉ……」

「少しは驚いたけど……これならエドブルガの方が上ね」

「なっ!」

『まさかエドブルガを――』


 ラサルハグェは、右腕を逗葉に掲げ、巨大な雷の球を作り出した。


「セラフィナ……だったわね。さよなら」


 ラサルハグェが雷球を放とうとした瞬間、白い光の斬撃が2人を遮った。


「待たせたなセラフィナ。あとは私に任せてくれ」

「あっ……」

「お父様!」


 光の剣を持ったイオランダが、セラフィナ達の前に現れた。

 王として、父として、魔人から愛する者を護る為に。


「魔人よ! 白の国の王、イオランダ・W・ホワイトボードが相手だ!」


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