88 この世界にない力
モトキは魔人と距離を取ると、魔人からララージュを遮るように立ち、剣を構える。
その間、魔人は攻撃することなく、静かに状況を眺めていた。
しかし先ほどのような虚ろな目ではなく、しっかりとモトキ達の事を捉えている。
「どうにも掴み所のない奴だな」
『モトキ、本当に大丈夫なの?』
「正直万全とは言い難い。今でもどこからか「戦うな」って言われてる気がする」
震えも涙も収まったが、それでも勝てる気が一切しなかった。
そこには人間と魔人の種として壁以上に、個としての絶対的な差があるように感じられた。
「それでもお姉ちゃんとして、ララージュにカッコ悪いところを見せた、汚名を返上しないとな!」
「お姉さまが微妙にカッコ付かないのは今更です! 見栄を張って無茶なことはしないでください!」
戦う前にダメージを受けるモトキ。
魔術関連では、出来る姉っぷりを見せているはずなのに、流れ弾が当たるセラフィナ。
もちろんララージュに悪意がある訳ではない。
ただセラフィナが無茶をすることを心配しているだけだ。
「とにかく今は、俺の事を信じてくれ。何とか隙を作るから、その間にお父様を呼びに行くんだ。全員助かる方法はそれしかない」
「……はい」
ララージュは、セラフィナ1人に全てを任せることは不安だった。
しかしモトキが言うことはもっともである。
自分がここに居ても、セラフィナの手助けが出来ないことは分かっていた。
モトキは、ララージュに笑顔を向けると、魔人の方へ向き直る。
『私達は!』
「俺達は、白の国第一王女セラフィナ・ホワイトボード! 名乗れ、魔人!」
「……ラサルハグェ」
『魔人ラサルハグェ……よくも城の皆を傷付けてくれたわね!』
「みんなの無念を晴らさせてもらう! 首は無理でも、腕の1本くらいは貰っていくぞ!」
モトキが魔人に向かて、真っ直ぐに切りかかる。
顔を狙った一撃を、ラサルハグェは腕で受け止める。
それと同時にララージュは、逆方向に走り出した。
するとラサルハグェは、ララージュの方に掌を向ける。
『さっきは隙だらけでも静観していたくせに、何でララージュを狙うのよ!』
(だが魔法なら対処できる)
ラサルハグェの右手から、白い光が放たれる。
モトキは剣の切っ先を向けて、箒星で軌道を逸らそうとした。
「ぐがががががっ!」
「お姉さま!」
モトキの悲鳴を聞き、ララージュが振り向き、足を止めた。
ラサルハグェの魔法が剣に触れると、突如モトキの体に強烈な熱と痺れを襲ったのだ。
モトキは体を焦がしながら、地面に倒れる。
『何これ!? 何の属性の魔法!?』
それは基本の4属性にも、派生の4属性にも見えない、未知なる力だった。
しかしモトキには、1つだけ心当たりがあった。
「今のは……電気?」
『それって地球のエネルギーでしょ!?』
「だけどこの熱さと痺れは……」
アステリアに電気は存在しない。
磁石はあっても発電することは出来ず、雨が降っても雷が鳴ることはなく、下敷きをこすっても静電気は発生しない。
アステリアはそういう物理法則で出来ているのだ。
「魔法は……物理法則すら凌駕する……ってことじゃないか?」
『本当に出鱈目な存在ね!』
モトキの意識ははっきりしていたが、体が痺れて立ち上がることが出来ない。
その隙にラサルハグェは、ララージュの下へ向かった。
体を宙に浮かせながら、高速で移動し、あっと言う間にララージュの前に辿り着く。
ララージュは、ラサルハグェに向かって剣を向ける。
「魔人! よくもお姉さまを!」
『ララージュ!』
「逃げろ!」
「はぁあああああ!」
ララージュが振り下ろした剣を、ラサルハグェは軽く払いのける。
すると剣は、まるで薄氷のように砕け散ってしまった。
「シグネお兄さまに頂いた剣が!」
「兄……妹……。それは圧倒的な力の前では無力だ」
ラサルハグェの手が放電する。
雷を纏った手刀で、ララージュの胸を貫こうとする。
「きゃあ!」
「っ……?」
ラサルハグェの手がララージュに触れた瞬間、バチンと言う音と共に、一瞬の強い光が、ララージュの体とラサルハグェの手を弾いた。
ララージュは後方に吹き飛び、そのまま気絶してしまう。
そして弾けた服の下には、エドブルガが送った誕生日プレゼントのお守りがあった。
「そうか……この子が……」
「「死ね」」
ラサルハグェが振り向くと、そこには鬼の形相の姫がいた。
右目からは銀色の稲光が走り、先程より動きが機敏だ。
モトキは自分の右肩に剣を突き刺し、そのまま振り抜く。
刀身には血がべっとりと付いていた。
「「ブラッドフレア!」」
刀身に付着した血が燃え上がる。
それは少しでも魔人と戦える様にと、2人が考え作り出した秘策。
6年前の魔人化したアラビスに、針穴程度とは言え傷を負わせた方法。
それは技と魔術と竜の武器を合わせる事だ。
耐熱性に強く頑丈で軽い、海竜の鱗から作られた剣。
それにブラッドフレアの炎を纏わせ、モトキの技で切る。
ラサルハグェは、とっさに右腕を伸ばす。
モトキはその腕に剣を合わせると、姿を消した。
「「姫剣、衛り星――」」
すれ違い様にラサルハグェの首を切り、モトキは再び姿を消した。
そして更にラサルハグェの首を切りつける。
「「二式!」」
一瞬で敵の背後に回り、すれ違い様に切る衛り星。
二式はそれを連続で行う技で、その結果相手の正面に出現するのだ。
ラサルハグェは、血の一滴も流していないが、切られたという感覚は僅かにあり、動揺する。
「何が――」
「「連なり星!」」
ラサルハグェの顎に、肘・柄頭・刃を連続でぶつける。
同時に発生した3倍の衝撃は、ラサルハグェを僅かに浮かせた。
モトキは剣を宙に放り投げると、ラサルハグェの胸倉を掴む。
「「一本背負い!」」
隻腕故に、相手を浮き上がらせるという下準備が必要で、形も少々異なるが、それは地球の柔道の技、背負い投げだ。
モトキは、ラサルハグェを窓に叩き付けて、そのまま外に投げ飛ばす。
「「ララージュ! すぐ戻る!」」
モトキは落ちてきた剣を取ると、窓からラサルハグェを追った。
そこは城の最上階。
かなりの高さであるが、それだけで魔人を倒せるはずがない。
「「姫剣!」」
それはリシストラタの、剣から真空波を発生させ、離れた敵を攻撃する技を、模倣しようとして作り出した技だ。
リシストラタの技には、強靭な筋力が必要となり、それは遠心力では補いきれないほどの力だった。
そこでモトキは、足りない力を落下のエネルギーで補おうと考えたのだ。
「「流れ星!」」
モトキの剣から発せられた真空波が、ラサルハグェの胴を切り裂く。
それにより落下の速度は早まり、ラサルハグェは勢いよく、地面に叩き付けられた。
「うっぷ……。気持ち悪っ……」
『大丈夫?』
モトキは着地と同時に、酷い吐き気に襲われた。
「恐怖かと思ったら何か違うな……。あいつを切ることに拒否感を感じる……」
『恐怖に拒否感……。ひょっとして精神に影響を及ぼす魔法?』
「ソフィアの精神安定の魔術みたいな?」
『ええ、それならさっきの電気も説明が付くわ。モトキの脳内から、有効そうな攻撃を再現するとか』
「電気に見せかけて、違う魔法で攻撃していたってことか。実はさっきから、あいつが凄い美人に見えてたんだ。リツィアさん以上に」
『ありえないわ。精神攻撃の魔法で確定ね』
「だな……ん?」
モトキは何かが足下に落ちたことに気付いた。
それは2人がララージュにプレゼントした、ロケットペンダントだ。
エドブルガのお守りが弾けた時に、チェーンが切れて飛ばされ、モトキが接近した時に服に引っ掛かっていたのである。
『後でララージュに返さないとね』
「ああ、だからこそ生き延びないとな」
土埃の中から、ラサルハグェがゆっくりと起き上がる。
外傷こそないが、違和感を覚えたのか、自分の首と顎を擦っていた。
「さてと……手の内は分かったけど、こっちの手札も尽きたぞ」
『ぶっつけ本番で瞬き星』
「練習で1度も成功しなかった技が、ぶっつけ本番で成功するのは、創作の世界だけだよ」
モトキの最後の姫剣「瞬き星」は、理論上は可能だが、実際に成功したことは1度もない、机上の空論のような技なのだ。
精神に違和感を覚え、右肩から血を流している状況では、絶対に成功しないと断言できた。
『ララージュが気絶しているから、お父様が来るのも絶望的ね』
「愛してるよ、セラフィナ」
『……私も』
モトキはラサルハグェに切りかかる。
体への負担など気にしないで、縦横無尽に動き回りながら攻撃を仕掛けるが、やはり傷1つ付けられなかった。
それでも動きの遅いラサルハグェは、モトキを捉えることは出来ない。
「そんなこと……アステリア人の体じゃ長くはもたない」
「愛の力で体力無限だ!」
「……馬鹿ね」
ラサルハグェは全身から放電する。
至近距離にいた為、モトキ避け切れずに、感電して倒れる。
ラサルハグェは、モトキの剣を踏みつぶして、へし折った。
『終わりね……』
「くそぉ……」
「少しは驚いたけど……これならエドブルガの方が上ね」
「なっ!」
『まさかエドブルガを――』
ラサルハグェは、右腕を逗葉に掲げ、巨大な雷の球を作り出した。
「セラフィナ……だったわね。さよなら」
ラサルハグェが雷球を放とうとした瞬間、白い光の斬撃が2人を遮った。
「待たせたなセラフィナ。あとは私に任せてくれ」
「あっ……」
「お父様!」
光の剣を持ったイオランダが、セラフィナ達の前に現れた。
王として、父として、魔人から愛する者を護る為に。
「魔人よ! 白の国の王、イオランダ・W・ホワイトボードが相手だ!」




